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ダヴィドは丸帽子を目深にかぶり、顔を隠していた。それを不思議に思いながら声をかける。
「思っていたより早く着いたみたい。おはよう、ダヴィ。荷物はそれだけかしら?」
だが、ダヴィドは返事もせず馬車に乗り込む。
この状態では本人かどうかの確認もできず、アレクサンドラは危機感を覚えた。
「あなた、ダヴィドよね?」
「いいや、違う」
そう答えると、その男は帽子を取り微笑んだ。その顔を見てアレクサンドラは息を飲む。
「殿下?! 殿下と気づかず気安く話しかけてしまって申し訳ありません。ですが、なぜこの馬車に?」
「いい質問だ。とりあえず座ろう」
シルヴァンはそう言うと、御者に馬車を出すよう声をかけ椅子に腰掛けた。
アレクサンドラはなぜこんなことになってしまったのか不満に思いながら、とりあえずシルヴァンの斜向いに腰掛けた。
すると、シルヴァンはさっそく話を切り出す。
「ダヴィドにはわるいが、彼には囮になってもらった」
「囮だなんて、それは穏やかではありませんわね。一体なにがありましたの?」
そこまで言ったところでハッとする。
「ダヴィはそのことを、もちろん知っていますのよね?」
「もちろん話してある。まぁ、囮と言ってもそこまで危険なことはないんだ」
「どういうことですの?」
戸惑いながらそう返すと、シルヴァンは安心させるように微笑んだ。
「僕の乗るはずの馬車が賊に襲撃されると密告があった。場所などの細かいことも知っている。だから捕物みたいなもので危険はないんだ」
「本当ですの? ならいいのですけれど。それにしても、今日出かけることはほとんど誰も知らないはずです。一体その賊はどこから情報を?」
そこまで話してアレクサンドラはある考えが浮かんで血の気が引いた。
「まさか殿下は、私がその情報を漏らしたと?!」
すると、シルヴァンは慌ててそれを否定した。
「なぜそんなふうに思うんだ? 僕は君をとても信頼しているのに。いや、すまない。君を責めるのはお門違いだな」
そう答えて、残念そうな顔をするとアレクサンドラの手を取った。
「君がそんな人でないことを僕は知っている。だから君のことを疑うわけがないんだ」
そう言ってシルヴァンはアレクサンドラの瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめた。
アレクサンドラはその真剣な眼差しに驚いて、慌てて目を逸らすと思わず手を振り払ってしまった。
そして咄嗟に失礼な態度をしてしまったと思い、すぐにシルヴァンに向き直る。
「も、申し訳ありません」
「いや、いい。今、モイズへ来て初めて君は僕を意識してくれたんだから。嬉しいよ」
その台詞に、アレクサンドラは恥ずかしくなった。
「ち、違いますわ。少し驚いてしまっただけで殿下に対してそのような感情を抱くなんて、そんなことありえませんわ!」
するとシルヴァンは悲しそうに微笑んだ。
「そこまではっきり言われると、僕もさすがに傷つく」
「も、申し訳ございません!」
「うん。それも仕方がないことだろう。とにかく、それはさておき今は話の続きをしよう」
「そうですわね。ダヴィの囮の話でしたわね。それで、どういうことですの?」
「その密告の情報の裏は取れたから問題はないと思うが、万が一のことを考えて僕は信頼できる者の馬車に乗ることにした」
「では、もしも相手が裏の裏をかいたときのために、そういうことですの?」
「君は理解が早くて助かる、そういうことだ」
「そんな、ダヴィは本当に大丈夫ですの?」
「余程、不測の事態にでもならない限り、危険はない」
「わかりましたわ。殿下がそう仰るならそうなんでしょう」
アレクサンドラとしては、自分が疑われずダヴィドの身が安全ならそれでよかった。
だが、どこからこの旅行の情報が外部へ漏れたのか不思議だった。
そうして難しい顔でアレクサンドラが考え込んでいると、シルヴァンは安心させるように言った。
「今は言えないが、犯人の目星はついてるんだ。すぐに解決するさ。君は心配しなくていい」
そんな気休めを言われても安心できなかったが、アレクサンドラはとりあえず頷いて返した。
それに、こうなってもう一つ憂うべき問題がアレクサンドラにはあった。
この先、数時間はシルヴァンと二人きりになってしまうということだ。
とにかくあまり話しかけられないよう窓の外をじっと見つめたが、シルヴァンはそんなことはお構いなしに話しかけてきた。
「ところで、アレクサンドラ。君は、ダムを建設したら直ぐに王都へ戻るのか?」
「はい、そうなるかもしれません。お父様とそう約束しておりますから」
アレクサンドラはそう言ってにっこり微笑むと、直ぐに窓の外へ視線を戻した。
「そうか、ではそのとき僕も一緒に王都へ戻ろう」
「なぜですの?!」
思わず振り向くとそう答えてしまったが、なんとか笑顔を作ると続けて言った。
「いえ、私と一緒では王都へ戻ったときになにかと誤解されるかもしれません。得策ではありませんわ」
「それのなにが問題なんだ?」
はぁ?!
