私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

文字の大きさ
2 / 46

2

しおりを挟む
「ロザリー?!」

「お嬢様、おはようございます。今日は早く支度をしなければならないから、早めに起こして欲しいとのことでしたが、まだ少しお休みになられます?」

 そう言われ、アレクサンドラは驚いて部屋の中を見渡して言った。

「誰がわたくしを救い出してくれたの?」

「はい? 救い出す……とは?」

 本気で驚いている様子のロザリーを見て、アレクサンドラは今までのことは夢だったのかもしれないと一瞬考えたが、それにしては今まで経験したことは現実のように鮮明すぎた。

 夢なんかじゃない。

 そう思いながら部屋を見渡すと、シルヴァンから婚約を申し込まれたあの舞踏会で身につけたドレスや装飾品などが並べられているのが目に入った。

「ロザリー、変なことを聞くけれど今日は何日?」

「お嬢様、本当にどうしてしまわれたのですか? あれだけ今日の舞踏会を楽しみにしていたではありませんか」

 そう答えると、まじまじとアレクサンドラの顔を見つめる。

「そういえば、なんだかとてもやつれていらっしゃるし体調が悪そうに見えます。今日は大切な日ですから、なにかあってはいけません。今すぐに薬湯をお持ちしますね!」

 笑顔でそう言うと、慌てて部屋を出ていった。

 その後ろ姿を見つめながら、どうやってあの舞踏会当日に戻ってくることができたのだろうと不思議に思ったが、今はそんなことを考えている場合ではないと気づく。

 あの舞踏会の日にもどれたのなら、運命をやり直すことができるはずだからだ。

 シルヴァンに邪魔に思われた理由は、アレクサンドラが邪魔だったからである。

 本来小説の中では、この舞踏会でシルヴァンとアリスが出会い互いに恋に落ちる展開になっていた。

 そう、すべてはシルヴァンがアリスと出会う前に、アレクサンドラと婚約してしまったことが問題だったのだ。

 シルヴァンに対しての気持ちはとうに冷めている。なので今日、殿下に婚約を申し込まれる前に婚約者候補から外してもらうようにお願いすることにした。

 代わりの令嬢はいくらでもいる。婚約者候補から自分を外すように言ったところで、シルヴァンは何とも思わないに違いない。

 ただ、また最初から婚約者を探すことを面倒に思うかもしれない。それも小説のヒロインであるアリスと出会うまでの話だろうが。

 そこで思う。今後はシルヴァンに気に入られるように立ち振る舞う必要がないのだと。

 そう考えると一気に肩の力が抜けるのが分かった。

 いままで、王太子殿下の婚約者となるため努力を重ね肩肘を張って生きてきた。

 シルヴァンの婚約者の座を射止めるために他の令嬢たちと張り合い、互いを貶めるような行動も取ってきた。

 だが、それも昨日までの話。

 もともとそういったことに興味がなく、シルヴァンの婚約者になるためだけに無理をしてきたアレクサンドラにとって、誰とも張り合わず自然体でいられることはもっとも嬉しいことだった。

 ベッドから降り、薬湯を持ってきたロザリーからそれを受け取り少し口にすると、一息ついて満面の笑みで言った。

「今日着ていくドレスだけど、変更することにするわ。去年グラニエ伯爵夫人に招待された夜会で来たドレス、まだ払い下げてないわよね?」

「はい、ですがあのドレスは……。まさか、あのドレスを今日お召しになるわけではありませんよね?」

「そのまさかよ、ロザリー。今日の舞踏会はあのドレスが最適よ」

 それを聞いたロザリーは不安そうな顔でアレクサンドラを見つめた。

 それもそのはずで、シルヴァン以外と結婚するつもりがなかったアレクサンドラは、グラニエ伯爵夫人に夜会に誘われた際、断ることもできず、とても地味で目立たないドレスで参加していた。

 よりによってそのドレスを、大切な舞踏会に着ていくと言い出したのだからロザリーが困惑して当然だった。

「お嬢様、ですが今日お召しになる予定のドレスはずいぶん前から用意されていたものですし、装飾品もあのドレスに合わせて作られたものですよね? まさか、装飾品もすべてそのドレスに合わせたものに変更なさるおつもりですか?」

「ロザリーってば、なにを言っているの? 当然よ。それと、やっぱりわたくしは自分が一番気に入っているこの腕輪を着けて行きたいわ」

 そう言って、ラブラドライトの腕輪を優しく撫でて見せた。

 ラブラドライトは他の宝石に比べ柔らかく傷つきやすいため、貴族の間でもあまり人気のある鉱物ではなく安価で取引されていた。

 なので、貴族がラブラドライトをメインとした装飾品を身に付けることはほぼない。

 だが、このラブラドライトの腕輪は昔、ルカという少年からプレゼントされたもので、アレクサンドラはとても大切にしていた。

 それに普通シラーはブルーに輝くものが多いのだが、この腕輪のラブラドライトはとても美しいピンクからパープルに輝く。それもこの腕輪を気に入っている理由の一つだった。

 しかも、この時間に戻るときに腕輪が光ったように見えた。

 もしかしたら、この腕輪に守られているのかもしれない。

 アレクサンドラはそんな気持ちになっていた。

 ロザリーはしぶしぶ昔のドレスを持ってくると、アレクサンドラに差し出す。

「本当にこちらのドレスでよろしいのですか?」

 そのドレスは薄いピンク色で派手な装飾が少なく、唯一右肩に大きなダリアの花モチーフが付いているタフスリーブの半袖ドレスだった。

 シルヴァンの婚約者の座を射止めるために、他の令嬢をけん制するためだけに派手なドレスを着ていたアレクサンドラにしてみたら、このドレスの方がいいものに見えた。

「素敵なドレスじゃない。これで十分よ。ただ、あからさまに着回ししているのが分かるのはまずいわね」

 そう言って、すぐそばにあったレースの楕円形のテーブルクロスを引っ張ると、それをドレスに当てて言った。

「ほら、こうして花モチーフのところから後ろにたらせばいいわ。今すぐにお直しすれば間に合うわよ」

 不満そうにしているロザリーに微笑みながら、以前このドレスに合わせて作らせた装飾品も出すよう指示した。

 すると、ロザリーは残念そうな顔をしながらクローゼットに向かっていった。

 こうして、ピンクトルマリンの可愛らしいイヤリングと揃いのネックレスにラブラドライトの腕輪を着けて舞踏会へ向かうことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。 「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」 そう、圭吾は約束した。 けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。 問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。 「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」 その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

処理中です...