魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第二章 錬金術師と赤い竜 ~秘密遺言~

リーゼの工房

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「ここが、ヘルマンさんの……
 いや今やリーゼさんの工房か」

 今やリーゼのものとなった工房は、
 立派なものでルロイは思わず独り言ちた。
 聞くところによると、
 ヘルマンの偉業を讃えるべく、
 市参事会のさるお偉方が使っていた
 古い格式ある邸宅を、
 ヘルマン氏に寄贈しその邸宅を
 改修したものだという。
 重厚そうな壁と小さい窓が、
 特徴的なさながら要塞のような
 武骨さを思わせたが、
 柱や玄関に掘られた神話に出てくる
 幻獣がそのレリーフ彫られていて、
 その厳めしい重厚さに華を添える形で、
 洒脱さを醸し出しているのだった。
 玄関先からルロイが工房の全景を
 見上げると、
 なにか悪戯めいた調和のなさがあった。
 が、更に中央の玄関出口のドアが
 開け放たれていた。
 ルロイ少々怪しげに思いながらも、
 人気のない工房へと入っていった。
 中へ入ってみて、
 少しばかり身構えていたルロイは
 あっけに取られていた。
 日中だというのに
 人気が感じられないのだ。
 それどころか本来は実験に使うであろう
 フラスコやるつぼ、薬液を入れる壺も
 きれいに棚にしまわれ、
 部屋の中央部に設えられた
 実験用の巨大な炉も完全に休止している。

「工房そのものが喪に服していますね……」

 人気のないその静けさと薄暗さに、
 訪れたルロイは途方に暮れてしまう。
 これは無駄足だったかもしれない。
 と、踵を返そうとしたときであった。
 ルロイは訝し気な誰かの目線に気が付く。

「あの、どちらさまです?」

 分厚いエプロンを羽織った、
 小柄な少女がルロイを見上げている。
 何か作業をしていたのか浅黒い顔に
 汗の玉が浮かんでいる。
 両手には恐ろしく分厚い魔導書らしい
 革で張った本を、
 何冊か塔のように危なっかしく積み上げ、
 どこかへ向かう途中らしかった。

「ああ、すいません。
 お師匠様が亡くなってから、
 色んな研究資料の整理とかで
 バタバタしちゃってて……っててあぁ!」

 彼女は本の塔を盛大に崩してしまい、
 床に散らばった本の束を
 一つ一つ拾って再び重ねている。
 特に傷も付いておらず大丈夫だ。
 と、少女は額の汗を手の甲で拭いながら
 はにかんで見せる。
 お師匠様とはヘルマンの事だろう。
 ルロイは手短に自分が何者で何の目的で、
 ここへ来たかを目の前の少女に伝えた。

「ああ、リゼ姉ですか」

 おそらくこの少女はリーゼの助手か
 なにかだろう。
 やけに気さくな呼称で、
 偏屈で神経質な錬金術師のイメージ
 からは程遠いどころか対照的でさえある。

「あの君は?他の徒弟の方達は……」

「あたしモリーって言います。
 リゼ姉の弟子で色々お手伝い
 させてもらってますよ。
 他のお弟子さんの錬金術師や
 職人さんたちは、
 お師匠様の葬式が終わって
 喪が明けるまでは、
 暇を出すってリゼ姉が言ってました。
 あっ、でもあたしはリゼ姉のやらかした
 実験の後片づけとかで、
 居残りしちゃってますけど……」

「『リゼ姉』ですか、
 随分彼女を慕っているんですね」

「はい!」

 ルロイの言葉に元気に頷きかけて、
 モリーの明るい顔が少し鎮痛に沈んだ。

「うう……でも昨日ここを飛び出してから、
 ずっと戻ってきてないんですよ」

「せめて何か手掛かりでもと、
 ここを訪ねたのですが……」

「うーん。あ、なんか訳わかんないこと
 言ってました。ええと……
 夜空に赤き巨竜を降臨させてどうのとか」

「赤き巨竜?」

 赤き巨竜――――
 ルロイの頭になにかが引っかかった。
 ずいぶん昔どこかで聞いた気がする。
 だがどういうわけか今は頭の中が
 ぼやけてしまって、
 その記憶の輪郭をつかむことが
 できないでいる。
 ルロイが難しい顔つきになったことで、
 何かしら知っていると期待したのだろう。
 モリーが大きなとび色の瞳で、
 無邪気にルロイの顔を覗き込んできた。

