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1 三つの種族
しおりを挟む――――その昔、世界は獣人・魔人・人種と三つの種族が分かれて暮らしていた。
獣人は短命だが運動能力に優れ、魔人は長寿で魔力も持っていたが数は少なく、人種は特別な力こそ持っていなかったが、そこそこ長い寿命と繫殖力のおかげで二つの種族より数が多かった。
見た目も能力も寿命さえ違う三つの種族。
だが長い歴史の中でこの三つの種族は次第に混ざり合うようになり、その内に段々と混血者が増えていった。そしてどの種族、混血者であっても差別されない小さな国ができる。
それが今の西の大国と呼ばれている、リヴァンテ王国の始まり。
リヴァンテ王国は絶対的中立国家であり、気候穏やかだ。国を統治する王も代々名君ばかりで、おかげで争いに巻き込まれることなく人々は幸せに暮らす事が出来ている。
そしてその平和を守る為、日々まま起こる小さな事件や事故、他国との小競り合いなどは大きな事件になる前に王都インクラントに居を構える名門クウォール家によって守られていた。
元は狼獣人一族であり、その忠実さと獣人特有の武に秀でた能力で、代々名騎士を輩出し、建国当初から王家に仕えてきた。
故に、リヴァンテ王国での貴族階級は伯爵だが、その知名度は他国にも知れ渡っているほどで、王は勿論、民からの信頼も厚く、クウォール家当主の発言力は王の次に強いとまで言われていた。
当然、そんなクウォール家の騎士ともなれば、子供達の憧れの存在であり人気者だった。
――――たった一人、彼を除いては。
◇◇◇◇
街道を駆ける足音とピィーッと鳴る警笛の音が、夜の王都・インクラントに響く。
「そっちに行ったぞ!」
一人の騎士が叫び、町を走る騎士達が見つめる先には屋根を飛び回る一つの影があった。それはここ最近、町中で盗みを働いている泥棒の影だ。
「へへ、とろい人種に俺が捕まえられるかよ!」
屋根を駆ける泥棒は笑いながら言った。その足運びは軽い。姿は人種と何一つ変わらないが、兎獣人を祖に持つのだろう。泥棒はぴょんぴょんっと屋根を飛んでいく。満月を背に飛び回るその姿はまさに月に住む兎のようだ。
けれど、軽々と飛び回っていた泥棒はあるひとつの強い気配と視線を感じてピクリとその動きを留めた。
その気配と視線は威圧感に溢れ、ビリビリと身体が震えた。
……なんだ? 誰かが、俺を見てる!?
泥棒は辺りを見回し、自分の背後にその存在を見つけた。満月の光のせいで顔は見えないが、そこには一人の騎士が立っていた。しかし、おかしなことに頭に妙な二つの突起が見える。
……なんだ? あの突起は?!
泥棒が気を取られていると、その騎士は泥棒に言い放った。
「投降するなら手荒な事はしない。大人しく縄に付け」
低い声が辺りに響く。だが足に自信がある泥棒が、その言葉に従うはずもなかった。
「人種が俺を捕まえられると? 大人しく捕まるなんて、ごめんだね」
泥棒はそう言って、軽やかに逃げようとした。だが騎士は小さく息を吐いた。
「大人しく、捕まればいいものを」
騎士はそう言うと、金色の瞳を泥棒に向けた。その瞳に睨まれた瞬間、泥棒の足はその場にピタリと張り付けられたように動かなくなる。
「え!? なっ」
泥棒は突然足が動かなくなって焦る。その間に騎士はゆっくりとした足取りで泥棒に近寄り、じっと金色の目で泥棒を睨んだまま告げた。
「知っているか? 獣人は人種に比べて身体能力が優れる。だが身体能力と共に本能にも実に忠実だ。特に自分より強い相手に会った時にはな。それは混血の、お前のような獣人種も同じだ」
騎士は語りながら歩み寄り、泥棒の目の前に立つ。大きな体は2mはあるだろうか? まるで巨大な壁のような威圧感があった。そして騎士の顔を見上げた泥棒は、ようやくあることに気が付き、顔を青ざめさせた。
「狼獣人が、どうしてこんなところに?!」
そう泥棒は慄き呟いた。
目の前にいる騎士は、リヴァンテ王国の騎士の服を着ていたが、その顔は狼の姿をしていた。
長い鼻に鋭い金色の双眼、月光に艶めく黒の毛並み、そして大きな口からは鋭い牙が見えていた。まさに、今は見なくなった生粋の獣人。
「食われたくなかったら、大人しく掴まれ」
金色の瞳にギロリッと睨まれ、泥棒は足をがたがたと震わせた。
そして騎士が手を伸ばすと、泥棒は「ひぃ!」と声を上げ、恐ろしさからその場に気を失って倒れた。
先祖から続く兎獣人としての本能が、泥棒をそうさせたのだろう。兎が狼に勝てるはずもないのだ。
騎士は目の前で倒れた泥棒を見て、やれやれと一息をついた。だがそこへ他の騎士達がやってくる。
「アレクシス隊長!」
そう彼を呼んで、続々と彼の周りを囲む。だが、そんな中で。
「あらー、完全伸びちゃってるなー、これは」
そう言ったのは副隊長でもあり、幼馴染でもあるエルサードだった。
エルサードはぺちぺちっと泥棒の頬を叩いたが、一向に起きない。
「こりゃ、しばらく起きねーな。お前ら、こいつを連れてけ」
エルサードはそう若い騎士に指示を出した。その様子をただ彼は見ていたが、そんな彼にエルサードは声をかけた。
「さすが第一部隊・隊長のアレクシス・クウォールだな。相手を傷つけずに捕まえるなんて」
エルサードはポンッと彼の肩を叩いた。勿論、体格の良い彼は叩かれても微動だにしない。
「別に獣人特有の弱点をついただけだ。エルサード、後の処理は任せるぞ。俺は先に騎士集舎へ戻って、上に報告してくる」
彼はそう告げて、その場を後にした。
だがしばらくして町の中を歩きながら、彼は満月を見上げる。煌々と輝く満月を見ると、狼の獣人としての本能が湧き上がって、遠吠えをしたくなる。
でも、その本能を振り払うかのように彼は頭を振って、小さくため息をついた。
「はぁ……獣人か」
明るい満月によって作られた自分の影を見て、彼はもう一度ため息をつきながら重い足取りで歩き始めた。
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