魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第九章 アナの一日とある予兆 ~日常編~

宴会

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 一通り完成した竜笛を使って、
 アシュリーがその機能を把握した頃には、
 すっかり夜の帳が降りる時間になっていた。

「いやぁ、アナのおかげで
 まさかこんな早く完成するとは
 思わなったぜぇ。
 今夜の晩飯はアタシが奢るぜぇ。
 それから今日はここに泊ってけよ」

「えっ、この朽木の園に?」

 意外そうにアナが応じる。

「ここまで付き合ってもらって、
 何もしないのはワリィからな。
 ボロい安普請で悪ぃけど、
 そこはまぁ堪忍な」

 アシュリーが管理小屋の、
 二階にあたる屋根裏部屋を指さす。

「ホントにいいの?」

「こんな暗くなった時分に女の子一人
 帰す訳にもいかねえさ。
 またあんな目に合いたかねぇだろ?」

「そ、そうだったね……」

 例の種付けおじさんの一件を
 思い出してアナも苦笑いする。

「そいじゃ、これから晩飯どっかで
 買ってくるからその間ちょいと
 ここで留守番頼むわ~」

「うん、どうもありがとう」

 そうアナが嬉しそうに頷くと同時。

「オラッハー!晩飯とあと、
 酒とつまみも持ってきたぜぇ!」

 聞き覚えのある奇声が、
 アナとアシュリーの鼓膜を叩く。
 したたか酒を飲んだギャリックが
 酒瓶と食べ物を満載したバスケットを
 持って小屋に入って来る。

「ここは実に典型的な
 しみったれたダンジョンだが、
 まぁ先ほどの飛竜の曲芸は
 なかなか耽美的だったよ」

 続いて瓶詰めの食料品を抱えた
 リーゼがしたり顔でやって来る。

「だったら、テメェは来るな!」

 速攻でアシュリーがツッコむ。

「どうも、お邪魔するだヤァ」

「お二人さんこんばんわー」

 夕食のおこぼれに預かろうと
 ホクホク顔のディエゴが飄々と、
 最後にモリーが、
 お手製の諸々焼きたてパイを
 バスケットに山積みにして入室する。

「み、皆さん!」

「オイオイ、みんなしてどうしたよぉ。
 もうこのダンジョンは営業時間外だぜぇ」

 まるでこれからここで宴会でも、
 始める気かとアシュリーも呆然と
 押しかけて来た一行の顔を眺める。

「さっきフレッチたちが飛ぶの、
 みんな見てたんだよ~」

 モリーがむふふと笑って見せる。
 どうやらすでに街中の噂になっているらしい。

「竜笛とやらを完成させたそうだね。
 不器用でセンスのないキミの事だ、
 さぞや失敗を重ねての成果だと思ってね、
 ささやかながらお祝いさせてもらうよ」

 シレッと痛いところを的確に突くリーゼに、
 アシュリーは顔を真っ赤にして
 親指を下に突き出す。

「やっぱテメェだけは来んな!」

 ギャリックがバスケットを、
 小屋の応接テーブルにドカッと置く。
 はち切れんばかりに中身は、
 道中の屋台で買ったであろう
 デカい肉の串焼きにパニーノサンド、
 高そうなワインボトルが数本。

「今日はダンジョンで
 景気よく稼げたからよぉ。
 俺も奢ってやんぜぇ!」

「ミートパイにブルーベリーパイに
 キッシュも作ってきましたよ」

 モリーが慣れた手つきでパイと、
 取り皿をテーブルに並べる。
 ディエゴは早く料理にありつきたくて、
 よだれを垂らしている。

「みんなで食った方が美味いだヤァよ」

 アナとアシュリーは、
 不思議と笑いが込み上げてきた。
 思えば、こんな風に大人数で集まって
 食事をするなど二人にとって
 何年振りだろうか。
 そう思い至るものの、
 アナは一つの気掛かりを口にした。

「そう言えば、ロイは?」

「ああ、私たちも誘ったんだがね。
 仕事が片付いていないと断られたよ」

「まったく、あいつは堅物で
 付き合い悪いだヤァ~って……あ痛て!」

 ディエゴは我慢しきれず
 リーゼが抱えていたパケットに
 嚙り付こうとして、あえなく
 お預けを喰らいそのままバランスを
 崩して床にコケてしまっていた。

「ヒャハハ!今日は二人とも
 大変だったそうじゃねぇか。
 今日はパーッといこうぜぇ!」

 ギャリックが赤ら面で陽気に笑い二人を労う。

「ああそうだったそうだった。
 みんなの好意あり難く頂くぜ。
 とにかくメシだ!メシ!」

 体力も集中力も一番酷使したアシュリーが、
 腹の虫に気が付き席に着く。
 形はどうあれ、
 皆二人を気遣っていることは確かだった。
 苦笑しつつも最後はアナもアシュリーも
 その場のノリに合わせる形で、
 テーブルを囲っている。
 こうなればもう、
 野暮は言わず楽しむのが
 レッジョでの流儀である。



