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第六章 黒手の殺人鬼 ~許認可申請~
戒厳令
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「おい、早くどいてくれよ。急いでるんだ」
行商人風の荷物をしこたま背負った男が
前に突っ立ている職人風の男に急かす。
「しょうがねぇだろ、
憲兵どもがこの先を封鎖してんだ」
職人風の男が苛立たし気に答える。
ここも封鎖が解かれそうな気配はない。
ルロイは市庁舎を後にしてしばらく
当てもなく街の雑踏をふらついていた。
ガリアーノの言葉がルロイの脳裏によぎり
これからの考えをまとめるために、
心を静めていたのだが早く事務所に
戻るべきだったと今は後悔していた。
市庁舎の尖塔から九時課の鐘の音が
鳴るころにはマイラーノ大橋に
憲兵の検問所を設けられていた。
ルロイが厳重な検査と尋問を終えて
橋を渡り切ったと思えば、
今度は各地で冒険者同士の乱痴気騒ぎを
鎮めるために武装した憲兵が
至る所で睨みを利かせている。
当然、憲兵によって
封鎖されている区画もある。
おかげでずいぶん遠回りをして
ルロイは事務所へと帰る
羽目に陥っている。
「どうせ、また冒険者の
グループ同士の決闘騒ぎだろ?」
「いや、揉めてんのは冒険者と憲兵らしい。
もともと連中は仲が悪いからな……」
「いや、マーノだ!あの殺人狂が
ついに見境なく殺しまくってる
って噂だ!」
「まさか、いくら奴でも
白昼堂々殺しはやるめぇ」
市政の混乱に乗じて、
群衆の中でデマも飛び交っているようだ。
何がレッジョで起こっているのか
ルロイにも見当が付かないが、
同時多発的に各地で
憲兵と暴れる冒険者との
小競り合いが、街の至る所に飛び火
していることは疑いようもなかった。
≪いざ、聞くがよい!レッジョの善良なる
市民並びに勇敢なる冒険者たちよ。
治安維持局より戒厳令の執行を
通知する。現在我が市において、
不逞の輩が騒乱を起こしている。
市民諸君は各々家に避難せよ。
冒険者諸君は憲兵隊に加勢し共に
不逞の輩を討ち果たそうぞ!繰り返す≫
家屋の屋根からラッパ頭の公示鳥が、
けたたましく戒厳令下の状況を伝える。
ここレッジョで冒険者同士のあるいは、
荒くれ冒険者を取り締まる憲兵隊との
小競り合い自体は珍しくない。
それでも、ここまでの大規模かつ
同時多発的な暴動などは
ルロイも初めて体験するものである。
よもやこのまま内乱でも勃発するのでは、
とルロイは不安が大きくなる。
「ああ、もう。んなこたぁ、
分かってんだよこのラッパ頭!」
同じ文言を繰り返す公示鳥に、
苛立ちを抑えられず
石を投げつける者が現れた。
「いつまで道路封鎖が続くんだよ!」
「おかげで商売になりやしない」
「本官には答えかねます。お帰りください」
しびれを切らして憲兵に
詰め寄る市民も出始めている。
中には、市民の中にもレッジョの
参事会と憲兵を罵る卑猥な歌を
喚き散らすものも出始める始末。
人でごった返す混乱の最中、
ルロイも通行封鎖と人の流れに沿って
歩いて行った。
そして気が付けば――――
「モリー姉ぇ!」
聞き覚えのある子供たちの
怯えた声が耳に入った。
ルロイは事務所のある区画を
大きく東南に迂回し
半焼した孤児院へ戻っていた。
「大丈夫だから……大丈夫だから……
お姉ちゃんがあんたたちを守るから」
子供たちを抱き寄せ宥める少女の声にも、
ルロイは聞き覚えがあった。
「モリーさん。ですよね」
「えっ、ルロイさん?」
「どうして孤児院に」
モリーは洗濯女のように大きな
エプロンを掛けていた。
孤児院の家事手伝いに
来ていたのであろう。
モリーも思わぬ来訪者に口をぽかんと
開けているが、街全体が殺伐としている
中で馴染みの人間に出会えたことが
ささくれ立った緊張を僅かばかり
ほぐしたらしい。少しばかりはにかんで
モリーは口を開いた。
「私も小さいころ、
ここで育ちましたから……
オルファノ兄弟団の一員なんです。
だからここじゃ、
今は私がお姉さんなんです……」
物々しい雰囲気に怯えていた子供たちを、
モリーはそっと抱きしめようやく
子供たちが泣き止んでから、
モリーは弱弱しく微笑んで見せた。
