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殿下、何してるんですか!?
10 謝罪と嘘
しおりを挟む翌日の爽やかな朝、本日も仕事休みだった俺は朝から困惑していた。
「ほら、セス。手が止まってる」
「……レオナルド殿下、ぜーーったい一人で食べれますよね?」
「いやぁ、手が痛くて持てないなぁ?」
レオナルド殿下は包帯をしている右手を見せて、わざとらしく言った。絶対痛くないだろ。
俺は疑いの目をレオナルド殿下に向ける。しかしレオナルド殿下は俺の目を見ても何のその、ニコニコしていた。
ええいっ! この際、右手が痛くないのはどうでもいい。それよりもっ!
「俺がレオナルド殿下の膝に乗っている必要ないですよね?!」
俺は今、椅子に座っているレオナルド殿下の膝の上にまるで小さな子供みたいに乗っけられて、レオナルド殿下に朝食を食べさせていた。
「絶対必要。下りちゃ駄目だよ? セス」
レオナルド殿下はにこにこした笑顔で俺に言った。
なんで!? と俺は思うが、それ以上は何も言えなかった。だってレオナルド殿下の瞳が俺を下ろす気はないと言っている。
……ぐううっ、あんなことを言うんじゃなかったぁーーーっ。
俺はぐっとフォークを握って、二十分前の事を思い出す。
朝食の時間になり、食事が部屋に運ばれた後、レオナルド殿下は右手が痛くてフォークが握れないと俺に訴えた。
昨日の傷が痛むのかな? ほとんど治っていると思うけど。
そう思ったが、まだ痛いのかも? と心配に思って、俺は『なら、食べさせてあげますよ』と言った。そして自分の椅子を持ってレオナルド殿下の隣に行ったのだが、レオナルド殿下は俺をひょいっと持ち上げると、自分の膝の上に俺を横抱きに乗っけたのだ。
『殿下!?』
驚く俺を他所にレオナルド殿下はにっこり爽やかな笑顔で。
『さ、セス。食べさせて?』
そう告げられてから、かれこれ二十分程、ずーっとこのお膝の上プレイをさせられている。……普通に恥ずかしい。俺、小さな子供じゃないんですけど。ていうか俺、重くない?
だが俺の恥ずかしさも疑問もレオナルド殿下には届かない。
「セス、あーんっ」
レオナルド殿下は子供のように口を開けて待つ。
そうされたら俺は動くしかない。俺はブスッとウインナーをフォークで刺してレオナルド殿下の口に運んだ。するとレオナルド殿下はぱくっと食べてもぐもぐとおいしそうに食べる。
「おいしいよ、セス」
レオナルド殿下は嬉しそうに俺に言った。
いや、別に俺が作った訳でもないのだけど……。それより、なんだか大型獣に餌付けしてるみたいな気分になってきたなぁ。
そう思っていると催促の声がかかった。
「セス」
「あー、はいはい」
俺は早くこのお膝の上プレイを終わらせたくて、レオナルド殿下の口に次々と朝食を運んだ。
しかし朝食を食べ終わらせ、お膝の上プレイも終わってほっと一息をついた頃。
食後のハーブティーを別々の席で飲んでいた俺達の元に訪問者がやってきた。
「昨日は……その、ごめんなさぃ」
十歳の子供のままのセシル様が一人の従者の後ろに隠れて言った。
ひょこっと顔を出すその頭についている耳がぴくぴくっと動き、尻尾がうねうねしている。
うーん、獣人を見たことあるけど、いつも獣化しているか人の姿になっているかだから、半獣を見るのは初めてだな。なんだか興味深い。
俺がまじまじと眺めると、セシル様が怯えたようにこちらを見てくる。
俺、めちゃくちゃ怖がられてるじゃん……。
救いを求めるようにレオナルド殿下に視線を向けると、困った顔をした俺を見てくすっと笑い、助け船を出してくれた。
「セシル様、反省なされたのなら我々はもう怒っていませんよ。セスもそうだろう?」
レオナルド殿下が言うとセシル様が本当に? という瞳を俺に向けてくる。
「は、はい、もう怒っていませんよ」
俺が慌てて答えると、セシル様は今度は口に出して「本当に?」と確認するように尋ねてきた。
「はい、本当です」
俺が告げるとセシル様は従者の陰から出てきて、おずおずと俺達の前に出てきた。
うーん、真正面で見れば見るほどに……可愛いなぁ。
目の前にいる十歳の少年を見て俺は率直に思う。大人の姿は美青年だったが、今は美少年だ。ほっぺなんて、もっちもちで柔らかそう。尻尾がゆらゆら揺れてる……面白い。
「レオナルド様、手、まだ痛みますか?」
心配そうにセシル様はちらちらとレオナルド殿下の手を見つめた。だがレオナルド殿下は笑顔で、包帯を巻いている右手をひらひらと動かして見せた。
「ああ、これは一応巻いているだけで、もう治っていますから大丈夫ですよ」
え!? 治っているなら、俺がさっき食べさせたのはっ!?
