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「お嬢様、そのように簡素なお召し物で本当によろしいのですか? 他の令嬢たちに後れを取ってしまうのではないでしょうか?」
朝から不審な行動を取っている主人を心配したロザリーが、鏡越しに何度もそう確認してきた。
「大丈夫、これでいいのよ。心配しないで、ありがとうロザリー」
そう答え、姿見の前で全身をチェックする。確かに、少し簡素すぎるかもしれない。
そう思ったアレクサンドラは、テーブルの上に活けてあったピンク色のダリアの花を数本抜き取り、髪に刺した。
「これでいいでしょ?」
「お嬢様?! 素敵です!!」
ロザリーは瞳をキラキラさせてアレクサンドラを見つめた。アレクサンドラはそんなロザリーを見つめ返し、苦笑した。
「ロザリーは本当にオーバーね」
アレクサンドラとしては、今日は目立ちたい気持ちは一切ない。
シルヴァンとの婚約が決まらなくともデュカス家は公爵家。本気で婚姻相手を探せば、すぐに見つけることができるからだ。
準備を整えると、エスコート役のエクトルがアレクサンドラを呼ぶ声がした。返事を返そうと振り返ると、すでに部屋のドアのところに立っていた。
「お姉様、準備は……」
そこまで言うと、言葉を切り、うっとりとした表情でアレクサンドラを見つめた。
「エクトル、褒められるところがなくてもとりあえず一言、『素敵です』ぐらい言いなさいよ」
思わずそう声をかけると、エクトルは慌てる。
「違います、逆です! お姉様がとても美しくて……。見とれていました」
そう答えると、まじまじとアレクサンドラを上から下まで見つめた。
「いつも思っていました、そんなに着飾らなくてもお姉様は十分美しいって。今日のそのシンプルなドレス、それに顔の横にあるダリアはお姉様のすべてを引き立てていると思います」
「あら、ありがとう」
アレクサンドラは微笑んでそう答え、手を差し出すとエクトルはその手を取り、手の甲にキスした。横でそれを見ていたロザリーは両頬に手をあて恥ずかしそうに声を上げていた。
確かに、エクトルは十六歳にして身長は百八十センチ、サラサラの金髪に碧眼、整った顔立ちをしている。
そんな美男子が優雅な所作で行動すれば、甲高い声を出してもおかしくはないだろう。
それに、エクトルは長い間、跡継ぎの生まれないデュカス公爵家に養子として迎えられた、血のつながらない弟である。
そんな二人の関係性に年頃のロザリーがいらぬ妄想をかきたてるのは、致し方のないことかもしれなかった。
「エクトル、あなた本当にモテるわね」
するとエクトルはふてくされたように答える。
「僕はお姉様以外にきゃーきゃー言われたって嬉しくありませんよ」
「またそんなこと言って」
エクトルを迎え入れた日から、彼はこんなふうにアレクサンドラに執着しているような態度を見せることがあった。
以前はそんなエクトルを弟として心配してもいたが、今は前世の記憶でエクトルがアリスに一目ぼれすることを知っているので、そんな心配は杞憂だと分かっていた。
小説の中でアリスはシルヴァンと結ばれ、エクトルは失恋するが、エクトルはそんなことでへこたれなかったはずだ。
小説の内容を思い出しながら、アレクサンドラは、こんなに幼い弟ももう大人なのだとしみじみエクトルの頭をなでた。
エクトルはその手をつかみ、その手のひらに頬ずりしてキスする。こんなふうに姉を想ってくれるのも、あと少しのことだろう。
「お姉様? どうかしたのですか? なんだかいつもと様子が違うように感じます」
エクトルがアレクサンドラをまっすぐ見据えそう言うのを聞き、安心させるように微笑んで返した。
「なにも変わらないわ。それより、今日はよろしくね、エクトル」
