魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~

背信的悪意者

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 長い時間下へ下へと、
 転げ落ちていった気がする。
 まるで本当に自分は
 地獄へ落ちたのではないか
 そう思うほどに転がり続け、
 底の底でルロイはどうにか立ち上がって、
 相変わらず表情のこもらない
 ロジャーの顔を見つめる。
 一体自分は今、
 どんな顔をしているのだろう、
 そんな疑問を抱きながら後悔ばかりが、
 ルロイの胸を打つ。

「すまない。結局、
 君を救えなかったよロジャー」

 ロジャーの太刀筋なら
 ルロイは冒険者時代から
 よく観察し、鮮明に頭の中に
 叩き込んでいるつもりでいた。
 だからこそ自分が
 既に積んでいる事が分かる。
 次の瞬間には、ルロイは
 大剣で両断された己の死を覚悟する。

「どうしたんだ、
 なぜ……攻撃してこない?」

 ————が、ロジャーは
 ルロイを攻撃するそぶりを見せない。
 それまで死んだように無表情だった
 ロジャーの目の奥で、一瞬何かが
 踊ったように見えた。それまで、
 固まっていたロジャーの口元が
 じっとりと意味深く笑っている。
 ルロイはロジャーのいや、
 今のロジャーを突き動かしている
 なにかの目的はルロイを
 殺すことにある訳ではないようだった。
 ロジャーが肉薄してきたことによって、
 ルロイは、再びロジャーの肩に
 突き刺さった破片に意識が傾く。
 落ち着いて目を凝らせば、
 陶器でできた何かが割れ砕けた
 跡のようにも見える。
 わずかながら、それが割れる
 以前の造形や文様が見て取れる。

「そうか、お前は……あの時の」

 そう、忘れもしない。
 十年前のあの壺の中にいた————

「お前は、いったい何者だ?」

「それは、お前自身が一番よく知っている」

 ロジャーの口から、
 ロジャーのものでない
 しわがれた声が発せられる。

「ルロイ、お前が本当にロジャーと
 自身を救いたければ、
 ウェルスの使徒たる
 魔法公証人として挑むのだ。
 でなければ意味はないからだ」

「————っ!」

 突如として、何者かが
 ルロイに囁いた気がした。
 師フィオーレの声がルロイの脳裏に蘇る。
 まったく、なんでこんな肝心なことを
 失念していたのか笑いたくなってくる。
 目の前の化け物の正体は、自分にとって
 呆れるくらい知りぬいた存在だった。
 だから。もしも、今の自分に
 ロジャーを救えるとしたら————
 ルロイは、気絶しそうな痛みを
 堪えながらペンと証書を取り出し
 ペンを証書に走らせる。
 
「真実を司りし神ウェルスの
 名のもとに問う。
 汝は、我ルロイ・フェヘールなりや?」

 永遠とも思える静寂と沈黙の後、
 ロジャーの顔面からあの時の仄暗い顔
 がにじり寄るかのようにこぼれ出てくる。
 十年ぶりの諸悪の根源との再会。
 顔はルロイ・フェヘールそのもの。
 しかし、深く暗い愉悦を浮かべていた。

「そうだ」

 プロバティオにより
 ウェルス証書は白く輝いた。
 ついに、邪な霊がそれまで
 仮初に取り憑いていた
 ロジャーの体から離れてゆく。
 その体は糸の切れた操り人形のように
 力なく地面へと崩れ落ちる。
 壺の悪霊は、代わりにルロイの体に
 すり寄ってゆく。
 その顔は懐かし気にクツクツと
 笑みを浮かべている。

「やあ、ようやく僕は、
 本来の僕自身に会えた訳だ」

「お前は僕だ。そして、
 僕こそはロジャーの
 背信的な悪意者なんだ!」

 迷いのないルロイの言葉に、
 もう一人のルロイは嘲るように笑う。

「真の自由とは善悪も真偽も
 罪も罰もあらゆるものを
 踏み越えることにある。
 君はあの時は踏み越え損ねた。
 だが、外の世界での十年を経て
 新たに力を得た。
 僕が取り憑き殺すのは惜しい。
 だから、今度こそ、失敗するな!」

 顔どころか、声色まですっかり
 ルロイの生き写しとなったソレが
 ルロイを優しく、
 十年前の若かりし熱意を、
 野心を、自尊心を、
 叩き起こすように説得する。

「今まで苦悩の連続だったろう?
 僕は君の苦しみが分かる。ずっと、
 自分よりも強く美しく、天才であり
 恵まれ続けたロジャーが憎かった。
 持たざる者である自分に絶望していた。
 だが、今度こそ君の望みが叶う。
 君が僕を受け入れれば」

「今度こそ……?」

「そう、今度こそ!」

 今度こそ、か。
 その言葉にルロイ自身運命を感じる。
 十年前の亡霊は未来の自分の姿を見て、
 確信めいた笑み浮かべ力強く頷く。
 十年前のあの時に意識が遡って行く。
 今の『魔法公証人』としての自分の
 原点はそこにある。
 今の自分はその結果であり、
 目の前のこいつ同様成れの果てだ。
 なら、どう決着をつけるか?
 ルロイの答えは決まっていた。

「そうか、ならば今こそ……」

 最後の力を振り絞った渾身の一撃。
 ルロイは、十年前の自分に
 チンクエデアを突き立てる。

「済まなかったね。
 もう終わらせよう」

「————っ、馬鹿な!」

 ルロイの若かりし顔が
 短い断末魔に顔を歪ませ、
 痙攣の後石膏の様に固まった。
 やがて、それは白い結晶となって
 儚くもボロボロと宙に崩れ舞い、
 その脆い破片の群れがダンジョンの
 虚空高く天へと引き寄せられていった。
 古い自分は、これで死んだ。
 儚く愚かな野心であった。
 だが、少なくとも冥福くらいを
 祈るべきかもしれない。なんであれ、
 自分が生み出した存在への
 責任はあるはずだから。
 少しの間、心の蔵の辺りに手を当て
 ルロイは無心で深く目をつむり、
 沈黙していた。もう一人の自分の
 冥福を祈るためか、過去の自分の心の
 疚しさを深く心にとどめようしたためか、
 自分でも分かりかねる。
 ただただ、そうしていたかった。
 何もかもが静かに死んでいるような
 静寂が永遠に続くようだった。
 声はルロイの耳元から消え入り、
 そして二度と聞こえなくなっていった。
 再び静寂の空間に戻されて、
 ルロイは、ため息と同時に
 地面に膝をついて脱力する。
 とにかく、これで全て、
 自分の過去と因縁の決着はついた。
 後は————
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