魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~

異界の門(下)

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 そして一行が、
 ダンジョン内を突き進むこと、
 数時間————

「まったく、ヒデェ目に合ったでヤァ」

 傷だらけの体をざらついた舌で
 舐めながらディエゴがぼやく。

「キミは、舐めるか、喋るか
 どっちかにしたまえみっともない」

 リーゼが気だるげにディエゴを詰る。
 余裕を取り繕っているがリーゼも
 また息が上がり体力の消耗が、
 いつもの不敵な顔に出始めている。

「へっ……へへ、
 俺はまだまだやれるぜぇ」

 ギャリックもまた、
 消耗して息が上がってはいた。
 が、その双眸には
 狂戦士としての闘争本能を
 刺激された異様な光が燃え盛っていた。

「ハァハァ、大丈夫かよ……みんなぁ?」

 アシュリーは多少息が上がりつつも、
 仲間達を気遣う余裕はあった。

「キュ~キュイ……」

「クゥ~クゥイ……」

 フレッチとリッラもどこか
 息が上がっている風であったが、
 飛竜の表情から疲労を読み取ることは、
 人間には難しく何とも言い難い。

「ひーひー、ど……
 どうにか付いて来てます」

 アナは意外にも貧弱な体で粘り強く、
 一行に追いすがりここまで来ている。
 内心この底力も竜笛のおかげ
 かもしれないと思っている。

「ぜーぜー……ぜぇ、随分、
 奥まで来ましたね。やけに静かだ」

 そして、幾多の激戦を潜り抜けた
 一行の中で一番息が上がっているのは
 他ならぬルロイなのだった。

「ヒャヒャ、どうしたよもやしっ子。
 まだまだぁ、これからだろうがぁ」

 ギャリックが、ルロイの肩を
 バシバシ叩き獰猛に微笑んでみせる。
 ルロイたちはギャリックとリーゼの
 フェニックスの勢いに任せて敵の壁を
 突破することに成功。
 そして後は、ディエゴの嗅覚とルロイの
 記憶を頼りに心願の壺が鎮座する
 最奥へと細心の注意を払い進んでいった。
 入り口付近の雑多な風景が、
 進むにつれ徐々に幾何学的に
 秩序だった聖域のように整ってゆく。
 ルロイたちは不要な戦闘は避けるように、
 しかし戦うべきは戦い、連戦に次ぐ連戦。
 満身創痍と言わないまでも、
 疲労から一行は
 ひとまず洞窟のような場所を見つけ
 そこで一時休憩しているのだった。

「傷に響くので叩かないで下さい。
 まったく、それにしても随分と静かだ」

 嫌に嬉しそうなギャリックを
 邪険にしつつ、
 ルロイは周囲の気配の変化に
 何かの予兆を感じ取る。
 自分たちは中心部に向かって
 突き進んでいる。
 現に進むにつれ、ダンジョンの形が
 古代の遺跡が綺麗に残ったような
 幾何学的な造形が、
 多く見られるようになっている。
 これはレッジョのダンジョン学的に、
 より中心へより深部へと向かっている
 証であるとされ、ルロイ自身の十年前の
 記憶をさかのぼってみても、
 このセオリーに従い仲間達と共に
 心願の壺がある最奥へと
 たどり着いたのだ。
 ただし、今の状況と十年前を比べ
 ルロイにとって違和感を
 覚えるところもある。
 最奥に行くにつれ、
 敵の抵抗も強くなるか、
 あるいは数も増えると記憶している。
 が、気が付けばモンスターの気配がない。
 道を間違えているようには思えない。
 立ちはだかるモンスターも
 多く倒してきたがまさか自分たちが
 狩り尽くしてしまった訳ではあるまい。
 で、あるならば他の強大な力を
 持ったモンスターの縄張りに
 自分たちが入ってしまったことなどが
 考えられるが————

