魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~

追憶

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 ルロイは、レッジョから遥か東北の
 ヴァロッシュという寒村で生まれ育った。
 この村は山麓で細々と自給自足の農業と
 山麓を越えて大都市に商品を
 売り捌きに行く行商人相手の宿場を
 営むことで村人は生計を立てる小さな村。
 他にこれといった特産品もなく、
 有り体に言えば退屈な
 その他大勢の田舎であった。
 それでも、朝もやの立ち込める
 村の中から仰ぎ見る山々の
 絶景だけは素晴らしく、
 村人はもちろんたまに旅の途中で
 村を訪ねてくる行商人や冒険者も
 口を揃えてその絶景を

「雄大な美しさ」

 と讃えたものだった。
 それでもと、よせば良いのに
 俺たちが訪ねたあの大都市ほどの
 華麗さはない、あるいは
 俺たちが攻略したあのダンジョンの
 威容はもっと凄かったぞ。と、
 得意げに村の子供らに外の世界と
 自らの武勇伝をましましと
 語って見せるお調子者の冒険者が
 居るものだから、退屈な寒村に
 縮こまっている若者が
 感化されない訳がない。
 ルロイ・フェヘールとその親友
 ロジャー・カウフマンもまた、
 ヴァロッシュ村の他の子供ら同様、
 幼いころからそんな外の世界の
 おとぎ話を聞いて共に育った。

「俺とお前で冒険に出よう」

 二人が十五を迎える頃になって
 最初に切り出したのはロジャーだった。
 親友のこの言葉を聞いた時、
 ルロイの胸中は

「遂に来たか!」

 いや

「遂に言っちゃったか……」

 そんな相反する感情が
 互いにせめぎ合っていた。
 だが、そんな予感は
 十分すぎるほどしていたのだ。
 むしろ、ルロイには村一番の餓鬼大将で
 血気盛んなロジャーがよく今まで
 その言葉を飲み込み我慢していた
 ものだという感嘆さえあった。
 ちなみに二人とも幼くして
 両親を亡くしている。
 雄大な美しい自然に育まれた村は、
 同時に耐え難い飢えと大寒波に
 幾度となく襲われている。
 二人の両親と残った他の兄弟たちも
 皆それでやられた。それは、
 冬になれば極寒のこの地では
 さして珍しいことではない。
 似た境遇の家族は村中探せばザラにいる。
 だからこそ、村人同士は村そのものが
 一つの家族の様にお互いに助け合い、
 大寒波のせいで寡婦となった者、
 とりわけ孤児となった二人への
 村人たちの扶助はとても手厚かったと
 今でもルロイは記憶している。
 村人たちは二人に対して
 身寄りのなくなったことで
 率先して食料を分け与えてくれた位で、
 むしろ家族がいた時よりも食べるものに
 困らなくなったほどである。
 高望みなどしなければ少なくとも、
 飢え死にの心配はせずに済みそうだった。
 それはそれで家族を失った
 二人にとって幾分、
 慰めになったことであり、
 現にルロイは村の中で
 一生懸命働いて故郷の人たちの
 恩に報いようと思っていた。

 ロジャーがその一言
 を言うまでは――――

 ロジャー・カウフマンという男は
 弱者として素直に恩恵に浴するには
 あまりにも自尊心が強すぎた。
 そして、良くも悪くも受け身で
 いられない性格であり、
 滾るような情熱を、幼少期からの夢と
 憧れをいつまでも変わらず
 持ち続ける心の持ち主だったのだ。

「冒険だ!冒険だよ!
 俺とお前ならきっと行ける気がする!」

 だが、ルロイはそういう人間ではない。
 村を訪ねる冒険者の血沸き肉躍る
 英雄的冒険譚に強く惹かれ憧れを
 抱き得たとしても、
 生来の慎重さと思慮深さが

「自分にはそんなことはあり得ない」

 と純真な夢に酔いしれる自分を
 強く冷ややかに否定してしまう。

 自分は冒険者のような、
 ましては英雄の器ではない。
 百回くらいは、

「無茶だ、やめよう」

 とルロイは泣きながら止めに掛かった
 記憶が今でもあるが、
 なんだかんだでルロイは
 ロジャーの賭けに
 乗ることに決めたのだ。
 村長や世話を焼いてくれた大人たちと
 ロジャーが大喧嘩した末に、
 二人が故郷を旅ったことは
 言うまでもない。
 最寄りの都市の冒険者ギルドで
 登録を済ませ、
 まずはロジャーと二人でパーティを組み
 最寄りのダンジョンでいきなり
 ドラゴンに出くわして命からがら
 逃げおおせた初めてのクエストは
 今でも眩しいくらいに思い起こせる。