「あっ、何か思い当たる節でも?」

「いえ、それだけでは何とも。
 他には何か……」

 済まなそうにルロイは目を伏せると、
 モリーに手掛かりになりそうな事や、
 最近のリーゼの言動に
 おかしなところがなかったか、
 質問の仕方を変えて試みた。
 が、その度にモリーが悩ましく眉間に
 しわを寄せただけで終わった。

「いやぁ、リゼ姉って……
 元からおかしいというか……
 あっ、これはその……
 決して貶しているわけじゃないですよ。
 ホントです!むしろ、そんなリゼ姉を
 凄い尊敬してます私。
 この間なんか、
 ダンジョンまで乗り込んで、
 ゾンビ化してキノコを生やした
 虫モンスターにかじりついたんですよ」

「なんで?」

「え……そっそれは、
 超レアだからこの機会に
 味わっておきたいって……」

 ドン引きしているルロイのことなど、
 お構いなしにモリーは笑顔で
 まくし立てている。

「その前は、私が人体実験を引き受けて、
 エーテルに漬け込んで化石化した
 パンを食らわされましたぁ」

「なんという!」

「しばらく舌がバカになっちゃいましたが、
 なんか天国が見えましたぁ……アハハ」

「あの、舌だけじゃなく
 頭もやばいんじゃ……」

「何か言いました?あ、他にも……」

「いや、もう大丈夫です。
 十分お話は聞けましたから」

 その後ルロイはモリーにあれこれ
 聞いて見せるがどうにも、
 パウルとモニカを相手にしたときと
 同様に、有益な情報を聞き出せそうに
 なかった。
 ただルロイの口から両者の名前が
 出たとき、
 快活なモリーの表情がすぐに曇った。
 モリーがパウルとモニカの二人を、
 快く思っていないことは伝わってきた。

「ホントに酷いんですよ!
 あの人たちったら……
 リゼ姉のこと影でお師匠様に取り入った
 淫売だの、邪法を使う魔女だのって……
 どうせ、自分たちにリゼ姉ほど
 才能がないからきっと妬いてるんですよ」

 ヘルマンが発明の創造に秀でた
 ひらめき型の天才ならば、
 その子供であるパウルとモニカは、
 発明を金に換える世俗的な商才に
 恵まれた人物であった。
 先ほどの公示鳥が、
 レッジョで生まれ誕生してからの
 経緯がそのいい例である。
 それゆえか何かにつけ
 生前のヘルマン氏とは、
 そりが合わないようであると
 ルロイも薄々は気が付いていた。
 パウルもモニカも研究者肌ではない。
 リーゼという人物はヘルマン同様
 前者のような、
 根っからの研究者タイプなのだろう。
 ヘルマンの後釜たるに
 ふさわしい逸材であるらしかった。
 探究者と商売人では考え方も感じ方も、
 合わないとしても不思議ではない。
 パウルとモニカのヘルマンの実子たちと、
 リーゼの確執はルロイが思っていたより
 根が深いようだ。
 今回の遺産相続にしても水面下で色々と、
 駆け引きやら衝突があったのだろう。
 ルロイはモリーに軽く感謝の念を
 伝えると工房を後にした。

「赤竜か。結局、
 雲をつかむような話ですね……」

 赤竜降誕祭――――
 たしか昔のレッジョの人々は
 マイラーノ大橋で、
 その祭りの光景を楽しんだらしいが、
 今になって誰も祝う者もなく、
 ルロイのような若者にとってみれば、
 おぼろげな昔話なのだった。
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