青春モラトリアム

Zessy

文字の大きさ
2 / 5

君の見ていた世界

しおりを挟む
 実感がなかった。
 ──あぁ、これが君の見ていた世界なのか。
 表彰台の一番上でカメラのフラッシュを浴びながら、つまらない顔をしている無愛想な幼馴染を思い出した。今ならその気持ちがわかる気がする。僕と君が、この場所に求めた意味は違うけれど。

 部員たちが泣いて喜んでくれる。僕の優勝を、心の底から祝福してくれていた。僕が仲間たちにできたことなんて、殆どないのにみんな慕ってくれている。僕が納得せずに遅くまで鍛錬を続けていると、何人かが最後まで付き合ってくれたこともあった。彼の隣にいた頃の僕では得られなかった経験だと思う。
 スポーツ雑誌のインタビュアーが、「勝利の決め手は何ですか」と質問を投げかけてきた。僕はその問いに、幼馴染の存在のおかげだと即答した。もちろん、家族や仲間たちのサポートも忘れてはいない。学生の剣道界で僕のことを知っている人は、当然、彼のことも知っていた。あえて名前を出さなかったが、それだけで十分だった。君は嫌がるかもしれないけど、僕にとって君の存在は大きかったのだから。

「直史先輩、この後は?」

 帰り支度をしながら、後輩の一人が僕に声をかけてきた。どうやら寄り道をして帰るらしい。
「僕はちょっと行くところがあるからごめんね、また後日誘ってくれるかな」
「えぇ~!今日は先輩のお祝いなのに!」
「みんなで楽しんできてよ。頑張ったのはみんなも同じだろ?」

 ロッカールームの忘れ物を確認し、顧問に別れの挨拶を告げると、部員たちに惜しまれながらも会場を後にした。この報告はきっと、僕の口から君に直接伝えなければならないはずだから。

 幼少期の僕は泣き虫だった。泣き虫の僕を見かねて両親が連れて行ったのは、近所の剣道場だった。そこが絆侍の家だ。君が上級生たちと稽古に励んでいる姿を見て、当時の僕はすごく惹かれた。君の隣で強くなりたい。それから僕たちは友人になった。
 線路を想像してほしい。段位や大会がレールとなり、僕たちはその上を走っている。いつだって、前を走る君の背中を目印にして。光のように、君は一人でずっと先を走り続けた。追いつけず、何度も足を止めようと思った。それでも君が引っ張ろうと、たまに叱咤してくれるところが好きだった。

「あの子はできるのに、どうしてアンタはできないの」

 呪いのように胸に刺さり、今も抜けない言葉。僕の不幸は取り柄がないことだ。優秀な人間が現れると、平凡代表として比較対象にされる。しかも、自分の親に比べられるなんて。それが心底嫌だった。ひたすら侮辱に耐えながらも、努力するしかなかった。
 そして中三の大会を迎える頃には、君の姿は斜め前まで近づいていた。ようやく隣で走ることができる。その嬉しさを噛み締めながら、君の顔を見た時、真冬の氷のような視線が静かに前を見据えていた。そこに楽しさも熱もなく、今まで追いかけてきたものが幻かと思うほど空虚な瞳をしていた。
 剣道の試合中、君は決して笑わなかった。何度試合に勝とうとも、喜ぶ素振りすら見せなかった。なのに、中学最後の試合。団体一位、個人戦では君が一位、僕が三位だった。君が初めて、そして最後に笑った試合。僕は勝利の喜びを分かち合えることが嬉しかったのに、君は解放される喜びで胸が一杯だったんだろうな。

 道場を訪れると真っ先に先生が出迎えてくれた。僕の試合結果は既に耳に入っていたらしく、試合の内容を一通り伝えると満足そうにしていた。きっと明日には門下生たちにも伝わるだろう。いつもなら、うちの愚息は……と絆侍に対する愚痴が始まるのだが、タイミングよく声がかかった。

「父さん、母さんが呼んでる。ちょっと手伝ってあげてよ。僕も直史君と話したいからさ」

 仕方ないと後頭部を掻きながら嵐のように去っていく先生の背中を見送ると、絆侍の兄が手を叩きながら僕を出迎えた。

「おめでとう、直史君。君ならいつか優勝できるって信じていたよ。とても良い試合だったね」
「ありがとうございます。試合、ご覧になっていたんですね」

 絆侍の兄は彼と正反対で背が高く、愛想の良い人だった。いわゆる万能の人で、君は自分がどれだけ努力しても叶わないと口癖のように言っていた。

「まぁね。君たちを小さい頃から見ていたんだ、大舞台で応援したくもなるだろう?」
「……」

 本当に観たかった決勝は僕のじゃない。喉まで出かかった言葉を噛み潰し、引きつる笑顔で誤魔化した。

「用事は絆侍だろう?アイツなら部屋にいるよ」

 僕の笑顔が相当ぎこちなかったのか、彼の兄は僕の本心を見抜いていた。

「……バレバレですね」
「そんなの最初からわかってたさ。伝えてあげなよ、友達なんだからさ」

(友達……か。僕たちは今でもそう呼べるのかな)

 高校生になってからも僕と彼は同級生で同じ高校で付き合いが続いている。今年はクラスまで一緒で、もう十年近くの腐れ縁だ。その関係にヒビが入ったことも当然、彼の兄は知っている。

 そんな簡単に言えるなら、どれほど楽か。

「それじゃあ、少しお邪魔しますね」
「あぁ、ごゆっくり」

 僕は道場を後にして、君の元へと向かう。陽が落ちて暗い庭を灯籠がぼんやりと照らしていた。静まり返った空間に、軋む足音が滲んでいく。彼は、その音を、ただ静かに聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

届かない手を握って

伊原 織
BL
「好きな人には、好きな人がいる」 高校生の凪(なぎ)は、幼馴染の湊人(みなと)に片想いをしている。しかし湊人には可愛くてお似合いな彼女がいる。 この気持ちを隠さなければいけないと思う凪は湊人と距離を置こうとするが、友達も彼女も大事にしたい湊人からなかなか離れることができないでいた。 そんなある日、凪は、女好きで有名な律希(りつき)に湊人への気持ち知られてしまう。黙っていてもらう代わりに律希から提案されたのは、律希と付き合うことだった───

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

計画的ルームシェアの罠

高木凛
BL
両親の転居をきっかけに、幼馴染の一ノ瀬涼の家に居候することになった湊。 「学生のうちは勉強に専念しろ」なんて正論を吐く涼に反発しながらも、湊は心に決めていた。 しかし湊は知らない。一ノ瀬涼の罠に。 【初回3話は毎日更新! 以降は火・木19時更新予定】

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...