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第一章「レノと坊ちゃん」
5 大雨の日は
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……しかし、あの頃は二人がじれった過ぎてどうしようかと思ったよなぁ。けど、今となっては良い夫夫になって良かった。色々とあの手この手でくっつけたかいがあるというものだ。
俺は目の前で仲睦まじい二人を見て、改めて思った。
「これからはまた以前のようにできるよ。まあ、二人の邪魔にならないように気を付けるけど」
俺がニヤッと笑って言うと、二人はぽっと顔を赤らめた。
「ぼ、坊ちゃん!」
フェルナンドが恥ずかしそうに言ったが、俺は笑うだけだった。
しかし話をしている内に俺は重大な事を思い出した。二人は俺の幼少期を知っている、つまりはレノの事も知っているわけで。
「ねえねえ、そう言えば聞きたい事があるんだけど」
「聞きたい事? なんですか?」
ヒューゴが尋ね、二人とも不思議そうな顔をした。
「あのさ、レノってどんな子が好みが知ってる?」
あいつが答えないなら周辺調査だ! と思って聞いたのだが、二人は何とも言えない顔をした。
「坊ちゃん、それは」
「レノも報われねぇな」
フェルナンドとヒューゴはそう言った。でも、どういう意味だ?
首を傾げる俺にヒューゴが尋ね返してきた。
「坊ちゃん。どうしてレノの好みが気になるんで?」
「え? いや、だってあいつ、俺とずっとにいて恋人とかいたことなかったから、どんなのが好みなのかなーっと思って」
俺が答えると、二人はあちゃーって顔をした。だから、なんで?!
しかし二人は答えることなく、ヒューゴは俺の肩にポンッと手を置いた。
「ま、いずれわかりますよ」
ヒューゴは俺を見つめて言った。なんとなくその目には説得力がある。そして俺はわかってしまった。二人はレノの好きなタイプを知っているのだと。
……ほほーん? 二人は知ってるけど話さないって事は、何か裏があるな? でも、今聞いたところで答えなさそうだな。まあ今度じっくり尋問、いや聞くとするか。
答えてくれなさそうな二人を見て、俺は次回聞くことにした。
「わかった。それより引き留めてごめん、昼食の時間なんだよね? 俺はまだ庭を散歩するから早く厨房に戻って。みんな、腹を空かして待っているだろうから」
そう俺は広い庭を指さして言った。
ヒューゴはフェルナンドと共に俺についてきて、この別邸の新しい料理人となった。というか、この別邸にはヒューゴが来る前まで、料理人もいなくて、使用人達はそれぞれ持ち回りで食事を作っていたらしい。だが今やヒューゴが厨房内を取り仕切り、ヒューゴの美味しいまかない料理は使用人たちの楽しみとなっている。
勿論、それは俺もだ。ヒューゴの料理はおいしいからな。だから、きっと今もヒューゴが戻ってくるのを他の使用人たちは待っているだろう。
「坊ちゃん、すみません。では俺達は失礼しますね」
「うん、ゆっくり休憩を取って」
俺はそう言って、仲良く連れ立って歩く二人に手を振って見送った。微笑ましい視線を向けて。
……やっぱりイケオジ幼馴染カップルって言うのは、なんというか安心感&安定感があるな! お互いを信頼しきってるって感じがあって実にイイ。さぁて、しからば二人をこっそり見守りに行きますかね、うふっ。
そう思って一歩を踏み出しそうとした時、ガッと強めに後ろから肩を掴まれた。
「また一人でウロウロされてましたね?」
「わひゃっ!」
驚いて振り返るとそこにはいつの間にか気配なくレノがいた。
……忍者かお前は! 驚くってばよ!
「お出かけになる時は言ってくださいといつも言っているでしょう」
「えぇー? ちゃんと出かけるってメモを置いてただろぉ?」
「どこに行くとは書いてなかったですよ、全く。……それよりあの二人に何もしていないでしょうね?」
ちらりと視線を向けられ、まるで俺が何かするような言い草にむっと口を曲げる。
全く失礼だな! 別にまだ何にもしてないぞ、まだ!
