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第十話
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カルに、中央通りにある食堂へ案内され、お店の開け放っているドアの前に立っていた。すると、赤い色の可愛い民族衣装を着た店員が出てきて、奥の窓際の席に案内された。着ている民族衣装は赤のドレスに刺繍の入ったエプロンで、大変可愛らしかった。このお店の制服なのかもしれない。
お店の中央にはカウンターがあり、色々な酒瓶が並んでいる。夜はビアホールになるのだろう。客層は大多数が職人、ちらほらと商人、そして騎士団の騎士らしき人物が数人いた。
今日のアザレアは見た目完全に町娘なので、騎士達も含め、アザレアが貴族の、それも公爵令嬢だと気づく者はいない。誰もこちらを見ることはなく、食事や会話に夢中になっていた。
食堂内は職人達の話し声や、椅子を引く音、食器のぶつかる音、注文を叫ぶ声、料理人の怒声やフライパンをこする音などの、騒がしい喧騒に包まれていた。アザレア達の会話など、書き消されてしまうぐらいだ。
恐らく商人達はこの喧騒に紛れて、こっそり商談をしているではないのだろうか。アザレアは、そんなことを思った。
邸宅と王宮の往復のみでは、こんな体験できなかっただろう。そうして始めてくる食堂内を興味深く観察していると、カルが嬉しそうに言った。
「アズのその顔からすると、どうやら気に入ってくれたみたいだね。安心したよ」
そう言って、質素な出で立ちで屈託なく笑うカルは、普通の少年に見える。とは言っても、素晴らしく整った端正な顔に、周囲の女性達の視線が釘付けになっていたりするのだが。
以前、婚約者候補として謁見した際、にこりともせず『国母となることを覚悟し、その言動も気を付けたまえ』と冷たく言いはなった少年とは別人にしかみえない。
お互い関係が違えば、こんなにも変わるものなのだろうかと思う。そんなことを考えていると、女性店員がテーブルまでやってきて、水の入ったコップをテーブルの上にコン! と勢いよく置くと言った。
「お姉さんなににする? 今日のおすすめはラザニア、サラダもついてるよ」
アザレアは素直にすすめられたラザニアにすることにした。
「ではそれをお願いします」
するとその女性店員は、アザレアを上から下まで舐めるように見た。
「あんた、痩せっぽちだね。駄目だよ女性はもっと食べて、アタシみたいにふくよかにならないとね。うちはオニオングラタンスープが美味いんだ、つけてあげるよ。そんで彼氏は何にするんだい?」
カップルだと思われているらしい。男女二人でくれば当然なのだが、妙に気恥しかった。カルを見るとこちらを見て肩をすくめ、女性店員へ向き直して答える。
「俺も同じもので」
そして顔をアザレアに近づけると、周囲に聞こえないよう、小声で微笑みながら囁いた。
「良かった、私たちはちゃんと恋人同士にみえるようだ」
アザレアはあまりにも屈託なくそんなことを口にするカルに、どう接したら良いのかわからずに、窓の外をみて動揺を誤魔化した。
今世で食堂に来るのは初めてで、期待しながら食事が出てくるのを待った。前世での経験から言うと、こういった食堂のご飯は美味しいと相場が決まっている。まさかカルがこんなお店を知っているとは驚いたが。
「カルはここにはよく来るの?」
アザレアがそう訊くと、カルは右上を見て、少し考えてから答えた。
「たまにね、城下町を見て歩きたいときにね。中央通りは治安もいいから、安心して入れるしね。職人達は自分が食べるのに夢中で、人の顔なんて見てやしないから、ここはこっそり来るのにもちょうどいいんだよ」
続けて言った。
「ところで、アズはどんな鉱物を探してたんだい?」
何となく誤魔化された気もしたが、話したくないこともあるのだろう。深くは訊かないことにして、カルの質問に答える。
「一通りみて掘り出し物があればと思って。特に目当ての鉱物があるわけじゃないの。ここには屋敷の中では見られない鉱物がたくさんあるでしょ? それとインクルージョンクォーツも見たかったし」
