《BL》転生令息は悪役よりも壁志望、もしくは天井でも可!

神谷レイン

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第一章「レノと坊ちゃん」

19 事件後

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 サウザーの一件が無事に終わった後。
 計画の実行犯である俺はというと……。

「全て丸く収まったな~」

 俺は陽気な天気の下、屋敷の庭で寝っ転がりながら事件の内容が書かれている新聞を呑気に読んでいた。新聞の一面にはサウザーの悪事が書かれ、俺の誘拐事件はもはや片隅にちらっと書かれている程度だ。俺が企てた事は書かれていない。

 でも、それでいい。

 全て俺の計画と知られれば、ジェレミーとの婚約破棄劇も知られることになり、そうなれば折角国民内でヒーロー化したジェレミーの株が下がってしまうかもしれない。なにより、やっぱり俺と結婚した方がいいんじゃないか?! とバカげたことを言ってくる奴もでてくるかもしれないので却下だ。
 それに婚約破棄劇は俺が仕組んだシナリオだが、ジェレミーとディエリゴは正真正銘相思相愛なのだから、余計な水は差したくないのである。うんうん。

 今回の俺の役どころは、サウザー伯爵の悪事を暴いた公爵令息! ではなく、獣人差別主義者のサウザーに誘拐された悪役令息ってだけでいいのだ。

「これで、もっとみんな生きやすい世の中になってくれりゃ、なによりだ」

 俺は新聞を閉じて、木漏れ日を浴びながら目を瞑った。夏の陽気は暑いが、木陰の下にいるとちょうどいい気温。

 ……そろそろ、おやつの時間だよなぁ。今日のおやつなんだろ? ……あ、そういやレノの事、どうすっかな~。ノエル、ザックの事が好きだってわかっちゃたし。うーん。

 俺はさわさわと揺れる葉擦れと屋敷の中から聞こえるメイド達の楽しそうな声を聞きながらウトウトした。



 ――――十分後。

「こんなところで寝て、全く」

 レノはスヨスヨと気持ちよさそうに眠っているキトリーを見つけて、呆れた声を出した。レノが傍に来たというのに、キトリーに起きる気配はない。
 こんな無防備じゃ、また誘拐されますよ。と思うが『そん時はまたレノが助けてくれるだろ?』と呑気に答えそうなキトリーが浮かんで、レノはため息を吐きつつ隣にそっと腰を下ろした。

「いつになったら落ち着いてくれますかね」

 レノはキトリーを見て呟いた。でも子供の時からこうなのだから、きっとこれからも変わらないだろう。

 ……本当変わらないですね、いつでも無茶して。まあそんな坊ちゃんに、私も助けてもらった一人ですけどね。

 心の中で呟きつつ、レノは夏の木漏れ日を感じながら子供の頃を思い出した。



 ◇◇◇◇



 ――――まだレノがキトリーに会う前の事。

 レノは蛇獣人の父親を早くに亡くし、人間の母親・サラと共に母子二人で暮らしていた。だがその環境は酷く、サラはさる貴族の屋敷で使用人として働いていたが、その貴族が獣人差別をする人で、事あるごとに蛇獣人であるレノを生んだサラに難癖をつけては手酷く扱った。
 その上、住み込みだと言うのにサラとレノに与えたのは古びれた小屋と言っても過言ではない離れ。

 しかし、他に頼れる人もいないサラはまだ幼いレノを抱えてはその屋敷を出て行けず、ただただ横柄な貴族に耐えるしかなかった。けれど数年も経たない内に劣悪な環境と過労でサラは病気になってしまい、結局屋敷を追い出されることに……。

 だが、行き場を失った二人に天の助けか、たまたま追い出された先でレノの父親の遠い親戚に再会し、二人はその人物に保護されることになった。
 その人物というのが、当時ポブラット家本邸の執事長をしていたお爺だった。
 二人はお爺の保護の下、環境改善によって次第に元気を取り戻していき、サラは笑顔を見せるまでになった。

