魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第二章 錬金術師と赤い竜 ~秘密遺言~

赤竜の謎解き

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 ルロイが再び工房近くに戻ると、
 何やら今度は騒がしい物音と、
 ひどく聞き覚えのある間の抜けた悲鳴が、
 工房の外から耳に入ったのだった。

「この意地汚いコボルトったら。
 いい加減白状しなさい!」

「いてて、さっきから何を決めつけて
 るんだヤァ~」

 玄関扉を開けて工房の中へ入ってみると
 案の定なのだった。

「あっ、ルロイじゃヤァあか!」

「あっ、ルロイさんじゃない!」

 コボルトの情報屋ディエゴと、
 リーゼの助手モリーが、
 同時にハモる。
 二人は取っ組み合いの真っ最中で、
 それぞれ相手の衣服の裾や
 髪の毛を引っ張り、
 突然割り込んできたルロイを見るや、
 正気に戻ったように呆然と固まっていた。

「えーお二人ともなにを騒いでたんです?」

「ルロイさんが工房から出て行ったあと、
 お師匠様の部屋も改めて掃除してたら
 ですね。今気が付いたんですけど
 お師匠様の愛用していた、
 けっこー古い公示鳥が一羽無くなってて」

「それでそこにいつも通り、
 食い物をねだりに来た可哀想なオイラが、
 公示鳥を盗んだ犯人扱いされた挙句、
 このアホの子につかまったという」

「ア……アホの子言うなぁ!」

 彼女なりにその言葉が劣等感を
 刺激してしまったのか、
 モリーはディエゴの首を腕の関節を
 利用して一気に締め上げる。

「くぉ……痛てて」

 普段はふてぶてしく下品なディエゴも、
 かなり堪えている様子。
 苦痛を搾り取るかのような
 掠れた声を上げる。

「もー許さないんだから!」

「モリーさん。そのままやり続けると
 殺しちゃいますよ」

 ルロイの言葉に冷静さを取り戻したのか、
 モリーは腕の力を弱めようやく
 ディエゴは満足に呼吸できたのだった。
 ディエゴはしばらくむせると
 哀願するように、
 ヨロヨロとルロイの足元へと
 にじり寄ると這いつくばり続けた。

「なぁ頼むニャ、ルロイ。
 オイラの無実を証明してくれだニャ」

「まぁ、あなたには日ごろ
 色々借りもありますし、
 ちょうどあなたの力をお借りしたいと
 思っていたんですよ。
 モリーさんディエゴをひとまず
 離してあげてください」

 モリーは不満げに
 何か言いたそうであったが、
 渋々とルロイの言葉に従い
 ディエゴから手を放し、
 解放され喜ぶディエゴを背にルロイが、

「机をお借りしますね」

 と言うと、近くの作業台に証書紙を
 置き手慣れた手つきで、
 革袋からペンとインクを取り出し、
 必要な質問文を書き連ねてゆく。
 ほどなくして質問文ができあがり、
 それに目を通すとルロイは、
 厳かに目をつぶり短い祈りを捧げる。
 ウェルス神の奇跡である
 プロバティオを発動させるために。

「真実を司りし
 神ウェルスの御名において問う。
 汝、ディエゴ・コンティは、
 故ヘルマン・ツヴァイクの
 公示鳥を盗んだか?」

 ルロイが厳かに告げる。

「も、もちろん。いいえだヤァ」

 ディエゴの問いに
 ウェルス証書が白く光る。

「良かったですね……」

「と、当然だヤァ!」

 内心ひやひやものだったディエゴは、
 ようやく安堵したように胸をなでおろす。
 思った以上にモリーの折檻は
 堪えたようだった。

「どういうこと?」

 モリーは何が何やら
 分からないようであった。

「まぁ簡単に説明しますと……」

 真実を司る神である
 ウェルスの御力を得て、
 作成された証書の質問文に
 真実をもって答えれば証書は白く輝く。
 それが答えた者の身の潔白を示す、
 何よりの証として万人に
 提示できるものとなるのである。
 質問に嘘で答えれば証書は赤く光り、
 嘘をついた罰としてしばらくの間、
 魂が体から引き抜かれるのである。
 ここまでかいつまんだ説明をして、
 ルロイはこう締めくくった。