俺はばっとレオナルド殿下を見たけれど、レオナルド殿下は笑顔のまま何も答えなかった。
俺、もしやまた騙されたのは……いや、セシル様の前だから痛くないフリをしてるのかもしれない。うん、そう言う事にしておこう。でないと俺がただ恥ずかしいだけだ。
一方でセシル様はほっとした顔を見せた。そして俺にも視線を向ける。
「お前にも……その、色々悪かったな」
顔を俯かせて、居心地悪そうに言うその姿は子供そのものだ。悪いとはわかっていても謝る事に慣れていないんだろう。元気なく、耳と尻尾がしゅんっと垂れている。
「いえ、こちらも謝らなければなりません。突然体の力を抜いて……怖かったですよね? 俺の方こそ、ごめんなさい」
俺が頭を下げて謝ると、セシル様はいつもの調子を取り戻した。
「ふ、フンッ、あれぐらい本当はなんてことないからな。ちょ、ちょっと驚いただけだ!」
でも、そんなお調子者に俺はにっこり笑う。
「けれど、またあのような事をすれば、同じように体の力を強制的に抜きますからね?」
俺が言うとセシル様は尻尾をピーンッと立てて、怯えた。
「お、お前……人畜無害な顔をして」
「何のことですか? あと俺の名前はセスです。人をお前呼ばわりするのは失礼ですよ?」
「うっ……ご、ごめんなさい。セス」
さっき取り戻した元気をセシル様はみるみる失くして、尻尾をまたしゅんっと垂らす。
色々とイジワルもされたけど、なんだか憎めない子だ。
「!」
突然俺になでなでっと頭を撫でられて、セシル様は驚いたように顔を上げた。
「ちゃんと謝る事が出来て偉いです。……これで仲直りですね」
俺が言うとセシル様はぽっと嬉しそうな顔を見せた。でも俺にそんな顔を見せるのは嫌なのか、すぐに顔を背けた。
「で、でも僕はおまっ、セスがレオナルド様に相応しいっとは思ってないからな!」
「はい、それで構いません。でもセシル様、本当にレオナルド殿下が好きなら、今度から嘘をついてはいけませんよ。好きな人には誠実でなければ」
言い聞かせるようにセシル様に言うと、今度は素直に聞いてくれた。きっと、彼にはこういう事を教えてくれる人がいないのだろう。
「わ、わかった……」
「いい子ですね」
よしよしっと頭を撫でると、セシル様はまんざらでもなさそうな顔をちょっとだけ見せてくれた。
それからセシル様は一緒にやってきた従者と出て行った。
パタンっとドアが閉まった後、俺は自分の手のひらを見つめる。
……なんだかんだでセシル様は良い子なのかもしれない。それにしても、あのモフモフの丸耳。かわいかったなぁ~~っ! ぴくぴくしちゃって。……いつかしっかりモフらせてくれないかなぁ?
