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第一章「レノと坊ちゃん」
13 ノエルの質問
しおりを挟む――――それから数日後。
ノエルは屋敷に働きに来るようになり、レノに色々と指導を受けてすぐ仕事に順応していった。……のだが。
「あ、レノ。ちょっと」
「すみません。ノエル君に教えることがございますので、他の方に頼まれてください」
レノはしれっとした顔で俺に言い、呼び止めた俺の前から早々に立ち去った。呼び止めた俺の手が宙に浮いたままだ。そしてこういったシチュエーションはもう一度や二度ではなかった。レノは俺が近づくとわざと距離を置き、避けるようになっていた。
……あんにゃろ、反抗期かッ!
そう言いたいが、言ったらなんだか負けな気がして……。ぐぬぬぬぬっ。
しかし、そんなある日。
俺の元にノエルがお茶を運んできてくれた。レノは他に用事があるらしく、ノエルにこの仕事が回ってきたらしい。
……あいつ、今までこの仕事を他の誰に任せる事なんててなかったのに。よっぽど、俺を避けたいってか?
「き、キトリー様。どうぞ」
ノエルは事務仕事をしていた俺に紅茶を差し出してくれた。レノにはムカつくがノエルと紅茶に罪はない。俺はありがたく頂くことにした。
「ありがとう、ノエル」
「あ、いえ……」
ノエルは小さな声で返事をした。俺は椅子に座って、ノエルをちらりと見る。
俺の目から見ても、やっぱりノエルは可愛い。この世界にアイドルという職業が存在していたら、確実にノエルはトップアイドルになれただろう。
……しかし、こんなカワイ子ちゃんにレノはグラッと来たりしないのかねぇ。
俺は淹れてもらった紅茶を一口飲んで思う。しかしそんな俺にノエルが話しかけてきた。
「あ、あの、キトリー様」
「ん? なんでしょう」
俺が何気なく尋ねると、ノエルはもじもじと何か言いたげな表情を見せた。
……ンハッ! これはまさか、俺に『レノ様を俺に譲ってください!』的な発言をされるのではッ!?
俺はそう思い、『喜んでー!』とすぐに答えられるよう身構えたのだが、ノエルの口から出てきたのは明後日からの質問だった。
「あの、キトリー様はザック・シシールの事をご存じですか?」
思わぬ質問に思わず「へ?」と素の俺が出てしまう。だが、すぐに気を取り直して返事をした。
「こ、コホン! ザック・シシールとは公爵家直属の騎士をしているザックの事かな?」
俺は咳ばらいをして答えた。
ザックは褐色の肌を持つ青年で、公爵家の騎士をしている一人だ。
レノとは同い年で、本邸に住んでいた時、二人がつるんでいるのをよく見かけたものだ。まあ実際のところ、ザックがレノに突っかかっていた、と言った方が正確かもしれない。ザックは気前のいい兄ちゃんって感じの人物なので、無口なレノを気にかけて話しかけていたのだ。レノはウザがっていたけど。
なので、俺もザックとは面識ありありで、顔を合わせれば普通に話す仲だ。
……しかし、なんでザックの事を? ん、あ~、そう言えばザックはノエルと同じ村の出身だったな。知り合いなのかも?
「もしかして、ノエルはザックと知り合いだったりするのかな?」
俺が尋ねるとノエルは「はい!」と元気よく答えた。
「そうなのか」
……あのザックとね~。ほーん。
「それで、その。……ザック兄さんがこちらに来ることはあるのかと思って」
「ん、ザックが? いやー、そういう予定はないかな。ザックは本邸付きの騎士だから、よっぽどのことがなきゃこっちまでは来ないかな」
俺がそう正直に返事をすると、ノエルは明らかに落胆した様子を見せた。
「そう……なんですか」
「ノエル?」
「あ! いえ、なんでもないんです。ただ最近会っていないから、元気かなっと思って。突然聞いてすみませんでした」
「いや、俺は構わないけど」
……そんなにザックに会いたいのかな? そういやザックの奴、タイミングを逃して二年ぐらい実家に帰ってないとか言ってたな。あれ? なんか村に可愛い子がいるとかも言っていたような?
ノエルのしょぼんっとした顔を見ながら思い出していると、そこにレノがやってきた。
「失礼します。ノエル、すみませんが厨房に行ってヒューゴさんの手伝いをしてきてくれませんか? あとは私がやりますので」
レノが頼むとノエルは「あ、はい! わかりました」とすぐに返事をして、「では失礼します」と俺に言ってから礼儀正しく部屋を出て行った。
うむ、なかなかできる子だ。
俺は将来有望な若者の後姿を見送りながら(とはいっても実年齢は二歳しか違わないんだけど)紅茶を飲み、おやつのクッキーを齧る。
しかしそんな俺の元にレノはやってきて、ちらりと俺に一瞥をくれた。
「む、なんだよ?」
「別に、なんでもありませんが?」
レノはそう言ったが、その顔はなんでもありませんって顔じゃなかった。
「何か言いたそうな顔してるのに」
「……今の話を聞いて、何か気がつかれませんでしたか?」
レノは意味深に俺に聞いてきた。
「は? 今の話? ……ノエルとザックの話?」
「そうです」
レノは頷いて俺に言ったが、何のことか俺にはわからない。
「ただの普通の会話だろ?」
俺が正直に答えるとレノは「はぁー」と大きくため息を吐いた。
何か言いたげだけど、なんなん? と視線を送れば、何も言っていないのにレノは返事をした。
「いえ、別になんでもありません」
……絶対何もないって顔じゃないじゃん。変なやつぅ~。
そんなことを思っていると、レノは唐突に俺に宣言した。
「キトリー様。ひとつ、言っておきますけど。私は貴方を諦めてノエルと付き合おうなんて考えはないですからね?」
「えっ、な、なに、急に」
ナゼ、それを!? 俺の華麗なる計画を知ってるんだ?!
「一応、言っておこうと思いまして。では、もうお茶はよろしいですね?」
レノはそう言うと俺の目の前にあった茶器を片付け、早々に部屋を出て行った。
「……俺を諦める気はないって。マジかよ?!」
残された俺は小さく呟いたのだった。
――――しかしその頃。
ポブラット領の一番大きな町・ハミルナーでは、町の外れにある古びれた屋敷にサウザー伯爵が逗留しており、そこには体格の良い荒くれ者達も一緒だった。
「このままでは王子は例の獣人と早々に婚約してしまう、すぐにキトリー令息を誘拐し、ここに連れてくるのだ。いいな!」
サウザー伯爵が告げると三人組の男達は頷き、部屋を出て行った。
そして部屋に残ったサウザー伯爵は手元に置いている薬の小瓶を見て、にたりと笑った。それは人の意識を混濁させる麻薬のひとつで、バルト帝国では禁止されているものだった。
「これを飲ませれば、あの子供は私の言う通りだ」
サウザー伯爵は悪い顔でほくそ笑んだ。
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