Don't you see!!

Zessy

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怜思篇

言葉にできた想い

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「しーちゃん、入るよ」
「どーぞ」

 初めてのお見舞い。雄星は恐る恐るドアを開けた。白い光が差し込み、穏やかな春風にカーテンが揺れていた。その部屋の主は、優しく微笑んで待ち構えていた。

「そんな緊張すンなよ。ただの見舞いだろ」

 憑き物が落ちたような雰囲気の怜思に雄星は戸惑いながらも、傍らの小さな椅子に腰を下ろした。警察が出入りすることもあり、怜思の病室は個室になっていた。二人きりの空間に、胸が高鳴る。
 雄星はなんだかじっとしていられなくて、お見舞いの品を差し出した。

「あ、コレ、お見舞いに買ってきたんだ。良かったら食べてよ」
「ん。サンキュ。果物、なかったから助かるわ」

 真っ赤なりんご。怜思と出会った日に入院した雄星は、彼が見舞いでウサギの形に向いてくれたことを思い出していた。残念なことに、雄星は器用ではなく、普通に向くだけでも手いっぱいだ。

「どこに置いておけばいい?」
「冷蔵庫の上に置いておいて。後で食べる」
「わかった」

 りんごを冷蔵庫の上に置き、手持無沙汰になった雄星。落ち着かない指先が、膝の上で小さく動く。
 目を泳がせながら百面相をしている様子に、怜思は笑いが堪えきれなかった。

「そんなに緊張しなくてもいいってば。ほら」

 怜思が手を伸ばす。応えるように手を差し出せば、怜思は静かに指を絡めた。恋人の手の形と温もりを確かめるように何度も握り返せば、たちまち雄星は耳まで真っ赤に染まっていた。

「……会いに来てくれて嬉しい」
「オレも、しーちゃんに会えて、うれし……」

 怜思は確かに雄星を特別扱いしていた。雄星もその自覚はある。しかし、今日の彼は別格だった。ただでさえ整った顔立ちの怜思に、うっとりした表情を向けられて耐えられる者はいないだろう。

「そんな俯くなよ。なぁ、顔見せて。もっとコッチ」

 怜思が手を引けば、雄星は片腕をベッドについて上半身を乗り出す体勢になった。鼻先がつきそうな距離に思わず心臓が跳ねる。長い睫毛から覗く瞳で怜思が無言で強請った。首を傾げて、唇がふれる寸前でふふっと笑う。

「……しねェの?」
「怪我人デショ。だめだよ」
「いいじゃん。キスしてくれたら早く治るかも」

 怜思は、自分の見せ方をよくわかっている人だった。綺麗な眉を八の字にして、上目遣いで口を尖らせると、雄星は苦い顔をした。そんな顔をされたら拒否できるはずがない。

「なにそれ」

 そっと唇を重ねる。互いの唇を軽く食むようなキスを数回。時折除く欲に塗れた瞳から目を逸らしながら、愛を交わすと、雄星は再び椅子に腰を下ろした。

「体は、大丈夫なの?」

 雄星の視線が、包帯で巻かれている右脚へと向けられる。

「右脚は折れてっから明日手術。しばらくリハビリになるから、学校に戻るのは一か月かかるわ」

 怜思が金属バットで殴られた箇所はすっかり骨が折れてしまっていた。入院をした際に医者からリハビリを含めて一か月以上かかると説明を受けていた。

「そっか……」

 子犬のように小さな声を漏らす雄星。

「俺に会えなくて寂しい?」
「寂しい。学校でしーちゃんと一緒にいられないのヤダ」
「大丈夫だって。他にもクラスの奴がいるだろ」

 怜思と出会ってから友達が増えた。独りぼっちだった二人は、いつしか互いを補い、多くの縁を結んでいた。
 雄星は体育会系の男子たちに運動能力の高さを評価され、女子たちには小動物のように可愛がられている。中学生の頃では考えられないことだった。

「勉強わからないと困る。いつもしーちゃんに聞いてるから」
「隣の絆侍に聞けばいいだろ。教えてくれるって」

 絆侍は、愛想こそ悪いが成績は学年トップだ。相手として申し分ない。

「しーちゃん。その、えっと……」

 雄星の生活の中心は怜思だ。この高校生活三年間、彼がいない日を想像したことは一度もなかった。

「……また会いに来てもいい?」

 もじもじしながら喋る雄星に、怜思が面を食らっていた。

「良いに決まってンじゃん。俺も寂しいから会いに来てよ」

 もう一方通行の関係ではない。怜思に求められていることが雄星は何より嬉しかった。

「……うん!会いに行く。毎日行く!」
「懐かしいな。俺も見舞いに行ったっけ」

 その時とは立場が逆だ、と怜思は笑う。

「すごく嬉しかったなぁ……オレ、誰もいなかったから。しーちゃんと話せる数時間が毎日楽しかった」
「俺も。あの時はユウに会いに行くのが楽しみだった」
「また楽しみが出来るね!オレ、沢山面白い話持って帰ってくるからっ」
「あぁ。期待してる」

 怜思の芯のある温かい声が病室に響く。その声が、雄星の抑え込んでいた感情を決壊させた。

「……しーちゃん」

 声が震える。雄星の瞳からほろほろと涙が零れた。
 突然の出来事に怜思は動揺したが、雄星の涙声につられて怜思の目頭も熱くなっていた。

「オレを恋人にしてくれて、ありがとう。しーちゃんの“特別”にしてくれて――ありがとう。」

 雄星は怜思の手を両手で包んで、言葉を紡いだ。まるで神に祈っているようだった。

「ユウ」

 手を振って雄星に合図を送る。驚いた雄星が顔を上げると、怜思の頬に涙が伝っていた。

「ずっと俺の傍にいてくれたのに、待たせてごめん。俺を見捨てないでくれて、ありがとう」

 自分が愚かな自覚はあった。捨てられたくないのに、たった一人の友人を試すようなことばかりしてきた。

「見捨てるわけないじゃん。しーちゃんのこと大好きなのに」

「あぁ。いつも我儘言って振り回してごめん。相談しなくてごめん」

 言わなくてもわかるだろう。その思い込みがずっと雄星を傷つけていた。

「いいよ。ずっと辛かったよね。苦しかったよね。わかってるよ」

 俺は雄星の苦しみに寄り添えていないのに、雄星は全力で俺にぶつかってきてくれた。

「雄星に会えて良かった。ありがとう」

 その日、雄星は初めて大泣きする怜思を見た。
 怜思は二度と離れぬよう、放さぬよう、己の隙間を埋める恋人の温もりを刻み付けるように、目一杯抱きしめた。
 窓の外では、春の風が静かにカーテンを揺らしていた。
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