「魔法公証人は『プロバティオ』つまり、
 証明と呼んでます。と……言うことで、
 ディエゴは公示鳥を盗んでいません」

「まったくその通りだヤァ、
 あんな不味そうなもん
 盗むはずがないんだヤァ。
 オイラがいつも盗み食いしてたのは、
 生物実験用のコカトリスの方だヤァ。
 ぼんじりがウメェんだなこれが」

「そっちかーい!」

 モリーのアッパーがディエゴに決まった。
 ディエゴは断末魔を捻り出す。
 大の字になってのびたディエゴを背に、
 少しは溜飲を下げたのかモリーは、
 両手をパンパンと叩いて
 ため息を吐き出した。

「それより、ルロイさんこそ
 どうしたんですか。
 なにか忘れ物でもしました?」

「それなんですがついさきほど、
 マイラーノ大橋でリーゼさんに
 会いまして」

「リゼ姉に!」

 モリーは飛び上がらんばかりに、
 ルロイに詰め寄った。
 それからルロイはモリーとディエゴに、
 橋での出来事を話して伝えた。
 二人ともところどころリーゼの奇行に、
 驚きとも呆れともとれる感嘆と上げ、
 リーゼの出した謎かけには、
 二人とも頭を悩ませている様子だった。

「情報屋として名高いあなたなら、
 リーゼさんの謎かけの意味が
 分かるんじゃないですか?」

「期待してくれてるとこ悪いんヤが、
 そう言うこたオイラの専門外だヤァ。
 今現在のレッジョのことならともかく、
 昔の伝承やら伝説やらはここの、
 ジーさんバーさんに聴いてくれヤァ。
 ただ……」

「なんです?」

「そもそも、リーゼとか言う女エルフは、
 どうやって赤竜とやらを
 呼び出すつもりなんだヤァ?
 そのために今日どこで何をしていたか?
 まずはそこなんじゃねーのかヤァ?」

「あ……」

 ずいぶん間抜けな話である。
 と同時に、ルロイは苦虫を噛み潰す。
 ディエゴの至極当然の疑問を聞き、
 ルロイはようやく自分が、
 リーゼのペースに乗せられていた
 と今更ながら気づかされた。
 錬金術師が自分の秘儀とやらを
 わざとらしく難解で抽象な言い回しで、
 人々を煙に巻くのはこの世の常識だ。
 どうにも、ルロイはリーゼと出会ってから
 いつもの調子が狂っている。

「それは、やはり魔法陣が関係している
 のではないかと。
 私も薄っすら遠目に見ただけですがね。
 大きさも確か大人一人が
 横になれるくらいでした。
 モリーさん、リーゼさんは召喚術にも
 通じていますか?」

「リゼ姉、専門じゃないと
 言ってましたけど、
 一通り下位の召喚獣くらいだったら、
 召喚しているところは見たことあります。
 でも流石にドラゴンまでは……」

 自信なさげに口を濁すモリーに、
 ディエゴが難しそうに唸って口を開く。

「魔法陣ね……
 実はオイラもここに来る途中で、
 ゴーレムを連れまわして魔法陣を描く、
 エルフの目撃情報をレッジョの各所で
 小耳に挟んだのヤァ。
 そいつがリーゼだって事は
 間違いないヤァ」

「レッジョを火の海に沈めるほどの
 ドラゴンとなるとかなり大掛かりな
 魔法陣が必要なはずです。
 小さな魔法陣をレッジョの各所に
 施す理由がどうも釈然としませんね」

「まぁ、そのリーゼに関してヤァがよ。
 新しい発見、研究のためには、
 違法な人体実験を繰り返し
 その度に街を追われ、
 流れ流れてこのレッジョに来たとか。
 そんな噂ばかりでヤァ。
 今回街を騒がせているのも、
 どうせろくなこと企んじゃいない、
 ってのが世間でオイラが一番耳にした
 人物評価でヤァよ……」