カルは意外に思ったようで、なんでそんなもの? という顔になった。アザレアはそれに答えるように話を続ける。
「単純にインクル物が好きなのもあるけど、ちょっと試したいことがあるのよね」
カルは首をかしげて話の先を促しているが、そこに女性店員がやってきた。
「はい、お待たせ! 本日のおすすめラザニアとサラダ。それにお姉さんにはアタシからオニオングラタンスープのおまけ。蓋は熱いからアタシが開ける。触っちゃだめだよ」
と、アザレアの前にスープの器を置いて蓋を開けてくれた。そしてニヤリと笑うとカルを見た。
「あんた、もっと頑張んなよ!」
そう言って去っていった。どういう意味だろう? と、女性店員の去ってゆく姿から目を離してカルを見るとカルは変な咳払いをした。
話の途中ではあったが、焼きたてのラザニアの程よく焦げ目のついた溶けたチーズに誘われ、先に食べることを優先した。スプーンですくうとチーズがあり得ないぐらい伸びた。そして濃厚なミートソースの香りが後からフワっとかおる。ふぅふぅしてから口に入れる。美味しい。思わず『まいうー!』と、言いそうになるのをこらえた。
「美味しい!」
と、カルを見た。カルはぼんやりアザレアを見ていたが、我に返ったように笑顔になった。
「それは良かった。アズをここに連れてきて本当に良かったよ。そんなに可愛らしい顔が見られるなんてね。思わず見惚れてしまってた」
そして、自分の前に出されたラザニアを食べ始めた。それから二人ともしばらく食べるのに夢中になった。
食べながらアザレアは考えていた。最近、ふとした瞬間に前世で使っていた言葉が出てきたりと、前世の自分の発露、と言うか今の『私』と、前世の『私』が融合しつつあるように感じた。
そもそも、以前ならこういった大衆食堂などに案内されようものなら、眉根にシワを寄せていたかもしれない。王太子殿下が食堂が好きというならば、好きになる努力をしようとしたかもしれないが。
アザレアはそれを良い変化ととらえているし、どちらにしろ『私』に代わりはないので、問題はなく、むしろ以前より自由に物事を考えられるようになり、世界が広がった気がした。
そんなことを考えながらラザニアを食べ、一息ついたところで、先程の会話を再開した。
「トルマリンは劈開が弱いでしょう? 魔力を封じる時に割れてしまうことがあるから……」
とここまで言ったところで、カルはようやくアザレアの言わんとしていることに、気が付いたようだった。
「なるほど、トルマリンのインクルージョンクォーツはクォーツ、つまり水晶の中にトルマリンが入り込んでいるから、魔力を注入しても割れにくいということだね」
私は強くうなずいて続ける。
「水晶も硬度は高いので、水晶に魔力を注入しても良いのですけど、組成成分のせいなのか結晶の仕方のせいなのか、トルマリンと水晶では入る魔力量がだいぶ違ってくるでしょ? だからできればトルマリンを利用したいじゃない?」
カルは首をひねった。
「それでも、水晶に入ってしまっている鉱物に魔力を入れようとしても、手前にある水晶に魔力が入ってしまって、魔石としては価値がないとされているよね?」
もちろんわかっている。
「他の鉱物は、完全に入り込んでしまっているものが多いのだけど、トルマリンのような鉱物は一部分だけが入り込んでいて、先端が水晶から少し飛び出てることが多いから……」
「あぁ、なるほど。その水晶から出ているところから魔力を注入するということか。さらに水晶にコーティングされているから、耐久性も高いだろう。凄いな、今まで趣味のコレクション用としてしか使えなかった、インクルのトルマリンの価値がぐっと上がるかもしれない」
誰でも思いつきそうなことだと思った。しかしみんな綺麗にカットされたものにしか目がいかないし、それに付加価値をつけて値段を吊り上げたい業者の思惑もあって、誰もやらなかっただけなのだ。
「お金のある者達だけが楽な生活をできるようにするのではなくて、誰でも安く便利な魔道具を手に入れられるようにしたいんで、色々な可能性を考えてるところなの」
