50 / 86
第六章 黒手の殺人鬼 ~許認可申請~
マーノネッロ
しおりを挟む
すでに日は沈み夜が更けていた。
ルロイは、あの現場を足早に離れると
人目を忍んでリーゼの工房へと急いだ。
人影は窓から見えなかったが、
工房の灯りはまだ点いている。
ドアノブを何度か叩いてようやく
ドアが開かれる。
「おや、どこの間抜け面かと思えば
ルロイ・フェヘール」
いつもの研究者らしいコートを
着込んだリーゼが気だるげに
あくびをしながら現れる。
「よかった。こんな夜更けですが、
頼みたいことがありましてね……」
「もう営業時間外だよ。
モリーや他の職人衆も出払っていてね
今は個人的に新たにそそる研究の
思索中なのだが……
それにしても顔色が蒼白じゃないか。
何かあったのかい?」
リーゼはルロイの全身を眺めまわし、
切れ長の目を細め問いかける。
相変わらず自分のペースを
崩さないというか、
つい先ほど大きな決断をしてきた
自身がまるで道化のようである。
とルロイは脱力する。
「色々あり過ぎて逃げてきたんです……」
疲労と共にルロイは言葉を吐き出す。
そのままリーゼに、
作業台が置かれた研究室に案内され
ルロイは腰を落ち着ける。
「と言うか、外の騒ぎを知らないんですか?
まるで戦争ですよ!」
「あいにくと私は、
政治や戦争には興味がなくてね」
「錬金術と実験にしか
興味がないんですか、あなたは?」
「うーん。あるいは、
猟奇的なそそるやつとか……」
「期待を裏切らない返答ですね」
悪戯っぽく笑みを浮かべて、
ブレないところを見ると、
やはりリーゼを訪ねて正解だったようだ。
ルロイの張りつめた表情を読み取ってか、
リーゼも口元の皮肉っぽい笑みを
引っ込める。
「で、用件は何だい?その顔、
かなり訳ありなんだろう」
「あなたにしか頼めないことです」
真剣に試すような目つきのリーゼを前に、
ルロイはケープからそれを取り出し
作業台にそれを置く。
一見、ぶよぶよと膨らんだ爪先が
鋭い黒い手袋に見える。
微かに鉄臭い臭いがすることを
除けばそれがなんであるか
理解するのは難しいだろう。
「これは、まさか……」
「ええ、運よく現場に居合わせましてね、
マーノネッロの黒い手です」
やはりと言うべきか、
リーゼはある種の病的な
痙攣に顔を歪めているのだった。
その発作的な痙攣をどうにか鎮めるや、
リーゼは可憐な乙女のように
胸を締め付けられていた。
「い、生きてて良かったぁあ!」
「そう言うと思いましたよ……」
冷静で気だるげなリーゼはどこへやら、
熱病に浮かれたように眼前の黒い手を
食い入るように見つめている。
「もちろん、調べさせてくれるんだろう!
ルロイ・フェヘール?」
「ええ、こんなの頼めるのもリーゼ
さんくらいですからね。
引き受けてくれますね?」
「もちろんだとも、分析の結果を
期待してくれたまえぇ!」
リーゼは黒い手を引っつかむと、
薬品が詰め込まれている実験室の一つに
駆け込んでいった。これで後は
リーゼの分析を待つばかりである。
安心した拍子にルロイは
研究室のソファに倒れ込み
寝込んでしまっていた。
「寝ている場合じゃないぞ、
ルロイ・フェヘール!」
「――――えっ、もう?」
気が付けば、
悪戯が成功した子供のように
晴れやかな笑みを浮かべているリーゼが、
ソファに横たわるルロイの間抜け面を
覗き込んでいるのだった。
「実に興味深いことが分かった。
キミに感謝するよ」
ルロイがソファから起き上がるや、
リーゼの手には片側が切られ内側が
捲れた状態の黒い手袋があった。
手袋の内側の手の甲に接する部分に
どこか見覚えのある印が刻まれている。
「これは、もしや……」
「フッ、どうやらこれに
見覚えがあるようだね」
ようやくルロイの中にあった疑惑が
一つの線で繋がった。
同時にレッジョにとっても、
ルロイにとっても長い一日が終わった
瞬間であった。
後に今日の一連の暴動騒ぎを、
年代記はこう語る。
〇月×日