ルロイは手短にこれまでの経緯を
モリーに説明して、紆余曲折あって
歩き通しでクタクタになって喉が
渇いたところまで言い終えた。
それから、ルロイはモリーに
厨房へ案内され簡素なテーブルを
前に椅子に腰かけ井戸からくみ上げた
新鮮な水を振舞われた。
モリーは、自分同様に兄弟姉妹である
孤児たちのために働いているルロイに
せめてものお礼をさせてくれと、
休憩を勧めてくれたのだった。
モリーは取り留めのない話から
切り出した。
親代わりになってくれたサンチェスと
この孤児院での温かな思い出の数々。
孤児院の世話にならなくなったあとも、
恩返しの意味でサンチェスや孤児たちを
助けていること。
モリーはリーゼの工房で
アナと仲良くやっていること、
アナが教えてくれた裁縫の代わりに
自分は料理を教えたこと。
しかし、やがてモリーは
声色を切なくする。
「私の両親は他所から来た冒険者で、
母は私を生んですぐ……父は私が
この子達より小さい頃にダンジョンで
無茶をして……ここじゃ
よくある話ですけど」
モリーもまた話し疲れてか、
井戸水を飲み下して渇きを潤した。
「辛いですよね。
こんなことになっちゃって……
つい最近もサンドラって子が
ごろつき冒険者に……」
モリーは厨房の窓から
土塚の一つに目を移した。
木で作った質素な墓標には
その子の形見だろうか、
何やら首から下げる
ペンダントのようなものが
掛けられている。
「その子も例の襲撃でマーノネッロに?」
「いえ!」
モリーがルロイの言葉を待たずに、
拒絶するように断言する。
「あっすいません。それだけは無いですよ。
マーノさん……いやマーノネッロは、
サンドラの仇を取ってくれましたから」
「仇を討つ?」
「それに、サンドラの宝物まで
取り戻してくれたんです」
「宝物?もしかして……」
モリーはサンドラの墓標まで行って、
そのペンダントを持ってルロイの
眼前に差し出す。ペンダントには
妖精のような可愛らしい精巧な
カメオが彫られていた。
見れば見るほどに名工による
高価な逸品であると分かる。
「ちょうど二週間ほど前に、
この近くで冒険者に強奪されて
その時サンドラは私の目の前で……」
「…………」
「襲撃の日の翌朝、目が覚めたらこれが
孤児院に戻っていて、きっとマーノが
取り返してくれたはずで……だから、
あの夜マーノに孤児院が
襲えたはずがないんです」
「モリーさん」
モリーは少し後ろめたそうに
視線をそらしながら、
モヤモヤした感情を吐き出した。
「あまり大きな声で言えないんですが、
マーノネッロは私たちの味方なんです。
人殺しの事褒めるの、さすがに
大っぴらに言えないから……
こういうの何て――――」
「義賊、ですか?」
「そう、それそれ。あくどい冒険者から
私たちを陰ながら守ってくれるのは
マーノネッロくらいですよ。
実は今回だけじゃなくて前にも
同じことが何度もあったんです。
孤児院の子供が襲われて、
襲った冒険者が殺されて、
奪われた物が戻ってきて……
レッジョの兵隊さんも、
身寄りもない子供を守ってくれない。
殺されたところで、公示鳥の
ニュースにさえなりません」
「…………」
「私はリゼ姉に拾われて、
今はまっとうに暮らせています。
でも、この子達はどうしたら
いいんですか?」
自力救済。
冒険者たちのモットーである。
しかし、その現実はあまりにも
子供達には無慈悲すぎる。
「僕も及ばずながら協力はしますよ」
こんなことしか言ってやれない
非力な自分に苛立っているからなのか、
ルロイは何かが引っ掛かっていた。
何かを見落としているような、
もどかしい感覚。
サンチェス、
ディエゴ、
ガリアーノ、
モリーそれぞれの証言。
二週間前の孤児院への襲撃。
姿を現さぬ殺人鬼マーノネッロを
巡る複雑に絡み合ったレッジョ内の策謀。
見計らっていたかのような冒険者の暴動。
ふと、思い付きのようにある仮説が
ルロイの脳裏に浮かび上がる。
もしあの人物が
マーノネッロだとするならば。
「モリーさん。サンドラを襲った
冒険者の容貌を覚えていますか?」
「う……うん、でもどうして?」
「赤い縮れ毛で鷲鼻、
左目は眼帯をした太い首の大男では?」
モリーは記憶を手繰り寄せているのか
眉間にしわを寄せて眼を閉じていた。
