青春モラトリアム

Zessy

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二つの夏の終わり

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 この古臭い家に何年も住んでいれば、床板の軋む音で誰かわかる──なんて話、覚えてるか?
今、まさに縁側を歩く足音が俺の部屋に迫っている。あいにく、家族は全員上品な歩き方をしないので、こんな静かな音は来客しかあり得ない。

「そんなに怯えて歩くなよ」

 部屋の中から声をかけると、足音がぴたりと止まった。このタイミングで俺の部屋に訪れる客人などわかっているが、あえて意地悪な言葉を投げかけた。

「足取り、軽くねぇのか?」

 勢いよく障子を開けて、縁側を覗けば予想通りの人物が気まずそうにこちらを見ていた。

「……その言い方、知ってたんだ」
「あぁ、ご親切に兄貴が帰宅早々教えてくれたさ」

 悔しいが兄貴は愛想が良い。そのくせ性格の悪さも家族で一番だ。善人ぶりながら、俺と直史の不仲を面白がっている。そして今回も、まんまと嵌められたってわけだ。

「相変わらず意地悪なお兄さんだなぁ……」

 俺に情報が伝わっていたことは完全に予想外だったようだ。だから剣道で面を被っていて本当に良かったと思う。こんなにも目玉が動いていたら、動揺なんて筒抜けだ。

「そっか……もう、知ってたのか」
「……」

(……俺の目の前でわかりやすく落ち込むなよ。)

 苛立ちと同時に、中学時代の最後の試合が過った。お前と喜び合ったのは、あれが最初で最後だったか。お前がどんな風に笑っていたのか、思い出すこともできない。

「……そんなところに立っていたら蚊に刺されるぞ。早く部屋に入れよ」
「えっ、やだなぁ、早く言ってよ!僕、刺されたら腫れるんだってば」

*

「珍しい。僕を追い返さないなんて。要件は済んだよ?」

 追い返される覚悟をしていた直史だが、茶まで出されて困惑していた。

「まぁ……」

 俺は一体何を血迷ったのか。優勝したことを知っていて、本人もそれだけ伝えに来たというのに、部屋に招いてどうしろと。

「お互い忙しかったからね。僕はこれで正式に引退になるから、また昔みたいに一緒に帰ろうよ」
「俺は受験組だから、放課後は講習になると思うが」
「あ、そっか……ごめん」
「こんなくだらないことで謝んな」

 能天気なところは変わらないようだ。呆れるを通り越していっそ安心する。

「じゃあさ……」

 直史は何か良いことを思いついたようだった。拳で片方の掌を叩くと、瞳を輝かせながら提案してきた。

「互いに体が鈍るから、今度稽古しようよ!僕と、絆侍で!」

 その言葉に脈が跳ねる。胸の奥が凍り付くような錯覚に襲われた。ふざけるな。

「…………は、」

 何を言っているんだコイツは。俺がどんな気持ちで剣道を辞めたのか知らないくせに。お前は好きだから続けて、優勝までして……それに俺を巻き込むのか?

「地稽古やろう!だって今でも道場で子供に教えてるんだろ?」
「何で、それを」
「お兄さんが言ってたんだ。今でも鍛錬続けてるって。やっぱり僕たちのことよく見てるよな」

 兄貴は俺の傷口をよく知っていて、わざわざ触るような真似ばかりする。

「……あのクソ兄貴。余計なことを」

 お前にわかって堪るものか。一度身に着けたものを手放す怖さが。十年かけて積み上げた実績を手放す覚悟が。

「なぁ、いいだろ。俺も体が鈍るのは嫌だし、お前の腕が落ちるのももったいないよ。たまにでいいからさ、考えておいてよ」

 「じゃあ、もう僕帰るね。」
 直史は俺の返答を待たずに、さっさと部屋を出て行ってしまった。
 残された部屋で、蚊取り線香の最後の灰が皿に落ちる。遠くで夕飯の支度ができたと母の声が響いた。

「……行かないと」

 茶托ごと湯呑を持ち上げようとするが、

「あっ」

 転がった湯呑が畳を擦る音が、妙に大きく響いた。手の震えは止まらない。十年の重みを支えきれず、零れ落ちた。

「俺が、剣を──」
 
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