この日、冒険者たちによる暴動が
このレッジョ市を襲った。
暴動の原因はダンジョン税、
アイテム税の税率の高さとみられている。
死者は冒険者、憲兵を含め十九名。
重軽傷者は六十名前後。
これに加えて、市庁舎が何者かに
放火されたものの市の職員や官吏の死者は
幸いにして出ておらず、
略奪されたものもなぜか皆無であった。
そんな中、暴徒たちから市民を守るため、
憲兵隊の陣頭指揮を執っていた
レッジョ市治安維持局の局長
フランチェスコ・ディ・ガリアーノ
の殉職は市民たちに哀悼の意をもって
迎えられた。
ガリアーノは護衛の者数人と
裏路地の一角にて、
悪名高き黒手の殺人鬼マーノネッロと
思われる者と交戦し部下ともども殉職。
マーノネッロが関与した多くの事件と
同じように現場にはガリアーノを含めた
護衛の死体が四体。どれも例外なく
胸や腹を手刀で貫かれ血が引き抜かれ、
証拠らしいものは残っていなかった。
この犠牲にも関わらず、
マーノネッロは依然捕まっていない。
が、マーノによって扇動されたと
みられる一連の暴動はひとまず鎮圧され、
その日のうちにレッジョは
平穏を取り戻している。
レッジョ市参事会は、
暴動鎮圧の指揮における
その辣腕ぶりをもってガリアーノを
英雄として丁重に弔うと公表。
何はともあれ、
私は一市民としてこの平和が
続くことを何よりも望むものである。
『レッジョ年代記』
名もなきレッジョの記録係 より
ルロイは、あの現場を足早に離れると
人目を忍んでリーゼの工房へと急いだ。
人影は窓から見えなかったが、
工房の灯りはまだ点いている。
ドアノブを何度か叩いてようやく
ドアが開かれる。
「おや、どこの間抜け面かと思えば
ルロイ・フェヘール」
いつもの研究者らしいコートを
着込んだリーゼが気だるげに
あくびをしながら現れる。
「よかった。こんな夜更けですが、
頼みたいことがありましてね……」
「もう営業時間外だよ。
モリーや他の職人衆も出払っていてね
今は個人的に新たにそそる研究の
思索中なのだが……
それにしても顔色が蒼白じゃないか。
何かあったのかい?」
リーゼはルロイの全身を眺めまわし、
切れ長の目を細め問いかける。
相変わらず自分のペースを
崩さないというか、
つい先ほど大きな決断をしてきた
自身がまるで道化のようである。
とルロイは脱力する。
「色々あり過ぎて逃げてきたんです……」
疲労と共にルロイは言葉を吐き出す。
そのままリーゼに、
作業台が置かれた研究室に案内され
ルロイは腰を落ち着ける。
「と言うか、外の騒ぎを知らないんですか?
まるで戦争ですよ!」
「あいにくと私は、
政治や戦争には興味がなくてね」
「錬金術と実験にしか
興味がないんですか、あなたは?」
「うーん。あるいは、
猟奇的なそそるやつとか……」
「期待を裏切らない返答ですね」
悪戯っぽく笑みを浮かべて、
ブレないところを見ると、
やはりリーゼを訪ねて正解だったようだ。
ルロイの張りつめた表情を読み取ってか、
リーゼも口元の皮肉っぽい笑みを
引っ込める。
「で、用件は何だい?その顔、
かなり訳ありなんだろう」
「あなたにしか頼めないことです」
真剣に試すような目つきのリーゼを前に、
ルロイはケープからそれを取り出し
作業台にそれを置く。
一見、ぶよぶよと膨らんだ爪先が
鋭い黒い手袋に見える。
微かに鉄臭い臭いがすることを
除けばそれがなんであるか
理解するのは難しいだろう。
「これは、まさか……」
「ええ、運よく現場に居合わせましてね、
マーノネッロの黒い手です」
やはりと言うべきか、
リーゼはある種の病的な
痙攣に顔を歪めているのだった。
その発作的な痙攣をどうにか鎮めるや、
リーゼは可憐な乙女のように
胸を締め付けられていた。
「い、生きてて良かったぁあ!」
「そう言うと思いましたよ……」
冷静で気だるげなリーゼはどこへやら、
熱病に浮かれたように眼前の黒い手を
食い入るように見つめている。
「もちろん、調べさせてくれるんだろう!