アレクサンドラは心の中でそう呟くと、シルヴァンを見つめなにを考えているかと、少し苛立ちを覚え返事も返さなかった。
シルヴァンはそうやって外堀から埋めていこうとしているのかもしれないが、アリスという存在がありながらまだアレクサンドラを保険として扱う気でいるその態度に腹が立った。
どうせ、邪魔になったら排除するくせに。
そう思いながら流れる景色に視線を戻す。
「窓の外になにか面白いものでも?」
そうシルヴァンに問われ、アレクサンドラは振り向きもせず答える。
「えぇ、少なくとも馬車の中よりは外の方が面白いですわ」
するとそこでシルヴァンがクスクスと笑い出した。驚いたアレクサンドラは振り向き笑い続けるシルヴァンを見つめた。
「なんですの?」
「いや、君が可愛いと思ってね」
アレクサンドラはあまりのことに口を開けしばらくシルヴァンを見つめていたが、我に返るとからかわれているのだと気づき、無言で視線を窓の外へ戻した。
「アレクサンドラ、僕がからかっていると思っているね? 僕は本気だ、本当にそう思っている」
「そうですの、わかりましたわ。ですからこの話はおしまいにしましょう」
振り向きもせずにそう答えると、シルヴァンは意を決したように言った。
「僕は君ともっと話がしたい。それに、僕は君に話さなければならないことがあるんだ」
アレクサンドラはそれを聞いて驚き、シルヴァンの方を向いた。
「話さなければならないこと?」
「そうだ。僕は今まで君を突き放すようなことばかり言っていた。君は僕に嫌われていると思っているんじゃないか?」
「それは……」
確かにそのとおりだが、ここではっきり言ってしまってよいものなのかアレクサンドラは迷った。
「思っていたより早く着いたみたい。おはよう、ダヴィ。荷物はそれだけかしら?」
だが、ダヴィドは返事もせず馬車に乗り込む。
この状態では本人かどうかの確認もできず、アレクサンドラは危機感を覚えた。
「あなた、ダヴィドよね?」
「いいや、違う」
そう答えると、その男は帽子を取り微笑んだ。その顔を見てアレクサンドラは息を飲む。
「殿下?! 殿下と気づかず気安く話しかけてしまって申し訳ありません。ですが、なぜこの馬車に?」
「いい質問だ。とりあえず座ろう」
シルヴァンはそう言うと、御者に馬車を出すよう声をかけ椅子に腰掛けた。
アレクサンドラはなぜこんなことになってしまったのか不満に思いながら、とりあえずシルヴァンの斜向いに腰掛けた。
すると、シルヴァンはさっそく話を切り出す。
「ダヴィドにはわるいが、彼には囮になってもらった」
「囮だなんて、それは穏やかではありませんわね。一体なにがありましたの?」
そこまで言ったところでハッとする。
「ダヴィはそのことを、もちろん知っていますのよね?」
「もちろん話してある。まぁ、囮と言ってもそこまで危険なことはないんだ」
「どういうことですの?」
戸惑いながらそう返すと、シルヴァンは安心させるように微笑んだ。
「僕の乗るはずの馬車が賊に襲撃されると密告があった。場所などの細かいことも知っている。だから捕物みたいなもので危険はないんだ」
「本当ですの? ならいいのですけれど。それにしても、今日出かけることはほとんど誰も知らないはずです。一体その賊はどこから情報を?」
そこまで話してアレクサンドラはある考えが浮かんで血の気が引いた。
「まさか殿下は、私がその情報を漏らしたと?!」
すると、シルヴァンは慌ててそれを否定した。
「なぜそんなふうに思うんだ? 僕は君をとても信頼しているのに。いや、すまない。君を責めるのはお門違いだな」
そう答えて、残念そうな顔をするとアレクサンドラの手を取った。
「君がそんな人でないことを僕は知っている。だから君のことを疑うわけがないんだ」
そう言ってシルヴァンはアレクサンドラの瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめた。
アレクサンドラはその真剣な眼差しに驚いて、慌てて目を逸らすと思わず手を振り払ってしまった。
そして咄嗟に失礼な態度をしてしまったと思い、すぐにシルヴァンに向き直る。
「も、申し訳ありません」
