魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~

魔法公証人

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 遥かなるきざはしの頂点、
 そこは幾つもの異界に繋がる
 禁域であると共に、
 十年に一度開くという、
 封印されし扉があると言う。
 その名は幾つかあるが、
 レッジョの冒険者ギルドは分かりやすく
『異界の扉』という通名で呼称している。
 扉そのものから異形のモンスターが、
 またそこから放たれる磁場が
 レッジョ近辺のモンスターの
 活動を活発化させているらしい。
 街の中に入り更に詳しく話を聞くにつけ、
 異界の扉を攻略すべきか、
 あくまで扉が閉じるまで市街地の
 守りに徹するべきかでレッジョの
 市参事会の意見が
 真っ二つに分かれていた。
 あの時の市長の言動からして、
 ルロイは多大なリスクを冒してまで
 異界の扉攻略を望む何かがあると悟った。
 実のところ、何十年か前にも
 幾度か異界の扉が広がった時期に
 扉の内部を探索に出た
 冒険者たちが何人もいた。
 が、その多くは生きて戻らず、
 命からがら戻ってこれた
 数少ない冒険者も心身ともに深く傷つき、
 その後冒険者として復帰できたものは
 一人も居ない有り様だった。
 それでも、数少ない生還者たちは
 ある興味深い貴重な情報をもたらした。
 それこそが、『心願の壺』と
 呼ばれる謎の異物であった。
 なんでも、それを手にした者は
 真に己が欲するものをなんでも
 手にすることができるという。
 現にそれで願いを叶えた者は
 いるのだった。
 しかし、心願の壺を
 持ち帰った者はいない。
 異界の扉から生還した者たちは
 一様にその壺のことをある種
 病的な熱っぽさをもって口にした。
 がそれ以上のことは他のものが
 問い詰めても決して口にしなかった。
 彼らが何を壷に望み、
 何を叶え、
 なぜパーティが全滅したのか?
 分からずじまいなもので、
 心願の壺など異空間の瘴気に
 当てられた者が見た幻覚だの、
 精神を病んだ冒険者崩れの戯言だの
 と決めてかかる者も多かった。
 しかし、生還者が皆一様に壺の存在を
 認知し同じ体験をしていることから、
 異界の扉が開かれ徐々に
 その内部が探索されるにつれ、
 心願の壺の存在への信ぴょう性は
 高まっていった。なにより、
 なんでも望みが叶うものという、
 人間の中でも最も貪欲で無謀な
 冒険者たちの欲望を際限なく
 掻き立てていった。
 ルロイ・フェヘールもまた
 その業を背負う一人であった。
 それから先は、随分早く事が進んだ。
 その心願の壺を持ち帰ることができれば、
 レッジョの参事会で、
 のし上がることさえ可能だろう。
 ここまでロジャーの
 無茶ぶりに付き合い、
 こうして生き残ってきたのだ。
 それなりに自らが冒険者として
 優秀であるとルロイは自負している。
 が、それとてロジャーの
 手助けによるところが大きい。
 元より冒険者として自分など
 二流どころも良いところであると、
 ルロイは冷徹に自らの能力を
 見定めるくらいには、過信を戒めていた。
 それに、いつまでも冒険者で
 居続ける訳にも行くまい。
 いつかはやめる日がくる。
 だからこそなのか、
 心願の壺の話を聞きロジャーが
 異界の扉の攻略に乗り出しを決定した時、
 それまでの自らへの諦観を装っていた
 ルロイの野心の火が
 急速に猛り始めていた。
 ロジャーから見て二番手の人間ではなく、
 別の形で成り上がることができる。
 その結果は、言うまでもない。
 心願の壺に魅入られたルロイは
 他の仲間同様、
 自らの邪な野心を吐露し、
 壺に潜んでいた何者かに
 取り込まれそうになる。
 その状況で身を挺して
 止めようとしたロジャーをあまつさえ、
 仇のように殺意をもって
 ダンジョン内の谷底へと突き落とした。
 全てを失ったルロイは帰還後、
 異界の扉の騒ぎが収束した後、
 魂が抜けたようにレッジョに留まり、
 失意の中酒浸りになっていた。

