竜人息子の溺愛!

神谷レイン

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1 コールソン書店

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数年前に書いていたお話です。
他サイトで全て投稿済みですので、今回は一挙公開です(・ω・)ノ

************* 


『コールソン書店』

 商店が立ち並ぶ通りに、その小さな本屋はある。
 店内は狭く、本の数はそう多くない。しかしながら童話から推理小説、魔術書など幅広い本を取り扱っている。その為、本棚は天井まで届き、廊下は人がかろうじてぶつからない程度の細さしかない。

 古い本と新しい本の匂いが店内には充満していて、とりわけどこにでもある貸本もする古い本屋だ。

 そして『コールソン書店』を営む、三代目店主レイ・コールソンもいたって普通の人だった。

 少しくせのある黒髪を後ろで括り、古くさい黒縁眼鏡の奥には緑の瞳。年齢は三十七歳で独身。いつも白のシャツにくたびれたベストとズボン、そして足元は常にサンダル。
 少々野暮ったさが否めない、どこにでもいるような男。

 しかしレイが営む本屋は、この王都ではちょっとした有名店だった。




 ◇◇◇◇




「レイ、この本貸して! 十日間ね!」
「はいよ。十日で五十リルな」

 夕暮れ時、近所の子供リックが冒険物の本をカウンターに置いて言った。

 レイは本を受け取り、その間にリックはポケットからお小遣いを取り出して手の平で五十リルを数えている。
 それを横目で見ながら、レイは本に挟んでいる貸出と控用の二枚のカードを抜き取り、ペンでカードにそれぞれ返却日と名前を書いた。

「はい、レイ。五十リル!」

 リックはカウンターにお金を置き、レイはそれがちょうど五十リルなのを目で確認すると「はい、どうぞ」とリックに本を差し出した。途端、リックは目がきらきらと輝き出す。
 これから読む本の内容が気になって気になって仕方がないのだろう。レイはそんなリックを微笑ましく思った。

「ありがと、レイ」
「どういたしまして。しかしリックは本当にこのシリーズが好きだなぁ」
「だってこの話、とっても面白いもん!」

 屈託ない笑顔にレイは思わず優しく目を細めた。

「そうか。でも、あんまり夜更かしして読みこんじゃ駄目だぞ。いいな?」
「はぁい。じゃあ、またね。レイ!」

 リックは本を胸に抱えて手を振って店を出て行った。その手を振り返し、自分の幼い頃の姿とリックの後ろ姿を重ねた。

 ……俺も昔はあんな風にわくわくしながら本を借りてたなぁ。じいさんもこんな気持ちで俺を見送ってたのかな。

 初代店主である祖父の事を思い出していると、不意にレイの耳に教会の鐘の音が聞こえてきた。六時を報せる音で、そして営業を終える時間だ。

「もう、六時かぁ」

 一人呟き、レイはやれやれとカウンターの椅子から腰を上げた。そして外に出て、ドアに掛けている『営業中』の木札を『閉店』に変えた。
 外の通りでは、酒を飲みに行く楽しげな会話や今日の夕飯を何にするかなんて平和な話が聞こえてくる。その上、空は太陽が雲を赤く染め上げ、風は春の匂いがした。

 ……今日も平和だったなぁ。春も近いし、のどかだぁ。

 レイは一人しみじみと思い、何気ない日常に感謝した。
 しかし、残念ながら“平穏とはそうそう長く続かないもの”である。

 通りの向こうからざわざわとした声が聞こえてきて、レイは声のする方に視線を向けた。すると女の子達の人だかりが見えてくる。

 ……あれは……まさかっ!

