8 / 180
第一章「レノと坊ちゃん」
8 お茶タイム
しおりを挟むレノから告白されて三日後。
昼も過ぎた時刻、俺は書斎で仕事をしていた。だが作家業ではない、領主代理としての仕事だ。
普段はお爺がこの別邸を管理してくれているが、今は俺がいるのでその仕事を担う事になっている。別邸に行くと言ったら、父様に領主代理という肩書を任されてしまったのだ。なので領地の管理も今や俺の仕事。俺、遊びに来たのになぁ。
まあ、父様はいい機会だから領地で経営を学ばせよう、という考えなのだろう。なので俺も今後の為だと思って報告書に目を通し、カリカリと羽根ペンを動かしてサインをしている……のだが。
俺の斜め前。俺の仕事の補佐をする為に、レノがどこからか机を持ってきて書類の確認や書き足しを行っている。おかげでさっきから自然と目がチラチラとそちらに向かってしまう。
あれから三日。告白はされたが、レノの態度は以前と変わらず。俺に愛の視線を送るでもなく、書類を淡々と整理している。
……レノ、やっぱり本気で言ったわけじゃないのかな? なーんか、いつもと同じ調子だし。ハッ!! やっぱりあれはドッキリだったのか?! 俺を騙した!?
「騙してませんよ」
「ンハッ!? ちょ、人の心読んだッ?! スケベ、変態!」
俺が両手で胸を隠して言うと、レノは大きなため息を吐いてペンを置いた。
「そんな百面相していたら、キトリー様が考えてることなんて誰だってわかりますよ。それにスケベ、変態で結構」
レノは堂々と言い放ちやがった。ちょっとは動揺しなさいヨ!
だがレノは動じることなく書類をまとめると、おもむろに席を立った。俺は反射的に、何かされるのでは? とビクッとしてしまう。
「れ、レノ?」
「集中力が切れたようですから、お茶でもお入れします。少々お待ちください」
レノはそう言うと部屋を出て行った。お茶のセットは部屋にあるので、お湯のポットを取りに行ったのだろう。俺は一人部屋に残って、ほっと息を吐く。
「レノの奴、本当はエスパーじゃないのか? いっつも人の心を読んで」
……それにしても騙してないって言ってたな。あれってやっぱり本気で俺に告白したって意味? それにしてはあっさりし過ぎてると言うか……。いや、まあ熱烈なレノなんてあんまり想像できないけど。つーか、俺のどこが好きなんだ? 確かに俺は公爵令息で権力はあるし、金もある。顔は美形な両親のおかげで、そこそこいい。性格も悪くはないし。……やだぁ、俺ってばモテ要素しかないじゃんッ!
「また一人で百面相ですか?」
「ひゃっ! れ、レノッ!? 戻ってくるの早くない?」
さっき出て行ったはずのレノが早速戻ってきた。厨房からここに戻ってくるのには五分はかかるはずなのに! 瞬間移動でも使った?!
「執事長がちょうどポットを持ってきてくれている途中だったので、受け取って戻ってきただけですよ」
「あ、お爺か」
さすがお爺。できる男は俺達がお茶を飲もうとしているタイミングまでわかっている。そしてレノはお湯が入ったポットをカートの上に置き、用意されているお茶セットで手際よく香りのいい紅茶を淹れ始めた。
俺はその作業を眺めつつ、休憩タイムの為に机の上の書類を片付ける。大事な書類に紅茶を零してはいかんからな。そうして書類を横に置き、インク壺などに蓋をしていると「はい、どうぞ」とレノが鮮やかな色身を出した紅茶を美しいティーカップに淹れて、俺の机に置いてくれた。
そして昨日、ヒューゴが焼いていた小さなマドレーヌも三つ付けてくれた。
……マドレーヌ、おいしそ! 昨日はお預けをくらったからなぁ~。
昨日、俺は厨房に顔を出し、その時ヒューゴがマドレーヌを焼いていたのを見ていたのだ。本当はその場で焼きたてを食べたかったのだが、ヒューゴ曰く、マドレーヌとかパウンドケーキは二日目の方が美味いらしく、味見もさせてくれなかった。
『明日には食べさせてあげますから』
そう笑顔で言われ、やんわりとお預けを食らったのだ。ヒューゴが言うには一日置くと、味が馴染むんだって。二日目が美味しいなんて、ちょっとカレーみたいだよな。
俺は昨日のやり取りを思い出しながら、紅茶を淹れてくれたレノにお礼を告げた。
「ありがと、レノ」
「どういたしまして」
俺はレノの返事を聞いてから温かな紅茶を飲む。うん、おいし!
