青春モラトリアム

Zessy

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裏切者と呼んだ日

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 言い逃げのようなやり方だったな……絶対怒ってるだろうなぁ。
 すっかり日は落ち、門から出ていこうとする直史の背中に声がかかった。振り返れば、例の人物がニヤニヤとこちらを見ていた。

「その様子だと、絆侍に稽古を申し出たんだろう」
「……僕に絆侍が鍛錬している話を漏らしたのも、僕が稽古を持ちかけるように誘導するためだったんですね」
「まさか!そんな大したものじゃないよ」

 冗談っぽく手振りをしながらこちらへと歩いてくる。彼は道場の跡継ぎである大学生だ。その肩幅と立っているだけで周囲を圧する存在感に、直史は思わず足が竦みそうになった。

「アイツが次に進むためにも、必要なことだから君の手を借りたかったんだ。剣に縛り付けてしまったのは、俺たち家族のせいだからね。剣を通して今の自分を知ってほしいのさ」
「それならあなたが教えてあげればいいじゃないですか。あなただって優勝経験者だ」

 四年前のインターハイ。個人戦、団体戦共に優勝の成績を残し今でも名前が挙がるほどだ。絆侍の相手として申し分ない……いや、僕よりずっと実力が上だ。

「違う。強ければ良いって話じゃない。アイツが決別するのは、過去の自分だ。君がまだ勝てなかった頃のね」

 胸の奥を掴まれたような感覚に、息が詰まった。
 それはあまりに残酷だった。ただ、昔みたいに剣を交えたいだけなのに。
 絆侍の兄は、何かを託すように僕の肩を叩くと、追い出すように門を閉めた。

「審判は俺が引き受けよう。親父よりマシだろう?」

 閉まる間際の声は拒否を許さない響きを持っていた。

 ──あぁ、逃げ場なんて最初からなかったんだ。

 門の前で立ち尽くしながら、胸の奥がちくりと痛んだ。浮かされた気持ちのまま、彼を引き戻せるなんて思っていたのかもしれない。けれど、それが全部間違いだと信じきるには──まだ早かった。

 絆侍が喜んでいる姿を、僕は一度しか見たことがなかった。十数年の付き合いで一度だけだ。あの最後の試合の笑顔の本当の意味を、当時の僕は理解できなかった。
 彼が剣道を引退したと知ったのは、剣道部の初日だった。名簿に名前はなく、本人はとっくに帰宅していた。先輩たちも中学時代の活躍は知っており、何としてでも入部させろと追い出されたのは苦い思い出だ。
 僕はきっと勘違いで、間違って帰っただけだと思っていた。入部届を一枚持って道場の門を叩くと、出迎えたのは彼の兄だった。

「絆侍は帰ってますか?」
「あぁ、いるよ。……あぁ」

 彼の兄は、僕が持っている紙を一瞥すると、渋い顔で眉間を押さえた。

「アイツは頑固だから、その……あまり期待しない方がいい」
「……?まぁ、頑固なのは昔からですけど」

 家にあがり縁側を進むと、どこからかギターの音色が聞こえてきた。一歩ごとに大きくなる音に胸がざわつく。この家に何度も来たことはあるが、楽器の音など初めてだった。最後の曲がり角を曲がれば、縁側に腰を下ろした彼の姿。幻覚ではない。僕は軋む縁側を進み、声をかけた。

「……何やってんだよ」

 声が震えた。胸が押し潰されそうで、視界まで霞んだ。

「すげぇ顔。今日は部活の初日だろ?ここに居ていいのか」

 絆侍は僕の手にある入部届を見て、事情を察したようだった。いつもの調子の抜けた口ぶりに、語句の中で火花が散るような熱が弾けた。

「それはこっちの台詞だ!何で剣道部にいないんだよ!」
「見ればわかるだろ。剣道部じゃないからだよ」

 至極当然のように言い放つ彼に、脚が床に縫い付けられたように動かなくなった。

「……は?」

 絆侍はギターを見せつけるように軽く叩いた。
 見ればわかるって何が?楽器を弾く君なんて、一度も見たことないのに。

「俺が入部したのは軽音部。剣道は中学で卒業。それだけ」
「それだけって……せめて、僕に何か事前に言ってくれてもいいだろ⁉今まで一緒にやってきたのに……っ」
「一緒にやってきた?お前が俺の家の道場に入門してきただけだろ。部活も学校が一緒だっただけ。俺を引き留める権利なんかない」

 冷たい声が胸に突き刺さる。

「そんな酷い言い方するなよ!僕は絆侍と剣道ができて、ずっと楽しかったのに……絆侍はそうじゃないのかよ」

 絆侍の瞳は動かない。零れそうな涙を必死に堪えた。

「あぁ、そうだな」

 絆侍はギターを置き、ゆっくりと立ち上がった。獰猛な視線が真っ直ぐ射抜いてくる。

「楽しくなかったさ!昔からずっと、ずっと……!もう疲れたんだよ、親の期待に応えるのも、周囲に求められるのも!」

 その瞳が、あの日と同じ冷たさで僕を縫い留める。

「君がいたからどんなに苦しくても乗り越えられたのに……、なぁ、考え直してくれよ。僕、まだ一緒にやりたいよ。なぁ、絆侍」

 袖を掴んで訴えるが、彼の表情は動かなかった。

「お前はいいよな」

 絆侍はため息をつき、呆れたように吐き捨てた。
「ずっと憎かった。好きなことを好きなようにやらせてもらえているお前が。好きなことなんだから俺に構わず続ければいいだろ。お前が怖いのは、俺がいなくなることじゃなくて、俺がいなくなった後に俺と比較されることだろ」

 頭が真っ白になった。喉の奥で言葉が爆ぜ、全身が震えた。
 それでも、数多の言葉が渦巻く中で形になったのは、たった一つだった。

「……っ、裏切者!!」

 絞り出すような叫びだった。息も声も削って、ただそれだけを吐き出すしかなかった。
 高校一年の春。彼の存在を免罪符にしていた臆病な僕の、決別だった。
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