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第五章

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 カタカタカタ……
 風車が回っていた。
 赤、青、黄、様々な色をした、風車が回っていた。まるで、風に色がついたかのようだった。色がついたかのような風の中を、雪芽ゆきめは、どこか恍惚とした気持ちで、歩いていた。雪芽は白い、やたらに袖の長い着物を着ている。それが、雪芽の足元に絡みつくかのようだった。
 無邪気な夢。そう思った。目を覚ましたら、誰かに語って聞かせたいと思うような夢だった。
 カタカタカタ……
 風車が回り続けている。赤、青、黄……浮かび上がって、一つ一つ丁寧に色付けされた風の花畑の中に、自分はいるのだと、雪芽は思った。そして、それを懐かしいと思った。
 眠りながら、夢の中で、これは夢だ、と知っている夢があることを、雪芽は知っている。夢の中にいながら、それを懐かしいと思うこともあるだろう。夢の中にいる雪芽は、幸福だった。ここには苦痛もない。悲しみもない。夢だから。
 雪芽は風を浴びた。短く切ったはずの髪が、いつか腰までの長さになって、サラサラと靡いている。夢だもの、と雪芽は思う。口元に、淡い微笑が浮かぶ。誰かの名前を呼ぼうとして、その名前が思い浮かばない。キュウ、と頭に灰色の霧がかかったように重くなったが、それもすぐに気にならなくなった。
 夢、だもの。
 カタカタカタ……
 雪芽は、一歩、また一歩と進んでいく。どこに行って、何をしようという目的もない。ただ、この、目覚めたくないと思うほど無邪気な夢の中を、歩いてみたかったのである。
 もう、雪芽の中には何もない。痛みも、苦しみも、悲しみも……喜びも。あるのは、底の見えない幸福だけ。
 どこかから、歌が聴こえてくる。雪芽は小さな子どものような好奇心を持って、その歌の聴こえてくる方角に向かった。いつのまにか、髪はどんどん伸びていった。蝶の翅のように軽い髪は、サラサラと、黒い川が流れるように、風に靡いた。
 カタカタカタ……
 歌は、黒い服を着た集団の中から聴こえてくるようだった。中央の、背の高い人物たちが、何か四角い箱を肩に担いで、その後ろで、やはり、黒い服を着た女たちが歌を歌い、集団の先頭では、一人、白い服に長い帽子を被った男が、鈴を鳴らしながら、何か、呪文のようなものを唱えているようだった。
 雪芽は、箱の中が見たかった。
 次の瞬間、雪芽は箱の中にいた。雪芽は、箱の中が見たいと、思っただけだったのに。
 箱の中からでも、音は聴こえる。風車が回り続ける音。誰かの啜り泣く声。突然雪芽は、声を張り上げて、先程呼びかけたその名を呼ぼうとした。しかし、舌が硬ったように、動かなかった。痛みも、苦しみも、悲しみもない夢の世界で、雪芽は、悲しいと思った。声を上げて泣きたいと思った。やがて、パチパチと、火がつけられる音。
 これは「死」の夢なのだと、思った。
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