 そう思った時には、名前を呼ばれていた。

「レイ!」

 爽やかにレイの名前を呼び、レイの元に駆けて来たのは騎士の制服を着た、稀に見る美青年だった。

 サラサラの美しい銀髪に、透き通った水色の瞳。整った顔立ちに、すっと伸びた鼻梁。その上、すらりとした高身長に、服を着ていてもわかるしっかりとした体躯。そこから出る声も当然のように美しい。
 そんな美青年が微笑みながら真っ直ぐにレイの元にやってきた。

「……ルーク」

 レイが目の前に立つ美青年の名を呼ぶと、彼は誰しもがうっとりとするような満面の笑みを浮かべ、そしてぎゅっとレイを抱き締めた。

「会いたかった、レイ」

 美青年はそう言うと、すりっとレイの頬に自分の頬を摺り寄せた。すると、周りで様子を見ていた女の子達からとうとう黄色い声が上がる。

「ルーク、離れろっ」

 恥ずかしくなったレイは美青年の体から離れようとしたが、美青年の体はびくともしない。そして、レイの声を無視して美青年は「ただいま、レイ」と言った後、ちゅっとレイの頬にキスをし、更に女の子の歓声が上がった。
 その歓声を聞きながらレイは遠い目をした。

 ……俺はどこで育て方を間違えたのだろう?




 ルーク・コールソン、十八歳。
 しかし十八歳に見えない美形で、ハッとするほど整った顔立ちに誰もが振り返る。
 そして騎士の花形とも言える王宮仕えの近衛騎士で、今のところ国一番の剣の使い手。

 その上、人当たりもよく、誰からも好かれるルークはまさに羨望の的。故に、凛々しい絵姿が本人の知らぬ所で密かに売られていたりしていた。

 が、しかし……その実態は凛々しく描かれた絵姿とはかけ離れていた。



 ◇◇




「……ルーク、ちょっと離れて」
「やだ。四日間も会えなかったから、レイを補給させて」

 ルークは夕飯を作るレイの背中にまるで小さな子供のようにピタッとくっ付いていた。
 しかし、小さかった背はいつの間にか追い越され、抱きつかれてる背中からは胸板の厚さが感じられた。息子の成長を嬉しく思う一方で、レイはちょっとだけ悔しい。

 ……いつの間にかでかくなっちゃって。今じゃ俺より逞しいんだからなぁ。

 レイはため息交じりに心の中で呟いたが、そんなレイにお構いなしにルークはレイの後頭部にすりすりと頬を寄せ、クンクンッと匂いを嗅ぎ始めた。

「な、何?!」

 ……加齢臭でも出てるのか? だったら嗅いで欲しくないんだけど。

 そうレイは思ったが、予想外の返答が返ってきた。

「レイ、いい匂い。はぁ……いつまでも嗅いでいたいな」

 ルークはまるで花の匂いを嗅いでいるみたいにうっとりと言い、レイは顔を引きつらせた。

 ……どう考えたっていい匂いなわけがないだろ。まだ風呂にも入ってないのに。

「俺の匂いなんて、もういいだろ。……ルーク、席について」
「もうちょっと嗅ぎたい……」

 ルークはすんっと息を吸って甘えるように言ったが、このまま許してしまうと長引くことをレイは知っていた。

「ルーク、離れなさい」

 少し厳しい声でレイが言うと、ルークは名残惜しみつつも「……はぁい」と答えて離れた。ふと視線を向けると、ルークはテーブルに大人しく着き、表情をしょぼんっとさせている。

 ちょっと強めに言いすぎたかな? とレイは思ったが、出来上がった夕飯をルークの目の前に差し出せば、ルークはすぐに元気を取り戻して目を光り輝かせた。

「おいしそうっ!」

 今日の夕飯はレイ特製オムライスだ。
 玉ねぎ、にんじん、コーン、グリンピース、マッシュルームの具だくさんケチャップチキンライス。その上にはたっぷりの卵とデミグラスソース。

 ルークは子供の頃からこのオムライスが大好きで、ほかほかと出来上がった三人前ともいえるビックサイズのオムライスを見れば、ルークは尻尾を振る犬のように嬉しそうにレイに視線を向けた。

「早く食べよう、レイ! お祈り!」

 さっきまでしょぼくれていたのに、嬉しそうにはしゃぐ息子を見てレイは思わず苦笑した。
 普段は大人っぽいのに、こういうところだけはまだまだ子供だよなぁ。
 そんな事を思いながら、レイはエプロンを外して頷いた。