 そして気が付けば、
 皆思い思いに飲み食いして
 勝手にどんちゃん騒ぎしていた。
 そう言えばとアナは思う。
 アシュリーとモリー以外の仲間たちに
 この質問を投げたことはなかった
 と思い至りつい口を開く。

「あの、皆さんはどうして
 レッジョに来たか聞いてもいいですか?
 私は、レッジョで活躍する父に憧れて、
 何者でもない自分が嫌になって
 冒険者になりました」

 アナは今更ながら遅すぎる自己紹介を
 自分がしているようで、
 気恥ずかしい気もしたが、
 一度真剣に皆に聞いてみたかった。
 すでに酒が入って出来上がっている者も居たが、
 アナの質問は皆の耳に届いたようで
 雑然とした雰囲気は一瞬なりを潜めた。

「ヒャア!そりゃオメェこんだけ
 ダンジョンがありゃ、
 強くて面白れぇ奴が一番
 集まってきそうだからよぉ!
 レッジョは滾る街よぉ!!」

 いつもの直情的なノリでギャリックが、
 ストレートに返す。

「私はキミとは逆だな。
 何者でもない有象無象だらけ。
 だから、この街は面白いのさ」

 リーゼは意味深に答える。
 白ワインをクイっと一杯あおり、
 更に言葉を続ける。

「土着的な因習や過去。
 私はそういうものが嫌で
 故郷を飛び出したくちでね。
 不思議なことにここは一見
 雑多に見えてその実まっさらなんだ。
 レッジョは因縁めいたこだわりが
 ないから私にとっては居心地がいい」

 リーゼは滔々と自らの価値観を語ると、
 グラスにまた白ワインで満たし、
 のどを一気に潤す。

「ここに来て、
 オメェと気が合うとはなオイ。
 家族がいなくなったってのもあったが、
 アタシも故郷が息苦しくておん出てきたのさ。
 アタシの肌に合わないっつーか」

 モリーのミートパイをがっつきながら、
 アシュリーがうんうんと頷く。
 リーゼが嫌味ったらしく笑ってみせる。

「本当は、君が粗忽過ぎて一族から
 追放されたんじゃないか?」

「んだとコラ!」

 二人のいつもの平常会話は
 こんな時でもブレないのであった。

「……ん、オイラかヤァ?」

 ディエゴは飲み食いすることに夢中であった。
 ようやくアナの視線に気が付き、
 エールで腔内に詰め込んだ食物を
 一気に流し込みディエゴは
 大きくゲップをする。

「オイラは生まれも育ちもここでヤァ」

 ディエゴは胸を張って答える。
 モリーと同じくレッジョ生まれの、
 レッジョっ子らしい。

「まぁ親父もお袋も、
 不法にレッジョに入ってきた
 不良コボルトでヤァ。
 オイラがチビだったころに
 死んじまってだヤァ。
 幼いオイラは生きるために
 なんでもしたのヤァ。そん中で、
 このレッジョで冒険者を始め
 旅人に商人に巡礼者に、
 まぁとにかく色々見てきたヤァ」

 珍しく食べる手を止め、
 ディエゴはしみじみ昔を
 思い出すよう目を閉じる。
 一見いい加減で能天気に見える
 ディエゴだが、生まれてからずっと
 この街で酸いも甘いも舐めてきた
 その直感はこの中の誰よりも鋭い。

「じゃあ、ディエゴさんから見て
 外から来た冒険者ってどう思います?」

「んー難しい質問だヤァ~」

 ディエゴは困ったように眉間にしわを寄せ唸る。

「レッジョに来る人間は
 冒険者にあるなしに関わらず
 貪欲で好奇心旺盛。
 でも、冒険者に限って言えば
 こういうことは言えるかもヤァ。
 『自由を渇望する空っぽ』。
 少し前の気取った言い方をすると
 『大いなる喪失』ってやつかヤァ」

「ほう、まさか君がチェーザレの
 『レッジョ史』を読んでいたとはね」

 ついにワインを瓶ごと豪快にあおりながら
 リーゼが声を弾ませる。

「チッチ……オイラを舐めちゃいけねぇヤァよ。
 これでもレッジョ一の情報通だヤァ。
 それくらい当然知ってるヤァ。
 まぁ読んだじゃなくて、
 聞きかじりだけども……」

