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5 レイはわかってない!
しおりを挟む「……はぁ、結局いい案はなしか」
レイは買った食材がたくさん入っている紙袋を片手に抱えながら、帰り道をとぼとぼ歩いていた。結局、喫茶店フローラでフェインに話したが解決策はなく。その後、頭を捻ってどうにかならないか考えたが、やっぱり何も思い浮かばなかった。
……断り続けたらルークもその内、諦めるかな?
しかしそんな事を考えていると歩く道の先で、両親に挟まれ手を繋ぐ、小さな男の子がいた。
「ほら、高い高いするぞー! せーの!」
父親の合図で小さな子供は父親と母親の両方から片手を持ちあげられ、小さな体がひょいっと浮かび上がる。それが楽しいのだろう、宙に浮いた子供はきゃっきゃっと声を楽しそうに上げていた。
それを見て、レイは昔、自分も同じことを両親にして貰ったな。と小さな男の子に自分の姿を重ねた。だが同時に、胸がつきりと痛くなる。
……もう十三年前の事なのに、まだ胸が痛むなんて。
レイは一人自嘲するが、未だに両親が突然亡くなってしまった事に対する胸の痛みはどれだけ歳を取ってもレイの中から消えなかった。
レイが二十四歳の時。レイの両親は定休日に一緒に出掛け、たまたま通りがかった建設現場の下敷きになり、二人同時に亡くなった。
あまりに突然の事で、レイは何の心も準備もできていなかった。
朝に『じゃあ行ってくるわね』『留守番、頼むな。レイ』と言って出て行った二人が帰ってきたら冷たくなっているなんて、誰が想像つく。信じられなくて、でも泣く暇もなくて。
小さな葬式を執り行い、それから実家の本屋をそのままにしておくこともできず、騎士を辞めて本屋を継ぐことに決めた。騎士の仕事は好きだったが、レイに実家の本屋を閉めるという発想はなかったからだ。
大事な居場所で、大切な思い出が残っている場所。
それにあんな小さな本屋でも、来てくれているお客さんがいる。失くしちゃだめだと思った。
でも騎士として最後の任務に向かったところで、レイは偶然にもルークに出会った。
銀色の獣。
ルークに対する印象は最初はそんなものだった。でも手当や世話が大変だったけれど、急に一人になったレイにとってルークの存在は救いにも近かった。
一人になってしまったんだ、と実感する暇をルークが与えてくれなかったから。
そして元気になってからもルークは傍にいてくれた。周りはきっと、救われたのはルークだと思っているだろう。けど、本当は違う。レイの方がルークに救われていたのだ。毎日傍にいて、一人じゃない事を教えてくれた。だからこそ、レイはルークを大切に想い、目の中に入れても痛くないぐらい心の底から可愛いと思っている。
だから何とかして父親と結婚したい、と思っているルークの間違いを正したかった。それにルークにはちゃんとした相手と幸せになって欲しかった。
親じゃなくたって、自分ではルークに対して見劣りしすぎる。そうレイは思っていた。
「はぁ、何とかならないかな」
レイはもう一度、ため息交じりにぽつりと呟いた。だがその時、横を通り過ぎたカップルを見て、レイはピンッと迷案を思いついた。
◇◇
「……え? なんて言ったか、よく聞こえなかったけど?」
仕事から帰ってきたルークは自室で服を着替え、ラフな格好でダイニングに下りてきていた。だが、ソファに座るなり夕飯を作るレイの言葉に耳を疑った。
「だから俺、恋人を作ることにした!」
「誰が?」
「俺がッ!」
レイはおたまを片手に言った。しかし、途端にスッと細められたルークの冷たい視線が向けられる。
「なんで?」
怒りを含んだ声にレイは少し「うっ」と尻込みするが、ここで怯んだら全て終わりだ。