「何にもしてないぞ」
俺は腕を組んで言った。しかしレノは俺の言葉を信用していないようだった。やっぱり失礼な奴だ。
「散歩に出たらフェルナンドに会って、そこにヒューゴが来たから、三人でちょっと話してただけだよ」
「ソウデスカ」
「ホントに信じてるか?」
ほとんど棒読みで答えるレノに聞き返したが何も答えなかった。信用ゼロか、ほーん?
「もー、いいよ。とにかく俺は一人で散歩するから、ほっといてくれ」
そう言い放って俺は庭を歩いた。しかし後ろからレノが付いてくる。俺はピタッと足を止めて振り返った。
「おい、一人で散歩するって言ってるだろ?」
「敷地内と言っても、どこで何が起こるかわかりません。警護としてついて行きます」
「あのなぁ、帝都ならいざ知れず。俺はもうジェレミーの婚約者は下りたし、こんな辺鄙な田舎だぞ? 何が起こるってんだ」
俺が言うと、レノははぁーっと厭味ったらしく大きなため息を吐いた。なんか、いちいちムカつくなぁ!
「いいですか、キトリー様。貴方は王家に次ぐ名門ポブラット公爵家のご令息で、第一王子の元ご婚約者。しかもお父上様はこの国の中枢を束ねる宰相様です。自分の置かれている立場、という事をご理解ください。貴方を誘拐して、利用しようとする者はごまんといるのですよ」
……おいおいおい、その公爵家のご令息を今さっき無視したのは一体どこのどいつだっけ?
と言ってやりたかったが、言い返すと倍にして返されるし、レノの言っている事はあながち間違いではないので、俺はむぅっと口を尖らせた。
「俺を利用したって何にもならないのにぃ」
「貴方がそう思っていても、相手は思っていません。なので、私が傍にいることは我慢してください」
レノはそう言うと、俺を慰める様に頭をよしよしっと撫でた。幼い頃から俺を慰める時はいつもこれだ。俺、もう子供じゃないんですけど。
そう思いつつも、撫でられるのが嫌じゃないのでいつもされるがままだ。
……子供の頃からされてるからかな?
なんて考えていたが、レノは手を放すと歩き出した。
「ほら、散歩に行くのでしょう? 行きますよ」
「あ、ちょっと待てって!」
なんで俺がお前について行く感じになってんの!? と思いながらも、俺は結局レノと庭をお散歩することになったのだった。
◇◇◇◇
しかしそれから三日ほど経ったある日。
陽気な天気は一転。珍しく土砂降りの雨がポブラット領に降り注いでいた。昼過ぎだというのに空はどんよりと曇り空で太陽の光さえない。まるでバケツをひっくり返したように雨が空から降り注いでいる。
「はぁー、雨が凄いな。レノ、大丈夫かな?」
俺は窓の外を眺めながら呟いた。
実は二時間前、屋敷の中を暇つぶしがてら歩いている時に小耳に挟んでしまったのだ。
『いつも食材を届けてくれている親子が時間になっても来ない』と。
この雨だから遅れているのだろう、という話をしていたが雨の勢いは止まず、俺は少々心配になってレノに様子を見に行くように指示を出した。
……ただ遅れているだけなら、全く構わない。けど、もしも何か事故に巻き込まれていたら。
そう不安に思っているとドアがノックされた。だが入ってきたのはレノではなかった。
「坊ちゃん、失礼します」
「お爺」
断りを言って部屋に入ってきたのは執事長のお爺だった。
お爺は本邸で元執事長をしていた敏腕執事で、年齢を理由に忙しい本邸から身を引き、今では別邸の管理を任されている人物だ。とはいっても六十過ぎのまだまだ元気なちょび髭が似合うダンディな老紳士なんだけど。
「レノが配達中の親子を見つけて戻って参りました。今、厨房の方に来ております」
「わかった、すぐに行く」
俺は返事をして、お爺と一緒に厨房へ向かった。
そして厨房に辿り着けば、人が集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。勿論、そこにはずぶ濡れのレノと椅子に座っている父親と心配顔の年若い美少年がいた。美少年はおそらく息子君だろう。
俺より少し年下の、十六歳ぐらいだろうか?