ルロイ・フェヘール?」
「ええ、こんなの頼めるのもリーゼ
さんくらいですからね。
引き受けてくれますね?」
「もちろんだとも、分析の結果を
期待してくれたまえぇ!」
リーゼは黒い手を引っつかむと、
薬品が詰め込まれている実験室の一つに
駆け込んでいった。これで後は
リーゼの分析を待つばかりである。
安心した拍子にルロイは
研究室のソファに倒れ込み
寝込んでしまっていた。
「寝ている場合じゃないぞ、
ルロイ・フェヘール!」
「――――えっ、もう?」
気が付けば、
悪戯が成功した子供のように
晴れやかな笑みを浮かべているリーゼが、
ソファに横たわるルロイの間抜け面を
覗き込んでいるのだった。
「実に興味深いことが分かった。
キミに感謝するよ」
ルロイがソファから起き上がるや、
リーゼの手には片側が切られ内側が
捲れた状態の黒い手袋があった。
手袋の内側の手の甲に接する部分に
どこか見覚えのある印が刻まれている。
「これは、もしや……」
「フッ、どうやらこれに
見覚えがあるようだね」
ようやくルロイの中にあった疑惑が
一つの線で繋がった。
同時にレッジョにとっても、
ルロイにとっても長い一日が終わった
瞬間であった。
後に今日の一連の暴動騒ぎを、
年代記はこう語る。
〇月×日
この日、冒険者たちによる暴動が
このレッジョ市を襲った。
暴動の原因はダンジョン税、
アイテム税の税率の高さとみられている。
死者は冒険者、憲兵を含め十九名。
重軽傷者は六十名前後。
これに加えて、市庁舎が何者かに
放火されたものの市の職員や官吏の死者は
幸いにして出ておらず、
略奪されたものもなぜか皆無であった。
そんな中、暴徒たちから市民を守るため、
憲兵隊の陣頭指揮を執っていた
レッジョ市治安維持局の局長
フランチェスコ・ディ・ガリアーノ
の殉職は市民たちに哀悼の意をもって
迎えられた。
ガリアーノは護衛の者数人と
裏路地の一角にて、
悪名高き黒手の殺人鬼マーノネッロと
思われる者と交戦し部下ともども殉職。
マーノネッロが関与した多くの事件と
同じように現場にはガリアーノを含めた
護衛の死体が四体。どれも例外なく
胸や腹を手刀で貫かれ血が引き抜かれ、
証拠らしいものは残っていなかった。
この犠牲にも関わらず、
マーノネッロは依然捕まっていない。
が、マーノによって扇動されたと
みられる一連の暴動はひとまず鎮圧され、
その日のうちにレッジョは
平穏を取り戻している。
レッジョ市参事会は、
暴動鎮圧の指揮における
その辣腕ぶりをもってガリアーノを
英雄として丁重に弔うと公表。
何はともあれ、
私は一市民としてこの平和が
続くことを何よりも望むものである。
『レッジョ年代記』
名もなきレッジョの記録係 より
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~
Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。
それでも、組織の理不尽には勝てなかった。
——そして、使い潰されて死んだ。
目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。
強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、
因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。
武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。
だが、邪魔する上司も腐った組織もない。
今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。
石炭と化学による国力強化。
情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。
準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。
これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、
「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、
滅びの未来を書き換えようとする建国譚。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
勘違いで召喚して来たこの駄女神が強引すぎる 〜ふざけたチートスキルで女神をボコしながら冒険します〜
エレン
ファンタジー
私は水無月依蓮《みなづきえれん》、どこにでもいる普通の女子高生だ。
平穏な生活を送っていた私は、ある日アルテナと名乗る女神に召喚されてしまう。
厨二臭いその女神が言うには、有給休暇で異世界冒険したいから、従者としてついて来なさいとの事。
うん、なんだその理由は。
異世界なんて興味ない、とっとと私を元の場所に返せ。
女神を殴ったり踏みつけたりしてやっと返してもらえるかと思いきや。
え? 勝手に人間を異世界に呼ぶのは天界の掟で禁止? バレたら私も消される?
ふざけるなー!!!!
そんなこんなで始まる私とポンコツ女神アルテナのドタバタ異世界冒険。
女神が貴族をハゲさせたり、「器用貧乏・改」と言うふざけたスキルを習得したり、ゴブリンの棲家に突撃する羽目になったり、手に入れた家が即崩壊したり、色々起きるけど全てを乗り切って見せる。
全ては元の世界に帰るために!!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる