猫と珈琲と死神

コネリー

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五里霧中の依頼人

玉城ゆきな①

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 透明感のある澄んだその声に志摩が振り返ると、彼よりも頭一つ分背の低い女性が二人の後ろを付いてきていた。
 グレーのニットワンピースに身を包み、ゆるくウェーブのかかった髪が、この時期特有の湿り気を帯びた風に揺られている。
 両手の掌で包み込めるくらいに小さな顔は、高校生と見紛うほどにあどけない。

「は、はい! そ、そうですが……」

 仕事柄、若い女性と話す機会の少ない志摩は、途端に緊張して何ともぎこちない受け答えになった。

「ああ、よかった! 私、玉城ゆきなです。待ち合わせの喫茶店で待っていようと思ったんですけど、ほら、見ての通り背が低いでしょう? 店で座っていたら見つけられないんじゃないかと思って、駅で待っていたんです!」

「そ、そうでしたか。それはどうも、お気遣いありがとうございます!」

「えっと、そちらが……上司の方ですか?」

 玉城はわずかに怯えを孕んだ瞳で志摩の隣に目をやった。
 そこには、いつにも増して仏頂面で二人のやり取りを眺める富澤の姿があった。
 志摩は富澤のそんな顔などすっかり見慣れているのだが、初対面でそんな顔を見せられようものなら、玉城が恐がるのも無理はない。

「捜査一課の富澤と申します。今日はお時間をいただきありがとうございます」

「あ、いえ、とんでもないです……。わざわざ遠いところまで来ていただいて、申し訳ないです……」

 犯人が猫矢ノアの顔見知りである可能性が高い以上、彼女が被疑者となる可能性だってある。
 可愛らしい見た目に惑わされず、疑ってかかる必要があることは、志摩も重々承知している。
 とはいえ、聴取の相手に警戒感を抱かせてしまってはスムーズに話が出来なくなってしまう。
 昨日、日野下寿一の聴取で同様の失態をやらかし説教を食らったばかりの志摩は、ベテランの富澤がそんな態度を取ることに疑問を覚えた。

 気付けば、玉城はすっかり萎縮してしまっている。
 志摩は彼女の気を紛らわせようと、慌てて会話を続けた。

「そ、それにしても玉城さん、よく我々が分かりましたね」

「ええ、お電話で志摩さんからお二人の特徴をお聞きしていましたので。すぐに判りましたよ!」

 玉城は志摩の方へ向き直って微笑んだ。
 実のところ、玉城には「ひょろっと細長いのと、ずんぐりした強面の凸凹コンビだ」と伝えていたのだが、彼女が最初に発見したのはおそらく後者の方だろう。
 コロコロと表情が変わるその無垢な笑顔に、志摩の頬が緩む。

「そ、それでは行きましょうか」

 志摩と富澤が先導する形で、三人は約束の喫茶店へと向かい歩き始めた。



 その道中、富澤は志摩の脇腹を肘で小突き、玉城に聞こえないようにそっと呟いた。

(実のところ若い女の相手は苦手なんだ、今日はお前に任せる。その代わり、浮かれて大事なことを聞き漏らすなよ)

(了解しました!)

 そういえば、年頃の娘とあまりうまく行っていないという話を漏らしていことがある。
 先ほどの反応は、玉城と自分の娘を重ね合わせてしまったという事だろうか。
 百戦錬磨の刑事にも、どうやら苦手なものはあるらしい。

 聴取を任された志摩は、すでに玉城ゆきなに心を奪われつつあるのだが、富澤の期待を裏切るわけにはいかない。
 気持ちを切り替えるかのように、頭をブルブルと横に振った。

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