「キトリー様」
ずぶ濡れのレノが俺を見つけると声をかけてきた。
「ご苦労だったな、レノ。何があった?」
「どうやら途中まで荷車を押して運んでいたらしいのですが、父親の方がぬかるみに足を取られて捻挫してしまったようで。屋敷に助けを求めに走っていた息子さんと途中で会い、一緒に連れてまいりました」
レノはぽたぽたっと水雫を垂らしながら言った。
レノは捜索の為、馬で出て行った。だが、おそらく馬に父親を乗せ、レノは息子君とこの雨の中、荷車を押して運んできてくれたのだろう。厨房には運ばれた食材が置かれている。荷車を道の途中で捨てる訳にもいかなかったのだろうな。
……やっぱりレノを行かせて正解だったな。
俺はそう思いつつ、紳士の嗜みとしてポケットに入れていたハンカチを取り出して濡れているレノの顔を拭った。
だがレノは俺に顔を拭かれたくないのか、一歩体を引いた。
「キトリー様、いけません」
「何言ってんだ、大人しく拭かれとけ」
俺はレノを捕まえて、ぐしゃぐしゃっと顔を拭いた。レノは顔をしかめさせたが、俺は内心ほっとしていた。行かせた手前、本当に心配していたのだ。自然の力を決して侮ってはいけない、人は自然の前に無力なのだから。
そう前世の時のばっちゃんも言っていた。
「キトリー様、もう大丈夫ですよ。というか、ハンカチをください。自分で拭います」
「そうか?」
俺はハンカチをレノに渡し、レノは水分を含んだハンカチを絞って自分で顔を拭った。
「何はともあれ、レノを行かせてよかった。でも早く服を着替えた方がいいな、濡れたままじゃ風邪を引く。あとは俺達に任せて、部屋に戻って着替えておいで」
「わかりました」
レノは俺の言葉を素直に受け取り、頭を下げて私室に戻って行った。俺の前で、いつまでも濡れ鼠ではいられないと思ったのだろう。
俺はレノを見送り、傍に控えていたお爺に声をかけた。
「お爺、二人にも替えの服を用意できる?」
俺が尋ねるとお爺は「はい、勿論でございますよ。坊ちゃん」とにこやかに答えた。
「じゃあ、二人には客間を使って貰ってとりあえず着替えを。その間に風呂の準備をして、沸いたら入ってもらって。その後、捻挫の手当てをして……ヒューゴ、体が温まるようなスープと食事の用意を頼むよ。三人とも昼飯を食べていないから」
「勿論ですよ、坊ちゃん!」
ヒューゴはぐっと拳を握って言った。
しかし俺の指示に声を上げた者がいた、荷車を運んできた父親だ。
「そ、そんな、坊ちゃん。俺達の為に申し訳ないです! 雨が落ち着くまで、ここで雨宿りさせていただいたら、すぐに帰りますんで!」
ぺこぺこと頭を下げて、そう俺に言った。だが、そんなお願いを聞いてやるほど俺は優しくない。
「いいから。気にせず、ゆっくりしていってください。いつもお世話になってるのだし、困った時はお互い様です。それに雨が今日中に落ち着くかわからないし、足も痛むでしょう。だからどうぞ一泊していってください」
俺は親子を見て言った。
「雨が止んだら、馬で家まで送らせますから。ね?」
俺が告げると父親は深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます、坊ちゃん!」
そうお礼を言った後、俺をキラキラとした眼差しで見つめた。
……いや普通の事をしただけなんで、そんなに見つめられても。ここで追い出すなんて鬼畜だろ。外、土砂降りよん?
