魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~

決意と出立

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「それから先は、貴女も
 知っての通りですよ……」

 少年時代からのことを語り終えると、
 少しばかり楽になったのか、
 それともここまで来た因果のために
 ため息を一つ吐き出した。
 ルロイはすっかり冷めきった紅茶を
 一気に喉へ流し込んだ。

「じゃあ、ロイは
 ロジャーって人を救いに?」

「初めは、もし彼が生きているなら
 せめてもの罪滅ぼしにと思っていました。
 しかし、今となっては
 どうなんでしょう……」

 照れくさく後頭部を掻きむしりながら、
 ルロイは十年ぶりに
 冒険者としての支度を始める。
 この時のために、
 鎧と幾つか武器も新調した。
 本当は分かっている。
 ロジャーの最後の言葉、
 それに応えうるための
 この十年だったと疑いなく信じている。
 戦支度をしながら不意にアナと目が合う。

「私もロイに同行しても許してくれる?」

 もはやルロイを止めることができない。
 アナは納得しかねるが理解はできている。
 そんな感情を抑制した声色だった。

「優しいんですね。こんな僕など
 見捨ててくれていいのに……
 うん、良い具合だ」

 皮鎧に愛用のチンクエデアに
 予備のダガーを数本。
 腰のベルトには幾つか小道具を詰め込み、
 最後にケープを羽織り
 ルロイの戦支度は完了した。
 自らの罪を告白し少し気が楽になったか、
 ルロイはアナの申し出に
 肯定も否定もしなかった。

「ならせめて、戻って来るって約束して!」

 妙に清々しい面持ちでいるルロイを見て、
 アナは諦観をにじませ叫んだ。

「大丈夫です。僕は戻ってきますよ。
 いや、共に戻って来ましょうこの場所に」

 ルロイが力強くアナ引き寄せ抱きしめる。
 アナの瞳が涙で濡れる前に、
 ルロイはいつも通りの笑みを手向けた。
 これまでも、ルロイは魔法公証人として
 依頼人や仕事の一環として
 ダンジョンに潜ることは何度かあった。
 冒険者の装備に身を包むのは十年ぶりだ。
 ロジャーと共に過ごした記憶が
 脳裏に鮮明に蘇る。
 ダンジョンに挑むのは
 実に十年ぶりである。
 懐かしさを通り越した熱い感情が
 ゾクリと背筋を撫でつける。
 まだ冒険者だったころ血も
 この体に滾っているらしい。
 いまは、その血が健在であることを
 ルロイは素直に喜んでいた。

「オラッハー!!
 ロイてめぇ元気かオラァ!」

 荒々しいノックと共に
 事務所の玄関先から、
 聞き間違えようがない
 馴染みの奇声がルロイの鼓膜を叩いた。
 事務所の玄関に出るや
 落ち着きのないギャリックが
 ルロイを待っていた。

「リックですか、相変わらず物々しい」

「ヒャア、遅ぇぞったく!」

 もともとこの時のために、
 ギャリックには自分の護衛として共に
 異界の扉へ行くよう事前に頼んである。
 レッジョにおいて命知らずで
 腕が経つ冒険者は数多くあれども、
 こんなことを頼める者は
 そう多くはいない。
 ギャリックはルロイの言葉を最後まで
 聞かずに二つ返事で快諾してくれた。

「俺ぁ元より、異次元の猛者どもと
 やり合ってみたかったのよ。
 つかオメェが嫌だっつても
 付いてくからな!」

 ギャリックらしいと苦笑いしたが、
 今のルロイには頼もしい限りでもあった。
 既に街に侵入してきたモンスターとの
 激戦を繰り広げてきたのであろう。
 ギャリックの得物の
 ロングソードの白い鋼と
 額当てから両手のガントレットにかけて
 モンスターのものであろう
 返り血で汚れきっていた。

