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五里霧中の依頼人
玉城ゆきな②
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三人は本来の待ち合わせ場所であった喫茶店へと入る。
挽きたてのコーヒーの香りに包まれた店内には、ほどよい音量でジャズのBGMが流れていた。
決して広くはないがそれを感じさせず、アンティーク調のテーブルセットが無理なく配置された良い店だ。
幸いと言うべきか、志摩たち以外の客が居なかったため、一番奥のテーブル席へと向かった。
話の流れによっては、大きな声では語れない話題が出る事も考えられる。
志摩と富澤はテーブルを挟んで奥側に座り、玉城は入り口に背を向ける形で座らせる。
他の客が出入りした際に、それを意識させないためだ。
「どうぞ、お好きなものを注文してください」
そう言って、玉城へメニューを手渡す。
「あ、ありがとうございます。うーん、どうしようかな……今日のおすすめブレンドも気になるけど、甘いのも飲みたいな……」
志摩はともかく、強面の刑事と同席しているというのに、メニューとにらめっこを始めてしまった。
無邪気というか、鈍感というべきなのか、志摩は彼女のそんな姿を微笑ましく眺めているのだが、富澤は相変わらずの仏頂面を崩さない。
「それじゃわたし、おすすめブレンドのホットにします」
「わかりました。すみません! おすすめブレンドのホットを3つ」
コーヒーが運ばれて来るまでの間、軽い雑談で場を繋ぐ事とする。
「玉城さん、免許をお持ちでないと伺いましたが、こちらにはどうやって来られたのですか?」
「今日はタクシーで来ました。実は電車にも乗った事がなくて……」
「そうだったんですね。我々がご自宅までお迎えに上がれば良かったですね」
「いえいえ! 全然平気ですので、お気になさらないでください。……それに、警察の方が家に来たりなんかしたら、あとで何を言われるか」
後半部分は殆ど独り言のような呟きだった。
何不自由ない暮らしをしているように見える資産家の令嬢だが、彼女にも複雑な事情があるようだ。
「お待たせしました。おすすめブレンドでございます」
間もなく注文の品が到着し、三人のテーブルはより一層ほろ苦い香りで満ちた。
各々がコーヒーに口を付けたところで、志摩が仕切り直す。
「オホン、それでは改めまして。玉城さん、本日はお時間を頂戴しましてありがとうございます。我々は、先日発生した猫矢ノアさんの事件について、顧客であった玉城さんにお話を伺うために参りました」
普段は聴取の進行など富澤に任せっきりのため、妙に堅苦しいあいさつになってしまう。
「あっ、はい、こちらこそ! 今日はよろしくお願いいたします」
「おいしー」と言いながらコーヒーをすすっていた玉城も、志摩の堅いあいさつに釣られて畏まった言葉を返してくる。
そんな二人のやり取りを、富澤は不安げに隣で見ていた。
「玉城さんは、猫矢ノアさんの事件は既にご存知ですよね?」
「はい……テレビで見て、とてもショックでした。あんなにいい人だったのに」
「えっ? いい人……ですか?」
「ええ、私みたいな若者の話もきちんと聞いて、とても親身にアドバイスをしてくださって」
これまで聴取をした二人の証言では、いずれも態度が悪く図々しいイメージしか湧かなかった。
玉城のもつ印象はそれとは全く正反対のものであり、志摩は少々面食らった。
考えてみれば、これまでの二人は彼女へ取材をする立場であり、玉城はお金を支払う依頼人という立場だ。
猫矢は相手によって、対応する際の態度を使い分けていたという事も考えられる。
「そ、そうなんですか。それでは、猫矢さんのカウンセリングについてなのですが、もし差し支えなければ、その時の相談内容を伺えますか?」
「あっ、はい…………実は、婚約者のことについて相談しに行ったんです」
「ええっ、婚約者!?」
志摩は思わず、店内に響き渡るほどの大声で聞き返してしまった。
さすがに高校生ではないにせよ、どれだけ頑張っても二十歳前後にしか見えない玉城に、すでに婚約者が居るとは……
「あっ! 婚約者と言っても父が連れてきた知り合いの息子さんで、半ば無理矢理な婚約だったんです。でも、元・婚約者と言うべきですね……婚約は、もう解消しましたので」
志摩の動揺を察したのか定かではないが、玉城は婚約者の情報に訂正を入れた。
「実は、先日わたしの祖父が亡くなりました。それで、元婚約者の彼はどうやらその遺産を狙っていたようなんです」
「お祖父様の遺産……ですか?」
「ええ、実は祖父が亡くなって間もなく、親族の間である噂が立ったんです」