「リゼ姉のこと……
 知りもしないくせに、
 悪く言うな!」

 ディエゴの言う通り、
 それがおおむねリーゼに対する
 世情の意見らしかった。
 モリーとしてはどうにも
 それが我慢なるといった様子で、
 再びディエゴに食って掛かるのだった。
 ディエゴは、頭の沸騰しかかった
 モリーに冷めた表情で
 首を横に振ってみせた。
 
「別にオイラが悪く言ってるんじゃ
 ないだヤァ。
 それと、この件に関係してるか
 どうか分からねぇヤが、
 リーゼの奇行より市参事会の方じゃ、
 パウルとモニカのが噂になってるだヤァ」

「というと?」

「ここ数ヶ月でパウルもモニカも
 最近事業に失敗したらしく、
 資金繰りが大変らしんだニャ。
 そこで、ヘルマンに泣きついた
 らしいんだヤァが、
 あのジーさん自分の発明特許で
 金儲けしてる二人を、
 冷たくあしらっちまって、
 以後親子の関係はかなり険悪になった
 らしいんヤァ」

 ルロイは二人が今回の秘密遺言書の件で、
 ああもやっきになっている訳が、
 ようやく腑に落ちた気がした。
 現実的な実業家の二人である、
 父ヘルマンにまだまだ隠された
 財産があると、
 見込んでいるということなのだろう。

「あー、話は変わるんだがヤァ」

「はい?」

「さっきから、ルロイから
 スゲェ臭うんだがヤァ」

 ディエゴに指摘されると同時、
 ルロイは肝心の事を伝えることを
 忘れていたことに気が付くのだった。
 ルロイはケープの中からリーゼから
 受け取った小瓶を、
 ディエゴの鼻先に突き出した。

「もしや、この瓶から……」

「おお、それだヤァ。
 実は、モニカの工房で似たようなのを、
 嗅いだことがあったヤァ」

 モニカは薬品製造に力を入れ、
 冒険者や錬金術師向けに医薬品から、
 市民向けに美容薬まで製造を手がけ、
 兄パウル同様レッジョ社交界では、
 誉れ高い淑女として名を馳せている。
 もしやと思っていたことが
 ルロイの脳裏でつながってゆく。

「モリーさん。リーゼさんから、
 これの使い方をあなたから教われと」

 モリーは短く呻くと眉間に
 しわを寄せていた。

「ううん……えっと、そうだ思い出した。
 この薬、魔法の痕跡を察知する働きが
 あります。『魔法感知薬』って
 名前だったはず。
 リゼ姉がよくダンジョンとかで、
 研究素材を集める際使ってましたね」

「と言うと?」

「ダンジョンには一見すると見えない、
 魔法陣でできた罠とかも
 あるじゃないですか。
 何もないような石床とか壁に
 設置してあって、
 そこに触ると発動するやつとか。
 ダンジョンに元からあるものもあれば、
 後から来た冒険者がライバルを
 妨害するために、
 設置したものも多いんで、
 それを察知するために必要
 なんだそうです。
 疑わしい場所に薬液を
 吹きかけるんですよ。
 そいで魔法がかかってれば
 その痕跡に沿って、
 光って反応するんです。
 実はこれリゼ姉が発明したんですよ。
 でも特許をとる段になって、
 研究費を資金援助する見返りに、
 モニカさんにとられちゃいましてね……」

「魔法による術式が施されていれば、
 その箇所の素材は選ばず反応すると?」

「ええ、もちろんですよ」

 そこまで聞いてようやくルロイは
 一筋の光明を見いだせた。
 大事に持っていたヘルマンの遺言状を、
 ルロイは作業台の上に押し広げ、
 竜の図柄を睨んだ。

「もう、これに賭けるしかないか……」

「ええっ、一体何を――――」

 ルロイは小瓶の中身を遺言状に
 慎重に垂らしていった。

「これは!」
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