魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

文字の大きさ
52 / 86
第六章 黒手の殺人鬼 ~許認可申請~

エピローグ とある日記の記述

しおりを挟む
 後にディエゴが言うところによると、
 事の顛末はこうである。
 すべてはガリアーノ局長の野心から
 始まったものであった。
 もともと、冒険者風情やよそ者である
 孤児たちを疎ましく思っていた局長は、
 同時に兄弟団の潤沢な財産に
 目を付けていた。
 南街区はレッジョに居ついた冒険者や
 そのおこぼれに与ろうと勝手に
 住み込んだ不法住居者が多い。
 治安の維持を名目にその南街区に
 拠点を置き不穏分子を一気に
 摘発するつもりでいた。
 まず、金で雇ったファビオという
 冒険者をおとりに立てる。
 マーノが孤児を襲ったファビオを
 仕留めに動いた隙に
 局長の配下が孤児院を襲い、
 兄弟団を解散に追い込むため
 孤児院に火を放ち建物を全焼させる。
 なお、ファビオの死体については
 殺害と同時に夜の河に突き落とされ
 そのまま見つかることなく、
 海に流された模様である。
 後は、正式な市民でもない
 浮浪者同然のディエゴに、
 適当な罪状をでっち上げて
 罪を擦り付けた上で
 治安維持局の名のもとに捕縛すればよい。
 ガリアーノ局長の目的は、
 レッジョを騒がすマーノネッロを
 仕留めると共に新たな拠点設立への
 場所と金を手に入れること。
 この目的を同時に達成する目論見こそが
 義賊マーノネッロに孤児院襲撃の
 濡れ衣を着せ、しかる後に
 ディエゴをマーノネッロとして捕縛、
 見せしめに処刑することであった。
 上手く事が成ればガリアーノは
 邪悪な殺人鬼を倒した
 英雄としての名誉を得る。
 それだけでなく、
 兄弟団の財産を手に入れ
 その金で自らの権限拡大のため
 憲兵隊の砦を孤児院の跡地に立てる。
 表向きこのような痛ましい悲劇を
 繰り返さないために。
 と、心にもない弔辞を垂れながらである。
 つまりは、ガリアーノにとって
 金、権力、名誉、そして敵の排除が
 一気に叶うという胸算用であった。
 実際には、ディエゴを捕まえる前に
 ガリアーノはマーノネッロの手に掛かり
 その野望もまた潰えた訳だが――――
 ガリアーノ局長も細剣の達人として
 その名を馳せたかなりの強者。
 マーノもまたガリアーノとその配下との
 決闘に辛勝を収めるも、
 手傷を負い自らの手袋を落とすという
 大きな失態がこの時生じたのだった。
 それから先は知っての通りである。
 先日のレッジョ市の各地で
 冒険者が暴動を起こしたことも、
 市庁舎焼き討ちもサンチェスと
 ディエゴを始め兄弟団の生き残りが、
 奪われた財産を奪還し、
 仲間の命を奪ったガリアーノ局長への
 復讐を果たすための復讐だった。
 それから数日経って市庁舎襲撃事件以降、
 僕はマーノネッロが人を殺したという
 風評を聞かなくなった。
 その一方、実に奇妙なことに
 マーノは弱い者の守護者であり法で
 裁けぬ悪を裁く英雄であるという
 詩が旅の吟遊詩人によってレッジョの
 そこかしこで吟じられ、マーノネッロは
 民衆の間で新たな伝説となっている。
 巷では依然、
 市庁舎襲撃とガリアーノ局長殺害は
 マーノの仕業と信じる
 冒険者や市民も少なくない。
 この種の都市伝説となったマーノへの
 得体のしれない恐怖から、
 人々は自らの心の疚しさを自覚して
 マーノの復讐を恐れて孤児から物を
 奪うような輩も出なくなったと
 僕は思いたいのであった。
 もちろん、これは年代記に決して
 記されることのない真実である。

「レッジョ一市民の日記」より



「一体、何を書いてるんですか?」

 ちょうど、ルロイが椅子に座って
 長い伸びをしてみせたとき、
 玄関口からアナの声がした。
 一瞬、気まずくなってノートを閉じる。

「ええ、ちょっと書き留めて
 おきたいことがあって、
 仕事の覚書を……」

「表紙に日記って書いてありますけど?」

「えっ!」

 ノートを閉じてうっかり表紙を
 見せてしまったことをルロイは後悔する。

「ふふっ、気になる♪」

「あ、これは……その、
 決して見ても面白いものじゃ……」

 日記を慌てて脇に挟み、
 手を振って否定のサインをする
 ルロイは面白いほど
 狼狽えてしまっていて、
 今のアナには逆効果だった。
 そう言えば、
 今日はアナに事務所の掃除とたまった
 書類の整理整頓を頼んでいるのだった。
 仕事の合間にと日記を書いていたら
 もう正午を回っていた。
 手にバスケットを持ってアナが
 悪戯っぽく笑顔を浮かべて
 大きく勇み寄ってくる。