「噂……」
先程まで見せていた愛くるしい表情とは打って変わり、玉城は神妙な面持ちで語り始めた。
挽きたてのコーヒーの香りに包まれた店内には、ほどよい音量でジャズのBGMが流れていた。
決して広くはないがそれを感じさせず、アンティーク調のテーブルセットが無理なく配置された良い店だ。
幸いと言うべきか、志摩たち以外の客が居なかったため、一番奥のテーブル席へと向かった。
話の流れによっては、大きな声では語れない話題が出る事も考えられる。
志摩と富澤はテーブルを挟んで奥側に座り、玉城は入り口に背を向ける形で座らせる。
他の客が出入りした際に、それを意識させないためだ。
「どうぞ、お好きなものを注文してください」
そう言って、玉城へメニューを手渡す。
「あ、ありがとうございます。うーん、どうしようかな……今日のおすすめブレンドも気になるけど、甘いのも飲みたいな……」
志摩はともかく、強面の刑事と同席しているというのに、メニューとにらめっこを始めてしまった。
無邪気というか、鈍感というべきなのか、志摩は彼女のそんな姿を微笑ましく眺めているのだが、富澤は相変わらずの仏頂面を崩さない。
「それじゃわたし、おすすめブレンドのホットにします」
「わかりました。すみません! おすすめブレンドのホットを3つ」
コーヒーが運ばれて来るまでの間、軽い雑談で場を繋ぐ事とする。
「玉城さん、免許をお持ちでないと伺いましたが、こちらにはどうやって来られたのですか?」
「今日はタクシーで来ました。実は電車にも乗った事がなくて……」
「そうだったんですね。我々がご自宅までお迎えに上がれば良かったですね」
「いえいえ! 全然平気ですので、お気になさらないでください。……それに、警察の方が家に来たりなんかしたら、あとで何を言われるか」
後半部分は殆ど独り言のような呟きだった。
何不自由ない暮らしをしているように見える資産家の令嬢だが、彼女にも複雑な事情があるようだ。
「お待たせしました。おすすめブレンドでございます」
間もなく注文の品が到着し、三人のテーブルはより一層ほろ苦い香りで満ちた。
各々がコーヒーに口を付けたところで、志摩が仕切り直す。
「オホン、それでは改めまして。玉城さん、本日はお時間を頂戴しましてありがとうございます。我々は、先日発生した猫矢ノアさんの事件について、顧客であった玉城さんにお話を伺うために参りました」
普段は聴取の進行など富澤に任せっきりのため、妙に堅苦しいあいさつになってしまう。
「あっ、はい、こちらこそ! 今日はよろしくお願いいたします」
「おいしー」と言いながらコーヒーをすすっていた玉城も、志摩の堅いあいさつに釣られて畏まった言葉を返してくる。
そんな二人のやり取りを、富澤は不安げに隣で見ていた。
「玉城さんは、猫矢ノアさんの事件は既にご存知ですよね?」
「はい……テレビで見て、とてもショックでした。あんなにいい人だったのに」
「えっ? いい人……ですか?」
「ええ、私みたいな若者の話もきちんと聞いて、とても親身にアドバイスをしてくださって」
これまで聴取をした二人の証言では、いずれも態度が悪く図々しいイメージしか湧かなかった。
玉城のもつ印象はそれとは全く正反対のものであり、志摩は少々面食らった。
考えてみれば、これまでの二人は彼女へ取材をする立場であり、玉城はお金を支払う依頼人という立場だ。
猫矢は相手によって、対応する際の態度を使い分けていたという事も考えられる。
「そ、そうなんですか。それでは、猫矢さんのカウンセリングについてなのですが、もし差し支えなければ、その時の相談内容を伺えますか?」
「あっ、はい…………実は、婚約者のことについて相談しに行ったんです」
「ええっ、婚約者!?」
志摩は思わず、店内に響き渡るほどの大声で聞き返してしまった。
さすがに高校生ではないにせよ、どれだけ頑張っても二十歳前後にしか見えない玉城に、すでに婚約者が居るとは……
「あっ! 婚約者と言っても父が連れてきた知り合いの息子さんで、半ば無理矢理な婚約だったんです。でも、元・婚約者と言うべきですね……婚約は、もう解消しましたので」
志摩の動揺を察したのか定かではないが、玉城は婚約者の情報に訂正を入れた。
「実は、先日わたしの祖父が亡くなりました。それで、元婚約者の彼はどうやらその遺産を狙っていたようなんです」
「お祖父様の遺産……ですか?」
「ええ、実は祖父が亡くなって間もなく、親族の間である噂が立ったんです」
「噂……」
先程まで見せていた愛くるしい表情とは打って変わり、玉城は神妙な面持ちで語り始めた。
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