私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

文字の大きさ
7 / 46

7

しおりを挟む
「レックスは変わんないな。まぁ、社交界シーズンだっていうのにこんな田舎にやってくるなんて、なんて物好きな貴族なんだとは思っていたけど、それがレックスなら納得だ」

「でしょう!」

 そう答えると、二人で顔を見合わせて声を出して笑った。

「それにしても、先に言ってくれればいいじゃないか」

「いつ気がつくかと思って。エントランスを覗いてダヴィを見たときは驚いたわ。それにしてもあんなに高い声だったのに、すっかり声変わりして声だけじゃ誰だかわからなかったわ」

「お互いに大人になったな」

 ダヴィドはそう言うと、アレクサンドラを見つめ頷いた。

 二人は昔、まるで兄妹のように過ごしていた。アレクサンドラはダヴィドのことを兄のように慕っていたし、ダヴィドも妹のようにアレクサンドラを可愛がってくれた。

 そんな日々を二人は懐かしく思う。

「そういえば、弟のディは元気かしら」

 そう尋ねると、ダヴィドは少し悲しげに微笑んだ。

「あいつは、数年前に飢饉が続いたときに病気で……」

「そうなの。なにも知らなかったとはいえ、ごめんなさい」

「お前が謝ることじゃない。俺たちは立場が違うんだ。まぁ、そんなこともあってさ、こうして飢饉を防ぐ対策を考えるようになったってわけだ」

「そうなの」

「ところで、せっかくここまで休養を取るつもりで来たんだろう? 変なことに巻き込んで悪いな。あとはこちらでなんとかするさ」

「いいのよ、もうそろそろ退屈だと思っていたところだもの。それにダムを建設するとなったらもっと資金が必要でしょう? わたくし、なんとかしてお父様からお金を引き出してみせるわ」

「大丈夫なのか?」

「考えがあるの。ただ闇雲やみくもにお金をよこせと言ってもお父様は聞いてくれないと思うわ」

「で?」

「そこであなたの出番よ。地形を調べて完璧なダムの設計をしてちょうだい。それをお父様に見せながらメリットを説明して納得させるわ」

「設計か、そんなことできるかどうか……」

「あなたなら大丈夫よ。昔、この屋敷の建設の本を読みあさってたじゃない」

 するとダヴィドは歯を見せてにっと笑った。

「あのころ思ったもんさ。村の子どもたちに屋敷の図書室を解放してくれるなんて、デュカス家はなんて寛大なんだって。まさかレックスのおかげだったとはな」

 そう言って、あらためてアレクサンドラを見つめた。

「あれぐらい大したことじゃないわ。それに身分を隠してたのは、貴族で、しかも公爵家の令嬢だなんて言ったら遊んでくれないと思ったからよ」

 ダヴィドは少し考えてから答える。

「まぁな。確かにそうかもな。それにしても、当時お前がこの屋敷に帰って行くのを見て、俺はてっきり使用人の子どもなのかと思ってたぜ」

「そう思われていた方が都合がよかったの。そんなことより、早速明日からこの作戦に取り組みましょう! なんだか、わくわくしてきたわ」

 そんなアレクサンドラを見て、ダヴィドは苦笑した。

「レックスはやっぱりレックスだな」

「もちろんよ」

 アレクサンドラはそう答えて自慢げに頷いた。

 二人はすぐに作業に取り掛かることにし、まず地図を作り、地盤の調査をすることにした。

 ダムに適している場所を探すためだ。

 とはいえ、科学的に地質調査をすることができるわけではない。

 アレクサンドラは土地の年寄りたちに過去の土砂災害が起きていないかを確認したり、この土地の歴史についての本を片っ端から調べたりして、そういったことがなかったかを確かめた。

 そうしてある程度の目星がついたところで、現地調査に入った。

 道もない山に分け入り、ダヴィドたちと泥だらけになりながら毎日のように山を歩き回った。

 何箇所か候補を決め、何度かその土地を視察しているあいだに、気がつけば一ヶ月も経っていた。

 山から降りると、毎日のようにみんなで夕食を囲みディスカッションする。

「今日もご苦労さま。着替えたら夕食を取りながら、今まで調べたことを見直してもう少し候補地を絞りましょう」

 顔についた泥を拭いもせず、今度はセバスチャンに声をかける。

「セバスチャン、これ山で採れた山菜よ。まだたくさんあるから明日にでもみんなで食べましょう」

 セバスチャンは山菜籠を受け取ると、焦った様子で居間へ入っていくアレクサンドラを引き止めた。

「お嬢様、お待ちください。大切なお話が……」

 アレクサンドラはとにかくすぐにでも着替えたかったので、そのまま真っすぐに自室へ向かいながら言った。

「なにかしら。今はとにかく早く着替えたいの、それにとてもお腹が空いてて……。とにかく話はあとでもいいかしら」

 そう言って廊下に出た瞬間、誰かが立っておりもう少しでぶつかるところだった。アレクサンドラは急いで立ち止まると二歩さがった。

「申し訳ありません。人がいるとは思わなくて」

 そう言ってその人物の顔を見上げ、数秒動きを止めた。

 背後からはダヴィドたちが続き、立ち止まるアレクサンドラにぶつかる。

「おっと、どうしたんだ、レックス。こんなところで立ち止まって」

 そう言って、唖然としているアレクサンドラの前にいる品のよい人物にちらりと視線を送り、質問する。

「レックス、この人は?」

「で」

「で?」

「殿下……」

「殿下って……まさか、王太子殿下?!」

 ダヴィドは驚いてその人物を見つめたあと、慌てて膝を折り頭を下げた。それを見てアレクサンドラも他の者たちも同じようにして頭を下げる。

 すると、シルヴァンはにっこり微笑んで言った。

「そんなに緊張しなくていい。僕はアレクサンドラと話がしたいだけだ。他の者は少しはずしてくれ」

「は、はい。わかりました」

 ダヴィドはそう答えると、頭を上げてみんなとともに回れ右をしてエントランスへ戻って行った。

 殿下と二人きりにしないで~!

 そう心のなかで叫びながら、なにを言われるのかと憂鬱な気分になりながらアレクサンドラは頭を下げ続けた。

「アレクサンドラ、顔をあげて」

「はい」

 そう答え頭を上げると、恐る恐るシルヴァンを見つめた。すると、予想に反してシルヴァンは微笑んでいた。

 アレクサンドラに対して、こんなふうに微笑んで見せたのはこれが初めてだった。

 どういうつもりなの?

 そう思い、警戒しながらシルヴァンを見つめていると、シルヴァンは優しく言った。

「そんなに警戒しないでほしい。僕との婚約を断った君を責めるつもりで来たわけじゃないんだ」

 それを聞いてアレクサンドラは驚いて反論した。

「殿下、恐れながら申し上げます。発言よろしいでしょうか」

「どうした?」

「はい。わたくしが恐れ多くも殿下との婚約をお断りしたという事実はありません」

「いや、あの舞踏会で君は突然、僕とは婚約しないと宣言し、逃げたじゃないか」

 アレクサンドラはまた頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。 「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」 そう、圭吾は約束した。 けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。 問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。 「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」 その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

処理中です...