魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

文字の大きさ
6 / 86
第一章 死霊使いの薔薇石 ~第三者による詐欺行為~

プロバティオ

しおりを挟む
 レッジョ市霊園――――
 市の北東に面するこの霊園は
 地元市民のための墓地である。
 と同時に、
 ダンジョン攻略に失敗した
 無数の冒険者たちの、
 成れの果てが集う人生の終着点である。
 ここはレッジョが
 ダンジョン都市と呼ばれてから、
 長らく名もなき彼らのさ迷える魂の
 受け入れ先であり続けていた。

「大丈夫ですかアナさん。
 息が上がっているようですが」

「ぜぇぜぇ……大丈夫です。
 ここまで来たんですあと一歩」

 地下の抜け道を通って
 霊園に出たルロイとアナは、
 深呼吸して新鮮な空で息を整える。
 霊園を改めて見まわすと、
 墓石の間につつましく咲いた
 小花や若草が風にそよがれ、
 日当たりのよい時間であれば、
 のどかに散歩でも
 楽しめそうな場所と言えた。
 それも黄昏時ともなると、
 死に関わる陰気さが
 地の底からもたげてくるのか、
 重苦しい暗さが立ち込めて
 人の寄り付かない場所になる。
 墓荒らしや盗人が
 悪事や裏取引をするには、
 うってつけの場所と時間帯と言えた。
 そんな黄昏時の朱の光の中を
 市の外へと急ぐ一人の影があった。
 金目の物をしこたま詰め込んだ
 麻袋を背負い込み、
 神経質そうに息を上げながら
 市壁の外へと向かう中年男。
 そこそこ上品そうな
 旅装マントをはためかせ、
 ずり落ちそうなビロードの円形の帽子と、
 見事な筆ひげを絶えず整えようと、
 せわしなく手でいじくりまわしている。

薔薇石ローゼスストーンを返して!」

「おわわ……」

 恨みがましい声ともに
 墓石に隠れていたアナが、
 鑑定士の旅装用マントを引っ張り驚いた
 拍子に鑑定士は尻餅をついた。

「お散歩ですか?にしては遅すぎますかね」

 すっとぼけた調子で
 ルロイが鑑定士へ歩み出る。
 都市の定めた法が及ぶのは
 基本その都市の支配権が及ぶ領域のみで、
 市の外へ出てしまえば、
 市の作った法など及ばなくなってしまう。
 そうなれば法的な処罰もできない。
 法の処罰を逃れるために市内で
 犯罪を起こした冒険者などが、
 官憲にしょっ引かれる前に
 こうした場所を潜り抜け、
 市壁の外か港の外へ向かうことは
 良くあることだった。
 ルロイとアナはどうにか間に合った。
 ディエゴの教えた近道で
 ずいぶん汚れてしまった
 ケープのほこりを払いながら、
 ルロイはおもむろに尻餅をついた
 鑑定士の目線へしゃがみ込む。

「『ぼろ儲け亭』の鑑定士、
 アントニオ・グェローニさんですね」

「な、なんだ。貴様らなど知るか、
 そこを通してもらうか!」

 予想外の待ち伏せにもめげず、
 アントニオと呼ばれた鑑定士は
 肩をいからせ立ち上がろうとする。
 アナは先ほどからアントニオ
 の旅装マントを右腕でつかみ、
 左手でロッドを持ち何かの呪文を、
 ブツブツ口にしている。

「えい」

「おわっ!何をする」

 見ると無数の青白く光る
 手の形をしたものが、
 あたりの墓石から蔓のように
 伸びきりアントニオの足へと巻き付き、
 アントニオは立ち上がれたものの、
 そこからどんなに足に力を込めても
 一歩が踏み出せないでいた。
 アナの死霊術により、
 アントニオはすでに
 体の自由を奪われていた。
 呪いで弱っているかと思いきや、
 墓場にいるおかげか
 アナの死霊術はずいぶん強力に
 発動しているようだ。

「アナさん。そのまま死霊たちに
 押さえつけてもらえますか」

「あ、は……はい」

 アナに指示をして
 悪徳鑑定士のアントニオに向き直るや、
 ルロイは呆れたように口を開く。

「今の内に白状した方が身のためですよ」

「フン、この薔薇石はわしのものだ!」

 アントニオは更に意固地になって、
 薔薇石ローゼスストーンの入った
 麻袋を強く握りしめ歯ぎしりする。
 やはりこうなってしまうのかと
 ルロイは肩をすくめてみせる。
 あとは仕事に取り掛かるまでだった。
 ルロイはベルトに括りつけた革袋から、
 羽ペンとまっさらな証紙を取り出す。

「ルロイさん、なっ何を……」

「ここはお任せを」

 落ち着いた様子でルロイは
 アナに微笑んで見せる。
 そこからルロイが紙に筆記する手さばきは
 恐ろしく速かった。
 短い一文を一通り書き終えると、
 その紙を両手で持ちアントニオに
 見えるよう眼前に突き出した。