と答えた。するとカルは驚いた顔をしていった。
「他にも何か考えているのか?」
アザレアはニヤリと笑う。
「考えてるけど、秘密です」
そう言って微笑んだ。
お店の中央にはカウンターがあり、色々な酒瓶が並んでいる。夜はビアホールになるのだろう。客層は大多数が職人、ちらほらと商人、そして騎士団の騎士らしき人物が数人いた。
今日のアザレアは見た目完全に町娘なので、騎士達も含め、アザレアが貴族の、それも公爵令嬢だと気づく者はいない。誰もこちらを見ることはなく、食事や会話に夢中になっていた。
食堂内は職人達の話し声や、椅子を引く音、食器のぶつかる音、注文を叫ぶ声、料理人の怒声やフライパンをこする音などの、騒がしい喧騒に包まれていた。アザレア達の会話など、書き消されてしまうぐらいだ。
恐らく商人達はこの喧騒に紛れて、こっそり商談をしているではないのだろうか。アザレアは、そんなことを思った。
邸宅と王宮の往復のみでは、こんな体験できなかっただろう。そうして始めてくる食堂内を興味深く観察していると、カルが嬉しそうに言った。
「アズのその顔からすると、どうやら気に入ってくれたみたいだね。安心したよ」
そう言って、質素な出で立ちで屈託なく笑うカルは、普通の少年に見える。とは言っても、素晴らしく整った端正な顔に、周囲の女性達の視線が釘付けになっていたりするのだが。
以前、婚約者候補として謁見した際、にこりともせず『国母となることを覚悟し、その言動も気を付けたまえ』と冷たく言いはなった少年とは別人にしかみえない。
お互い関係が違えば、こんなにも変わるものなのだろうかと思う。そんなことを考えていると、女性店員がテーブルまでやってきて、水の入ったコップをテーブルの上にコン! と勢いよく置くと言った。
「お姉さんなににする? 今日のおすすめはラザニア、サラダもついてるよ」
アザレアは素直にすすめられたラザニアにすることにした。
「ではそれをお願いします」
するとその女性店員は、アザレアを上から下まで舐めるように見た。
「あんた、痩せっぽちだね。駄目だよ女性はもっと食べて、アタシみたいにふくよかにならないとね。うちはオニオングラタンスープが美味いんだ、つけてあげるよ。そんで彼氏は何にするんだい?」
カップルだと思われているらしい。男女二人でくれば当然なのだが、妙に気恥しかった。カルを見るとこちらを見て肩をすくめ、女性店員へ向き直して答える。
「俺も同じもので」
そして顔をアザレアに近づけると、周囲に聞こえないよう、小声で微笑みながら囁いた。
「良かった、私たちはちゃんと恋人同士にみえるようだ」
アザレアはあまりにも屈託なくそんなことを口にするカルに、どう接したら良いのかわからずに、窓の外をみて動揺を誤魔化した。
今世で食堂に来るのは初めてで、期待しながら食事が出てくるのを待った。前世での経験から言うと、こういった食堂のご飯は美味しいと相場が決まっている。まさかカルがこんなお店を知っているとは驚いたが。
「カルはここにはよく来るの?」
アザレアがそう訊くと、カルは右上を見て、少し考えてから答えた。
「たまにね、城下町を見て歩きたいときにね。中央通りは治安もいいから、安心して入れるしね。職人達は自分が食べるのに夢中で、人の顔なんて見てやしないから、ここはこっそり来るのにもちょうどいいんだよ」
続けて言った。
「ところで、アズはどんな鉱物を探してたんだい?」
何となく誤魔化された気もしたが、話したくないこともあるのだろう。深くは訊かないことにして、カルの質問に答える。
「一通りみて掘り出し物があればと思って。特に目当ての鉱物があるわけじゃないの。ここには屋敷の中では見られない鉱物がたくさんあるでしょ? それとインクルージョンクォーツも見たかったし」
カルは意外に思ったようで、なんでそんなもの? という顔になった。アザレアはそれに答えるように話を続ける。
「単純にインクル物が好きなのもあるけど、ちょっと試したいことがあるのよね」
カルは首をかしげて話の先を促しているが、そこに女性店員がやってきた。