「つーかよぉ、あんのでけぇ
 焼き鳥はどこ行ったよ?」

 アシュリーは洞窟の中から身を乗り出して
 リーゼに疑問を投げかける。
 焼き鳥とはフェニックスのことなのだろう、
 言われてみればルロイもモンスターとの
 連戦に集中していて、いつの間にか
 自分の視界から消えていたことに
 今更気付いたのだった。

「焼き鳥ではなぁい。私の傑作、
 『特攻機甲鳥獣フェニックス改』だ」

 自分のセンスを解せないアシュリーに、
 苛立ちつつもリーゼは
 名前を端折らず言い直す。

「あの連戦で、流石にフェニックスの
 核石が壊れてしまったのでは?」

 ルロイがありきたりな悲観論で答える。

「あれは私の傑作と言ったろう。
 その程度で壊れるヤワな代物じゃないさ」

 リーゼは少しむくれ、
 肩をすくめてみせる。

「そいじゃ、今どこにいるのヤァ?」

 毛づくろいを終えたディエゴが、
 半ば呆れて聞き返す。

「ふむ、『特攻機甲鳥獣フェニックス改』
 には自動で敵を探し出し戦う機能を
 ちゃんとつけてある。これまでの連戦で
 どこかのモンスターの群れを攻撃して
 迷子になったのかもしれん。
 まぁ、ここは広いからねぇ。
 よって、私でもわからん」

「結局分からないんですね……」

 リーゼは相変わらず
 平然としているものの、
 状況的に見てこれ以上フェニックスの
 支援は期待できそうにない。
 それでも、あれがかなりの敵の注意を
 引き付けてくれたおかげで、
 自分たちはここまで辿り着けた。
 これだけ活躍してくれた末に
 破壊されたのであれば、
 リーゼには悪いが御の字として
 扱って良いとルロイは考えていた。

「ん……ヤァヤァ」

「ディエゴ、どうしました?」

 そろそろ出発して
 ロジャーを見つけ出そう。
 と、ルロイがへたっていた地べたから
 立ち上がった時だった。
 またしても、ディエゴが妙に
 ソワソワした様に鼻と耳を
 神経質に動かし始めた。

「臭うでヤァ」

 ディエゴはルロイに鋭く目配せをすると、
 囁くように短く答えた。
 危険を察知したディエゴの
 嗅覚と勘は必ず当たる。

「近づいてくるでヤァ。
 あのフェニックスが……
 あと、これは————」

 ディエゴはルロイの渡した
 血染めの鋲を注意深く嗅いだ。
 そして、確信を強めた様に
 目を見開き固唾を飲んだ。
 それだけで、
 全てを察するには十分すぎた。
 ルロイは可能な限り素早く武装を整え、
 ディエゴの指さす方角に目を向けた。
 他の仲間たちもそれぞれの得物を構え、
 迫りくる殺気に意識を傾ける。
 何か巨大なものがダンジョンの空気を
 バサバサと振動させている。

「おお、アレは……」

 ダンジョンの虚空へ、
 エメラルドグリーンの眼差しを
 凝らしていたリーゼが声を弾ませる。
 巨大な炎を纏ったその威容は
 正に名付け親の思惑通りの
 存在へと進化していた。

「ククッ、随分巨大に育ったモンだ」

 淀んだ薄暗い灰色のダンジョンの虚空を、
 どぎつすぎるほど鮮やかな
 紅蓮の炎が羽ばたいていた。
 その羽ばたきが迫って来るにつれ、
 ルロイたちの網膜にその暴虐な
 紅の色彩が鮮烈に映える。
 まるで、一瞬ダンジョンの虚空が
 燃えているかのような錯覚に陥る。

「アレは————」

 だが、そんな神々しい幻惑的な
 フェニックスの威容よりも
 一同の目を引き付ける存在があった。

「ケヒャヒャ、俺たち以外にも
 冒険者はいたってか?」

 紅蓮に燃え盛るフェニックスの背に、
 何かが突き刺さっている。
 そして、その何かを
 太い両腕が支えていた。
 その先には、
 鎧を着た大柄な男の姿があった。

「オイオイ、まさか新種のアンデッドって
 オチじゃないよな?」

 巨大化したフェニックスよりも、
 更に異様さを放った男の姿に
 アシュリーが不吉そうに身構える。

「アンデッド独特の霊気は感じられません。
 でも、これはもっと禍々しい何かが」

 アナはロッドをかかげ魔力を感じ取る。
 心底肝を冷やしたように青い顔になり、
 得体の知れなさに震える。
 更にフェニックスが近づき、
 その背に突き刺さっているものは、
 ルロイにとってひどく見覚えのある、
 ツヴァイハンダーの大剣が見えた。