「見せてくれなくていいですよ。
 色々大変だったんですよね、
 モリーとサンチェスさんが
 あなたに感謝してましたから」

 アナはにっこり笑うと
 バスケットを机に置く。
 中を見ると、
 今度は牛肉もつ煮込みランプレドット
 バスケッタで挟んだ
 パニーノサンドだった。
 アナは今リーゼの工房に加えて、
 新しく再建したオルファノ兄弟団の
 孤児院でもかいがいしく
 家事雑用もこなしている。

「まったく、こんなに散らかして……」

 すっかり孤児たちの姉としての
 立ち位置が板についてきたのか、
 アナはため息交じりだが手慣れたように
 事務所の掃除に取り掛かってくれている。
 ルロイは、バジルソースがよく効いた
 ランプドレットをモサモサと味わいつつ、
 冷めた紅茶でそれを胃の中に流し込む。
 今回も大当たり。よく煮込まれた
 モツの旨さが引き立つと同時、
 肉の脂っこさをバジルソースが
 程よく中和している。
 幸せを感じる取り合わせである。
 ふと今、あの孤児院のことが
 ルロイの脳裏を過った。
 兄弟団再設立の許可がようやく
 通ってからというもの、
 あれから一度も足を運んでいない。
 アナの様子からして、
 サンチェスも子供たちも
 元気にしているのだろう。

 平穏な満ち足りた日常――――

 きっと今、
 自分はそれを噛み締めている。
 まだポットに紅茶が残っている。
 すでに湯加減はぬるいがいい感じに
 茶葉が漉されているはずだ。

「貴女もいかがです。
 冷めてますが濃い口の紅茶、
 きっと元気が出ますよ」

「何ですかいきなり?」

 ルロイはポットから茶を
 カップに注ぎアナに渡す。
 アナは労働で喉が渇いていたのか
 一気に紅茶を飲み下し一息ついた。

「うーん。いや、日常とは
 尊いものだなぁ……なんて」

 ルロイは顎に手を当て、
 少し渋い顔をしながら誰ともなしに
 味わい深く言葉を結んだ。
 それからしばらく、
 白けたような沈黙が二人の間に流れ、
 やがてアナの大爆笑によって
 沈黙は打ち消されるのである。

「何を老け込んでんですか!」

 と腹を抱えるアナに笑われながら、
 ルロイは後を掻いて苦笑いを浮かべる。
 こうしてルロイ・フェヘールの一日が
 今日も過ぎ去って行く。
 黒手の殺人鬼『マーノネッロ』を
 巡る血塗られた謀略は
 こうして幕を閉じた。
 失われた者は戻ってこない。
 傷ついた心が癒えるのには、
 まだ時間が必要だ。
 あるいは、傷は癒えることなく
 過去と共に引きずって
 行くものかもしれない。
 しかし、それでもこの街の人々は
 今日という日常を生きて行く。
 きっと、これからも――――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

勘違いで召喚して来たこの駄女神が強引すぎる 〜ふざけたチートスキルで女神をボコしながら冒険します〜

エレン
ファンタジー
 私は水無月依蓮《みなづきえれん》、どこにでもいる普通の女子高生だ。  平穏な生活を送っていた私は、ある日アルテナと名乗る女神に召喚されてしまう。  厨二臭いその女神が言うには、有給休暇で異世界冒険したいから、従者としてついて来なさいとの事。  うん、なんだその理由は。  異世界なんて興味ない、とっとと私を元の場所に返せ。  女神を殴ったり踏みつけたりしてやっと返してもらえるかと思いきや。  え? 勝手に人間を異世界に呼ぶのは天界の掟で禁止? バレたら私も消される?  ふざけるなー!!!!  そんなこんなで始まる私とポンコツ女神アルテナのドタバタ異世界冒険。  女神が貴族をハゲさせたり、「器用貧乏・改」と言うふざけたスキルを習得したり、ゴブリンの棲家に突撃する羽目になったり、手に入れた家が即崩壊したり、色々起きるけど全てを乗り切って見せる。 全ては元の世界に帰るために!!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...