「はい、お待たせ! 本日のおすすめラザニアとサラダ。それにお姉さんにはアタシからオニオングラタンスープのおまけ。蓋は熱いからアタシが開ける。触っちゃだめだよ」
と、アザレアの前にスープの器を置いて蓋を開けてくれた。そしてニヤリと笑うとカルを見た。
「あんた、もっと頑張んなよ!」
そう言って去っていった。どういう意味だろう? と、女性店員の去ってゆく姿から目を離してカルを見るとカルは変な咳払いをした。
話の途中ではあったが、焼きたてのラザニアの程よく焦げ目のついた溶けたチーズに誘われ、先に食べることを優先した。スプーンですくうとチーズがあり得ないぐらい伸びた。そして濃厚なミートソースの香りが後からフワっとかおる。ふぅふぅしてから口に入れる。美味しい。思わず『まいうー!』と、言いそうになるのをこらえた。
「美味しい!」
と、カルを見た。カルはぼんやりアザレアを見ていたが、我に返ったように笑顔になった。
「それは良かった。アズをここに連れてきて本当に良かったよ。そんなに可愛らしい顔が見られるなんてね。思わず見惚れてしまってた」
そして、自分の前に出されたラザニアを食べ始めた。それから二人ともしばらく食べるのに夢中になった。
食べながらアザレアは考えていた。最近、ふとした瞬間に前世で使っていた言葉が出てきたりと、前世の自分の発露、と言うか今の『私』と、前世の『私』が融合しつつあるように感じた。
そもそも、以前ならこういった大衆食堂などに案内されようものなら、眉根にシワを寄せていたかもしれない。王太子殿下が食堂が好きというならば、好きになる努力をしようとしたかもしれないが。
アザレアはそれを良い変化ととらえているし、どちらにしろ『私』に代わりはないので、問題はなく、むしろ以前より自由に物事を考えられるようになり、世界が広がった気がした。
そんなことを考えながらラザニアを食べ、一息ついたところで、先程の会話を再開した。
「トルマリンは劈開が弱いでしょう? 魔力を封じる時に割れてしまうことがあるから……」
とここまで言ったところで、カルはようやくアザレアの言わんとしていることに、気が付いたようだった。
「なるほど、トルマリンのインクルージョンクォーツはクォーツ、つまり水晶の中にトルマリンが入り込んでいるから、魔力を注入しても割れにくいということだね」
私は強くうなずいて続ける。
「水晶も硬度は高いので、水晶に魔力を注入しても良いのですけど、組成成分のせいなのか結晶の仕方のせいなのか、トルマリンと水晶では入る魔力量がだいぶ違ってくるでしょ? だからできればトルマリンを利用したいじゃない?」
カルは首をひねった。
「それでも、水晶に入ってしまっている鉱物に魔力を入れようとしても、手前にある水晶に魔力が入ってしまって、魔石としては価値がないとされているよね?」
もちろんわかっている。
「他の鉱物は、完全に入り込んでしまっているものが多いのだけど、トルマリンのような鉱物は一部分だけが入り込んでいて、先端が水晶から少し飛び出てることが多いから……」
「あぁ、なるほど。その水晶から出ているところから魔力を注入するということか。さらに水晶にコーティングされているから、耐久性も高いだろう。凄いな、今まで趣味のコレクション用としてしか使えなかった、インクルのトルマリンの価値がぐっと上がるかもしれない」
誰でも思いつきそうなことだと思った。しかしみんな綺麗にカットされたものにしか目がいかないし、それに付加価値をつけて値段を吊り上げたい業者の思惑もあって、誰もやらなかっただけなのだ。
「お金のある者達だけが楽な生活をできるようにするのではなくて、誰でも安く便利な魔道具を手に入れられるようにしたいんで、色々な可能性を考えてるところなの」
と答えた。するとカルは驚いた顔をしていった。
「他にも何か考えているのか?」
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そう言って微笑んだ。
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