魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第九章 アナの一日とある予兆 ~日常編~

竜笛

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「わぁ、大きくなったね~」

 まるで親戚の子供の成長を喜ぶように、
 アナが声を弾ませる。

「「「キュクイィィ」」」

 朽木の園では成長したフレッチとリッラの、
 子供プリモ、セコンド、テッツオが、
 アナを出迎えてくれた。
 既に三頭ともアナの背丈を余裕で超え、
 体の大きさも馬一頭分に届こうかいう威容であった。
 フレッチとリッラの居住スペースも含めて、
 小竜たちは巣から巨樹の根元の、
 木造の厩舎に移り住んでいる。

「もう少しで空も飛べるようになるぜ」

「ホントに?」

「ああ、その時までにはアタシも
 竜笛を完成させてぇなぁ」

 成長した小竜たちの頭を優しくなでつけ、
 アシュリーは少し物憂げにため息を吐く。

「それで、まず何から始めればいいの?
 やっぱりダンジョンに潜って素材集めとか?」

「ああ、材料ならもう手に入れてる。
 笛も実は途中まで作ってあってさ」

 アシュリーが管理小屋を指さす。
 そこに製作途中の代物があり、
 仕事の合間に作業を進めていた様子である。

「なかなか上手くいかなくてさぁ~」

 アシュリーに管理小屋の、
 作業机の前まで案内されて
 アナは未完成の無骨な竜笛を前にする。
 机に置かれたそれを見て、
 アナは改めてよく観察してみる。
 白い鉱石のように見えるが、
 尖った骨の一部のようにも見える。

「そう言えば竜笛の材料って?」

「飛竜の歯だよ。飛竜は二年ほどで、
 歯が新しく生え変わる生き物だからさ。
 材料自体には困らねぇ。
 まっ、どの飛竜でも良い訳じゃなくて、
 自分の相棒の飛竜の歯を、
 竜騎士自ら加工する必要があるけど」

 アナが机の端に目を移せば、
 飛竜の歯らしき牙状のものが、
 ズラリと並んでいる。
 アシュリーが何度か失敗したのか、
 ヘタクソにノミで穴を開けつつも、
 そのまま歪な形のまま放置されている
 ものもちらほらとある。

「あはは、あんまし見てくれるなよ~」

 まじまじと失敗作を見つめられて、
 アシュリーは苦笑いを隠せない。

「ってことはフレッチの……」

「お、おう」

 手のひらに収まるほどの竜の歯を、
 アナはゆっくりなでつけその滑らかな、
 手触りに思わず息を呑む。
 アナは直感的にロッドを笛にかざし、
 そこにこもるフレッチの思念と、
 そのほかの何かを感じ取る。

「ちょっとこれ借りるね」

「あっ、おい……」

 アナは未完成の笛を引っつかむと、
 フレッチの厩舎まで駆けてゆく。

「どうしたんだよ。いきなり」

 アシュリーが慌ててアナに追いつくと、
 アナはフレッチの顔と笛とを、
 交互に見比べていた。

「キュイィ」

 フレッチもまたアナの存在から
 厳かなものを感じ取ってか短く鳴く。
 アナは目をつむり静かにロッドを掲げ、
 フレッチから何かを読み取ろうと、
 何かを唱えて深い祈りに入っている。

「おっ、おいってば……」

 しばらくアナとフレッチを見守っていた
 アシュリーだったが、
 一人置いてきぼりを喰らっているいるようで、
 沈黙に耐え切れずアナに呼び掛ける。
 アナは目を見開き、
 何か重要なことを思い出したように、
 アシュリーへと振り返る。

「アシュリー言ったよね、
 飛竜はあらゆる魂の運び手だって」

「言ったけどそれがどうしたよ?」

「それと、大いなる喪失」

「へっ?」

「これは私が図書館で読んでた、
 本の一節だけど、
 空っぽだから何もかも入るって、
 ことなんじゃないかな?
 それこそ飛竜教で言う魂だってさ」

 何が何やら分からない風だったが、
 アナがなにか重要なヒントをつかんだのだと、
 アシュリーは直感した。

「キュイ?」

 そんな二人を見て、
 当のフレッチャーは、とぼけた様に
 首を僅かに捻るのみだった。



 アナと共に管理小屋に戻ったアシュリーは、
 足早に作業机へ向かい椅子に座ると、
 錐とノミを手にする。

「私の言った事忘れないでね」

「おう、とりあえずなんか分かったぜ」

「私は技術的なアドバイスは全然できないし、
 アシュリーの方が詳しいだろうけど」

 アシュリーは竜笛を形作りながら、
 手を動かしつつ祈りにも似た感情が、
 腹の底から湧き上るのを感じ取る。

 魂、運ぶ、空っぽ————

 ひたすら無言でアシュリーは、
 錐とノミを打ってゆく。
 それから数時間後、
 夕暮れ時の晩鐘の音が
 響いてすぐのことである。

「で、できた」

 ようやく永遠とも思える長い格闘が終わり、
 アシュリーは全身の筋肉が脱力する感覚を覚える。
 ついに終わったのだという感情だけが残り、
 自分の魂の幾分かは全身の深い脱力と共に、
 どこか遠くに持って行かれたのではないか。
 と思えるほどには魂を込めたはずだった。