「俺もいい歳だし、お前もこの前成人しただろ。だからそろそろ恋人を作ってもいいかな? と思って」
「僕がいるじゃない。恋人と言わず、結婚して夫夫(ふうふ)になるもの大歓迎だよ?」
「お前は息子ッ!」
レイは力一杯言ったが、ルークははぁっと盛大なため息をつき、呆れた顔を見せた。
「またそれか、いい加減諦めればいいのに」
「諦めるか! ……とりあえず、そういう訳だから。一応お前には言っておく」
レイの宣言にルークは動じなかった。むしろ、もう一度大きなため息をついて、まるで言う事を聞かない子供を前にしたような目でレイを見る。
その視線に耐えかねて、レイは声を上げた。
「うっ……なんだよ」
「なんでそんな事を言い出したのかは大体察しがつくけど。どーぞ、好きにすれば? レイに恋人ができるなんて、僕、思ってないから」
ハッキリとルークにモテない発言をされて、レイはむっとした。
「失礼なっ! そりゃ、お前ほどじゃないけど、こ、これでも若い頃はモテたんだぞ!」
レイはつい見栄を張って口から出まかせを言ったが、ルークはその嘘を見透かした様子で鼻で笑った。
「ハッ、どうかな? それに僕がここに来てからレイが誰かとそういう雰囲気になってるの、見た事ないけど?」
「それは、お前がいたからっ」
レイは途中まで言って慌てて口を塞いだが、ルークにはその言葉の先がわかっていた。
「僕の為に誰とも付き合わなかったんだよね? わかってる。でも、その間に誰かからアプローチなんかされてなかったでしょう?」
ルークに的確な事を突かれて、レイは何も言い返せない。確かにルークの為に誰かとそう言う関係にならなかった。ルークの世話で忙しかったし、恋人なんて頭になかったからだ。それになにより、ルークの言う通り、モテもしなかった。
「うぐぐっ……」
「ま、やってみたら? 僕はレイに恋人ができても、諦める気はないから。ま、そもそも恋人なんて無理だろうけど」
「そういうんなら、絶対恋人作ってやる!」
「どうぞ、お好きに? できるならね」
ルークの余裕発言にレイはむっとし、目を逸らしてルークに思わず問いかけた。
「お前がそんな風に思うのは本当は俺の事、そこまで好きじゃないからだろ」
聞き捨てならない言葉にルークは「は?」と眉間に皺を寄せたが、レイの口は止まらなかった。言ってはいけない言葉だったと、すぐに後悔することになろうとは知らずに。
「だから、お前のは勘違いなんじゃないかって言ってるんだよ。本当は俺の事、そんなに好きじゃないだろ? 口では何とでも言えるけど、俺にキスだってできないだろ」
「……なんだって?」
「だって、そうだろ? ルークはわかってないかもしれないけど、もしも夫夫になったら、その……キス以上の、そ、そう言う事もするってことだぞ。俺相手にできる訳ないだろ」
最後の方は恥ずかしくなってきて、レイは顔を少し赤らめながら小声で言った。
でもここでハッキリと言ってしまった方がルークの為だと思ってレイは口に出した。だが、ルークを見ると眉間にくっきりと皺を寄せ、むっすりと怒っていた。そしておもむろにソファから立ち上がると、ゆっくりとレイに歩み寄ってくる。
威圧感を出しながら近寄ってくるルークに思わずレイは後退り「な、なんだよ」と声を上げた。だが、ルークは一言も発せずレイを壁に追い詰め、まるで逃がさないようと言わんばかりにレイを囲うように壁にダンッと両手をついた。
囲まれたレイはびくっと驚き、自分より成長してしまったルークを見上げた。そこには今まで見てきた息子の顔じゃない、男の顔があった。
「レイってさ。本当、わかってないよね?」
ルークに凄まれてレイは「な、何がだよ」とちょっと怖じ気づく。そして自分が失言をしてしまった事に、まだ気が付いていなかった。
「僕がどれだけ我慢してるかって事」