「間違いない、ロジャー!」

 十年の時を越え、
 ルロイは幼馴染の親友の名を叫ぶ。
 男の顔はまだ分からない。
 ルロイの言葉が耳に入っているか
 どうかさえも分からない。
 それでも、
 純粋にルロイは歓喜に震えていた。
 少なくとも、もう二度と
 ロジャーと会うことなく、
 自身があの時裏切った謝罪の言葉さえ
 親友に掛ける機会を永遠に失う
 懸念はなくなったのだから。

「ロジャー!僕だ。
 ルロイ・フェヘールだ!」

 顔が認識できる距離まで
 フェニックスが近づいた刹那。
 ロジャーの大剣が、建物のように巨大な
 フェニックスの核石ごと暴虐に切り裂く。
 動力である石を砕かれたフェニックスは、
 あっけなく中空で縦に真っ二つになり
 朱に輝いていた体も灰と
 ガラクタへと帰してしまう。
 もはや、用済みとばかりに
 ロジャーはフェニックスの残骸を
 踏みつけ大きく跳躍する。
 地面に着地すると同時、
 ルロイはロジャーとようやく十年越しに
 眼を合わせることができた。
 もはや、その眼差しに
 己を焼き尽さんとする恨み、
 憎しみが込められようとも構わない。
 自分はそれだけの罪を背負っている。
 その自覚がルロイにはあった。

「ロジャー」

 ルロイは自らの言葉を飲み込む。
 その顔にあったのは、青白い虚空。
 何物をも思わない死者のような目。
 友の成れの果ては冷たい殺気で
 大剣をルロイに構える。
 それだけで、もはや対決は
 避けられないことは明らかだった。
 しかし、ルロイはそのロジャーの表情に
 怖気と共に不可解な
 懐かしさを感じ取っていた。
 そう、まるで自分が昔執着していた何か。
 ロジャーの革鎧に鋲以外の何か、
 破片のようなものが散らばり
 寄生するかのように突き刺さって
 いることにルロイは気が付く。

「俺ぁお前ぇと、
 一度お手合わせしたかったぜあぇ!!」

 闘争本能を最大にみなぎらせて、
 ギャリックが双剣を構え、
 戦士としての最大級の敬意と喜びを示す。
 しかし、ロジャーは元より
 ギャリックなど眼中にないかのように
 ルロイへと歩み寄って行く。

「ギッジャアァ、よそ見すんじゃねぇ!」

 ギャリックが怒声を張る。

「待つんだ、リック!」

 愚かにもルロイがためらった隙に、
 ロジャーの大剣が流れ込むように、
 ルロイの胴を両断しようと迫る。
 不思議と自分自身を受け入れるように、
 攻撃をかわそうという思考が働かない。

「バッキャロウが!」

 直後、ほとばしる鮮血と腕が宙を舞う。
 ギャリックが叫ぶ。

「オメェがここで死んでどうすんだよ!」

 ルロイを庇ったままギャリックは、
 失った自らの左腕さえも
 一瞥せずルロイを一喝する。

「リック!」

 ギャリックに初撃を邪魔され、
 右腕からの剣の一撃を喰らい、
 バランスを崩したロジャーが、
 なおもルロイに肉薄し、
 そのまま力任せの体当たりを喰らう。

「うわっ」

 そのままルロイとロジャーは、
 ダンジョンの裂け目の崖を転がって行く。

「みんな————」

 最期位、せめてお別れがしたかった。
 暗闇に吸い込まれてゆく落ちてゆく中、
 ルロイは後悔していた。
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