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花の名を君に
29 光の真実
しおりを挟む『初めまして、精霊王様』
『君はだあれ?』
『私は光の精霊。貴方を守る者です』
『ぼくを?』
『ええ……貴方を守らせてください、精霊王様。今度こそは』
光の精霊は生まれたばかりの僕にそう言った。
でも君が本当に守りたかったのは僕じゃなかった。君が本当に守りたかったのは……。
眩しさに瞑っていた目をそっと開ければ、そこには光を纏った生まれたての精霊がいた。
「ローアン……君は」
「私は精霊になった……のか?」
ローアンはほんのりと発光する自分の両手を見ながら呟いた。
そこには人間ではなく、精霊になったローアンがいた。体に刺された傷はなく、もはや肉体もない精霊体になっていた。顔に負っていた火傷もなく、その姿は若々しい青年に変わって。
そして光の精霊ははっきりと肯定した。
「ええ、そうですよ」
光の精霊はローアンにそう告げた。だが光の精霊は力を失くし、サラサラとその形を砂屑へと変えていた。光の精霊はローアンに自分の全ての力を渡したのだ。
いつかの精霊王と同じように。僕がローアンに力を全て渡してしまう前に。
「光……どうしてっ」
僕が尋ねると光の精霊はやさしく笑った。
「これでよいのです。精霊王様」
「しかし、これでは君が!」
「いいのですよ。ずっと、この時を待っていたのですから」
そう光の精霊は告げ、その言葉を聞いて僕は混乱する。
「待っていた?」
「言ったでしょう? 必ず、お力になると」
いつか光の精霊が僕に言ってくれた言葉。
でもこれがこんな意味だったなんて。
唖然とするしかない僕に光の精霊はにこりと微笑んだ。
「そんな顔をしないでください。これでよいのです。私は長い時を生きた……終わるにはちょうどいい。……精霊王様、私はずっと考えてしました。どうすればよいのか。その答えがこれです」
「ローアンに力を渡す事?」
僕が確かめるように尋ねると光の精霊はこくりと頷いた。
「ええ、私が力を渡せば、貴方は彼と共に生きていける。けれど、そんなことを真正面から貴方に言っても受け入れてはくれなかったでしょう。私が消えるとわかったら……。だからあなたを唆し、少し卑怯な手を使いました。許してください」
光の精霊は少し申し訳なさそうに僕に告げた。けれど、どうして僕は怒る事ができるだろう。全て、僕の為にしてくれた事だとわかるから。
「でも、どうしてここまでっ。それになぜ、ローアンを刺して」
光の精霊はいつも僕の力になってくれた。でも、ここまでする彼の気持ちがわからない。僕が精霊王だから? それだけの理由じゃない気がした。
その理由を光の精霊は教えてくれた。ローアンに刃を向けた理由も。
「精霊王様、貴方を見ているとあの方を見ているようでした。一人の人間に心を砕くその姿……あの方も私に対してそうであったのではないかと。だから私は貴方の力になりたかった」
光の精霊は本当に優しく笑った。そこに悲観も絶望もない。体が砂屑と落ちていくのに。
でもその砂屑は満月に当たって、光る砂粒のように美しかった。彼の存在のように。
「そして、あの人を失くし、精霊王様が生まれてからは貴方が私の生きる理由だった。あの人のようにさせまいと貴方を守る事、その理由がなければ生きていても意味がなかったから。あの人が私に命をくれた理由なんだとこじつけて」
穏やかな声で光の精霊は僕に告げた。
僕は精霊として生まれたが、光の精霊は違う。人として生まれたのだ。長い時を生きるのは、ずっと辛かっただろう。
そして、光の精霊が助けたかったのは僕じゃなくて、本当は前精霊王なのだ。助けられなかった彼の代わりに、僕に力を貸してくれた。言葉通り、身を尽くして。
「彼に刃を向けたのは、人間であり精霊でもある私の血を混ぜる必要があったからですよ。私の血なら混ざる事ができ、ローアンもまた一時的に人ならざる者になる。そうなれば本人の意思に関係なく、貴方の意志で精霊にできる。あとはまあ……愚か者に対するお仕置きです」
光の精霊はそう言うとローアンにちらりと視線を向けた。
「死んで償えることなど何もない。生きる事を望まれている内は生きなければ」
光の精霊は諭すようにローアンに告げた。ローアンはただ、その言葉を静かに聞いた。光の精霊の言葉は深くローアンの心に刺さったからだろう。
だが、もう光の精霊に残された時間はなかった。腕が崩れ、足も無くなり始めている。
「光……」
「精霊王様、そんな顔をしないで。……これでようやくあの人の元にも逝ける。長い、長い旅でした」
光の精霊は遠い記憶に想いをはせるように瞳を伏せた。そんな光の精霊に僕が告げられる言葉はただ一つだけだった。
「光、ありがとうっ、ありがとう!!」
もっともっと多くの言葉を光の精霊に告げたいのに、言葉が見つからなかった。
でも僕の言葉に光の精霊は今まで見た事ないくらい幸せそうに笑った。それは初めて見る彼の素朴な笑顔だった。
そして今になって気が付く、光はとてもローアンに似ている事に。
人を想う優しい心。だからこそ、前の精霊王も彼を好いたのだろう。
「精霊王様、幸せに。……ローアン、この方を頼むよ。お前は二度もこの方の手を煩わせたのだから。もうわかっているだろう?」
「ああ……。今度こそ共にいる。二度も世話をかけた」
二人はさっきとは違い、まるで昔から見知っている相手のように会話した。同じ人間同士だからだろうか。
でもローアンの答えに光の精霊は満足したようにフッと笑い、吹き始めた風が砂屑を舞い踊らせた。
「光ッ!」
僕が叫ぶと光の精霊は最後の言葉を残した。
「さようなら、精霊王様、ローアン」
光の精霊は別れを告げ、月光に光る砂屑を宙に舞い上がらせて儚く消えていった。
それが光の精霊の最期の姿だった。
僕はまたぽろぽろと涙を流し、光の精霊をただ見送るしかなかった。そんな僕の肩をローアンが強く抱きしめる。でも涙は止まらなかった。
僕は光り輝く満月を、ただただ見つめて涙を零した。
「さよなら、光……さようなら」
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