「それ、途中ですけど読みましたよ」

 アナが興奮気味に身を乗り出す。

「じゃあ、話は早いヤァ。
 つまり、どー言うことかってーと
 冒険者って奴は基本空っぽで
 どーしようもなく馬鹿なんだヤァ」

 ディエゴとギャリックの目線がかち合う。
 しこたま酒を飲み赤ら面のギャリックは、
 更に顔を紅潮させながら腕をまくり
 ディエゴの襟首を掴む。

「ヒャアー!テメェそりゃ、
 俺への当てつけかオラァ!!」

「いやいや……そういう、
 空っぽじゃないのヤァよ!」

 慌ててディエゴが首を振る。

「さっきの発言。
 空っぽなのは頭じゃなく
 心がって意味だろう?」

 今にもギャリックにぶん殴られそうな
 ディエゴにリーゼが助け舟を出す。

「ど……どういうことですかぁ?」

 アナは釈然とせずにいる。

「しがらみが多いって言うのかヤァ」

 ギャリックから襟首を離され、
 ディエゴがむせながら答える。

「心が満たされているならば、
 冒険者になんぞならない。
 レッジョになんざ来ない。
 自由を渇望なんてしない。
 チェーザレが言わんとする
『大いなる喪失』ってのは、
 何かを失った自分の姿と
 偉大な過去を失ってしまった
 レッジョを重ね合わせて、
 冒険をする自分の人生を慰めたいから。
 まぁ、それは私らだって同じだろうがね」

 リーゼがディエゴの言葉を
 継いで説明する。

「まぁ、分かる気はすんぜ……ソレ」

 アシュリーがソーダ水をあおりながら、
 自嘲気味にため息交じりに頷く。

「上手く言えないんヤァが……
 ある意味、オイラが今まで
 ここで見てきた中でルロイが
 一番冒険者らしいのヤァ」

 仲間内で唯一ここにいない男の名を
 ディエゴはぼそりと呟く。

「ええっ!」

 ディエゴの意見に、
 意外そうにアナが声を上げる。

「ああ、分かるよ」

 リーゼが切なげに切れ長の目を
 細め悲しく微笑んでみせる。

「この中じゃ、
 オイラがあいつとの付き合いが
 一番長いからヤァ。それで、
 そう感じるだけかもだがヤァ~」

「あ~なんか分かるわ」

 何故か、アシュリーは父マティスの一件で、
 遥かなるきざはしからの帰り道で出会ったルロイの、
 どこか切なげな顔を思い出していた。

「ルロイが昔冒険者だったって
 ことアナは知ってるかヤァ?」

「ええ、まぁ……」

 アナがコクコクと頷き答える。
 その反応を見てディエゴは何故か、
 舌をぺろりと出して意地悪っぽく笑う。

「じゃあ、そっから先はオイラとしても
 みなまで言うまいだヤ~」

 一瞬アナは拍子抜けしそうに肩を落としたが、
 その刹那ディエゴの瞳にどこか
 深い悲しみが宿っているようにも見えた。

 『自由を渇望する空っぽ』

 アナは初めてはっとなる。
 レッジョに来る者とは、冒険者とは、
 もちろん自分も含め過去は違えども
 満たされぬ業を背負って
 生きているということ。

「ま、アナの姉ちゃんさえよければ、
 これからもあいつを支えてやってくれだヤァ」
 
 そう言ってディエゴはもとの陽気な
 食い意地の汚い顔に戻り、
 肉の串焼きをむしゃむしゃと頬張っていた。

「ピャブレガー!
 なにぃしんみりしてやがぁる!
 飲もぉうぜ、今宵人生肴にしてぇ!!」

 そこに、更に顔を赤くしたへべれけの
 ギャリックが呂律の回らない口調で
 酒瓶を抱えながら、
 アナとディエゴに絡んでくる。

「ヤァギャー!酒臭いだヤァ。
 離せってこのニンジン頭!!」

「ビビャア!この、毛むくじゃらぁ!
 俺はニンジンなんかじゃあねぇ!!」

 ディエゴがギャリックへの禁句を口にして、
 しばかれている。

「うふふ」

「あはは」

 アナとアシュリーが揃って笑う。
 宴もたけなわなのだった。
 人の一生は短く儚く、
 同じ場所に集い馬鹿をやるのも、
 つまるところ夢のようであり、
 奇跡のようでもあった。
 お互いの過去はそれぞれ、
 生き様も背負いし業もそれぞれ、
 究極的に孤独であっていちいち
 他者に理解など求めない。
 それでも、今はこうして同じ場、
 同じ時をもって笑っていられる。
 きっとそれは、お互い
「大いなる喪失」とやらを
 その実愛しているほどに
 人が度し難いからなのだろう。
 それを幸福と呼ぶには、
 人生は少し長く
 苦しいのかもしれないが……
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