 だがそんな中、ポブラット家次男・キトリーの話がレノの元に舞い込んできた。
 それは頭を打ってから少し様子が変わったキトリーに遊び相手(お目付け役)をつける、という話で。
 子供の遊び相手になると、大人より年の近い子供がいい。という結論になったが、ちょうど同じ年ごろの子供がレノぐらいしかおらず。

『レノ、キトリー坊ちゃんの側でお仕えしてみませんか?』

 そうお爺はレノに尋ね、まだ八歳だったレノは『お世話になっている分、恩返しができるなら』と二つ返事で承諾した。
 かくしてレノは学校が終わった後は、ポブラット家でキトリーの遊び相手(お目付け役)として、傍で仕える事になった。例え、貴族の事が嫌いでも……。
 


 よく晴れた午後。
 レノはキトリーと初体面を迎えていた。

「はじめまして。キトリー様、僕はレノ・サーペントと申します。今日からお世話係として仕えさせて頂きます。よろしくお願いします」

 レノはきちんとお辞儀をして名乗った。そしてレノが名乗った相手は、ソファにちょんっと座っていた。

 ……この子のお世話を今日からするのか。この、貴族の子を。

 貴族に対して悪いイメージしかなったレノは苦々しく思いつつ、目の前にいる幼児をじっと見つめた。

 キトリー・ベル・ポブラット、三歳。

 つやつやの黒髪にくりくりの鮮やかな緑の瞳、もっちりしたほっぺはほんのり色づき、むっちり幼児体型は可愛らしいものだった。
 しかし次に出てきた言葉に、レノは驚いた。

「び、びっしょーねぇえええんっ!」

 キトリーはぽっぺに両手を当てて驚いた顔をした。だが、まさか三歳児に美少年と言われるとは思っていないかったレノは「え?」と間抜けた声を上げた。
 けれど戸惑っているレノを他所にキトリーはぴょんっとソファから下りると、トテトテッとレノの前に来て、はしゃいだ子犬の様に周回した。

「しゅごーい! めっちゃびしょーねんっ! うひょおおおっ!」

 キトリーはキラキラした目でレノを見つめ、レノはその視線(と奇声と奇行)に更に戸惑った。だが、そんなレノに助け舟を出したのは控えていたお爺だった。

「坊ちゃん。お名前を教えて貰ったら、どうするんでしたかな?」

 お爺に言われたキトリーはハッとした顔をすると、ピタッと足を止めて、落ち着きを取り戻したかのようにわざとコホンと咳をした。

「しちゅれいしまちた。キトリー・ベル・ポブラットでしゅ! よろしくおねがいしまちゅ!」

 ぺこっと頭を下げ、礼儀正しく言う三歳児にレノは目をまん丸くした。
 今まで自分より年下の子と関わることがなかったので、三歳児とはこういうものだろうか? と思いつつも、あまりに自分とは違いする生き物に驚くしかなかった。しかしそんなレノを他所にキトリーはレノの手をぎゅっと握った。

「ねね、レノって呼んでいいでしゅか?」

 キトリーに聞かれてレノは「は、はい」と戸惑いながら答えた。しかし握られた手が小さいのに妙に力強く、その上ポカポカと温かくて。なんだか不思議な感覚がした。

 ……この子も貴族なのに。なんだか手を握られても嫌じゃない。

「おれのこちょもキトリーでいいでしゅからね!」

 にっこりと笑われて、レノは戸惑いっぱなしではあったが小さく頷いた。

「はい、わかりました。キトリー様」



 そうしてレノはキトリーの遊び相手として世話をするようになったのだが……悪童キトリーに振り回される日々で。その上、全然三歳児らしくも貴族らしくもないキトリーに、レノはペースを乱されて自分が貴族嫌いなのを忘れていた。

「すっかりキトリー坊ちゃまと仲良しね、レノ」
「別に仲良しなんかじゃないよ。変な子だし」

 レノがキトリーに仕え始めて一カ月。
 レノはサラと一緒に買い物に出かけた帰り道、サラに仲良しと言われたレノはむすっとした顔で返事をした。

「そうかしら?」
「そうだよ。今日だって一人で何か呪文を唱えてたし」

 レノは言いつつ、今日のキトリーを思い出した。

『うーん、ありぇはやっぱり攻め? いや、そうみしぇかけての受け? リバというかにょうせいもぉ。どっちにしりょ尊いっ! ムフッ!』

 両手を組んでキラキラした顔で呟く姿はどことなく子供らしくない。しかも言っている意味がわからない。

 ……ほんと、変な子。せめとかうけとかって、どういう意味なんだろう?

