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君の見ていた世界
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実感がなかった。
──あぁ、これが君の見ていた世界なのか。
表彰台の一番上でカメラのフラッシュを浴びながら、つまらない顔をしている無愛想な幼馴染を思い出した。今ならその気持ちがわかる気がする。僕と君が、この場所に求めた意味は違うけれど。
部員たちが泣いて喜んでくれる。僕の優勝を、心の底から祝福してくれていた。僕が仲間たちにできたことなんて、殆どないのにみんな慕ってくれている。僕が納得せずに遅くまで鍛錬を続けていると、何人かが最後まで付き合ってくれたこともあった。彼の隣にいた頃の僕では得られなかった経験だと思う。
スポーツ雑誌のインタビュアーが、「勝利の決め手は何ですか」と質問を投げかけてきた。僕はその問いに、幼馴染の存在のおかげだと即答した。もちろん、家族や仲間たちのサポートも忘れてはいない。学生の剣道界で僕のことを知っている人は、当然、彼のことも知っていた。あえて名前を出さなかったが、それだけで十分だった。君は嫌がるかもしれないけど、僕にとって君の存在は大きかったのだから。
「直史先輩、この後は?」
帰り支度をしながら、後輩の一人が僕に声をかけてきた。どうやら寄り道をして帰るらしい。
「僕はちょっと行くところがあるからごめんね、また後日誘ってくれるかな」
「えぇ~!今日は先輩のお祝いなのに!」
「みんなで楽しんできてよ。頑張ったのはみんなも同じだろ?」
ロッカールームの忘れ物を確認し、顧問に別れの挨拶を告げると、部員たちに惜しまれながらも会場を後にした。この報告はきっと、僕の口から君に直接伝えなければならないはずだから。
幼少期の僕は泣き虫だった。泣き虫の僕を見かねて両親が連れて行ったのは、近所の剣道場だった。そこが絆侍の家だ。君が上級生たちと稽古に励んでいる姿を見て、当時の僕はすごく惹かれた。君の隣で強くなりたい。それから僕たちは友人になった。
線路を想像してほしい。段位や大会がレールとなり、僕たちはその上を走っている。いつだって、前を走る君の背中を目印にして。光のように、君は一人でずっと先を走り続けた。追いつけず、何度も足を止めようと思った。それでも君が引っ張ろうと、たまに叱咤してくれるところが好きだった。
「あの子はできるのに、どうしてアンタはできないの」
呪いのように胸に刺さり、今も抜けない言葉。僕の不幸は取り柄がないことだ。優秀な人間が現れると、平凡代表として比較対象にされる。しかも、自分の親に比べられるなんて。それが心底嫌だった。ひたすら侮辱に耐えながらも、努力するしかなかった。
そして中三の大会を迎える頃には、君の姿は斜め前まで近づいていた。ようやく隣で走ることができる。その嬉しさを噛み締めながら、君の顔を見た時、真冬の氷のような視線が静かに前を見据えていた。そこに楽しさも熱もなく、今まで追いかけてきたものが幻かと思うほど空虚な瞳をしていた。
剣道の試合中、君は決して笑わなかった。何度試合に勝とうとも、喜ぶ素振りすら見せなかった。なのに、中学最後の試合。団体一位、個人戦では君が一位、僕が三位だった。君が初めて、そして最後に笑った試合。僕は勝利の喜びを分かち合えることが嬉しかったのに、君は解放される喜びで胸が一杯だったんだろうな。
道場を訪れると真っ先に先生が出迎えてくれた。僕の試合結果は既に耳に入っていたらしく、試合の内容を一通り伝えると満足そうにしていた。きっと明日には門下生たちにも伝わるだろう。いつもなら、うちの愚息は……と絆侍に対する愚痴が始まるのだが、タイミングよく声がかかった。
「父さん、母さんが呼んでる。ちょっと手伝ってあげてよ。僕も直史君と話したいからさ」
仕方ないと後頭部を掻きながら嵐のように去っていく先生の背中を見送ると、絆侍の兄が手を叩きながら僕を出迎えた。
「おめでとう、直史君。君ならいつか優勝できるって信じていたよ。とても良い試合だったね」
「ありがとうございます。試合、ご覧になっていたんですね」
絆侍の兄は彼と正反対で背が高く、愛想の良い人だった。いわゆる万能の人で、君は自分がどれだけ努力しても叶わないと口癖のように言っていた。
「まぁね。君たちを小さい頃から見ていたんだ、大舞台で応援したくもなるだろう?」
「……」
本当に観たかった決勝は僕のじゃない。喉まで出かかった言葉を噛み潰し、引きつる笑顔で誤魔化した。
「用事は絆侍だろう?アイツなら部屋にいるよ」
僕の笑顔が相当ぎこちなかったのか、彼の兄は僕の本心を見抜いていた。
「……バレバレですね」
「そんなの最初からわかってたさ。伝えてあげなよ、友達なんだからさ」
(友達……か。僕たちは今でもそう呼べるのかな)
高校生になってからも僕と彼は同級生で同じ高校で付き合いが続いている。今年はクラスまで一緒で、もう十年近くの腐れ縁だ。その関係にヒビが入ったことも当然、彼の兄は知っている。
そんな簡単に言えるなら、どれほど楽か。
「それじゃあ、少しお邪魔しますね」
「あぁ、ごゆっくり」
僕は道場を後にして、君の元へと向かう。陽が落ちて暗い庭を灯籠がぼんやりと照らしていた。静まり返った空間に、軋む足音が滲んでいく。彼は、その音を、ただ静かに聞いていた。
