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79 ユーリ
しおりを挟む「あー、取り込み中のところ悪いが、一言だけ言っておくぞ」
それは実に面倒くさそうな声だったが、エルサルの言葉に俺達二人は視線を向ける。
「何かお前達は勘違いしているかもしれないが、男になった、のは間違いだぞ」
エルサルはシュリを指さして言った。
その言葉に俺達はえ? と驚く。だって、確かにシュリの股には男のものが生えているのは確認済みだ。だからシュリもエルサルに反論した。
「え、何言ってるんだエルサル。俺は男になったんだぞ。ここ、生えてきたし」
まるで小さな子供が言うようなセリフに対し、エルサルは呆れた顔をして腰に手を当てた。
「馬鹿、生えたらからって男になった訳じゃない……。シュリ、射精した時、ちゃんとした精液じゃなかっただろ」
エルサルは真顔で直接聞き、あまりのいいようにウィリアが恥ずかし気に声を上げる。
「ちょ、ちょっとエルサル!」
「聞きたくなかったら、耳を塞いでろ。で? どうなんだ?」
エルサルはお構いなしに尋ね、ウィリアは両耳を閉じた。
「確かに俺の……透明だった。な? アレクシス」
シュリは答え、同意を求めるように尋ねられて、俺は思わず、え! と動揺する。
こんなのほとんど俺とシュリが交わりました、と公言しているようなものだ。けれどシュリの瞳が、な? と聞いてくるので俺は仕方なく、頷いた。
「あ、あぁ」
俺はなんで好きな相手の兄にこんな返事をしているんだろうか、と思いながらエルサルに視線を向ける。だがエルサルの顔はいたって真面目だった。
「やっぱりな。お前のは精子がないんだよ」
「精子って、赤ちゃんの元になるやつだよね?」
「そうだ。魔人でも精液は白い。お前のが透明だったなら、精子がないんだろう。……代わりに後ろが濡れたんじゃないか?」
「え! エルサル、どうして知ってるの!? そうなんだ! 俺もお尻が濡れて」
「やっぱりな。以前にお前と同じタイプの魔人から話を聞いたことがある。外見の見た目は男だが、性別はグレー。排泄器官とは別に肛門から伸びる管を持っていて、そこが生殖器官になる。普段はそこは塞がっているが、交わる時だけその管が開いて濡れるって話だ。……つまり、お前もちゃんと交われば子供を産めるってことだ。シュリ」
「えー! そうなの!? じゃ、じゃあ、俺のお尻にアレクシスのちんこを入れたら子供がっ」
そこまで言いかけたシュリの口を俺は耐え切れずに、ぱふっと閉じた。
「シュリ、そこまでにしてくれ」
聞くに堪えない。あけすけな会話に、こっちが恥ずかしくなってくる。
だがシュリの言葉にエルサルは「まあ、そうだ」と答えた。そしてオレンジ色に近い琥珀の瞳をほのかに光らせると、ぽんっと手の内に手鏡を出現させた。
「それに、そうじゃないとこいつの説明がつかん。……これが証拠だ」
エルサルは鏡の持ち手を持つと、俺達に鏡を向けた。そこに映っているのは俺とシュリだ。けれどエルサルがパチンっと指を鳴らすと、鏡は揺れ、一人の少年とも少女とも見える十七歳くらいの子が現れた。
紫の瞳に白い髪、褐色の肌。どこか見覚えのある顔立ちをしている。そして耳にぴょこんっと獣の耳が生えている。その毛色は白いが、俺の耳とよく似た耳だ。
「誰だ?」
シュリが声をかけると、エルサルは面倒くさそうに答えた。
「今回の首謀者だ」
「え? なんの」
そうシュリが尋ねようとした時、エルサルがその子に声をかけた。
「おい、ユーリ。終わったぞ!」
そのエルサルの声でその子は鏡に俺達が映っていることに気が付き、声を上げた。
『ん? エルサルおじさん? って、わぁっ! ママ、パパッ! パパ、わっかーいっ!』
キーンっと響きそうな声で言われ、俺とシュリはちょっと意識が飛びそうになる。だが、その子は俺達の事はお構いなしで『パパ、ちゃんとママの事、捕まえたんだね! よしよし!』と満足げに頷いた。
「ママ? パパ?」
シュリと俺は不思議そうな顔をして鏡に映るその子をじぃっと見つめた。
『あれー? エルサルおじさん、パパとママにまだ教えてないの? ……まあ、いいや。じゃ、自己紹介から! 僕はパパとママの子供のユーリだよ』
ユーリは俺とシュリを指さすと、にっこり笑って自己紹介をした。でも俺とシュリは信じられなくて、あんぐりと口を開けるしかなかった。
『あ、パパもママ、信じてないー? 本当に二人の子供だよ! ほら、ママと一緒の白い髪に、パパと一緒の耳が生えてるでしょ? ほらほら、尻尾だってあるんだよ!』
ユーリはくるっと周り、ズボンの隙間からぴょんっと出ている尻尾を見せた。毛色は白いが、形は俺の尻尾とそっくりだった。
「ほんとだ。アレクシスと同じしっぽ……ってことは、ほんとに俺とアレクシスの?」
『だから、そうだって言ってるんじゃーん』
シュリが尋ねると、ユーリはキャッキャッと笑って言った。どうやら俺達の子は大分明るい子らしい。でも鏡を持っていたエルサルは「どうだ、わかったか?」と俺達に見せて言った。
「い、一体、どういう事なんだ。エルサル」
俺は説明を求めるように尋ねたが、エルサルは面倒くさそうな顔をして鏡を自分に向けると「ユーリ、お前が説明しろ」と言った。
『はーい!』
ユーリは元気に返事をし、俺は不思議に思う。
エルサルはどうして俺達の子と名乗るユーリと仲がいいのか?
