四季、折々、戀

くるっ🐤ぽ

文字の大きさ
9 / 25

しおりを挟む
 佳恵は、父の昔の恋人の娘である。しかし、父の娘ではない。樹生とも、血の繋がりはない。
 父も父の恋人も名家の生まれで、二人の結婚は公然のものと思われていた。しかし、婚約が正式に決まる直前となって、父の恋人の家が没落した。何でも、傾きかけていた家を立て直そうと当主が新しい事業に手を出した結果、しくじったらしい。それでも、どうにかしなければと悪あがきをした結果、良くないところから借金をして、着の身着のまま夜逃げ同然の格好で地方の田舎へ逃げ込んだ。当然、そのような家の娘と父が婚姻出来るはずもなくなった。
 その後、父は二十五のときに、別の、これもまた名家の娘である母と結婚し、兄のいさむと樹生が生まれた。兄の勇は勤勉実直を絵に描いて判を押したような何もかも四角くなくては我慢ならないような男で、だからこそ、樹生のような箪笥の角が曲がっていようが気にしない男が育ったのを、親戚からは不思議がられたり、妙に納得されたりもした。
 佳恵が家に連れて来られたのは彼女が十四のときのことだった。父の恋人が生んだ娘だという。母親を亡くし、他に身寄りがないのを、父が引き取ってきた。
 家の中は嵐が巻き起こった。本当は自分の子どもであるのを、誤魔化して連れてきたのかと、母が小声で父をなじる声を聞いた。そんなわけがあるまい、という父の言葉だった。佳恵は薄汚れた着物を着ていて、部屋の隅で固くなっていた。当時十八の樹生が佳恵の隣に立って、その顔を覗き込もうとするのも分からない様子だった。佳恵の長い黒髪は痛んでいたが、キチンと櫛は通されているようだった。
 下女に連れられて、体を洗われると、確かに佳恵は父とは似ても似つかなかった。洗ったばかりの肌が桃色に色づいていて、たまのような清らかさだった。樹生は佳恵を通して、父の昔の恋人を見た。父の恋人は、佳恵を生んだ後、毎日働き通し、最後には骨と皮のようになって死んだという。佳恵の体も痩せていて、手首を軽く握っただけで折れてしまいそうだった。
 母は、最初のうちこそ佳恵を使用人同然に扱っていたが、そのうち、佳恵があまりにも従順なことを哀れに感じたのか、それとも、佳恵のあどけなさが母の心を解したのか、本当の娘のよう、とまでは言わずとも、少しずつ佳恵に優しく接するようになった。
 兄の方はいつもの如く父にならうことを決めたらしく、父が本当の妹のように思ってくれ、と言うように、佳恵のことを最初から妹として扱った。とはいえ、こちらも本当の妹のよう、とまではいかず、ただ店で良い品を見つけたと言って、簪やリボンを買ってきては、それを佳恵に渡すことを、本人は妹として扱っているつもりらしかった。これまで、兄と弟の男二人の兄弟だったので、妹の扱い方が分からないのも当然である。
 樹生は佳恵を妹とは思わなかった。ただ珠のような少女が同居人になったと思ったくらいだった。佳恵を妹と思って可愛がってやれと父や兄から叱られても、母があの子も哀れなところがあっていじらしいと言っても、のらりくらりとしていた。偶に籠の中の小鳥のように思ってからかうくらいだった。
 佳恵には家庭教師がつけられて、段々と、名家の娘らしい振る舞いや言葉遣いを教えられるようになった。少しでも間違うと鋭く叱られる声が、佳恵の部屋から聞こえてきた。その度に佳恵の、謝る声が聞こえた。
 みすぼらしい着物と帯でやってきた佳恵の持ち物は日を追うごとに増えていった。着物、帯、小物、洋服……不健康に痩せていた体も、段々と健康的になっていき、痛んでいた黒髪は艶々と照り輝くようになっていった。立ち振る舞いや言葉遣い、容姿に至るまで、誰もが佳恵を名家の生まれの娘として疑わないだろうと思われた。
 しかし、樹生のように佳恵が生まれたてのように清らかで、珠のように輝いていた姿を理解している者はいないだろうと思われた。それは、この家に最初にやってきたとき、風呂に洗われた佳恵の姿だった。痛んで艶のない黒髪であっても、キチンと櫛を通していたらしい佳恵の姿だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...