「気にしないでください。では、みんなそのように」
俺は指示だけ出して、厨房を後にすることにした。
この家のトップである俺は指示だけ出していなくなる方がいいのだ。一応俺、偉いとこのご令息だからね。そんな奴が傍にいたらゆっくりもできんだろ。
……前世で社会人してた時も、お偉いさんとの飲み会は緊張したもんなぁ~。相手が良い人とわかっていても。ま、あとはみんなが良いようにしてくれるだろ。俺はレノの様子でも見に行きますかね~。暇やし。
そう思って俺は厨房を出ようとしたが、あることを思いついてヒューゴに声をかけた。
「あ、ヒューゴ、ちょっとお願いがあるんだけど。いいかな?」
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「これからはまた以前のようにできるよ。まあ、二人の邪魔にならないように気を付けるけど」
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フェルナンドが恥ずかしそうに言ったが、俺は笑うだけだった。
しかし話をしている内に俺は重大な事を思い出した。二人は俺の幼少期を知っている、つまりはレノの事も知っているわけで。
「ねえねえ、そう言えば聞きたい事があるんだけど」
「聞きたい事? なんですか?」
ヒューゴが尋ね、二人とも不思議そうな顔をした。
「あのさ、レノってどんな子が好みが知ってる?」
あいつが答えないなら周辺調査だ! と思って聞いたのだが、二人は何とも言えない顔をした。
「坊ちゃん、それは」
「レノも報われねぇな」
フェルナンドとヒューゴはそう言った。でも、どういう意味だ?
首を傾げる俺にヒューゴが尋ね返してきた。
「坊ちゃん。どうしてレノの好みが気になるんで?」
「え? いや、だってあいつ、俺とずっとにいて恋人とかいたことなかったから、どんなのが好みなのかなーっと思って」
俺が答えると、二人はあちゃーって顔をした。だから、なんで?!
しかし二人は答えることなく、ヒューゴは俺の肩にポンッと手を置いた。
「ま、いずれわかりますよ」
ヒューゴは俺を見つめて言った。なんとなくその目には説得力がある。そして俺はわかってしまった。二人はレノの好きなタイプを知っているのだと。
……ほほーん? 二人は知ってるけど話さないって事は、何か裏があるな? でも、今聞いたところで答えなさそうだな。まあ今度じっくり尋問、いや聞くとするか。
答えてくれなさそうな二人を見て、俺は次回聞くことにした。
「わかった。それより引き留めてごめん、昼食の時間なんだよね? 俺はまだ庭を散歩するから早く厨房に戻って。みんな、腹を空かして待っているだろうから」
そう俺は広い庭を指さして言った。
ヒューゴはフェルナンドと共に俺についてきて、この別邸の新しい料理人となった。というか、この別邸にはヒューゴが来る前まで、料理人もいなくて、使用人達はそれぞれ持ち回りで食事を作っていたらしい。だが今やヒューゴが厨房内を取り仕切り、ヒューゴの美味しいまかない料理は使用人たちの楽しみとなっている。
勿論、それは俺もだ。ヒューゴの料理はおいしいからな。だから、きっと今もヒューゴが戻ってくるのを他の使用人たちは待っているだろう。
「坊ちゃん、すみません。では俺達は失礼しますね」
「うん、ゆっくり休憩を取って」
俺はそう言って、仲良く連れ立って歩く二人に手を振って見送った。微笑ましい視線を向けて。
……やっぱりイケオジ幼馴染カップルって言うのは、なんというか安心感&安定感があるな! お互いを信頼しきってるって感じがあって実にイイ。さぁて、しからば二人をこっそり見守りに行きますかね、うふっ。
そう思って一歩を踏み出しそうとした時、ガッと強めに後ろから肩を掴まれた。
「また一人でウロウロされてましたね?」
「わひゃっ!」
驚いて振り返るとそこにはいつの間にか気配なくレノがいた。
……忍者かお前は! 驚くってばよ!
「お出かけになる時は言ってくださいといつも言っているでしょう」
「えぇー? ちゃんと出かけるってメモを置いてただろぉ?」
「どこに行くとは書いてなかったですよ、全く。……それよりあの二人に何もしていないでしょうね?」
ちらりと視線を向けられ、まるで俺が何かするような言い草にむっと口を曲げる。
全く失礼だな! 別にまだ何にもしてないぞ、まだ!