「あのロジャーでさえ
 攻略は無理だったとは……」

「あの兄ちゃん。もう二度と、
 冒険者稼業はできねぇだろうなぁ……」

「あ~あ……このザマじゃあ、
 次の十年『異界の扉攻略』は
 ねぇかもな……」

 そんな失望と哀れみが混じった声が
 時折ルロイの耳に入ってきたが、
 もはやどうでもいいことだった。
 やがて異界の扉に
 恐れをなしていた商人や
 冒険者たちもレッジョに戻り
 いつもの活気あるレッジョの姿が戻ると
 レッジョの人々は、
 早くもロジャーのことも
 ルロイのことも忘れ始めていった。
 故郷に戻ることもできたはずだ、
 それでもこの場所に留まり続けたのは、
 罪悪感からか、それとも
 冒険者としての未練ゆえか、
 そんな感傷がすでに終わった人間に
 なりかけたルロイの胸中を
 何度か撫で擦った。やがて、
 それすらも考えるのが
 億劫になってきたそんなある日。
 すでに誰も訪ねることが
 なくなって久しい。
 薄汚れたルロイの仮宿を訪ねる
 一団の姿があった。

「ルロイ・フェヘールだな」

 誰とも知れない男の声が、
 長らく人と話すことさえ
 拒んできたルロイの耳に、
 やけに重々しく響いた。
 仮宿の床にうずくまっていた
 ルロイが見上げれば、
 数人の従僕を付き従えた
 厳しい顔つきの刑吏がいた。
 ルロイが弱弱しく虚ろに頷くと、
 男の両脇に控えていた無表情で
 屈強そうな従者二人が、
 罪人でも引っ立てるように
 ルロイを起き上がらせた。

「信託が下ったのでな……
 真実を司りし我らが神
 ウェルスの御名において。
 神殿までご足労願う」

 刑吏の声には有無を
 言わせぬものがあった。
 従者はそのまま
 衰弱しきったルロイを連行した。
 もしや自分を裁くつもりだろうか?
 それならそれでそれも良い気がした。
 それで、ロジャーへの償いになる
 とは思えなかったが、
 自分にはふさわしい末路だ。
 ルロイに抵抗する気力はなかった。
 しばらくしてルロイは、
 中央広場の一角に位置する
 壮麗なウェルス神殿へ通された。
 神殿の祭壇の前に引き出されるや、
 跪くルロイの前に行為の聖職者らしい
 純白のローブを着た厳かな老人が
 何かを定める目つきで
 ルロイを見下ろしているのだった。

「いきなりのことに、驚いておろう。
 紹介が遅れていたな、
 わしはエンツォ・ディ・フィオーレ、
 我がレッジョにおいて
 市参事会の司法長官と
 この神殿の長を務めておる」

 厳しい声色かと思いきや、
 どこか慈しみさえ感じさせる
 同情のこもった言葉が
 返ってルロイを混乱させた。

「僕を裁くおつもりですか?」

 すでに覚悟は決めている。
 自棄になってみたものの、
 ルロイはどこか静かな面持ちでいた。
 ようやくこの責め苦から
 解放されるかもしれない期待と安堵が、
 死への恐怖に勝ったためである。
 フィオーレはというと、
 少し困り顔になってルロイの今や
 淀んだ双眸を諫めるように見据えると、
 短く咳をすると事務的に言葉を継いだ。

「我らがレッジョでは、
 信仰の種類もあり方も様々だが、
 レッジョの都市法の法源は
 真実を司るウェルス神である」

 フィオーレは自らの背後に屹立する
 ウェルス神の神像を見上げる。
 神像は男性的とも女性的
 ともいえる顔立ちで、
 体躯は中性的に彫られていた。
 右手に聖典、左手に天秤をもった
 大理石の像。
 どこか物言わぬ神像は、
 こわばった表情のままルロイを
 今まで心待ちにしていたようにも見えた。

「このレッジョの行政上の法制度には
 『魔法公証人』というものがおる。
 詳しいことは後でゆっくり説明するが、
 まぁ一般的な公証人の仕事に加えて
 守護神たるウェルスのご加護と奇跡を
 一手に引き受ける職であると言っておく。
 ここ最近は、それにふさわしい器の者が
 おらんものでしばらく空位であったが、
 例の異界の扉の騒動が終わってから
 恐れ多くもウェルス神からある
 お告げが下っての……」

