私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

文字の大きさ
3 / 46

3

しおりを挟む
「お嬢様、そのように簡素なお召し物で本当によろしいのですか? 他の令嬢たちに後れを取ってしまうのではないでしょうか?」

 朝から不審な行動を取っている主人を心配したロザリーが、鏡越しに何度もそう確認してきた。

「大丈夫、これでいいのよ。心配しないで、ありがとうロザリー」

 そう答え、姿見の前で全身をチェックする。確かに、少し簡素すぎるかもしれない。

 そう思ったアレクサンドラは、テーブルの上に活けてあったピンク色のダリアの花を数本抜き取り、髪に刺した。

「これでいいでしょ?」

「お嬢様?! 素敵です!!」

 ロザリーは瞳をキラキラさせてアレクサンドラを見つめた。アレクサンドラはそんなロザリーを見つめ返し、苦笑した。

「ロザリーは本当にオーバーね」

 アレクサンドラとしては、今日は目立ちたい気持ちは一切ない。

 シルヴァンとの婚約が決まらなくともデュカス家は公爵家。本気で婚姻相手を探せば、すぐに見つけることができるからだ。

 準備を整えると、エスコート役のエクトルがアレクサンドラを呼ぶ声がした。返事を返そうと振り返ると、すでに部屋のドアのところに立っていた。

「お姉様、準備は……」

 そこまで言うと、言葉を切り、うっとりとした表情でアレクサンドラを見つめた。

「エクトル、褒められるところがなくてもとりあえず一言、『素敵です』ぐらい言いなさいよ」

 思わずそう声をかけると、エクトルは慌てる。

「違います、逆です! お姉様がとても美しくて……。見とれていました」

 そう答えると、まじまじとアレクサンドラを上から下まで見つめた。

「いつも思っていました、そんなに着飾らなくてもお姉様は十分美しいって。今日のそのシンプルなドレス、それに顔の横にあるダリアはお姉様のすべてを引き立てていると思います」

「あら、ありがとう」

 アレクサンドラは微笑んでそう答え、手を差し出すとエクトルはその手を取り、手の甲にキスした。横でそれを見ていたロザリーは両頬に手をあて恥ずかしそうに声を上げていた。

 確かに、エクトルは十六歳にして身長は百八十センチ、サラサラの金髪に碧眼、整った顔立ちをしている。

 そんな美男子が優雅な所作で行動すれば、甲高い声を出してもおかしくはないだろう。

 それに、エクトルは長い間、跡継ぎの生まれないデュカス公爵家に養子として迎えられた、血のつながらない弟である。

 そんな二人の関係性に年頃のロザリーがいらぬ妄想をかきたてるのは、致し方のないことかもしれなかった。

「エクトル、あなた本当にモテるわね」

 するとエクトルはふてくされたように答える。

「僕はお姉様以外にきゃーきゃー言われたって嬉しくありませんよ」

「またそんなこと言って」

 エクトルを迎え入れた日から、彼はこんなふうにアレクサンドラに執着しているような態度を見せることがあった。

 以前はそんなエクトルを弟として心配してもいたが、今は前世の記憶でエクトルがアリスに一目ぼれすることを知っているので、そんな心配は杞憂だと分かっていた。

 小説の中でアリスはシルヴァンと結ばれ、エクトルは失恋するが、エクトルはそんなことでへこたれなかったはずだ。

 小説の内容を思い出しながら、アレクサンドラは、こんなに幼い弟ももう大人なのだとしみじみエクトルの頭をなでた。

 エクトルはその手をつかみ、その手のひらに頬ずりしてキスする。こんなふうに姉を想ってくれるのも、あと少しのことだろう。

「お姉様? どうかしたのですか? なんだかいつもと様子が違うように感じます」

 エクトルがアレクサンドラをまっすぐ見据えそう言うのを聞き、安心させるように微笑んで返した。

「なにも変わらないわ。それより、今日はよろしくね、エクトル」

「はい。僕、お姉様を完璧にエスコートしてみせます。たとえ、お姉様が今日から他の人のものになってしまっても……」

「そう思えるのは今だけだろうけど、ありがとう。今日はよろしくね」

 アレクサンドラはそう答えてエクトルの腕に手を絡ませた。

 舞踏会の会場へ着くと、前回と同じく他の貴族たちと挨拶を交わす。一つ違うことと言えば、アレクサンドラの格好に対する反応だった。

 馬鹿にしたように笑う貴族もいたが、数人の貴族たちはアレクサンドラを褒めてくれた。生花を髪飾りとして扱うということは、この世界ではまだ行われていなかったからだ。

 誉め言葉にお礼を返していると、背後から嫌な声がした。

「ごきげんよう、アレクサンドラ。今日も目立ちたくて仕方がないみたいですわね」

 その声に振り返り、アレクサンドラは笑顔を顔に張り付ける。

「ごきげんよう、イライザ。別に目立つつもりはありませんけれど、にじみ出る品が他のかたとは違ってしまっているのかもしれませんわね」

 イライザ・ド・デュバル公爵令嬢はシルヴァンの婚約者候補を争った、いわばライバル的存在である。

「あら、本人はそういう見解なんですのね。まあ、いいですわ。それにしても、いくら婚姻適齢期が過ぎているからって、焦りすぎじゃありませんこと?」

「べつに、焦ってなんていませんわ。特に急ぐ必要もありませんでしょう?」

「ふ~ん。あなたはそう思ってらっしゃるのね」

 面倒臭い。そう思ったアレクサンドラは、今後これ以上絡まれないように言った。

「一つ言っておきますわ。わたくし王太子殿下と婚約することはありません。ですから、これ以上わたくしに拘わるのは時間の無駄ですわよ?」

 すると、イライザは心底驚いた顔をした。

「なんですって?! それは本当ですの?」

「もちろんですわ。では、ごきげんよう」

 まだなにか話そうとしているイライザを置いて、アレクサンドラはその場を後にした。

 そこでエクトルがアレクサンドラの耳元で呟く。

「デュバル公爵令嬢って、本当にしつこいよね。僕、あの人嫌いだな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

いや、無理。 (本編完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 一旦完結にしましたが、他者視点を随時更新の間連載中に戻します。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

処理中です...