「何にもしてないぞ」
俺は腕を組んで言った。しかしレノは俺の言葉を信用していないようだった。やっぱり失礼な奴だ。
「散歩に出たらフェルナンドに会って、そこにヒューゴが来たから、三人でちょっと話してただけだよ」
「ソウデスカ」
「ホントに信じてるか?」
ほとんど棒読みで答えるレノに聞き返したが何も答えなかった。信用ゼロか、ほーん?
「もー、いいよ。とにかく俺は一人で散歩するから、ほっといてくれ」
そう言い放って俺は庭を歩いた。しかし後ろからレノが付いてくる。俺はピタッと足を止めて振り返った。
「おい、一人で散歩するって言ってるだろ?」
「敷地内と言っても、どこで何が起こるかわかりません。警護としてついて行きます」
「あのなぁ、帝都ならいざ知れず。俺はもうジェレミーの婚約者は下りたし、こんな辺鄙な田舎だぞ? 何が起こるってんだ」
俺が言うと、レノははぁーっと厭味ったらしく大きなため息を吐いた。なんか、いちいちムカつくなぁ!
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……おいおいおい、その公爵家のご令息を今さっき無視したのは一体どこのどいつだっけ?
と言ってやりたかったが、言い返すと倍にして返されるし、レノの言っている事はあながち間違いではないので、俺はむぅっと口を尖らせた。
「俺を利用したって何にもならないのにぃ」
「貴方がそう思っていても、相手は思っていません。なので、私が傍にいることは我慢してください」
レノはそう言うと、俺を慰める様に頭をよしよしっと撫でた。幼い頃から俺を慰める時はいつもこれだ。俺、もう子供じゃないんですけど。
そう思いつつも、撫でられるのが嫌じゃないのでいつもされるがままだ。
……子供の頃からされてるからかな?
なんて考えていたが、レノは手を放すと歩き出した。
「ほら、散歩に行くのでしょう? 行きますよ」
「あ、ちょっと待てって!」
なんで俺がお前について行く感じになってんの!? と思いながらも、俺は結局レノと庭をお散歩することになったのだった。
◇◇◇◇
しかしそれから三日ほど経ったある日。
陽気な天気は一転。珍しく土砂降りの雨がポブラット領に降り注いでいた。昼過ぎだというのに空はどんよりと曇り空で太陽の光さえない。まるでバケツをひっくり返したように雨が空から降り注いでいる。
「はぁー、雨が凄いな。レノ、大丈夫かな?」
俺は窓の外を眺めながら呟いた。
実は二時間前、屋敷の中を暇つぶしがてら歩いている時に小耳に挟んでしまったのだ。
『いつも食材を届けてくれている親子が時間になっても来ない』と。
この雨だから遅れているのだろう、という話をしていたが雨の勢いは止まず、俺は少々心配になってレノに様子を見に行くように指示を出した。
……ただ遅れているだけなら、全く構わない。けど、もしも何か事故に巻き込まれていたら。
そう不安に思っているとドアがノックされた。だが入ってきたのはレノではなかった。
「坊ちゃん、失礼します」
「お爺」
断りを言って部屋に入ってきたのは執事長のお爺だった。
お爺は本邸で元執事長をしていた敏腕執事で、年齢を理由に忙しい本邸から身を引き、今では別邸の管理を任されている人物だ。とはいっても六十過ぎのまだまだ元気なちょび髭が似合うダンディな老紳士なんだけど。
「レノが配達中の親子を見つけて戻って参りました。今、厨房の方に来ております」
「わかった、すぐに行く」
俺は返事をして、お爺と一緒に厨房へ向かった。
そして厨房に辿り着けば、人が集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。勿論、そこにはずぶ濡れのレノと椅子に座っている父親と心配顔の年若い美少年がいた。美少年はおそらく息子君だろう。
俺より少し年下の、十六歳ぐらいだろうか?