そして、そのまま手を伸ばして、しっとりしているマドレーヌを掴み、ぱくりっと一口頬張った。ほんのり甘くてレモンの香り、ふわふわ触感が口に広がる。
……んんっ、うまぁぁぁっ~!
まさに至福の時。やっぱり息抜きには糖分だよね!
俺はマドレーヌをもっぐもっぐと食べ、紅茶を飲む。このハーモニーが堪らん!
だが、最後の一個をもぐもぐしていると、不意に何かの視線に気が付いた。なんだ? と顔を上げてみと、レノが微笑ましそうに俺を見ていた。
そりゃ、もう。なんだか愛おし気そうな顔で!
いつもだったら何とも思わないんだけど、レノが俺を好きだと知ってしまった今、なんだか恥ずかしくなって……。俺は思わずマドレーヌを喉に詰まらせそうになった。
「んぐ!」
俺は慌てて紅茶を飲み、マドレーヌを押し流す。
「大丈夫ですか、キトリー様」
「んんっ、コホッ、大丈夫だ」
俺は咳ばらいをしながら答えた。その横でレノは俺に二杯目の紅茶を注いでくれる。それを眺めながら俺はちらりとレノを見た。
……やっぱり、もう一度確認しておこう。こいつが本気なのか。こう……ずっとモヤモヤするのも、嫌だし。
「あ、あのさ。レノ」
「はい、なんですか?」
「あの……」
俺はじっとレノを見て、そっと口を開いた。
「いや、なんでもないわ」
俺の小心者ぉ! でもさ、でもさ? レノに『俺の事、好きなの?』って聞くの、なんか恥ずかしいじゃん! だってレノだよ?!
俺はむぐっと口を閉じる。しかし、そこは察しの良いレノだった。
「キトリー様の事、好きですよ」
不意打ちに告白され、俺は驚く。
「えっ、あ、ああ。……やっぱり本気なんだ」
俺は目を逸らして呟いた。だって気まずいんだもん。だから、どうしたもんかとちょっと口が尖ってしまう。むぅっ。
でもレノはそんな俺に怒るでもなく呆れるでもなかった。
「キトリー様が戸惑う気持ちはわかります。でも私がこういった冗談を言わないことは、キトリー様が一番ご存じでしょう?」
レノに言われて、俺はちらりとレノに視線を向ける。レノの目はマジだ。
「まあ、それはわかってるけど。レノ、今までそんな雰囲気なかったじゃん?」
「それはそうです。出してませんでしたから」
レノはしれっとした顔で答えた。
「じゃあ、なんでいきなり……戸惑うじゃん」
俺が尋ねるとレノはにこりと笑った。でも怒ってる笑顔だ。
「キトリー様の方から私に聞いてきたんですが?」
「あ……はい、そうでしたネ」
俺はレノに尋ねた事を思い出した。
「じゃあ、俺が聞いたから?」
「まあ、そうですね。本当はもう少ししてから言うつもりでしたが、キトリー様が私の事を気にかけて下さいましたので答えさせて頂きました」
……お、俺は墓穴を掘ったわけね。
「でも、なんで今まで黙っていたんだよ? ずっと一緒にいたんだから、いつでも言えただろ。それにその……俺、今までレノが俺に好意を持ってるなんて微塵も感じなかったんだけど」
「それはそうでしょう、隠していましたから。それに私がキトリー様に告白できる立場ではありませんし」
レノに言われて俺は思い当たる。レノはずっと俺の傍にいて兄弟のように育ってきたが、身分的には主人と従者。そして、俺は公爵令息でレノは平民。法律で取り締まられているわけではないが、カップルになれたとしても公爵家の令息の俺との結婚は難しいだろう。
その上、レノは蛇獣人。風当たりはより強い。
まあ、これからジェレミーがディエリゴの為に改革を推し進めていくだろうから、今後は変わってくると思うけど……。
89
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
天啓によると殿下の婚約者ではなくなります
ふゆきまゆ
BL
この国に生きる者は必ず受けなければいけない「天啓の儀」。それはその者が未来で最も大きく人生が動く時を見せる。
フィルニース国の貴族令息、アレンシカ・リリーベルは天啓の儀で未来を見た。きっと殿下との結婚式が映されると信じて。しかし悲しくも映ったのは殿下から婚約破棄される未来だった。腕の中に別の人を抱きながら。自分には冷たい殿下がそんなに愛している人ならば、自分は穏便に身を引いて二人を祝福しましょう。そうして一年後、学園に入学後に出会った友人になった将来の殿下の想い人をそれとなく応援しようと思ったら…。
●婚約破棄ものですが主人公に悪役令息、転生転移、回帰の要素はありません。
性表現は一切出てきません。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
腐男子♥異世界転生
よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。
目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。
トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる