魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~

ロジャー

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「ロジャー!」

 ルロイは、横たわる友の元へ駆け寄る。
 十年前、不敵で豪放な笑みを浮かべていた
 精悍な顔立ちは、死んだように
 生気なく固まったままだった。
 先ほどまで悪霊が乗り移り動き
 回っていた体もまた、
 その支配から解放されたためか
 彫刻のように強張り硬直していた。

 ————手遅れだった。

「そんな……」

「ロイ、コノヤロオォ!」

「どわっ!!」

 再び絶望に沈みかけたルロイの横顔に、
 往年の鉄拳制裁が炸裂する。

「バッカオメェ、
 戻ってくんの遅ぇんだよ!」

 痛みに頬を抑えつつ、
 今度は懐かしい馬鹿声が
 ルロイの鼓膜を遠慮なく叩く。
 目の前には、血の気が戻った十年前の、
 そして確かに同じ日に冒険者となった
 幼馴染のロジャー・カウフマンが
 憮然として仁王立ちで
 ルロイの顔を覗いているのだった。

「ロジャー?ホントに生きてたのか?」

「ったりめぇだボケ!
 俺がそう簡単にくたばるかっての。
 あいつに体乗っ取られた後も、
 辛うじて意識はあったんだぜ。
 つーか、さっきのやり取りも
 無駄に長ぇんだよぉお!
 ずっと、じっとしてたから腰が痛ぇ……」

 未だ目の前の光景を信じられず、
 哀れっぽく腑抜けたセリフを吐く
 ルロイに対し
 ロジャーも毒気を抜かれたか、
 ぼやくようにこれまでの経緯を
 手短に説明する。

「じゃあ、本当に本当なんだな!」

「だから、そうだって言ってんだろーがぁ」

 感極まって上ずった声のルロイを前に、
 ロジャーも少し気まずく
 頭を掻きむしり恥ずかし気に頷く。

「ロジャー。本当に済まなかった、
 全て僕のせいだ……」

 やっと、この言葉が言えた。
 もう叶わないと諦めかけていたが、
 ようやく今叶った。
 ルロイは、深くロジャーへ頭を垂れる。
 長年抑え込んできた涙が、
 顔を伝って地面に落ちる。
 もはや、許されるか許されまいが
 それは関係がない。
 今までの業を断ち切るために
 自分は今ここにいる。

「————ったくよ。
 今まで長かったな、ロイ……」

「ああ、長かった」

 ロジャーは大きくため息を吐くと、
 ルロイから視線をそらしどこか
 遠くを見つめように呟いた。
 独り言のようでいて、
 共にこれまでの何かを
 懐かしむような響きが、
 ロジャーの言葉にはあった。
 ルロイは『長かった』というロジャーの
 言葉を深く詮索するでもなしに
 深く頷き肯定していた。
 ロジャーもまた、
 長きにわたってルロイの呼び出した
 あの悪霊に囚われていた。
 この時空の時間の流れが、
 レッジョのある世界と
 どれほどの開きがあるのか、
 ルロイには分からない。
 が、ロジャーもまた悪霊に自我を
 乗っ取られないための孤独な闘いを
 今まで続けてきたはずなのだ。
 そのロジャーが、今は屈託なく
 澄み切った笑顔で温かく語りかける。

「戻ろうぜ、レッジョへ」

「ああ、そうだなロジャー」

 ようやく日常へと戻れる。
 その安堵を噛み締めて
 ルロイとロジャーの二人は、
 それぞれの一歩を踏み出す。
 意識が戻ってまだ時間が立たないためか、
 ロジャーは足取りがふらつくのを
 ルロイに肩を預け歩んでいる。

「へっ、済まねぇな……ゴフッ」

 やはり、無理をしていたのかロジャーは
 咳込み吐血し膝を地面に付きかけた。
 しかし、最後の意地のつもりか地面に
 膝を屈することなく大剣を
 杖代わりに立ち上がる。

「ロジャー!」

「まずい、そろそろガタが
 来ちまったかな……」

 自嘲的なロジャーの言葉に、
 激励の言葉を掛ける間もなく
 今度はダンジョンの虚空が震え始める。
 それが何を意味するのか、
 二人は知っている。

「まずい、異界の扉の時空の歪みが
 収縮に向かっている。
 ダンジョンが崩れる」

「ガタがきてんのはここもかよ。
 ちっ、逃げるぜロイ」

 異界の扉の収縮が始まれば、
 扉そのものが締まりレッジョへ
 帰還する手段は失われる。
 その収縮の速度が予想よりも早い。
 心願の壺の悪霊を倒したせいか、
 力場の歪みが一気に消え広がり過ぎた
 磁場の歪みが元に戻ろうとする勢いが
 早まったと見るべきなのだろう。
 このままでは出口まで
 間に合いそうにない。