「はい。僕、お姉様を完璧にエスコートしてみせます。たとえ、お姉様が今日から他の人のものになってしまっても……」
「そう思えるのは今だけだろうけど、ありがとう。今日はよろしくね」
アレクサンドラはそう答えてエクトルの腕に手を絡ませた。
舞踏会の会場へ着くと、前回と同じく他の貴族たちと挨拶を交わす。一つ違うことと言えば、アレクサンドラの格好に対する反応だった。
馬鹿にしたように笑う貴族もいたが、数人の貴族たちはアレクサンドラを褒めてくれた。生花を髪飾りとして扱うということは、この世界ではまだ行われていなかったからだ。
誉め言葉にお礼を返していると、背後から嫌な声がした。
「ごきげんよう、アレクサンドラ。今日も目立ちたくて仕方がないみたいですわね」
その声に振り返り、アレクサンドラは笑顔を顔に張り付ける。
「ごきげんよう、イライザ。別に目立つつもりはありませんけれど、にじみ出る品が他のかたとは違ってしまっているのかもしれませんわね」
イライザ・ド・デュバル公爵令嬢はシルヴァンの婚約者候補を争った、いわばライバル的存在である。
「あら、本人はそういう見解なんですのね。まあ、いいですわ。それにしても、いくら婚姻適齢期が過ぎているからって、焦りすぎじゃありませんこと?」
「べつに、焦ってなんていませんわ。特に急ぐ必要もありませんでしょう?」
「ふ~ん。あなたはそう思ってらっしゃるのね」
面倒臭い。そう思ったアレクサンドラは、今後これ以上絡まれないように言った。
「一つ言っておきますわ。私王太子殿下と婚約することはありません。ですから、これ以上私に拘わるのは時間の無駄ですわよ?」
すると、イライザは心底驚いた顔をした。
「なんですって?! それは本当ですの?」
「もちろんですわ。では、ごきげんよう」
まだなにか話そうとしているイライザを置いて、アレクサンドラはその場を後にした。
そこでエクトルがアレクサンドラの耳元で呟く。
「デュバル公爵令嬢って、本当にしつこいよね。僕、あの人嫌いだな」
朝から不審な行動を取っている主人を心配したロザリーが、鏡越しに何度もそう確認してきた。
「大丈夫、これでいいのよ。心配しないで、ありがとうロザリー」
そう答え、姿見の前で全身をチェックする。確かに、少し簡素すぎるかもしれない。
そう思ったアレクサンドラは、テーブルの上に活けてあったピンク色のダリアの花を数本抜き取り、髪に刺した。
「これでいいでしょ?」
「お嬢様?! 素敵です!!」
ロザリーは瞳をキラキラさせてアレクサンドラを見つめた。アレクサンドラはそんなロザリーを見つめ返し、苦笑した。
「ロザリーは本当にオーバーね」
アレクサンドラとしては、今日は目立ちたい気持ちは一切ない。
シルヴァンとの婚約が決まらなくともデュカス家は公爵家。本気で婚姻相手を探せば、すぐに見つけることができるからだ。
準備を整えると、エスコート役のエクトルがアレクサンドラを呼ぶ声がした。返事を返そうと振り返ると、すでに部屋のドアのところに立っていた。
「お姉様、準備は……」
そこまで言うと、言葉を切り、うっとりとした表情でアレクサンドラを見つめた。
「エクトル、褒められるところがなくてもとりあえず一言、『素敵です』ぐらい言いなさいよ」
思わずそう声をかけると、エクトルは慌てる。
「違います、逆です! お姉様がとても美しくて……。見とれていました」
そう答えると、まじまじとアレクサンドラを上から下まで見つめた。
「いつも思っていました、そんなに着飾らなくてもお姉様は十分美しいって。今日のそのシンプルなドレス、それに顔の横にあるダリアはお姉様のすべてを引き立てていると思います」
「あら、ありがとう」
