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第二章「デートはお手柔らかに!」
3 到着!
しおりを挟む――――それから馬車は進み。
途中レノと町で一泊し、俺の尻に悲劇が起こることもなく。翌日予約していた別の馬車に乗りこんで帝都へと向かって、もうすぐ着くと言う頃……。
「そういやレノ。おばちゃんの誕生日、何するんだ?」
俺は向かいに座るレノに何気なく尋ねた。
「何、と言われますと?」
「例えばサプライズパーティーをするとか、ケーキを手作りするとか、プレゼントを用意する、とかさ?」
「特には……。料理を作る気ではいますが、慎ましく祝うぐらいですよ」
そうレノは答え、俺は俺の専属従者をじっと見る。
レノは従者としても俺の護衛官としても、とても優秀だ。その上、顔も良くて、体格もいい。それなのにこれで料理の腕もなかなかのものなのだから、全くぐぅの音もでない。
……ハイスペック過ぎやしないかね? 転生チートでもしたのかな?
そう思うが転生したのは自分の方だったと思い直す。
……ま、まあ? レノに色々教えていたのが、お爺にフェルナンド、ヒューゴで。本人の努力はさることながら、最高の教師が周りにいたもんなぁ。
俺は腕を組んで、一人うんうんっと頷く。
レノは幼い頃からお爺に従者としての仕事や所作、心得を学び。剣術は騎士の剣術大会で優勝もしたことがあるフェルナンドに、体術と料理はヒューゴから教えてもらっていた。おかげで今では大抵のことは何でもできてしまう、まさにスーパー従者に成長したのだ。
……え? その頃、俺は何をしてたかって? のびのびと生きてましたよ? ナニカ問題デモ?(圧)
「慎ましくね。俺も手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。簡単な物しか作りませんから。キトリー様が来て下さるだけで母は喜びます」
「そうかな?」
……サラおばちゃん、昔から俺の事可愛がってくれてるもんなぁ。
「明後日の夕方、お迎えに上がりますから」
「ああ、わかった。まあ、折角の休日だ。お前もゆっくりしろよ?」
「はい。……キトリー様も三日間は、以前聞いたご予定と変わらずで?」
「うん、家にいるつもりだよ。明後日のサラおばちゃんの誕生会に参加する以外はな」
「そうですか。外に出る時は呼んでくださいね?」
至極当然の様にいうレノに俺は呆れたため息を出す。
「あのなぁ……俺が言うのもなんだけど。レノ、仕事し過ぎ。休みなんだから、俺のいない休日を楽しめって」
しかし注意した俺の言葉にレノは首を傾げ、そして微笑んだ。
「あまり仕事のし過ぎだと感じた事はないのですが……。好きな人と一緒にいられますので」
さらりと答えるレノに俺は思わずドキッとして赤面してしまう。
……うっ、急にこっぱずかしい事言いよってぇ。
俺はレノを見ていられなくて目を逸らした。でも俺が気まずさを感じている内に馬車が停まる、どうやら目的地に着いたようだ。窓の外を覗けば、夕日に照らされた懐かしい我が家が見えた。
「着きましたね」
レノは先に馬車の外に出て、俺が下りるのを手伝ってくれる。そして別邸とは違う都会的な匂いがする帝都の香りを嗅ぎながら、俺はぐぅーっと背伸びをした。
ずっと座りっぱなしだったので、体が凝り固まっている。
「んーっ、やっぱ馬車は腰にくるなぁ」
「お爺さんみたいですよ」
レノはそう言いつつも俺が軽くストレッチをしている間に馬車に積んでいた荷物を下ろしてくれた。とはいっても、実家には俺の服がまだあるので荷物は鞄一つなのだが。
「ありがと、レノ」
「いいえ」
レノは返事をすると御者にお金を渡し、馬車は去って行った。その代わり本邸の屋敷からメイドと共に燕尾服を着た美人なお姉さんが出てきた。
本邸の現・執事長であるセリーナだ。
セリーナはお爺の娘(養子)で、お爺が引退した後、執事長補佐から正式に公爵家の執事長になった。三十歳とまだ若く、養子なのでお爺とは似ていないけれど、おっとりした雰囲気はよく似てる。
やっぱり一緒に暮らしていると似てくるのかな?
