四季、折々、戀

くるっ🐤ぽ

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 私たちは菊の間に泊まるのよ、良かったら遊びにいらっしゃい、という娘の言葉だった。
 自分は父と共に夕食を食べ終えた後、その、菊の間と呼ばれる部屋に向かった。菊の描かれている襖を、コトコト叩くと、お入り、という声がした。娘の声なのか、娘の母の声なのか判断がつきかねて、自分は躊躇ちゅうちょした。するとまた、お入り、と声がしたので、思い切って襖を開けてしまった。
 部屋には、娘と、美しい母が寝間着の浴衣に羽織りを羽織っていた。美しい母は、ただ微笑んでいた。娘は手を伸ばして、自分を手招きするようだった。部屋の中には既に布団が敷かれているようだった。自分は部屋の中に入り、襖を閉ざすと、娘と美しい母の間にチョンと正座した。その間に線を引くと、ちょうど、三角形の図が描けるような構図だった。娘は自分を手招きする手を、パタリと膝の上に落とした。その猫のように笑う目が、意気地なし、と語っているように自分には見えた。
 自分は、この宿が、梅、菊、竹、蘭の四つの部屋から成り立っていることを、娘から聞いた。四君子なのよ、ねぇ、お母さん、と娘は軽やかに言った。自分は、それじゃあ、最初の日に出会った老人は、竹の間か蘭の間、どちらかに泊まっているのか、もう帰ったのだろうかと思った。今日、湯に浸かったときには老人に出会わなかった。
 娘は膝立ちで自分に寄ってきた。あなた、もうお風呂に入ったの、と娘は自分に問うた。ええ、とだけ自分は答えた。娘は、そう、と言って、自分の手と、娘自身の手を見比べた。あなたの手は随分と白いのね、お姫様のようよ、と娘は言った。自分は少しムッとした。あなたの色は随分と浅黒いんですね、あなたのお母さんのように、白い肌だったら良かったのに、とやり返すつもりで言うと、娘はコロコロと楽しそうに笑って、そうよ、私、男の子に混じって木登りしたり、虫を捕まえたり、平気な子だったんだから、小さい頃はよく、男の子に生まれれば良かったのに、って言われたものだったわ、ねぇ、お母さん、と言った。娘は母親の輝くように白い肌とは対照的に浅黒いが、美しい深みのある色の肌だった。美しく、陽にあぶられたものだと思った。
 これでも私、お母さんの白い肌に憧れたものだわ、と娘は言った。女なら、誰でもきっと、輝くような白い肌になりたいと思うものよ。白粉おしろいはたいたような偽物の白さではなくて、本当に内側から蝋燭ろうそくで照らされるような、美しい白い肌よ。でもね、私の肌の色も、こうして見慣れてくるとなかなか素敵でしょう。娘は自分の白い手と、娘自身の浅黒く深みのある手をピタリと重ねて、大人びた笑みを浮かべた。あなた、白いわ。血の色が透き通るような白さよ、と娘は言った。お母さんの白さとは違うのね、ねぇ、お母さん、と娘は言った。お母さんも、こちらへいらっしゃい、と娘は言った。自分は、胸がすくむような思いだった。
 娘の美しい母は、娘が話している間、黙って微笑むばかりだった。しかし、スッと立ち上がると娘に、あたかも娘の所有であるかのように差し出された自分の手と、美しい母自身の手を並べた。確かに、娘の母の輝くような白さと比べたら、自分の手は骨まで透けるような白さだった。自分は戸惑いの目を娘の美しい母に向けた。娘の美しい母は、ただ微笑んでいた。その微笑みを見ているうちに、何か悲しく、寂しいものを自分は感じた。
 娘は急に、独楽こまを回しましょう、と言い出した。娘は独楽を持ってくると、それを畳の上でシュッと回した。独楽が倒れると、娘は笑った。回しましょう、と言いながら、娘は一人で独楽を回し続けた。娘の独楽回しは下手だった。
 自分は最初、ただ何となく娘が独楽を回すのを見ていた。その内、娘の独楽回しがあまりにも下手なことに我慢ならなくなってきた。また、娘は自分の独楽回しが下手であっても平気に回し続けていることに我慢ならなくなってきた。自分は、それではいけませんよ、ととうとう娘に注意した。娘は澄まして聞かなかった。貸してください、と自分は言った。まだよ、と娘は言って、一向に貸そうとせず、自分だけで下手な独楽を独占していた。自分は恐ろしい強迫観念きょうはくかんねんのようなものを感じた。何度目か、娘が独楽を転ばせたとき、自分は娘に飛びついて独楽を取り上げると、シュッといわせて独楽を回した。独楽はクルクルと、赤い円を描いて回り続けた。自分は、独楽回しが上手なことを自慢にしていた。まぁ、と娘の美しい母が声を上げたのに、得意な気分になった。独楽はその間も、クルクルとよく回った。
 娘は自分の耳元に唇を寄せて、コソコソと囁いた。あなた、意地悪ね、意気地なしの癖に、と囁かれた。自分は、パッと顔が赤くなるのを感じた。慌てて回り続ける独楽を掴んだ。あら、どうしてやめてしまうの、と娘はほがらかな声で言った。自分は泣きそうになりながら、母娘の部屋を後にした。娘が、お菓子があるのよ、食べていきなさいよ、と言うのにも、聞こえないフリをした。
 部屋に戻ったとき、独楽をそのまま持ち帰ってしまったことに気づいた。引き返して、娘に独楽を返す気にはなれなかった。自分は布団の下に独楽を入れて、そのまま眠りについた。
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