「馬鹿野郎!
 もーちょいで倒せたのに」

「馬鹿は君の方だ。
 このへっぽこ猪冒険者!」

 無事ドラゴンから逃げ遂せた時、
 悔し紛れに地団太踏みながら
 ロジャー吐いたセリフに対して、
 必死こいて逃げながら本能的に
 最速で最短の逃げ道を導き出して
 ロジャーを誘導したルロイも初めて
 あの時本気で怒り喧嘩になった。
 冒険者になったばかりの初回の
 冒険で竜殺し気取りとは……
 ロジャーという男は
 最初この男馬鹿ではないか、
 と大抵周囲の人間に
 思われるのが常だったが、
 何も考えていないが故の
 強靭な純真さと異常なまでの
 好奇心をみてとるや、冒険者であると
 あらざると多くの人々に好かれ、
 尊敬の念さえ勝ち取ったのだった。
 それから僅か三年で、
 他に頼もしい仲間が何人か
 加わったこともあってだが、
 最初は逃げ回るしかできなかった
 ドラゴン相手にロジャーの決死の覚悟と
 ルロイの知略をもってどうにか
 仕留めたことは
 冒険者ギルドでも快挙として
 一時期もてはやされたのだった。
 通常は駆け出しから初めて十年は
 死線と修羅場くぐって冒険者として
 生き残れた者がようやく倒せるかどうか。
 ドラゴンとはそういう存在であり
 今も昔もモンスターの中で最も
 畏怖すべき存在である。
 それをたった三年で成し遂げた
 ということで、ルロイもまた
 ロジャーと共に脚光を浴びた。
 ドラゴン退治のその日は
 討伐依頼を受けた街で
 朝までバカ騒ぎに興じたものだ。
 二人の友情を通してみた時、
 おそらくもっともこの瞬間こそ
 ルロイとロジャーは幸せのはずだった。
 親友と共に到底かなわないと
 思い込んでいた存在を叩きのめす
 痛快な恍惚。だが、同時にこの時をもって
 ルロイの中であるしこりの
 ようなものが芽生える。
 その正体をルロイは知っている。
 あの時、自分の小賢しい策などなくとも
 ロジャーはドラゴンを倒せただろうと、
 ロジャーだからこそドラゴンと
 渡り合えるほどの仲間も集められた。
 翻って自分はどうだろうか?

「まったく、土壇場で
 機転の利く奴だよ!オメェは……」

 ロジャーはルロイをこう評してくれた。

「そうせざるを得ないの!
 君の無茶に引っかき回される
 僕らが生き残るためにはね」

「オメーらの生存訓練になっているようで、
 大いに結構だコノヤロー!
 俺はこれまで通り突っ走るまでだ」

「しょーがない。これからも、
 僕が君を支えるしかないな」

「もちろんだこのヤロー!
 これからも、よろしく頼むぜ!」

 自分はロジャーのようにはなれない。
 むしろそんなアホ勇者に
 なんだかんだ付いてきただけでも、
 ルロイは我ながらその忍耐は、
 称賛されてしかるべきだとは思う。
 他の冒険者仲間はロジャーの
 破天荒な性格と反りが合わず
 パーティから抜けてゆくか、
 あるいは過酷な冒険の最中
 志半ばで倒れてゆくかで、
 ロジャーのパーティは頻繁に
 入れ替わっていった。
 ただ一人、ロジャーの幼馴染である
 ルロイ・フェヘールを除いて————
 それならせめて、
 とルロイは羨望と屈折した憧れを抱き
 彼を支えることで自分は自分の道を
 行けばいいのではないか。
 そう自分に言い聞かせた。
 そう、自分は自分なりに
 別の方法で成りあがってやろうと思う。
 それから更に二年が経ち、
 ロジャーは数多の冒険の末、
 あらかた故郷の周辺のダンジョンは
 あらかた攻略し尽くし、
 ロジャーのパーティは悠久の歴史と
 数多の古のダンジョンを抱え込む
 大都市レッジョを目指すことになった。
 かれこれ二人が冒険者になって
 五年の歳月が流れていた。
 ちょうどレッジョが見えるや、
 一行は少しばかり観光でも
 楽しむつもりでいたが、
 ちょうど今現在のような
 殺伐とした混沌ぶりであった。
 遥かなるきざはしの頂上辺りが
 暗雲に包まれ赤紫の稲妻が迸る。
 レッジョの周辺ではモンスターも
 やたら強いものがうようよ湧いていた。
 もっともロジャーに言わせれば

「肩慣らしにもならんレベル」

 らしい。レッジョの市門に着くや、
 ロジャーたちは市参事会の市長を筆頭に
 熱烈な歓迎を受けた。
 ロジャーの冒険者としての名声は
 ここレッジョにまでしっかり及んでいた。
 到着早々、

「アレをどうにかして欲しい」

 とのことであった。
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