「あ、セリーナ~。久しぶりぃ~」
「おかえりなさいませ、キトリー様」
セリーナはにこやかに笑って俺を迎え入れてくれた。そしてすぐにレノにも視線を向ける。
「レノもおかえり」
「はい、戻りました。セリーナさん」
レノはぺこっと頭を下げて挨拶をした。
「キトリー様もレノも元気そうでなによりです。馬車に揺られて疲れたでしょう。さ、中へどうぞ。奥様がお待ちですよ」
「あ、うん。レノはどうする? 少し家で休んでいくか?」
「いえ、私はこのまま家に向かおうかと思います。母が待っていると思いますので」
「そうか。じゃあ、また明後日な」
「はい。では私はここで失礼します」
俺が返事をするとレノは頷き、セリーナに頭を下げた。そして自分の荷物を持って、その場を立ち去ろうとした。だが、レノは言い忘れていたことがあるのか「ああ、そう言えば」と呟いて踵を返すと、俺にそっと身を寄せて耳打ちした。
「んぅ?」
「坊ちゃん。今夜は寂しくても、泣かないでくださいね?」
レノはいい声で俺だけに聞こえる様にこそっと言った。その甘い声に俺は背筋をぞくっとさせ、思わず手で耳を塞ぐ。
「お、おま!」
俺が赤面して言うと、レノはにっこり笑って「では」と早々に立ち去って行った。なんて野郎だ!
……あんにゃろーっ、誰が寂しくて泣くか! 今日は一人でベッドを堪能してやるんだからなーッ!
俺は歩いて去って行くレノの後姿にべーっと舌を出す。しかしそんな俺に声をかける人物が一人。
「キトリー? あなた、一体何をしているのかしら?」
その声に俺はぎくりと肩を揺らし、ゆっくりと振り返った。すると玄関先には麗しのママンが立っていた。
「お、お母しゃま……ッ!」
「公爵家の令息ともあろう者がそのような行為。教育がなっていなかったようですね?」
母様はにっこり笑顔で俺に言った。だが母様は笑顔な時ほど怖いのだ。
「い、いや、これはちょっと誤解が!」
「誤解とは? わたくしはしっかりと見ましたけれど? なかなか中に入ってこないかと思えば……まさかあのような事を」
「いやっ、あれはレノがぁ!」
俺が弁解しようとすると、母様はますますにっこりと笑った。
「言い訳は無用です。それにレノのせいにしようなんて性根も曲がってしまったようですね? 旦那様がお帰りになるまで時間があります。ちょっとわたくしの部屋にいらっしゃい」
「えっ、俺、帰ってきたばっかりっ!」
……部屋でゴロゴロする予定がぁッ!
そんな俺の願いも空しく、母様はじろっと俺を見た。
「何か文句でも? さあ、キトリーいらっしゃいな」
「えー! セリーナぁーッ!」
と助けを求めるが、執事長であるセリーナが俺を助けられるわけもなく。俺は母様に首根っこをがっしり掴まれ、ズルズルと引っ張られて母様の部屋で正座をしてお説教を食らう事になったのだった。
「いいですか、キトリー。貴方は貴族としての品位が欠けてます! もっと公爵家の人間として気品を持ちなさい!」
……ううっ、レノめぇ、覚えておけよぉッ!
「キトリー、聞いてますかッ?!」
「は、はいぃぃぃっ!」
――――一方。キトリーが絶賛お説教を食らっている間、レノと言えば。
本邸から歩いて十分のアパートメントに辿り着いていた。ここは公爵家所有の建物で使用人が格安で住めるいわゆる社宅だ。そしてその一室がレノと母親の家だった。レノは木造の階段を上がり、二階の角部屋のドアを軽くノックする。
「はーい」
部屋の奥から返事があり、すぐにドアが開いた。そこにはほんわかした雰囲気を持つ可愛らしい女性が立っていた。明るい茶髪に琥珀の瞳を持つ彼女こそ、レノの母親・サラ。明日で五十歳を向かるとは思えない美人だった。
「ただいま、母さん」
「おかえりなさい、レノ。疲れたでしょう、さっ、中に入って!」
サラは久しぶりに会う息子を笑顔で迎え、レノは促されるまま久しぶりの我が家に入った。もう夕食の準備がされているのか、いい香りが部屋中に漂っている。
「今日はレノの好きな料理を用意しておいたわよ~」
サラは意気揚々と言い、レノはちらりとキッチンに視線を向けた。そこには子供の頃、好きだった食べ物が並んでいる。
……今はもうあんまり好きじゃないんだけど。
そう思いつつも、母親が折角用意してくれたので何も言えずにレノはとりあえず鞄を床に置き、上着を脱いだ。
「キトリー坊ちゃんは相変わらずなの? 向こうでは仲良くやってる?」
サラはキッチンに立ったまま尋ね、レノは上着を椅子の背にかけつつ「まあ」と手短に答えた。
「そう、仲良くやってるのね。明後日はキトリー坊ちゃんも来て下さるんでしょう? 楽しみだわ!」
サラは嬉しそうに笑いながら、火にかけている鍋を掻き混ぜた。そんな母親を見て、レノも微かに微笑む。
……あの時、坊ちゃんに出会えていなかったら、母さんとこんな風に笑い合う事もできなかった。
レノの胸の内にキトリーがにししっと笑う姿が浮かび上がる。全く貴族の令息らしからぬ五歳年下の男の子。
……今は何をしているんだろう。
さっきまで一緒だったのにレノはもうキトリーが今何をしているのか気になった。でもまさか、自分のせいでお説教を食らっているとはさすがのレノも考え付かなかったのだった。
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