──あぁ、これが君の見ていた世界なのか。
表彰台の一番上でカメラのフラッシュを浴びながら、つまらない顔をしている無愛想な幼馴染を思い出した。今ならその気持ちがわかる気がする。僕と君が、この場所に求めた意味は違うけれど。
部員たちが泣いて喜んでくれる。僕の優勝を、心の底から祝福してくれていた。僕が仲間たちにできたことなんて、殆どないのにみんな慕ってくれている。僕が納得せずに遅くまで鍛錬を続けていると、何人かが最後まで付き合ってくれたこともあった。彼の隣にいた頃の僕では得られなかった経験だと思う。
スポーツ雑誌のインタビュアーが、「勝利の決め手は何ですか」と質問を投げかけてきた。僕はその問いに、幼馴染の存在のおかげだと即答した。もちろん、家族や仲間たちのサポートも忘れてはいない。学生の剣道界で僕のことを知っている人は、当然、彼のことも知っていた。あえて名前を出さなかったが、それだけで十分だった。君は嫌がるかもしれないけど、僕にとって君の存在は大きかったのだから。
「直史先輩、この後は?」
帰り支度をしながら、後輩の一人が僕に声をかけてきた。どうやら寄り道をして帰るらしい。
「僕はちょっと行くところがあるからごめんね、また後日誘ってくれるかな」
「えぇ~!今日は先輩のお祝いなのに!」
「みんなで楽しんできてよ。頑張ったのはみんなも同じだろ?」
ロッカールームの忘れ物を確認し、顧問に別れの挨拶を告げると、部員たちに惜しまれながらも会場を後にした。この報告はきっと、僕の口から君に直接伝えなければならないはずだから。
幼少期の僕は泣き虫だった。泣き虫の僕を見かねて両親が連れて行ったのは、近所の剣道場だった。そこが絆侍の家だ。君が上級生たちと稽古に励んでいる姿を見て、当時の僕はすごく惹かれた。君の隣で強くなりたい。それから僕たちは友人になった。
線路を想像してほしい。段位や大会がレールとなり、僕たちはその上を走っている。いつだって、前を走る君の背中を目印にして。光のように、君は一人でずっと先を走り続けた。追いつけず、何度も足を止めようと思った。それでも君が引っ張ろうと、たまに叱咤してくれるところが好きだった。
「あの子はできるのに、どうしてアンタはできないの」
呪いのように胸に刺さり、今も抜けない言葉。僕の不幸は取り柄がないことだ。優秀な人間が現れると、平凡代表として比較対象にされる。しかも、自分の親に比べられるなんて。それが心底嫌だった。ひたすら侮辱に耐えながらも、努力するしかなかった。
そして中三の大会を迎える頃には、君の姿は斜め前まで近づいていた。ようやく隣で走ることができる。その嬉しさを噛み締めながら、君の顔を見た時、真冬の氷のような視線が静かに前を見据えていた。そこに楽しさも熱もなく、今まで追いかけてきたものが幻かと思うほど空虚な瞳をしていた。
剣道の試合中、君は決して笑わなかった。何度試合に勝とうとも、喜ぶ素振りすら見せなかった。なのに、中学最後の試合。団体一位、個人戦では君が一位、僕が三位だった。君が初めて、そして最後に笑った試合。僕は勝利の喜びを分かち合えることが嬉しかったのに、君は解放される喜びで胸が一杯だったんだろうな。
道場を訪れると真っ先に先生が出迎えてくれた。僕の試合結果は既に耳に入っていたらしく、試合の内容を一通り伝えると満足そうにしていた。きっと明日には門下生たちにも伝わるだろう。いつもなら、うちの愚息は……と絆侍に対する愚痴が始まるのだが、タイミングよく声がかかった。
「父さん、母さんが呼んでる。ちょっと手伝ってあげてよ。僕も直史君と話したいからさ」
仕方ないと後頭部を掻きながら嵐のように去っていく先生の背中を見送ると、絆侍の兄が手を叩きながら僕を出迎えた。
「おめでとう、直史君。君ならいつか優勝できるって信じていたよ。とても良い試合だったね」
「ありがとうございます。試合、ご覧になっていたんですね」
絆侍の兄は彼と正反対で背が高く、愛想の良い人だった。いわゆる万能の人で、君は自分がどれだけ努力しても叶わないと口癖のように言っていた。
「まぁね。君たちを小さい頃から見ていたんだ、大舞台で応援したくもなるだろう?」
「……」
本当に観たかった決勝は僕のじゃない。喉まで出かかった言葉を噛み潰し、引きつる笑顔で誤魔化した。
「用事は絆侍だろう?アイツなら部屋にいるよ」
僕の笑顔が相当ぎこちなかったのか、彼の兄は僕の本心を見抜いていた。
「……バレバレですね」
「そんなの最初からわかってたさ。伝えてあげなよ、友達なんだからさ」
(友達……か。僕たちは今でもそう呼べるのかな)
高校生になってからも僕と彼は同級生で同じ高校で付き合いが続いている。今年はクラスまで一緒で、もう十年近くの腐れ縁だ。その関係にヒビが入ったことも当然、彼の兄は知っている。
そんな簡単に言えるなら、どれほど楽か。
「それじゃあ、少しお邪魔しますね」
「あぁ、ごゆっくり」
僕は道場を後にして、君の元へと向かう。陽が落ちて暗い庭を灯籠がぼんやりと照らしていた。静まり返った空間に、軋む足音が滲んでいく。彼は、その音を、ただ静かに聞いていた。
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