でもそんな疑問が顔に出ていたのかユーリが俺に声をかけた。
『あー、はいはい。パパ、僕が今から説明するから、そんな不思議そうな顔をしないでねー』
ユーリにパパと呼ばれ、なんとなく胸の奥がむず痒くなる。だけど、ユーリは構わず俺達に事のあらましを教えてくれた。
『実はねー、今回の転移魔術はエルサル伯父さんが間違って起こしたものじゃないの。僕が頼んで、ママをパパのところに送ってもらったんだ!』
「え、そうなの!?」
「君が?」
シュリは声をあげ、俺が思わず尋ねるとユーリはむくっと顔を膨らませた。やっぱり親子なのか、その仕草はシュリによく似ていた。
『君じゃないよ。ユーリだよ! ……でも、そう。僕がきっかけを作ったの。だって僕はパパとママの子供でしょ? でも二人が会わなかったら僕は生まれないわけで。だからエルサル伯父さんにこうやって鏡通信を使ってお願いして、転移魔術でママを五百年後の世界に送ってもらったの!』
「ていうことは、エルサルの転移魔術は故意にしたことなのか?」
シュリはエルサルを見て呟き、エルサルは「俺が間違って魔術を使う訳ないだろう」と呆れた顔で弟を見た。
『で、前にママとパパに聞いた通り、時期を見てもう一度ママを過去に戻してもらって、魔力がなくなったエルサル伯父さんの代わりに、今度は僕がパパをそっちに飛ばしたんだ!』
ユーリはふふっと笑って言い、俺は説明を聞いて一人、なるほど、と納得する。
実はエルサードと二人で資料を読みふけっていた時、突然エルサルから鏡を通して通信があったのだ。
その話の内容は、シュリとルサカ国王が随分と落ち込んでいる事。もう二度だけ、転移魔術を発動できることだった。そしてエルサルは俺達に聞いた。
『転移魔術を使いたいか?』と。
その問いに、俺とエルサードは何の迷いもなく目を合わせて転移魔術をお願いした。互いに、戻りたい場所があって、会いたい人がいたから。
その答えに、エルサルは転移魔術を使ってくれると言った。けれど今回はエルサルは魔術を使わないという。その上過去に行くのは俺だけで、代わりにルサカ国王がこちらに来るという話だ。
不思議に思っていたが今、ようやく理解した。
『ママがね、いっつも自分を迎えに来たパパがかっこよかったって話をしていたから、ママを未来に呼ばないで、パパを送ったんだよ! ね、どうだった? パパ、かっこよかった?』
ユーリはにこにこしながら尋ね、シュリはくすっと笑って「かっこよかったよ」と素直に答えた。
その答えにユーリがキャーッ! と嬉し気に声を上げた。やっぱり、その仕草は何となくシュリに似ている。
だが、鏡の向こうでそんなユーリに声をかける人物がいた。
『ユーリ、何してるの? ん? 誰かと話してる?』
ユーリの後ろから覗き込む、一人の青年が見えた。見覚えのある赤い髪と濃い青の瞳、顔立ち。ちらりと誰かの顔が浮かぶが、思い出せない。
『ああ、アレクシスさんとシュリさん! ん? アレクシスさんが若い? もしかして過去と通信してるの?』
俺達を見知っているような口ぶりに俺とシュリは顔を見合わす。
……やっぱり俺達の知り合いなのか? だが一体、誰だ?
