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3 ポール
しおりを挟むそこにはルークともう一人、騎士の制服を着る若い青年が立っていた。
くるくるとした栗毛の巻き髪に、その髪色と同じ瞳、そばかすがチャーミングな彼はルークの唯一の友人であり同僚でもある、ポールだ。
「あ、ポール」
「あ、おじさん」
「レイッ、その恰好!」
ルークはレイの格好を見るなり、即座にポールの目を両手で隠した。
「うわっ! ルーク、なにすんだ!」
ポールはいきなり目を隠されて驚いたが、ルークはポールなんかそっちのけでレイに視線を向けた。
「レイ、早く上に行って!」
「え?」
「早くっ!」
いつも大人しいルークにすごい剣幕で言われて、レイは「あ、ああっ」と慌てて二階に上がった。
おじさんの体なんて見せられないって思ったのか? とレイは思いつつも部屋に入ったが、パタンッとドアが閉まった音が聞こえた後、ルークは目を隠していたポールから手を放した。
そしてルークは鋭い目を向け、ポールに問いかけた。
「ポール、レイの体を見たな?」
「いやいやいや、何にも見てないからッ! ほんと、何も見てないから!」
ポールはブンブンッと音が鳴りそうな程、勢いよく首を横に振った。
「本当か?」
「本当! 本当だって!」
今度は頭を縦に振り、ルークはようやくポールの言葉を信じたようだ。
「そうか。……もし見ていたら、お前の目をくり抜くところだった」
「おまっ、怖ぇことさらっと言うなよっ!」
ポールは容赦ないルークを非難するように声を上げた。しかしルークは何のその。
「で、何しに来たんだ。風呂上がりのレイを見に来たんじゃないだろうな?」
「お前と一緒にすんな! この変態バカっ」
「で、用件は?」
何を言っても屁とも思わないルークに、ポールはどっと疲れながらもここに来た理由を告げた。
「報告もせずにさっさと帰ったお前の代わりに報告をし終えた事を伝えに来たんだ! あと、団長が朝一で団長室に来るようにって言っていた! 全く、俺はお前の伝言係じゃねーんだぞっ!」
ポールはむすっとしながら言った。だが、ルークはねぎらう事もなく「そうか」と答えただけだった。そんな友人にポールははぁっと息を吐き、くるくるの巻き髪をくしゃっと掻いた。
ポールはルークと同じ近衛騎士で、そしてルークの相方だ。だがそれは名ばかりのただのルークの世話係。
そんな二人の出会いは、家が近所同士で、友達一人いないルークの為に、レイが『ルークの友達になってくれない?』と頼んだのがきっかけだった。
それ以来、兄弟が多かったポールは持ち前のお兄ちゃん気質で何かと二歳年下のルークを子供の頃から面倒を見てきた。しかし、それも学校をポールが卒業するまで。
先に騎士団に入ったポールは仕事が忙しくてルークと会う事もなくなっていき、ポール自身、少々目立ちすぎる年下の友人から解放された、とレイには悪いが内心ほっと思っていた。
……が、ルークの騎士団入りが決まり、幼馴染である事を騎士団の上層部に目を付けられ、自由気まま、天才気質なルークの世話係にあれよあれよという間に任命された。
おかげで地方勤務が決まっていたのに、ポールはルークと共に異例の王宮仕えの近衛騎士に出世。本来なら諸手を挙げて喜ぶところだが、その代償は高かった。
「お前なぁ、お前が勝手をすると俺がいつも尻拭いしなきゃいけないの! わかってるだろ!」
ポールは叫びたいのをなんとか我慢して、声を抑えてルークに言った。だがルークは涼し気な顔をしている。
「僕は僕の仕事を終えたから帰っただけだ」
「だからって、一人で山賊を殲滅して、さっさと帰る奴があるかぁ!」
ポールはこめかみをぴくぴくさせながら言った。
ルークは一週間もレイと離れるなんて嫌だと言い、たった一人で森に潜んでいた山賊を一人残らず倒してしまったのだ。
そしてルークは『仕事は終えたから帰る』と言い、ポールを残して一人でさっさと帰ってしまった。その後、ポールは息がある山賊達を他の騎士達と協力して捕縛し、王都まで輸送、報告書を出し、仕事を終えたのが今しがただった。
「僕に任された仕事は終えたんだからいいだろう。団長にも仕事が終わったら帰っていいと言われた」
「だからってなー!」
ポールは自由過ぎるルークにほとほと手を焼いていた。しかし仕事はきっちりとこなすので、ポールもこれ以上は何も言えない。今回だって一週間の遠征が四日で終わったのだ。しかも誰も怪我することなく、誰一人逃すことなく捕まえられた。
それはルークが今回の討伐に加わったおかげだという事実に間違いはない。だからこそ、上層部もルークが少々自由にしようが野放し状態なのだ。そのフォローをしないといけないポールはとんだとばっちりなのだが。
ポールは、はぁーーっと大きなため息を吐くしかなかった。