 フィオーレの何かを
 期待するような目つきが、
 何故かルロイをことさらに傷つけた。

「貴方は僕に何をお望みですか?」

 ルロイは次第に苛立ちを覚え始めた。
 いっそ罪人として有無を言わせず
 切り捨ててくれた方が
 どんなに楽か知れなかった。
 まさかこの老司祭は自分を
 担いでいる訳でもあるまい。

「正直、信託を授かったわし自身も
 驚いとるよ。しかし、このレッジョで
 『魔法公証人』としての資格を有する
 最も真実に近しい相応しい人間は
 お主だというのでな……」

「僕が真実に近しいですって?」

 驚きと共に、乾いた笑い声が
 掠れがちに喉を痙攣させる。
 ここの神様とやらはよほど
 質の悪い冗談が好きらしい。

「ああ、間違いあるまい」

 フィオーレは勿体つけず
 真剣そのものに短く答えた。
 馬鹿げている。
 ここにきてようやく
 ルロイは分かったのだ、
 これまでの自分は自分を偽り続けてきた。
 ロジャーへの憎しみ、嫉妬。
 遂にはロジャーと張り合うために、
 レッジョでの権勢への欲望に
 取り憑かれてしまった。
 挙句、あの時のロジャーの目には
 親友に裏切られた怒りも絶望もなく。
 この自分を憐れんでくれたのだ。
 自分は全面的な敗北を
 これ以上ないほどに
 認めるしかなかった。
 敵として憎んでさえもらえない自分と、
 自分を最後まで哀れな存在として
 みなしたロジャーを今度こそ
 ルロイは自分もロジャーも
 許すことができなかった。
 ずっと逃げ続けてきたのだ。
 自分は。そんな自分に
 何か一つでも真実がありえようか。

「ウェルス神に仕える魔法公証人
 にお主はなるつもりがあるか?」

 未だ発作的な笑いが収まらないルロイを、
 咎めるでもなくフィオーレは
 丁寧に問いかけた。

「それは、あなたから僕への命令ですか?」

 ふてくされた様にルロイは呟く。

「お主が、今真に望むことはなんだ!
 それが嫌だというのであれば強要せん。
 もっとも、強要したところで、
 己が本心と向き合う勇気がない者には、
 到底務まるものではないがの……」

 フィオーレが初めて
 断罪するかのような
 厳しい口調になった。

「僕にどうしろと……」

 もはや、後悔にまみれた
 苦渋の味しかなかった。
 ロジャーもこのフィオーレという
 老司祭も自分を裁いては
 くれないのだった。

「お主が一番分かっておる。
 お主がここにきてそうなったのも
 自らの中の真実に飢えている
 からではないのかね?だが、
 言っておくがその答えとやらは
 お主がこれまでの人生から
 楽になるための安易な
 方法ではないぞ……」

 初めからすべて見透かされていた。
 真実からこれ以上
 逃げることなどできない。
 今の心からの真とは————
 ルロイは、火の点いたように泣いた。
 ルロイは、洗いざらい
 異界の扉でのことを
 すべて話しフィオーレに
 自らの罪を懺悔した。
 一通り心の澱を出し切り、
 ルロイが黙り込んでしまうと、
 フィオーレもまた深くため息をついて、

「ようやく合点がいった」

 と意味深に呟くのだった。

「罪滅ぼしは魔法公証人となりて、
 人々を助けよ。それがお主にとっての
 新たな人生ぞ」

 ルロイは冒険者を辞め魔法公証人として
 第二の人生を歩み始める。
 本当の自分自身の心を見つめ、
 罪をそそぐためのもの。
 フィオーレの指導の下
 ウェルス神殿で六年間、
 魔法公証人となるための苦行のごとき
 修行を積む日々が続いた。
 そして、魔法公証人として
 事務所を構えてかれこれ四年。
 ルロイがレッジョに来てから、
 実に十年目の歳月が経っているのだった。
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