そう思ったが、その答えはすぐにユーリの口から聞けることになった。
『ミクシオン! ほら、この前話しただろ? パパとママに運命の出会いをさせる計画の事! 今、二人が運命の再会を果たしたところなんだ!』
ユーリが言うと『ああ、アレクシスさんが未来から過去に迎えに行った時の』と彼は、どうやら、この一連のことをユーリから聞いていたようだ。しかし、彼の名前を聞いて俺は驚きの声を上げる。
「ま、まさかミクシオン王子!?」
俺が尋ねると、大人になったミクシオン第三王子はにっこりと鏡の向こうで笑った。
『そうですよ、アレクシスさん。俺は大人になったミクシオンです』
ミクシオン様はすっかり爽やかな青年になり、どちらかというと陛下よりもラーナ様に似た顔立ちだ。でもそこにはライオンのぬいぐるみを失くして泣いていたあの幼さはどこにもない。
爽やかさの中に精悍さも垣間見える、大人の男になっていた。
……道理で見覚えがあるはずだ。だが、まさかミクシオン様だとは。
俺は驚愕の思いを抱えながらミクシオン様を見ていると、ミクシオン様はシュリに鏡越しに視線を向けた。
『シュリさん。アレクシスさんの手をもう離しちゃだめですよ。大事なものは大事に扱わないと。失くして嫌なものは、ちゃんと傍に置いておかなきゃ』
ミクシオン様はパチッとウインクしてシュリに言った。それは少し前にシュリがミクシオン様がぬいぐるみを失くした時に言った言葉だった。
そしてミクシオン様に言われて、シュリはくすっと笑った。
「ああ、そうだな。……もう失くしたりしない。この手をずっと握っていく」
シュリは俺の手をぎゅうっと握って言い、俺もその小さな手を握り返す。
「シュリ……。俺も離さないよ」
俺が言うとシュリはにこーっと嬉しそうに笑った。その顔を見て俺の顔もついつい緩んでしまう。幸せで。
そんなシュリと俺のやり取りを見ていたユーリはまたキャーッと嬉しそう声を上げ『ママ、可愛い―っ。ね、エルサルおじさん、もっとパパとママに鏡を近づけて!』とエルサルに言った。
だがそんなユーリの要望に対してエルサルは小さくため息を吐き、小言を俺達に呟いた。
「お前達の子供は本当に人使いが荒い。ちゃんと教育しろ!」
俺とシュリはまだ生まれてもいない子供の事で叱られ、お互いに顔を見合わせて笑った。
そしてそんな俺達を擁護するようにユーリは『むー、パパとママの悪口言わないで!』とエルサルに抗議して、俺達はとうとう声を上げて笑った。
◇◇◇◇
それから。
その場で、俺達はユーリの転移魔術で未来に帰ることになった。
そして、エルサルの話では転移魔術を使えるのは、もうこれで最後。未来に飛んでしまったら過去には戻れないとエルサルはシュリに伝えた。
未来と過去が関わりすぎてしまうと世界に悪影響を及ぼしてしまうらしい。
だからエルサルはシュリに告げた。
「もうこっちには帰ってこれない。それでもいいな?」
エルサルは尋ね、シュリは一瞬寂し気な顔をしたが「うん、俺はアレクシスの傍にいたい!」とはっきりとエルサルとウィリアに伝えた。その答えに俺は嬉しくなる。
俺はぎゅっとシュリの手を握った。
「一生大事にする」
俺が誓うように言うとシュリは、嬉しそうにへへっと笑って俺の手を握り返した。
「俺も、一生大事にするよ。アレクシス」
シュリの誓いに俺は顔を緩ませてしまう。そんな俺達のやり取りを見て、エルサルはふっと笑った。
「いい答えだ。……ユーリ、やってくれ」
エルサルが号令をかけるように言うと、ユーリは鏡の向こうで腕をまくった。
『はーい! じゃ、パパ、ママ、行くよー!』
ユーリが言うと、ボォワァァアッと妙な音が突如辺りに響き始めた。
紫色の光が地面から現れ、光の円陣が現れる。そして紫色に光る円陣はくるくると回って、見たことのない記号が浮かび上がらせ、光の柱を形作るように強い光を天に放った。
四度目ともなると見慣れた光景だ。
「シュリ! 元気でね!」
ウィリアは泣きながら、エルサルの傍でシュリに言った。
「ウィリアも! エルサルを頼む!」
シュリはそう言い、エルサルはその言葉に反論した。
「馬鹿、それはこっちのセリフだ。アレクシス、弟を頼んだぞ」
「はい!」
俺が返事をするとエルサルは優し気に笑った。
そして光の帯が俺達を捕まえ、広がっていた円陣は段々と小さく縮小していく。
「じゃあな! ウィリア! エルサル!」
シュリが笑顔で涙を流しながら言った時、一瞬の閃光が俺達を包んだ。
それから俺達は無事に未来に戻り、気が付いたらエルサル広場の噴水の中にいた。
辺りを見渡すと、この前シュリを送った時のように、騎士達が広場を一時封鎖し、そこにはシュリと俺の帰りを待っている人達がいた。
俺達はずぶ濡れになりながら顔を見合わせて笑い、シュリはみんなと再会の挨拶を交わした。
そして帰りを待ってくれていたロニーの話では、俺達の代わりにこちらに来ていたルサカ国王がエルサードを連れて、二人で過去に戻ったそうだ。
エルサードはロニーに退団届を託して。
本来ならば退団するのに一ヶ月はかかるものだが、今回は仕方ないだろう。
幼馴染であり親友であるエルサードが過去に行ってしまったことは少し寂しい気持ちもするが、そんな俺の気持ちを他所に母さんはシュリを連れ帰った俺の背中を叩いて「さすが私とネイズの子だわ!」と嬉しそうに言ったもんだから、寂しい気持ちを少し薄れてしまった。
そして騒ぎも落ち着き、ようやく部屋に戻ってきた俺とシュリは濡れたままの体を温める為、一緒の風呂に入り、我慢できなかった俺達は食事もとらずにベッドで抱き合っていた。
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