「キトリー様」
ずぶ濡れのレノが俺を見つけると声をかけてきた。
「ご苦労だったな、レノ。何があった?」
「どうやら途中まで荷車を押して運んでいたらしいのですが、父親の方がぬかるみに足を取られて捻挫してしまったようで。屋敷に助けを求めに走っていた息子さんと途中で会い、一緒に連れてまいりました」
レノはぽたぽたっと水雫を垂らしながら言った。
レノは捜索の為、馬で出て行った。だが、おそらく馬に父親を乗せ、レノは息子君とこの雨の中、荷車を押して運んできてくれたのだろう。厨房には運ばれた食材が置かれている。荷車を道の途中で捨てる訳にもいかなかったのだろうな。
……やっぱりレノを行かせて正解だったな。
俺はそう思いつつ、紳士の嗜みとしてポケットに入れていたハンカチを取り出して濡れているレノの顔を拭った。
だがレノは俺に顔を拭かれたくないのか、一歩体を引いた。
「キトリー様、いけません」
「何言ってんだ、大人しく拭かれとけ」
俺はレノを捕まえて、ぐしゃぐしゃっと顔を拭いた。レノは顔をしかめさせたが、俺は内心ほっとしていた。行かせた手前、本当に心配していたのだ。自然の力を決して侮ってはいけない、人は自然の前に無力なのだから。
そう前世の時のばっちゃんも言っていた。
「キトリー様、もう大丈夫ですよ。というか、ハンカチをください。自分で拭います」
「そうか?」
俺はハンカチをレノに渡し、レノは水分を含んだハンカチを絞って自分で顔を拭った。
「何はともあれ、レノを行かせてよかった。でも早く服を着替えた方がいいな、濡れたままじゃ風邪を引く。あとは俺達に任せて、部屋に戻って着替えておいで」
「わかりました」
レノは俺の言葉を素直に受け取り、頭を下げて私室に戻って行った。俺の前で、いつまでも濡れ鼠ではいられないと思ったのだろう。
俺はレノを見送り、傍に控えていたお爺に声をかけた。
「お爺、二人にも替えの服を用意できる?」
俺が尋ねるとお爺は「はい、勿論でございますよ。坊ちゃん」とにこやかに答えた。
「じゃあ、二人には客間を使って貰ってとりあえず着替えを。その間に風呂の準備をして、沸いたら入ってもらって。その後、捻挫の手当てをして……ヒューゴ、体が温まるようなスープと食事の用意を頼むよ。三人とも昼飯を食べていないから」
「勿論ですよ、坊ちゃん!」
ヒューゴはぐっと拳を握って言った。
しかし俺の指示に声を上げた者がいた、荷車を運んできた父親だ。
「そ、そんな、坊ちゃん。俺達の為に申し訳ないです! 雨が落ち着くまで、ここで雨宿りさせていただいたら、すぐに帰りますんで!」
ぺこぺこと頭を下げて、そう俺に言った。だが、そんなお願いを聞いてやるほど俺は優しくない。
「いいから。気にせず、ゆっくりしていってください。いつもお世話になってるのだし、困った時はお互い様です。それに雨が今日中に落ち着くかわからないし、足も痛むでしょう。だからどうぞ一泊していってください」
俺は親子を見て言った。
「雨が止んだら、馬で家まで送らせますから。ね?」
俺が告げると父親は深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます、坊ちゃん!」
そうお礼を言った後、俺をキラキラとした眼差しで見つめた。
……いや普通の事をしただけなんで、そんなに見つめられても。ここで追い出すなんて鬼畜だろ。外、土砂降りよん?
「気にしないでください。では、みんなそのように」
俺は指示だけ出して、厨房を後にすることにした。
この家のトップである俺は指示だけ出していなくなる方がいいのだ。一応俺、偉いとこのご令息だからね。そんな奴が傍にいたらゆっくりもできんだろ。
……前世で社会人してた時も、お偉いさんとの飲み会は緊張したもんなぁ~。相手が良い人とわかっていても。ま、あとはみんなが良いようにしてくれるだろ。俺はレノの様子でも見に行きますかね~。暇やし。
そう思って俺は厨房を出ようとしたが、あることを思いついてヒューゴに声をかけた。
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