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第一章「レノと坊ちゃん」

16 サウザー伯爵の言い分

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「キトリー君、料理はいかがだったかな?」

 サウザー伯爵は甘いものは好まないのか、ワインを飲みながら俺に尋ねてきた。俺は出された酸っぱすぎるベリーソースがかかった甘ったるいチーズケーキを一口食べて答えた。

「とても美味しかったです」

 正直微妙だ。と本当の事を言ってやりたいが、ここは我慢だ。

「そうか、それは良かった」

 サウザー伯爵は満足そうに笑った。俺はそれを見て、すかさず尋ねた。今が聞くべき時だと思ったから。

「ところでサウザー伯爵。先程のお話の続き、していただけますか? 僕と王子を結婚させるというお話を」 

 俺は真面目な顔でサウザー伯爵に問いかけた。
 するとサウザー伯爵はワイングラスをテーブルに置き、俺を見た。

「キトリー君は知っていますかな? 先王の王弟であるジュリオット様と獣人ロメオの結婚を」
「勿論、有名なお話ではありませんか。でも、それが何か?」
「ええ、これは大きな問題です。……王は二人の結婚の為に、奴隷制度の全土廃止を宣言なさった。しかし、その後の帝国はどうです? 獣人共は自分たちの権利を主張し始め、今では帝国の中枢にまで入り込む始末です。私はこれ以上、獣人達が帝国内を好き勝手するのを見ていられないのです」

 サウザー伯爵はまるで帝国の未来を嘆くように言った。

「ちょ、ちょっと待ってください! 先王は別に二人の結婚の為に宣言成されたわけでは。元よりバルト帝国では獣人達の権利が認められていたはずです」

 俺は史実と違うサウザー伯爵の言い分に異論を唱えた。しかし、サウザー伯爵は首を横に振った。

「いいえ、違います。歴史ではそう習うかもしれませんが、事実はそうではないのですよ。私は幼いながらも、その時代を生きて見てきたのですから。あれは王弟の為による宣言でした。でなければ、彼らが結婚などできますまい。そしてそれによって大人しかった獣人達は厚かましくも権利を主張し始めた!」

 サウザー伯爵は苛立った様子で、ぐっと拳を握った。
 だが話を聞いた俺は、サウザー伯爵の穿った見方に眉間に皺を寄せるしかなかった。サウザー伯爵の言い分は彼の思う真実であり、それは事実ではなかったからだ。

 先王、ジェレミーの祖父が全土奴隷廃止宣言をしたのは、元属国の一部で未だに横行していた奴隷制度を徹底的に廃する為だ。大体、バルト帝国では建国時から奴隷制度と言うものがなく、元から獣人の権利は保証されていて、先王が宣言しなくても王弟ジュリオットと獣人ロメオは結婚できた。

 ただ獣人達が二人の結婚後に権利を主張し始めたのは、バルト帝国内でも獣人を下級階級だと見る一部の人間達がいて、ジュリオットとロメオの結婚を批判したから。
 だからサウザー伯爵の言い分は、俺からすればハチャメチャな言い分にしか聞こえなかった。しかし、それを今議論してもサウザー伯爵が納得するとも思えない。思い込みを事実だと思う人間は一定数いるから。
 だから俺は別の事を尋ねた。

「つまりサウザー伯爵はジェレミー王子が兎獣人であるディエリゴさんと結婚すれば、また同じような事が起こると?」
「いいえ、今度はもっと悪い事が起きるでしょう。獣人による帝国の乗っ取りが起こるやもしれません。ですから私は止めたいのですよ、キトリー君」
「僕がジェレミー王子と結婚すれば止められると?」
「少なくともあんな獣人と結婚するよりは」

 サウザー伯爵はにこりと笑って俺に言った。
 サウザー伯爵は元は属国の、奴隷制度があったイルスタン地方の出身者だ。獣人に対する嫌悪は帝国出身者より強いのだろう。しかしその為だけに俺とジェレミーとの結婚を望んでいるとは思えなかった。そして俺はちらりと覇気のないメイドさん達に視線を向ける。

「他に理由があるのでは?」

 俺が尋ねるとサウザー伯爵は眉をぴくりと動かした。

「他にとは?」
「噂程度でしか聞いたことはありませんが。獣人を騙し、低賃金で働かせている場所があると耳にしたことがあります。そこでは闇オークションで獣人の人身売買まで行われているとか。……もし、今後獣人に対する緩和政策が取られるようになれば、そういったことはやりにくくなるでしょうね」

 俺が鋭い目で問いかけるとサウザー伯爵はにこりと笑った。

「さすが公爵家のご子息だ。勘が大変よろしい」

 その答えは肯定であり、サウザー伯爵が関わっていると言っているのも同じだった。

「犯罪ですよ、サウザー伯爵!」

 俺が席を立って声を上げて言えば、サウザー伯爵は鼻で笑った。

「獣人に権利など必要ありません。奴らは我々人間とは違う」
「……許されないことだ」

 俺が凄んで言うとサウザー伯爵はベルをチリンッと鳴らした。すると、体格の良い荒くれた風貌の男達がドアを開けて現れた。拒否すれば実力行使に出ると言う事だろう。

「拒否されれば、お隣の少年の命はありませんよ」

 サウザー伯爵に言われ、俺は大人しく席に着いた。これ以上場を乱して、ノエルに危害を加えられては困る。

「賢明な判断ですな。さて今後の事ですが、早速明日には帝都に戻り、婚約破棄の撤回を求めましょう」

 サウザー伯爵はそう俺に告げ、俺は何も反論することができなかった。


 ◇◇◇◇


 一方。その日の夜、ポブラット家の屋敷では。

「はぁっ」

 使用人部屋のベッドの上で、フェルナンドは大きなため息を吐いていた。

「坊ちゃんの事が心配か?」

 隣に座ったヒューゴは優しく尋ねた。

「そりゃ勿論! ヒューだって同じだろ? 今日の夕食、いつもと味付けが違ったぞ」
「あはは、バレてたか」

 ヒューゴは誤魔化すように頭を掻き、フェルナンドの肩を抱いた。

「大丈夫、うちの坊ちゃんは強いから。けろっとした顔で帰ってくるよ」
「それはわかってるけど。早く無事に帰ってきて欲しいな」
「心配ないさ、レノがきっと連れて帰ってくるさ」

 ヒューゴはポンポンッとフェルナンドの肩を撫でた。


 そして主のいない屋敷の中は静まり返り、そこにレノの姿はなかった……。

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