アレクサンドラは微笑んでそう答え、手を差し出すとエクトルはその手を取り、手の甲にキスした。横でそれを見ていたロザリーは両頬に手をあて恥ずかしそうに声を上げていた。
確かに、エクトルは十六歳にして身長は百八十センチ、サラサラの金髪に碧眼、整った顔立ちをしている。
そんな美男子が優雅な所作で行動すれば、甲高い声を出してもおかしくはないだろう。
それに、エクトルは長い間、跡継ぎの生まれないデュカス公爵家に養子として迎えられた、血のつながらない弟である。
そんな二人の関係性に年頃のロザリーがいらぬ妄想をかきたてるのは、致し方のないことかもしれなかった。
「エクトル、あなた本当にモテるわね」
するとエクトルはふてくされたように答える。
「僕はお姉様以外にきゃーきゃー言われたって嬉しくありませんよ」
「またそんなこと言って」
エクトルを迎え入れた日から、彼はこんなふうにアレクサンドラに執着しているような態度を見せることがあった。
以前はそんなエクトルを弟として心配してもいたが、今は前世の記憶でエクトルがアリスに一目ぼれすることを知っているので、そんな心配は杞憂だと分かっていた。
小説の中でアリスはシルヴァンと結ばれ、エクトルは失恋するが、エクトルはそんなことでへこたれなかったはずだ。
小説の内容を思い出しながら、アレクサンドラは、こんなに幼い弟ももう大人なのだとしみじみエクトルの頭をなでた。
エクトルはその手をつかみ、その手のひらに頬ずりしてキスする。こんなふうに姉を想ってくれるのも、あと少しのことだろう。
「お姉様? どうかしたのですか? なんだかいつもと様子が違うように感じます」
エクトルがアレクサンドラをまっすぐ見据えそう言うのを聞き、安心させるように微笑んで返した。
「なにも変わらないわ。それより、今日はよろしくね、エクトル」
「はい。僕、お姉様を完璧にエスコートしてみせます。たとえ、お姉様が今日から他の人のものになってしまっても……」
「そう思えるのは今だけだろうけど、ありがとう。今日はよろしくね」
アレクサンドラはそう答えてエクトルの腕に手を絡ませた。
舞踏会の会場へ着くと、前回と同じく他の貴族たちと挨拶を交わす。一つ違うことと言えば、アレクサンドラの格好に対する反応だった。
馬鹿にしたように笑う貴族もいたが、数人の貴族たちはアレクサンドラを褒めてくれた。生花を髪飾りとして扱うということは、この世界ではまだ行われていなかったからだ。
誉め言葉にお礼を返していると、背後から嫌な声がした。
「ごきげんよう、アレクサンドラ。今日も目立ちたくて仕方がないみたいですわね」
その声に振り返り、アレクサンドラは笑顔を顔に張り付ける。
「ごきげんよう、イライザ。別に目立つつもりはありませんけれど、にじみ出る品が他のかたとは違ってしまっているのかもしれませんわね」
イライザ・ド・デュバル公爵令嬢はシルヴァンの婚約者候補を争った、いわばライバル的存在である。
「あら、本人はそういう見解なんですのね。まあ、いいですわ。それにしても、いくら婚姻適齢期が過ぎているからって、焦りすぎじゃありませんこと?」
「べつに、焦ってなんていませんわ。特に急ぐ必要もありませんでしょう?」
「ふ~ん。あなたはそう思ってらっしゃるのね」
面倒臭い。そう思ったアレクサンドラは、今後これ以上絡まれないように言った。
「一つ言っておきますわ。私王太子殿下と婚約することはありません。ですから、これ以上私に拘わるのは時間の無駄ですわよ?」
すると、イライザは心底驚いた顔をした。
「なんですって?! それは本当ですの?」
「もちろんですわ。では、ごきげんよう」
まだなにか話そうとしているイライザを置いて、アレクサンドラはその場を後にした。
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