しばらくして、モリーが目を開けると
ルロイの問いかけに
ゆっくり力強く頷いた。
行商人風の荷物をしこたま背負った男が
前に突っ立ている職人風の男に急かす。
「しょうがねぇだろ、
憲兵どもがこの先を封鎖してんだ」
職人風の男が苛立たし気に答える。
ここも封鎖が解かれそうな気配はない。
ルロイは市庁舎を後にしてしばらく
当てもなく街の雑踏をふらついていた。
ガリアーノの言葉がルロイの脳裏によぎり
これからの考えをまとめるために、
心を静めていたのだが早く事務所に
戻るべきだったと今は後悔していた。
市庁舎の尖塔から九時課の鐘の音が
鳴るころにはマイラーノ大橋に
憲兵の検問所を設けられていた。
ルロイが厳重な検査と尋問を終えて
橋を渡り切ったと思えば、
今度は各地で冒険者同士の乱痴気騒ぎを
鎮めるために武装した憲兵が
至る所で睨みを利かせている。
当然、憲兵によって
封鎖されている区画もある。
おかげでずいぶん遠回りをして
ルロイは事務所へと帰る
羽目に陥っている。
「どうせ、また冒険者の
グループ同士の決闘騒ぎだろ?」
「いや、揉めてんのは冒険者と憲兵らしい。
もともと連中は仲が悪いからな……」
「いや、マーノだ!あの殺人狂が
ついに見境なく殺しまくってる
って噂だ!」
「まさか、いくら奴でも
白昼堂々殺しはやるめぇ」
市政の混乱に乗じて、
群衆の中でデマも飛び交っているようだ。
何がレッジョで起こっているのか
ルロイにも見当が付かないが、
同時多発的に各地で
憲兵と暴れる冒険者との
小競り合いが、街の至る所に飛び火
していることは疑いようもなかった。
≪いざ、聞くがよい!レッジョの善良なる
市民並びに勇敢なる冒険者たちよ。
治安維持局より戒厳令の執行を
通知する。現在我が市において、
不逞の輩が騒乱を起こしている。
市民諸君は各々家に避難せよ。
冒険者諸君は憲兵隊に加勢し共に
不逞の輩を討ち果たそうぞ!繰り返す≫
家屋の屋根からラッパ頭の公示鳥が、
けたたましく戒厳令下の状況を伝える。
ここレッジョで冒険者同士のあるいは、
荒くれ冒険者を取り締まる憲兵隊との
小競り合い自体は珍しくない。
それでも、ここまでの大規模かつ
同時多発的な暴動などは
ルロイも初めて体験するものである。
よもやこのまま内乱でも勃発するのでは、
とルロイは不安が大きくなる。
「ああ、もう。んなこたぁ、
分かってんだよこのラッパ頭!」
同じ文言を繰り返す公示鳥に、
苛立ちを抑えられず
石を投げつける者が現れた。
「いつまで道路封鎖が続くんだよ!」
「おかげで商売になりやしない」
「本官には答えかねます。お帰りください」
しびれを切らして憲兵に
詰め寄る市民も出始めている。
中には、市民の中にもレッジョの
参事会と憲兵を罵る卑猥な歌を
喚き散らすものも出始める始末。
人でごった返す混乱の最中、
ルロイも通行封鎖と人の流れに沿って
歩いて行った。
そして気が付けば――――
「モリー姉ぇ!」
聞き覚えのある子供たちの
怯えた声が耳に入った。
ルロイは事務所のある区画を
大きく東南に迂回し
半焼した孤児院へ戻っていた。
「大丈夫だから……大丈夫だから……
お姉ちゃんがあんたたちを守るから」
子供たちを抱き寄せ宥める少女の声にも、
ルロイは聞き覚えがあった。
「モリーさん。ですよね」
「えっ、ルロイさん?」
「どうして孤児院に」
モリーは洗濯女のように大きな
エプロンを掛けていた。
孤児院の家事手伝いに
来ていたのであろう。
モリーも思わぬ来訪者に口をぽかんと
開けているが、街全体が殺伐としている
中で馴染みの人間に出会えたことが
ささくれ立った緊張を僅かばかり
ほぐしたらしい。少しばかりはにかんで
モリーは口を開いた。
「私も小さいころ、
ここで育ちましたから……
オルファノ兄弟団の一員なんです。
だからここじゃ、
今は私がお姉さんなんです……」
物々しい雰囲気に怯えていた子供たちを、
モリーはそっと抱きしめようやく
子供たちが泣き止んでから、
モリーは弱弱しく微笑んで見せた。
ルロイは手短にこれまでの経緯を
モリーに説明して、紆余曲折あって
歩き通しでクタクタになって喉が
渇いたところまで言い終えた。
それから、ルロイはモリーに
厨房へ案内され簡素なテーブルを