「ああ」

 レイはルークの向かいに座り、おもむろに両手を組んだ。それを見てルークも慌てて手を組み、二人で黙ってお祈りをする。
 それからレイの「じゃ、食べるか」の一言で二人は食事を始め、ルークはスプーンを手に取るなり、オムライスを口いっぱいに頬張った。

「んー! おいしいっ。やっぱりレイのオムライスは最高!」

 ルークはもぐもぐと食べながら言い、スプーンを片手にさらにパクパクと食べる。細身な体で食べていくその豪快な食べっぷりは何度見ても気持ちがいい。
 作った甲斐があるなぁ、とレイはルークの姿を微笑ましく見ながら思った。

「本当、ルークはオムライスが好きだよなぁ」

 レイが思わず言うと、ルークは首を横に振った。

「違う、僕はレイの作ったオムライスが好きなんだよ。勿論レイ自身も大好きだけどね」

 ルークはにこにこと花が飛ぶような笑顔を向け、最後にはパチッとウインクまでして言ったが、ルークの極上の笑みもレイの前では通用しない。

「そうか? 特別なものは入ってないけどな」

 レイはオムライスを食べながら、そう軽く受け流した。そんなレイの態度にルークは不満そうに口を尖らせる。

「本当なのに。レイってば、つれないなぁ」

 そう言われたけれど、レイは無視して話を変えた。

「そういえば今回の遠征、山賊の盗伐だったんだろ? うまく行ったのか? まあ、お前が帰ってきた時点でうまく行ったんだろうけど……」
「勿論! すごく簡単だったよ、僕が行く必要があったのか疑問なぐらいにね」

 ルークは少しプリっと怒りながら呟いた。
 なぜなら本来ルークは王宮仕えの近衛騎士で、遠征に駆り出されることはほとんどない。しかし、今回は山賊の数も多く、ルークのその剣術の腕を見込まれて遠征に駆り出されていた。

 ルークは、レイの側を離れたくない、行きたくない。と最後まで駄々をこねていたが、レイが何とか説得して見送ったのだ。
 それが四日前の話。そして予定ではルークは一週間、家を空けるはずだった。
 だがルークは予定よりも早く帰ってきた。

「遠征は一週間って言っていたのに、帰ってくるの早かったな。山賊の数は少なかったのか?」

 レイが尋ねるとルークはにっこりと笑った。

「いや、多かったよ? でもレイと一週間も離れるなんて冗談じゃないよ。だからさっさと捕まえて終わらせてきた」

 ルークは爽やかに言い放ち、レイは思わず顔を引きつらせて「そ、そうか」と呟いた。
 なぜなら、レイが聞いていた話では国境付近の山に百を超える山賊が住み着き、山賊の中にはなかなかの手練れもいるという話だったからだ。

 ……一体、どんな無茶をして山賊達を捕まえたのやら。やっぱり竜人の強さは底知れないなぁ。

 レイはそう思いつつ、ルークを見た。

 ルークはこの国ではたった一人の竜人だ。
 見かけは人間のレイと変わらないが、その力は全く違う。

 竜人の身体能力は人よりもずっと優れていて、どんなに走り続けても息を切らさず、重い物も軽々と持ち上げる。その上、治癒能力にも長けていて、切り傷も一晩経てば治ってしまうほど。元来の体のつくりが違うのだ。

 だから、ルークにとって山賊と言えども、只の人間を捕まえることなど造作もないことだっただろう。山賊がどんな手練れだったとしても。
 でもどんなにルークが強いと知っていても、レイは心配になる。

「怪我はしてないだろうな?」
「大丈夫。僕、強いの知っているでしょう? あんな奴らに僕が傷を負わせられるはずないよ。……それよりも」

 ルークは言い淀み、レイはその先の言葉が気になって問いかけた。

「……それよりも? なんだ?」
「やっぱり遠征とかあるとレイと離れちゃうし。騎士、辞めようかな。そうすれば一緒にここで働けるし」

 とんでもないことを言い出したルークに、レイは思わず席を立ち、慌てて止めた。

「いやいや! 店にルークがいたら大変な事になるから止めてくれ! それにルークが騎士を辞めたら、俺が騎士団からどやされるっ」
「えー、でもぉ」
「俺、ルークの騎士姿好きだし。な? 辞めるなんて言わないでくれ」
「レイがそう言うなら……続ける」