俺は一人、セシル様のモフモフ丸耳に想いを馳せた。
だが俺の隣に座るレオナルド殿下はセシル様が出て行くなり、もの言いたげな表情でじーっと俺を見つめてくる。
「な、なんですか?」
「……いや、セスはリーナの子だなと思って」
「母さんの?」
そりゃそうだけど、なぜ今改めて?
俺の疑問が顔に出ていたのか、レオナルド殿下はぽつりと教えてくれた。
「リーナは普段優しいが、怒る時は今みたいに怖かった。私も子供の頃はやんちゃをして、よくリーナに叱られていたから……思い出してな」
レオナルド殿下に言われて、俺は母さんが乳母をしていた話を思い出す。
庶民の出の母さんは学友だった王妃様に頼まれて乳母を請け負っていた。なんでもほとんど年子で生まれた三兄弟を、まだ当時若かった王妃様ひとりじゃ面倒見切れなくて、気心知れて信頼のおける母さんに助けを求めたかららしい。
そして母さんは王妃様の話し相手兼王子達の乳母を、俺が生まれるまでした、という話だ。
しかし……レオナルド殿下は俺の母さんに怒られているのか。確かに母さん、いつもはぽわわーんっとしてるけど怒る時は怖いんだよな。あれ? でも、俺もそうだって事か? 俺、ぽわわーんっとはしてないぞ。……たぶん?
「でも、レオナルド殿下がやんちゃ……ですか。想像できないな」
俺はすっかり冷めてしまったハーブティーをこくりと飲んでレオナルド殿下を見た。
「そうか? 子供の頃は結構悪ガキだったよ」
レオナルド殿下はふふっと笑って言うけれど、想像できない。
「まあ、今もそうだけれど」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
レオナルド殿下がぽつりと言った言葉を聞き逃して、尋ねたけれど、レオナルド殿下は教えてくれなかった。
「でも……嘘をつくな、か。身に染みる言葉だな」
レオナルド殿下はテーブルに頬杖をつきながら、しみじみと言った様子で言い、俺はえ? と不安になる。だって、その口ぶりは俺に嘘を吐いているみたいな言い方だったから。
「レオナルド殿下……もしかして、俺に何か嘘でも?」
俺が尋ねるとレオナルド殿下はくすっと笑って「ああ、嘘を吐いてる」と答えた。
レオナルド殿下が俺に嘘? 一体なんだろう?
俺は考えを巡らせるけれど、わからない。不安になってレオナルド殿下を見れば、思わぬ言葉が出てきた。
「セスに愛してる、と言っているが、あれは嘘だ」
「!」
俺は心の中がひんやりと冷える思いがした。でもレオナルド殿下は隣に座る俺の手を取ると、その指先に柔らかい唇を押し付ける。そして甘い言葉を吐いた。
「本当は愛してるって言葉じゃ足りないぐらい愛してる。これが私の嘘だよ」
甘い言葉と共にサファイアの瞳で見つめられて、俺は顔が急激に熱くなる。まだ爽やかな朝だというのに、まるで夜のベッドの中での睦言みたいに言うから。
「そ、それは嘘とは言いません!」
そう俺が言うのに、レオナルド殿下は俺の指をちゅっちゅっとキスしてくる。なんだか、怪しい空気になってきた。
「もうダメです!」
俺はパッとレオナルド殿下から手を放して、自分の手を救出した。
「えぇ? もうダメかい?」
残念そうに聞いてくるが、ダメなものはダメだ。
「ダメです!」
「セスは意地悪だなぁ」
どっちがッ!!
俺はぷくっと頬を膨らますと、レオナルド殿下は楽しそうに笑った。だから怒るのを忘れてしまう。
なんだかんだで俺はこの人の笑顔に弱いのだ。
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