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Zessy

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学校祭篇

初夏の風に

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 オレとしーちゃんの関係は、散った桜の花びらみたいだった。触れたら壊れてしまいそうで、それでも掬い上げたくなるほど綺麗だった。オレは一枚でも多くの花びらを、手のひらに握りしめる。
 ──やっと、掴めたんだ。

「おはようございます‼芝咲です」

 季節はすっかり初夏。しーちゃんを攫ってしまいそうだった淡い桜は散り、青々とした葉が太陽に照らされている。
 オレはいつもの時間──しーちゃんと一緒に通学していた時間よりも、さらに早く家を出ていた。

「おはよう、ゆうゆう~。今、しーちゃん行くから待っててね~」

 久しぶりの戸塚家のインターフォン。こののんびりとした話し声は、しーちゃんの一つ上の姉だ。
 散々病院へ面会に行ったが、それでもこの瞬間だけは違う。朝一番のしーちゃんが拝める、オレだけの特権。背筋を伸ばして、玄関のドアが開くのを待った。

「だから、大丈夫だって‼ななちゃんは心配し過ぎ‼このくらいなんともねぇって」

 玄関の奥から聞こえてくる声に、思わず笑ってしまった。

「せっかく退院したのに、悪化させたら意味ないでしょ~?これでも心配してるのに」

 ドアが開いた瞬間、聞こえてきたのは姉弟の応酬。ぱちりと目が合うと、日常が戻ってきた嬉しさがこみ上げてきた。滲み出る笑顔に、二人が微笑む。しーちゃんは、オレの第一声を待っているようだった。

「おはよ!しーちゃん」
「おはよ。ユウ」

 病院の外で交わされる久しぶりの挨拶。しーちゃんの化粧はいつもより薄く、髪は前髪を下ろして少し幼く見えた。けれどその瞳は、あの日よりずっと健康的で、やわらかだった。オレは思わず笑ってしまう。
 ――やっと、戻ってきたんだ。
 靴を履くしーちゃんの脇に、いつもの鞄が置かれていた。松葉杖をつきながらは大変だろうと思って、履き終わる前に急いで鞄を持ち上げた。

「オレ、この荷物持つね。あとは?」
「いいって、そのくらい自分で持てる」
「オレが持ちたいだけで、しーちゃんのためじゃないです~」

 しーちゃんの背後で姉が親指を立ててウインクをした。どうやら荷物の件で揉めていたらしい。オレが答えると、少し不服そうな態度を示しながらも言い返して来なかった。片足が不自由なだけでも大変なのに、両手まで塞がるのは心配だ。オレは男だけど、咄嗟にしーちゃんの巨体を支えられる自信が無い。
 ふと、しーちゃんを見ると珍しくスニーカーを履いていた。プライベート以外では、この三年間見たことがなくて、思わず目を丸くしてしまった。
 その僅かな変化を悟ったのか、しーちゃんは顔を上げてじと……っと睨む。

「……なに」
「いや、しーちゃんのスニーカー珍しいなぁって」

 思ったままの感想を伝えると、しーちゃんは振り返って姉に声をかけた。

「ねぇ、ななちゃん。俺ンヒールは?」
「そんなの履いていこうとするから、昨日のうちに隠したよ~」

 片足を怪我しても、短ランボンタン姿は譲らないしーちゃんだ。流石姉たちはわかっている。
 しーちゃんは諦めて舌打ちをすると、松葉杖をついて立ち上がった。ボンタンの重い裾から、痛々しい包帯の跡が覗いていた。

「ちっ、遅刻しちゃうから早く行こう‼」

 あの出来事を打ち消すように、手を差し伸べる。しーちゃんは、オレの手をとると穏やかに微笑んだ。こんな些細なことでも、頼られているのが嬉しくてむず痒くなる。二人で見送る姉に手を振ると、学校へ向けて歩き始めた。
 いつもより少し早い時間に出たせいか、道行く人も見慣れない人ばかりだ。オレは少し歩いたところで、ずっと気になっていたことをしーちゃんに問いかけた。

「あのさ、気になってたんだけど」
「ん?」
「今日、髪型違うんだね」

 普段のしーちゃんは、右の前髪を上げて額が見えるような髪型だった。それが、今日は前髪が全て下りていて、いつもより幼く見える。それが年相応に見えて、オレはほんの少し好きだ。

「あぁ、コレな。変か?」
「全然‼変じゃないよ、似合ってる‼どんな髪型でも、服装でも、しーちゃんが一番だよ‼」
「……ふふっ」

 しーちゃんは空いた手でオレの頭をいつものようにくしゃくしゃと撫でた。この瞬間が一番うれしい。

「ありがと」
「へへっ、どういたしまして‼」

 しーちゃんは、以前と比べて素直に話すようになった。今回の件で、警察や姉たちにこっぴどく怒られたらしい。オレたちを巻き込んだことも気にしていて、今日の登校で顔を合わせるのが嫌だと嘆いていた。

「何か言ってきたら、オレがしーちゃんのこと守ってあげるからね」
「ホントか?ユウ、口が達者な方じゃねぇだろ」
「うっ、まぁそうだけど……」

 屈託なく笑うしーちゃんを見ていると胸が締め付けられそうになる。隣でずっと眺めて居たい。でも、季節は夏だ。オレたちの学校生活は少しずつ終わりに向かっている。

「ねぇ、しーちゃん」
「どうした?」

 オレの声色の変化にしーちゃんは即座に反応した。オレも気を付けるようにしているけど、やっぱりしーちゃんは気づくのが早い。

「もし、今回みたいなことがオレにあったら……しーちゃんは助けてくれる?」

 オレはしーちゃんしかいないけど、しーちゃんには家族がいる。だから、もしまた同じようなことが起きたら──きっとオレは、助けを待つしかできないんだろうな、と思った。

「当たり前だろ」
「へ?」

 オレの心配とは裏腹に、しーちゃんは至極当然に答えた。

「名前も知らないお前を助けたの、誰だと思ってンだよ。恋人なら尚更だろ」
「ふふっ……へへへっ‼」
「オイ、バカっ、抱きつくなって、転ぶだろ‼」

 オレの憧れで、世界一大好きな人。かっこいい。オレもしーちゃんみたいになりたいなぁ。嬉しい、嬉しい、嬉しい……オレに何があっても、本当に助けてね。
 しーちゃんの笑い声が、初夏の風に溶けていく。オレはその音を、忘れないように刻み付けた。
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