「やった。お疲れ様!」

 邪魔をしないように小屋の外で
 見守っていたアナが顔を出し、
 控えめな拍手で親友の健闘を讃える。

「早速、吹いて見せてよ」

「分かったよ」

 既に疲れ切っているはずだが、
 竜笛を完成させたやりきった高揚感から、
 アシュリーは体に力を込めて、
 椅子から立ち上がる。
 アナと共にフレッチの厩舎まで行き、
 アシュリーは意を決して完成した竜笛を吹く。
 透き通った繊細な音が天へと上ってゆく。

「キュイィィ!」

 フレッチが鳴き声と共に、
 翼を広げる。
 それと共に純度の高い、
 昂ぶりが飛竜の巨体をみなぎり、
 フレッチは後ろ足で歩き、
 厩舎の外へと出ると澄んだ瞳で、
 大空を見渡す。


「クゥイィ」

「「「キュクイィ」」」

「えっリッラに、アンタたちまで……」

 フレッチのみならず、
 リッラや小竜たちまでが厩舎から出て、
 皆揃って空を見上げている。

「キュイィィ」

 フレッチが勢いよく翼を羽ばたかせ、
 やがてその後ろ脚が地面から離陸する。

「と、飛んだ!」

 アシュリーが声を上げる。
 そこから一気に空色の巨竜が、
 風をつかみ巨樹の幹の高さまで、
 翼を全開で広げて飛んでゆく。
 朽木の園のシンボルである巨樹の周りを
 フレッチャーが旋回しつつ高度を上げてゆく。

「クゥイィィ!」

「「「キュクイィィ!!!」」」

 続いてリッラが、
 プリモ、セコンド、テッツオが、
 翼を羽ばたかせ次々に離陸してフレッチャーの
 ように巨樹を旋回して昇ってゆく。
 二頭の巨竜と三頭の小竜が、
 空へ羽ばたく喜びと、
 アシュリーを祝福するかのように、
 巨樹の周りを飛び回り、
 甲高い鳴き声を響かせた。

「これが飛竜、魂の運び手……」

 思わずアナがため息を漏らす。
 夕暮れ時の茜雲の下、
 半ば枯れた巨樹の周りを、
 空色の飛竜たちが歓喜の渦となって
 天にも昇らんとせり上がる。
 やがて飛竜たちは各々、
 太い枝に止まり眼下の
 レッジョの街へと大きく一鳴きする。

「ははっ、スゲェぜ。こりゃあ!」

 アシュリーが愉快そうに叫ぶ。
 同時にレッジョの霊園近くの、
 通行人が歓喜にむせぶ
 飛竜の甲高い声に思わず足を止め、
 一人また一人と空を見上げてゆく。

「うう~なんか、夢みたいな光景」

 アナは思わず幻想的な光景に引き込まれ、
 ロッドに自分の思念を込めていることに
 今更気が付いた。
 アナの魔力で輝くロッドに、
 何故かダンジョン内のフェアリークラブが、
 誘蛾灯に群がる蛾のように集まっていた。

「あわっ、あわわわ!」

「うん、ダンジョン内のフェアリークラブまで!」

 空を飛ぶフレッチたちの雄姿に見とれるあまり、
 すぐ近くの光景が見えていなかった二人は、
 現実に引き戻されたように慌てふためく。
 そして、集まっていたのは可愛らしい見た目の
 フェアリークラブだけではなかった。
 地面が盛り上がりそこから巨大な芋虫状の
 モンスターが数体おぞましく蠢いてくる。

「ゲェ、前に駆除したはずの、
 ゾンビワームじゃんかぁ!」

「あわわ、どうしましょう?」

「アナ、落ち着け……
 まずはロッドに力込めるの解除して」

 すっかり混乱するアナを、
 アシュリーは宥める。
 
「は、はいっ」

 短く深呼吸すると、
 アナは自らの力を弱め脱力した。
 直後アナの力に吸い寄せられていた、
 モンスターたちは霧散してゆくように
 あちこちに去って行った。
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