「それより用が終わったなら、早く帰れ」
「お前、わざわざ伝えに来た俺に対して労うとかないわけ?」
「僕にそんなこと、期待してないだろ?」
しれっとした顔で言うルークにポールは「まあ、わかっていたけど」と答えた。
「お前の一番はおじさんだもんな」
「わかってるなら、さっさと帰ってくれないか? 僕は今からお風呂に入るんだ」
ルークは何気なく言ったが、長年の勘でポールはピンとある事に気が付いた。
「……まさか、おじさんが入った後の風呂だから早く入りたいとか、そういうんじゃないだろうな?」
ポールは顔を引きつらせて尋ねると、ルークは何も言わずににっこりと笑みを浮かべた。それは肯定の笑みだった。
……おじさん、こんな変態と一緒に住むのは危険だ……。
ポールはそう思ったが、そんな事をもしレイに言えば、ルークからどんな報復が待っているかわからない。ポールは口を固く閉じた。
「わかった。もう帰るよ」
これ以上、ここにいて命を縮めるのは得策ではない。だが帰ろうとしたポールを引き留める声が降ってきた。
「あ、ポール。もう帰るの?」
服をしっかりと着込んだレイが呑気に二階から下りてきた。
「はい。ルークにちょっと用があっただけなんで」
「そっか。いつもルークが面倒をかけて、ごめんね」
レイはダイニングに下りてきて、息子の友人であるポールににっこりと笑って労いの言葉をかけた。しかしレイは知らない、ルークがレイの背後から殺気を込めた視線をポールに送り『余計な事は言うなよ?』と脅していることに。
「いえ、ゆ、友人ですから~」
ポールは顔を引きつらせながら言い、ルークの視線から逃れた。
「ポールがいてくれるから、俺も安心だよ。あ、そうそう。昨日、クッキーを作ったんだ。よかったら持っていって」
レイは空のお菓子箱に入れていたクッキーを袋に詰めて、ポールに渡そうとする。
「え! いや、俺は」
「レイ! レイのクッキーをポールにやる必要なんてないよ。大体クッキーがあるなんて、僕、聞いてないけど?」
ルークはむすっとした顔で言ったが、レイは窘めるように叱った。
「こーらっ、そんな言い方はよくないって昔から言ってるだろう。心配しなくても、お前にも明日持たせようと思って、別にとってあるよ」
レイの言葉にルークは不満そうにしながらも「……ならいいけど」と答えた。
そんなルークにやれやれと思いつつ、レイは袋にクッキーを何枚か入れて「はい、どうぞ」とポールに渡した。
「ありがとうございます。おじさんのクッキーおいしいから嬉しいです」
レイの後ろから睨んでくるルークの視線は痛いがレイのクッキーは本当においしいので、ポールは素直にお礼を言った。
「そ? こんなおじさんが作ったクッキーで悪いけど、まあ休憩の時にでも食べてよ」
「はい、いただきます。こんな時間にお伺いしてすみませんでした」
ポールが礼儀正しく頭を下げるとレイはにっこりと笑った。
「いいよ。いつでも来てくれて。ポールなら大歓迎だ」
「ありがとうございます。……じゃあ、俺はこれで失礼します」
「ああ、またな」
レイが言うと、ポールはもう一度軽く頭を下げてダイニングにある裏口から帰って行った。
「ポールはいつ見ても、いい好青年だな。あんまりポールに迷惑掛けちゃ駄目だぞ? ルーク」
レイが少し叱るように言うと、ルークはむっとした顔を見せた。
「なんで、僕が迷惑かけてるって思うの」
「昔からポールに迷惑をかけてただろ。それに用がなきゃ、ポールは家にまで来ない。俺が知らないと思ったら大間違いだぞ」
レイの正論にルークは反論できず、むぐっと口を噤んだ。
「友達は大切にしなさい。いいな」
「……はい」
ルークは不貞腐れつつ、小さく返事をした。そんなルークの背中をレイは元気付けるようにぽんっと軽く叩いた。
「ほら、ルークもお風呂に入ってゆっくり休め、今日は疲れただろう?」
「うん、そうするよ。……あ、でも。レイ」
「ん?」
呼びかけられてルークに振り向くと不意にぐいっと腰を抱き寄せられた。
レイは突然の事の驚いて目を見開いたが、ルークは魅惑的な顔でレイを見つめていた。
「る、ルーク!?」
戸惑うレイにルークは顔を近づけて耳元で囁いた。
「レイ、今度から僕以外の男に肌を見せちゃダメだよ? いいね?」
あまりの甘い声にレイの心臓はドキリと跳ねる。
「ば、バカ! 何言ってんだ! 早く風呂に入りにいけ!」
レイは慌てて言い、ルークはいつもの調子でにっこりと笑うと「はーい」と返事をして風呂場に向かった。
でも耳にかかった吐息と甘い声がレイの耳にこびりつき、少し顔を赤らめたレイはくしゃりと耳を掻いた。
……あいつ、十八歳のくせに色気ありすぎッ!
レイはルークの囁きを消すように、もう一度耳をくしゃっと掻いた。
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