「でも、そういう割には毎日楽しそうじゃない?」

 サラに言われてレノはうっと口を閉じる。だって楽しいのは本当だから。

「それは、そうだけど」
「レノが楽しそうにしていて嬉しいわ」

 すっかり元気になったサラに笑顔で言われてレノはプイっとそっぽ向いた。楽しいと認めるのが、何となく癪で。相手は五歳も年下なのに、その子供と一緒に楽しんでいると思われたくなかった。

「そんな事ないよ」

 レノは口を尖らせながら答えた。サラは何も言わなかったが、ふふっと微笑んだ。

 しかしそんな折。突然、二人の前に一台の馬車が止まった。

 レノは嫌な予感がしてサラの手を引いて咄嗟に逃げようとしたが、その前にドアが開いてしまい、中にいた人物が護衛のごろつきと共に出てきた。

「おやおや、こんなところにいるとは」

 そう言って現れたのは、レノ達を手酷く扱った貴族の男だった。

「だ、旦那様っ」

 呟いたサラの顔色がみるみる悪くなっていき、そんな母親を守るようにレノは前に出る。そんなレノを男は忌々し気に見た。蛇獣人であるレノを。

「お前も元気とは。……まあ、いい。ところでお前達はこんなところで何をしている?」

 男の言っている意味が分からずレノは眉間に皺を寄せた。
 どう見たって母子二人で買い物にいった帰りで、そもそも二人を屋敷から放り出したのはこの男の方なのだ。

「私の言っている意味がわかっていないようだな? お前たちを屋敷から出したのは使い物にならなかったからだ。元気になったのなら屋敷に戻ってくるのが道理だろう?」

 勝手な言い分にレノは幼いながらも驚き、怒りを覚えた。自ら追い出したくせに元気になったら戻ってこないなんて、理不尽極まりない。

「僕たちは戻らない、あんな家!」

 レノは怯えたサラの代わりに告げた。しかし男は懐から一枚の紙を取り出してきた。

「生意気なガキだ。だがサラ、この契約書を忘れたわけではあるまい?」

 男は紙を見せつけて言い、サラは息を飲んだ。男が持っていたのは労働契約書だったからだ。

「それは!」
「これには違約金を払うか、私が認めない限り退職できないことになっている。どういうことかわかるな?」

 男はそう言うと契約書を懐に戻し、残忍な笑みを浮かべた。

「そんなっ、私が書いた時にはそんな項目は!」
「忘れたと言うのか? だがここにはサインがしっかりとある。私は優しいからお前達が自ら戻ってくるのを待っていよう。期限は一週間だ。まあ、帰ってこなかった場合には契約不履行で牢屋行きだがな」

 男はハハハハッと笑って、馬車に乗り込むとそのまま二人の前から去って行った。その馬車をレノは憎々し気に見送り、サラは買い物かごを落とし、その場に崩れ落ちた。

「そんなっ、またあの屋敷に戻らないといけないなんて」
「母さんっ」

 サラは肩を震えさせながら呟き、レノはそんな母親を見つめるしかできなかった。
 その後、レノとサラは居候させてもらっているお爺の家になんとか戻ったが、男と会った翌日の朝。

「レノ、お母さんだけあの屋敷に行くことにしたから」
「いやだ、僕も母さんと一緒に!」
「駄目よ。今度あの屋敷に戻ったら、どんな目に遭うか。今度はレノに暴力を振るうかもしれない。だからあなたはここに残って。ね?」

 サラはそう言ってお爺の家に残るよう、レノに伝えた。
 あの契約書がある限り、逃げられない。そこにサラのサインがあるから。そして戻らなくても、あの護衛のごろつき共に命令して連れ去ることだろう。
 でもだからって、レノはサラだけを行かせることはできなくて。どうしたらいいか、悩むしかできなかった。

 残された日にちはあと六日。

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