前に椅子に腰かけ井戸からくみ上げた
新鮮な水を振舞われた。
モリーは、自分同様に兄弟姉妹である
孤児たちのために働いているルロイに
せめてものお礼をさせてくれと、
休憩を勧めてくれたのだった。
モリーは取り留めのない話から
切り出した。
親代わりになってくれたサンチェスと
この孤児院での温かな思い出の数々。
孤児院の世話にならなくなったあとも、
恩返しの意味でサンチェスや孤児たちを
助けていること。
モリーはリーゼの工房で
アナと仲良くやっていること、
アナが教えてくれた裁縫の代わりに
自分は料理を教えたこと。
しかし、やがてモリーは
声色を切なくする。
「私の両親は他所から来た冒険者で、
母は私を生んですぐ……父は私が
この子達より小さい頃にダンジョンで
無茶をして……ここじゃ
よくある話ですけど」
モリーもまた話し疲れてか、
井戸水を飲み下して渇きを潤した。
「辛いですよね。
こんなことになっちゃって……
つい最近もサンドラって子が
ごろつき冒険者に……」
モリーは厨房の窓から
土塚の一つに目を移した。
木で作った質素な墓標には
その子の形見だろうか、
何やら首から下げる
ペンダントのようなものが
掛けられている。
「その子も例の襲撃でマーノネッロに?」
「いえ!」
モリーがルロイの言葉を待たずに、
拒絶するように断言する。
「あっすいません。それだけは無いですよ。
マーノさん……いやマーノネッロは、
サンドラの仇を取ってくれましたから」
「仇を討つ?」
「それに、サンドラの宝物まで
取り戻してくれたんです」
「宝物?もしかして……」
モリーはサンドラの墓標まで行って、
そのペンダントを持ってルロイの
眼前に差し出す。ペンダントには
妖精のような可愛らしい精巧な
カメオが彫られていた。
見れば見るほどに名工による
高価な逸品であると分かる。
「ちょうど二週間ほど前に、
この近くで冒険者に強奪されて
その時サンドラは私の目の前で……」
「…………」
「襲撃の日の翌朝、目が覚めたらこれが
孤児院に戻っていて、きっとマーノが
取り返してくれたはずで……だから、
あの夜マーノに孤児院が
襲えたはずがないんです」
「モリーさん」
モリーは少し後ろめたそうに
視線をそらしながら、
モヤモヤした感情を吐き出した。
「あまり大きな声で言えないんですが、
マーノネッロは私たちの味方なんです。
人殺しの事褒めるの、さすがに
大っぴらに言えないから……
こういうの何て――――」
「義賊、ですか?」
「そう、それそれ。あくどい冒険者から
私たちを陰ながら守ってくれるのは
マーノネッロくらいですよ。
実は今回だけじゃなくて前にも
同じことが何度もあったんです。
孤児院の子供が襲われて、
襲った冒険者が殺されて、
奪われた物が戻ってきて……
レッジョの兵隊さんも、
身寄りもない子供を守ってくれない。
殺されたところで、公示鳥の
ニュースにさえなりません」
「…………」
「私はリゼ姉に拾われて、
今はまっとうに暮らせています。
でも、この子達はどうしたら
いいんですか?」
自力救済。
冒険者たちのモットーである。
しかし、その現実はあまりにも
子供達には無慈悲すぎる。
「僕も及ばずながら協力はしますよ」
こんなことしか言ってやれない
非力な自分に苛立っているからなのか、
ルロイは何かが引っ掛かっていた。
何かを見落としているような、
もどかしい感覚。
サンチェス、
ディエゴ、
ガリアーノ、
モリーそれぞれの証言。
二週間前の孤児院への襲撃。
姿を現さぬ殺人鬼マーノネッロを
巡る複雑に絡み合ったレッジョ内の策謀。
見計らっていたかのような冒険者の暴動。
ふと、思い付きのようにある仮説が
ルロイの脳裏に浮かび上がる。
もしあの人物が
マーノネッロだとするならば。
「モリーさん。サンドラを襲った
冒険者の容貌を覚えていますか?」
「う……うん、でもどうして?」
「赤い縮れ毛で鷲鼻、
左目は眼帯をした太い首の大男では?」
モリーは記憶を手繰り寄せているのか
眉間にしわを寄せて眼を閉じていた。
しばらくして、モリーが目を開けると
ルロイの問いかけに
ゆっくり力強く頷いた。
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