「ビャアァルッヴァアー!!
 こちとら、雑魚相手の準備体操は
 もう飽きたとこだぜぇ!ぜぇ!」

 もはや居ても立っても居られない。
 とギャリックはルロイを急かす。

「まったく、そっちこそいつも以上に
 落ち着きがないんですから」

「アレを見て滾らん奴の方が
 どーかしてっぜ!」

 まるで数年に一度のお祭り騒ぎを
 楽しみにしている子供の様に
 ギャリックはにやけて見せる。
 獰猛な笑みのまま嬉々として
 ギャリックは暗雲立ち込める
 遥かなるきざはしを指さした。

「ええ、嫌というほど知ってますよ」

 ルロイはこれから自らが
 向かうべき死地を見上げた。

「ポルァ、今更怖気づいてねぇよな?」

 ギャリックがわざとらしく
 おどけて見せる。

「分かってますって。
 あなたを呼んだのも正にアレですからね」

 ルロイも気の知れた悪友に
 返すかのように不敵に笑い返す。

「おうよ!」



 混沌とした街中を三人は駆け抜ける。
 見晴らしのいいマイラーノ大橋から、
 ダンジョンからがあふれ出した
 スライムやらゴブリンやら亜種を、
 普段は仲の悪い冒険者と憲兵、
 市民までが共に協力し
 モンスターの鎮圧に当たっている。
 さながら伝令代わりに、
 金属的なやかましい鳴き声の
 ラッパ頭の公示鳥が飛び回り、
 各地で応戦している部隊間を
 駆け回っている。
 もはや、市民への避難警告だの
 外出禁止をするまでもなく
 レッジョは戒厳令どころか
 戦場そのものであった。
 ルロイはより近くで、
 遥かなるきざはしを見上げる。
 十年前の前回よりも、
 遥かなるきざはし周辺の地場の乱れが激しく、
 その歪みをどうにか抑えるには
 レッジョの魔術師全てであたっても
 完全に防ぎきることは難しい。
 との意見が市参事会の緊急会議で
 大半を占めていた。
 中にはいっそのこと、
 封印の力を弱めてしまい、
 その隙に市民軍の精兵を送り込み
 地場の乱れの源となっている
 歪みの原因を倒してしまおう。
 というイチかバチかの意見が出る。
 成功すればいいが、下手をすれば
 レッジョ市内は魔物であふれかえり
 最悪のレッジョそのものが全滅する。
 との反論に合いこの案は
 採択されなかったが。
 また、扉の中へ飛び込むにせよ扉が
 閉じる時間がくると今度は
 磁場の収縮により地場が
 閉じようとするため、
 少しでも手間取れば
 ダンジョン内からの脱出が
 困難になる可能性が高くなる。
 かといって、人間の力で扉を
 こじ開けたままにするなど扉を
 完全に封印するのと同様土台無理な話で、
 せいぜい封印を遅らせるに過ぎない。
 それも度が過ぎれば異次元から
 現出した扉を無理に引き留める形
 となってしまうため、
 多大なる魔法の発動で
 扉近辺の遥かなるきざはしの磁場が
 大いに乱れる恐れがある。
 そうなれば最悪、遥かなるきざはし
 崩壊する恐れさえあると、
 学者達は主張する。
 現に身の安全を第一に考える市民は、
 家族と共に港から船で脱出している。
 しかし、中には何だかんだで
 街のために戦ってくれている冒険者や
 憲兵たちの後方支援のために残った者や、
 愛着のあるレッジョから離れることを
 良しとせず家を要塞の様にして
 決死の覚悟で
 引き籠る剛の者もかなりの数いたりする。
 住民は住民で郷土愛と意地を見せて、
 決死の覚悟でこの街に
 残っているのだった。
 彼らの多くに、かつて冒険者として
 このレッジョを訪ね、やがて
 この街を愛して土着化した元冒険者が
 いたのも揺るがぬ事実であった。
 ルロイとてそんな住人の
 一人であることに、
 今更実感が湧いてくる。
 自分が『異界の扉』に挑む理由は
 すでに一つではなくなっていた。
 この街とこの街で過ごした十年間の
 思い出をルロイは守りたいと
 切に願っていた。
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