「へ? 何の事だよ」
何を我慢しているかわからないレイはそう言い返したが、その意味を教えるようにルークは有無も言わさずに片手でレイの顎をくいっと持ち上げた。
なんだ? とレイが思った時には、ルークの親指がレイの下唇をなぞった。その妖しい手つきに、鈍感なレイもさすがに危険を感じてルークから離れようとした。
「ルーク、はなれ」
そこまで言ったが……時すでに遅し。
「んむッ!?!?」
言いかけている途中で、レイは口に無理やりルークの唇をむちゅぅっと押しつけられた。柔らかい唇同士が触れ合い、レイは突然の事に目を見開く。
そしてレイが驚いている合間にルークの唇は自分の唇を食べるように挟み、口内にぬるりと舌を入れてきた。
「んふっ、んんーっ!?」
レイは驚きのあまり、持っていたおたまをカランッと床に落とした。
レイは口を閉じようとするけれど、ルークの舌は許さない、とでも言うようにレイの舌を絡める。その上、大きな両手はいつの間にかレイの顔を包んで逃がさなかった。
後ろは壁、前にはルーク。逃げようにもルークの長い足がレイの足の間に入って邪魔をした。ルークの胸を押してもビクともしない、逞しい胸の厚さを感じるだけだ。
「ぁんっ、んぅぅっ!」
レイは声なき声を上げて抗議するが、ルークは無視して執拗なまでにレイの唇を貪った。唾液がくちゅくちゅと混ざり、その音に耳も侵され始める。
レイは恥ずかしくて、どうにかなりそうだった。
……こんなキス……変になるっ。
身体にぞくりとしたものを感じ、変な気分になりながら酸欠になりかけた頃。
うっすらと目を開けると、じっと水色の瞳がレイの様子を覗うように見ていた。その目を見て、レイはピクッと体を揺らした。
熱情に濡れる男の瞳だった。
レイの胸はドキリと跳ねたが、満足したのかようやくルークの唇が離れた。その時、お互いの唇から唾液の糸が伸び、それがやけにいやらしく見えて、レイはますます恥ずかしくなった。
だが、刺激的なキスでヘロヘロになったレイは何かを言う力もなく、壁に寄りかかり、乱れた息を整えながらキッとルークを見上げた。
「はぁっはぁっ、ル、ルーク……お前なぁっ!」
息を整えながらレイは言ったが、ルークは濡れた唇を色っぽくペロリと舐め、レイをただ見つめた。その姿に悪びれた様子はない。
男の顔したルークを前に、レイは顔が熱かった。恥ずかしさと怒りが胸の中で渦巻く。でもレイは何とルークに言って怒ればいいのかわからなかった。
そして戸惑うレイにルークが先に声を上げた。
「レイがキスもできないって言うからだ」
「なっ、お、おまっ」
うろたえるレイにルークはふいっと顔を背け、そしてちらりと視線だけをレイに向けた。
「今日から寝る時は気を付けた方がいいよ。今まで遠慮してたけど、欲情してレイを襲っちゃうかもしれないからね」
とんだ爆弾発言にレイはぽんっと顔を更に真っ赤にさせた。
「よ、欲情ッ!? な、何言ってっ」
レイは動揺しまくりだが、ルークは涼しい顔で「お風呂に入ってくる」と踵を返して、風呂場に向かった。でも残されたレイはその場に腰を抜かして、とうとうへちょりと床にへたりこんだ。
心の中は大絶叫だ。
……あ、あいつ。俺にあんなキスをして……しかも舌、入れて……、今夜は夜這いするかもだって!? ……嘘だろぉぉぉぉおおッ!?
その日の夜、レイはキスされた事と夜這い発言で一睡も眠れなかったのだった。
――――だがその頃、遠い竜国では赤髪の男が手元にある資料を読み終え、一枚の絵を手にしていた。
そこに描かれていたのは、凛々しいルークの姿で。
「ようやく見つけましたよ」
そう小さく呟いた。
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