「いや、いい。今、モイズへ来て初めて君は僕を意識してくれたんだから。嬉しいよ」
その台詞に、アレクサンドラは恥ずかしくなった。
「ち、違いますわ。少し驚いてしまっただけで殿下に対してそのような感情を抱くなんて、そんなことありえませんわ!」
するとシルヴァンは悲しそうに微笑んだ。
「そこまではっきり言われると、僕もさすがに傷つく」
「も、申し訳ございません!」
「うん。それも仕方がないことだろう。とにかく、それはさておき今は話の続きをしよう」
「そうですわね。ダヴィの囮の話でしたわね。それで、どういうことですの?」
「その密告の情報の裏は取れたから問題はないと思うが、万が一のことを考えて僕は信頼できる者の馬車に乗ることにした」
「では、もしも相手が裏の裏をかいたときのために、そういうことですの?」
「君は理解が早くて助かる、そういうことだ」
「そんな、ダヴィは本当に大丈夫ですの?」
「余程、不測の事態にでもならない限り、危険はない」
「わかりましたわ。殿下がそう仰るならそうなんでしょう」
アレクサンドラとしては、自分が疑われずダヴィドの身が安全ならそれでよかった。
だが、どこからこの旅行の情報が外部へ漏れたのか不思議だった。
そうして難しい顔でアレクサンドラが考え込んでいると、シルヴァンは安心させるように言った。
「今は言えないが、犯人の目星はついてるんだ。すぐに解決するさ。君は心配しなくていい」
そんな気休めを言われても安心できなかったが、アレクサンドラはとりあえず頷いて返した。
それに、こうなってもう一つ憂うべき問題がアレクサンドラにはあった。
この先、数時間はシルヴァンと二人きりになってしまうということだ。
とにかくあまり話しかけられないよう窓の外をじっと見つめたが、シルヴァンはそんなことはお構いなしに話しかけてきた。
「ところで、アレクサンドラ。君は、ダムを建設したら直ぐに王都へ戻るのか?」
「はい、そうなるかもしれません。お父様とそう約束しておりますから」
アレクサンドラはそう言ってにっこり微笑むと、直ぐに窓の外へ視線を戻した。
「そうか、ではそのとき僕も一緒に王都へ戻ろう」
「なぜですの?!」
思わず振り向くとそう答えてしまったが、なんとか笑顔を作ると続けて言った。
「いえ、私と一緒では王都へ戻ったときになにかと誤解されるかもしれません。得策ではありませんわ」
「それのなにが問題なんだ?」
はぁ?!
アレクサンドラは心の中でそう呟くと、シルヴァンを見つめなにを考えているかと、少し苛立ちを覚え返事も返さなかった。
シルヴァンはそうやって外堀から埋めていこうとしているのかもしれないが、アリスという存在がありながらまだアレクサンドラを保険として扱う気でいるその態度に腹が立った。
どうせ、邪魔になったら排除するくせに。
そう思いながら流れる景色に視線を戻す。
「窓の外になにか面白いものでも?」
そうシルヴァンに問われ、アレクサンドラは振り向きもせず答える。
「えぇ、少なくとも馬車の中よりは外の方が面白いですわ」
するとそこでシルヴァンがクスクスと笑い出した。驚いたアレクサンドラは振り向き笑い続けるシルヴァンを見つめた。
「なんですの?」
「いや、君が可愛いと思ってね」
アレクサンドラはあまりのことに口を開けしばらくシルヴァンを見つめていたが、我に返るとからかわれているのだと気づき、無言で視線を窓の外へ戻した。
「アレクサンドラ、僕がからかっていると思っているね? 僕は本気だ、本当にそう思っている」
「そうですの、わかりましたわ。ですからこの話はおしまいにしましょう」
振り向きもせずにそう答えると、シルヴァンは意を決したように言った。
「僕は君ともっと話がしたい。それに、僕は君に話さなければならないことがあるんだ」
アレクサンドラはそれを聞いて驚き、シルヴァンの方を向いた。
「話さなければならないこと?」
「そうだ。僕は今まで君を突き放すようなことばかり言っていた。君は僕に嫌われていると思っているんじゃないか?」
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