猫と珈琲と死神

コネリー

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五里霧中の依頼人

快速列車にて

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六月十二日 土曜日 午前七時

 猫矢ノアの親族が見つかるまで、という条件で預かる予定であった黒猫のクロは、すでに志摩家の一員となりつつあった。
 眠る時は堂々と布団の中へ潜り込み、朝になると餌をよこせとばかりに、顔へ肉球を押し付けて起こしてくる。
 何とも傍若無人な振る舞いなのだが、不思議と悪い気はしなかった。

 志摩の両親もすっかりクロの事をことを気に入っており、頼んでもないのに爪とぎやキャットタワーなどを買ってきては、彼のご機嫌を伺うのだ。
 引き取り先が見つからないようなら、このまま飼い続けてもいいかな。と、志摩は考えていた。
 もっとも、厄介ごとを押し付けた調本にである富澤は、この猫の事などすでに忘れてしまっているだろうが。

「いいかクロ、今日は少し遠出の予定なんだ。お前の面倒は母さんに頼んであるから、大人しく待ってるんだぞ」

 皿にフードを入れながらそう言い聞かせると、クロは「ニャッ」と短く返事をして、勢いよく食べ始めた。





六月十二日 土曜日 午前十時

 富澤と志摩は、快速列車に乗り隣県へと向かっていた。
 猫矢ノアの顧客・玉城ゆきなたましろゆきなへの事情聴取を行うためだ。
 彼女は車を持っておらず、わざわざ遠方から出向いてもらうわけにもいかないという事で、男二人で電車に揺られているというわけだ。

 猫矢は、顧客との連絡に電話を使うことが全くといっていいほど無かった。
 ホームページ立ち上げ以降、カウンセリングの予約はWEBのみで受け付け、その後の必要なやり取りは全て管理人に任せっきりだったという事が判明している。
 ところが、スマホの発信履歴には一件だけ顧客への通話履歴が残っており、その人物こそ、これから話を聞きに行く玉城ゆきなだったのだ。

「玉城さんは、地元では有名な資産家の令嬢で、わざわざ数時間かけて猫矢の所まで相談に来ていたようです」

「ああ、そこまでして何を相談しに来ていたのか、詳しい内容を聞きたいところだな。それに、猫矢の方から電話をかけていた、という点も気になる」

「そうですね。ここ数ヶ月の間に電話で直接連絡を取っていた顧客は玉城さんだけでした。もしかしたら、裕福な家の娘だから儲けになる、とか考えていたのかも知れないですね」

「日野下の話からすると、猫矢は金にうるさい面がありそうだ。何回も足を運ばせて稼ごうと企んでいたのかもな」

 到着までの間、情報整理も兼ねて富澤と意見を交わす。
 少しづつではあるが、志摩も事情聴取で得た情報などから自分なりに考えをまとめられるようになってきた。
 富澤は表立って人を褒めるような事をしないが、内心では彼のそんな成長を頼もしく思っている。

「玉城さんとは、駅前の喫茶店で待ち合わせをしています。到着したらすぐに向かいましょう」



 徐々に速度を落とし、電車がホームに滑り込んでいく。
 待ち合わせの喫茶店は、駅前広場を進み道路を渡った先だ。
 改札を抜け、二人が広場へ向かい歩き始めた時、何者かが声を掛けてきた。

「あ、あの……すみません。刑事の志摩さんですか?」

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