 ルークは渋々と言った様子で答え、その言葉にレイはほっと息を吐いた。
 ただでさえ、とんでもない美男子がいる本屋、という事で有名なのに、その本人が店に立ったら、本目的じゃないお客さんで溢れかえるのは目に見えた。それに騎士団一の戦力を辞めさせたら知り合いも多い騎士団の上層部からなんと言われるか。
 元騎士をしていたレイはやれやれと、肩を撫でおろした。

「でもいつか、本当にレイと一緒に本屋で働きたいな。子供の頃からの夢だから」

 ルークは笑顔で言い、レイは思わずくすりと笑った。息子に一緒に働きたいといわれて嬉しくならない親がいるだろうか。

「いつかな……。今は騎士としてがんばれ」

 そう言いつつ、レイはルークが来た時の事をぼんやりと思い出す。

 ……ルークが来て、もう十三年か。早いもんだな。あんなに小さかったのに。

 そう思いつつ、レイは血の繋がらない可愛い育て子を見つめた。






 ――――今から十三年前。

 王都の南、森の洞窟に見慣れない動物がいると騎士団に通報が入った。
 当時、騎士だったレイは通報のあった森の洞窟に行き、そこで一匹の獣を見つけた。それは竜人の子供。通常、竜人は竜国という竜人達が治める国から出ることはほとんどない。だからレイは竜人の子供を見るなんて初めてで、その上、奥深い森に子供がいた事に驚いた。

 けれどレイが驚くのも束の間で、その子供は毒のある果物を食べて死にかけていた。レイは慌てて子供を抱えて病院に連れて行き、すぐに解毒薬を飲ませた。
 おかげで子供はなんとか一命を取り留めたが、毒を入れ込んで死にかけた体はすぐに全回復はせず、レイは子供を自宅に連れ帰り、弱った体が回復するまでつきっきりで面倒を見た。

 その甲斐あってか、死にかけた子供は竜人の頑丈さもあり二週間もするとすっかり元気に。そしてその間に、レイは竜の子供の名前と事情も聞き出した。

 子供は『ルーク』と名乗った。

 そして話を聞いてみれば、片親の母竜に迎えに来るから、と洞窟に隠れているように言われたらしい。だが母竜は戻ってこなかった。
 母竜に何かがあったのかもしれない、とレイは思ったが、話を聞いてみれば、母竜の傍には若い男がいて、竜国からわざわざ出てきたという話だった。
 それを聞いてレイは理解してしまった。

 ルークはまだ五歳でわからなかっただろうが、若い男はきっと母竜の恋人で、母竜は恐らくルークを森に捨てたのだ。でなければ滅多に国から出ないと言われている竜人が自国を出て、わざわざ子供を見知らぬ森の洞窟に置いていくはずがない。

 そして訳も分からず、誰も来ない洞窟で待っていたルークはとうとう空腹に耐えきれず、近くに生えていた果物を食べた。しかしそれは致死量の毒を持つ果物。
 もし通報がなかったり、レイが駆けつけなかったらルークはきっとあの洞窟の中で何もわからず、一人で死んでいた事だろう。
 レイは今思い出しても、その事実にぞっとするし、ルークを身勝手な理由で捨てた母竜に怒りを覚える。

 でも、そんな運命も理不尽も跳ねのけルークは健やかに育った。

 レイはこれも何かの縁だと思って行く先のないルークをそのまま引き取り、自分の子供として育てた。そしてレイの元ですくすくと育ったルークは今や立派な騎士になり、その美貌と人の好さで町の人気者。
 誰も拾われた時に、頭もぼさぼさで泥んこまみれの獣同然の姿だったとは想像できないだろう。そして育ての親であるレイにとってもルークは鼻が高い、自慢の息子だった。



 最近、ルークに“ある事”を言われるまでは……。



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