「弱いとはいえ、キリがねえ」

「くそっ、ここまで来て」

 ルロイとロジャーは、
 背中合わせに得物を構えにじり寄る
 モンスターの群れを睨みつける。
 異界の扉内部の力場が
 収縮に動き始めたせいか、
 ダンジョン内のモンスターの活動も
 再び活発になっていった。気が付けば、
 二人とも増え続けるモンスターの数に
 圧倒され包囲されてしまっている。
 ルロイもロジャーも疲弊した体を
 鞭打って襲い来る敵を一体ずつ
 確実に倒しているものの。
 もはや、逃げるどころではない。
 できれば、レッジョに戻って
 ベッドの上で往生したかった。
 そんな、やけに老け込んだ諦観が
 ルロイの脳裏によぎった。

「キュイイイイ————」

「クゥイイイイ————」

 聞きなれた飛竜の鳴き声が
 天の祝福のように頭上に響く。

「ロイィィ!」

 気の弱いアナが飛竜の上から、
 全身全霊で叫んでいる。
 直後、二つの空色の巨体が
 モンスターの群れの中心を
 勢いよく押しつぶし着陸する。

「みんな!」

「やぁっと見つけたぜ、ロイと……」

 憔悴しきったアシュリーが、
 鞍の上から精一杯に声を弾ませる。

「今回オイラが依頼された
 失せモノ兼ルロイの親友、
 ロジャー・カウフマンでヤァ」

「何が失せモノだ、
 人を物みたいに言うんじゃねぇ
 このアホコボルト!」

 ロジャーが地面に落ちていた小石を拾い、
 子気味良くディエゴの頭に命中させる。

「アギャ、ちょっとした冗談だヤァ~よ」

 ディエゴが頭を擦りながら、
 情けなくおどけて見せる。
 フレッチとリッラの籠の上で、
 仲間達がルロイと
 ロジャーの顔を相互に見比べ
 意味深に笑みを浮かべる。

「へっ、嬉しいぜぇ……
 戻れたらまた一戦しようや」

 ギャリックがロジャーを一瞥し、
 疲れ切った笑い声を微かに上げる。
 みんなそれぞれに負傷していたが、
 左腕を失ったギャリックは
 更に負傷の度合いが深かった。
 ルロイが崖から突き落とされた後も、
 率先して仲間を守り続け、
 そして戦い続けたらしい。

「リック……!」

 あの時自分のためらいのせいで、
 左腕を失ったギャリックに、
 ルロイは詫びを入れようとする。
 
「さっきの一撃、アレかなり効いたぜ」

 それを代わりにフォローするかのように、
 ロジャーがギャリックの健闘を讃える。
 ギャリックは残った右腕を、
 ロジャーに力強く突き出し、
 獰猛にそして満足そうに口元だけで笑う。
 その残った右腕も傷だらけで、
 応急処置で巻かれた包帯から
 血が今もにじみ広がっている。

「あわわ、無理しないで下さいよ。
 本当に死んじゃいますよぅ」

 応急処置を施したであろうアナが、
 慌ててギャリックに自制を促す。
 
「さておしゃべりはそこまでだ。
 早くしないと戻れそうにない」

 そう言うとリーゼは、
 大きな鞄を抱えクツクツと笑っている。
 フェニックスが入っていた鞄は、
 以前よりもパンパンに膨れていた。
 どうやらリーゼにとっての、
 今回の目的は果たせたようだった。

「そ、その前に……
 まずはこいつらを
 片付けてくれだヤァ」

 ディエゴがダンジョンの奥を指し示す。
 巨竜二頭の登場で一瞬
 怯んでいたモンスターの群れも、
 再び気勢を取り戻し集まり出し、
 フレッチとリッラの離陸を、
 阻んでいるのであった。

「へっ、ロイ。最後の大暴れと行くかぁ」

「また、君と共に戦えるとは。
 嬉しい限りですよ」

 チンクエデアとツヴァイハンダー、
 両者共に勝手知ったる得物を構える。

「ケヒャア……俺も忘れんじゃねぇ」

 片腕のギャリックも
 アナの制止を振り切り、
 二人の後に続き籠から飛び出す。
 三人は最後の力を振り絞り、
 モンスターの群れへと突貫する。
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