「真実を司りし
 神ウェルスの名のもとに問う。
 汝アントニオ・グェローニは、
 薔薇石ローゼスストーン
 騙し取られたものであると知り、
 買い受けたとここに認めるか?」

 文言を厳かに読み上げる
 ルロイの眼差しからは、
 穏やかさの一切が排されていた。
 ルロイの行動と言葉に思わず
 固まっていたアントニオは、
 持ち前の老獪さで自身を奮い立たせ、
 顔に嘲りを浮かべている。

「若造めが、何をもったいつけてやがる」

「本当に知らなかったと?」

「ええい、くどい!
 わしは知らんもんは知ら――――」

 そこまで言うや突然アントニオの体が、
 プツリと糸の切れた人形のように、
 地面へと力なく前のめりに倒れこんだ。

「だから言ったのに」

 苦笑いしながら、
 ルロイはインク壺と羽根ペンを
 革袋にしまい込む。
 アナはすでに術を解き、
 死霊たちを墓場へと戻し倒れこんだ
 アントニオの体を、
 恐る恐るロッドの先端で突いている。

「はわわ……あの、
 死んじゃったんですかぁ」

「一時的に魂が抜かれただけです。
 少し経てば意識が戻りますよ」

「その証拠に」

 ルロイが先ほど著した紙片を
 アナの眼前に掲げて見せた。
 紙片は何かを咎めるかのように
 赤く光っていた。
 紙片そのものが赤く光っているのである。
 光はやがて鈍くなり
 ただの赤い紙となっていった。

「これは魔法公証人の問いに
 嘘で答えた証明なんです」

 レッジョの公証人は、
 真実を司る神ウェルスを
 守護神として信仰している。
 特にウェルスの寵愛を受けた者が
 書いた文言は、
 その御名のもとに書いた本人が
 読み上げることで、
 真実と嘘を見抜き裁く力まで宿ると言う。
 代々レッジョの公証人ギルドは、
 畏敬の念をもってこの魔法の力を
 「プロバティオ」と呼び、
 この能力により書かれた証書は
 「ウェルス証書」と呼ばれる。
 ウェルス証書こそは、
 揺るぎない真実の証なのである。

「僕のウェルス証書の前では、
 何人たりとも嘘を付けません。
 嘘で答えようものなら……」

「こ、こうなっちゃんですねぇ」

 恐縮しながらアナは、
 気絶したアントニオが抱えていた、
 麻袋の中身をまさぐっている。
 麻袋から次々に出てくる
 宝石やら謎の骨とう品は、
 どれも持ち運ぶのに
 便利な小ぶりのものだったが、
 素人目にも高価そうな品ばかりに見えた。
 アントニオは逃亡後にこれらを元手に、
 またどこかであこぎな商売を
 する予定だったのだろう。

「あっ、ありました!」

 アナが声を弾ませてルロイに振り返る。

「本当にありがとうございます。
 無事薔薇石ローゼスストーンを取り戻せました」

 アナが満面の笑みで
 薔薇石ローゼスストーンを高らかに掲げて見せる。

「よかった。さぁ、教会で
 呪いを解いてもらいましょう」

 すでに日は沈みかかっていた。
 日の残照は頼りなくそれでも掲げられた
 薔薇石ローゼスストーンの緻密な真紅の象眼は、
 本物の薔薇の花が日の光を受けたように
 鮮やかに輝いて見えた。
 いや、これは薔薇石ローゼスストーン自体が
 光を放っているのだ。
 これはアナの力に
 共鳴しているのか――――

「本当にありがとう。そして……
 さようなら公証人さん」

 アナの満面の笑みは
 どす黒いものへと変貌していった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

勘違いで召喚して来たこの駄女神が強引すぎる 〜ふざけたチートスキルで女神をボコしながら冒険します〜

エレン
ファンタジー
 私は水無月依蓮《みなづきえれん》、どこにでもいる普通の女子高生だ。  平穏な生活を送っていた私は、ある日アルテナと名乗る女神に召喚されてしまう。  厨二臭いその女神が言うには、有給休暇で異世界冒険したいから、従者としてついて来なさいとの事。  うん、なんだその理由は。  異世界なんて興味ない、とっとと私を元の場所に返せ。  女神を殴ったり踏みつけたりしてやっと返してもらえるかと思いきや。  え? 勝手に人間を異世界に呼ぶのは天界の掟で禁止? バレたら私も消される?  ふざけるなー!!!!  そんなこんなで始まる私とポンコツ女神アルテナのドタバタ異世界冒険。  女神が貴族をハゲさせたり、「器用貧乏・改」と言うふざけたスキルを習得したり、ゴブリンの棲家に突撃する羽目になったり、手に入れた家が即崩壊したり、色々起きるけど全てを乗り切って見せる。 全ては元の世界に帰るために!!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...