私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

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 するとアレクサンドラのそんな様子を見てシルヴァンは申し訳なさそうに言った。

「今までの僕の態度は本当に酷いものだった、正式に謝る。申し訳なかった」

 こんな言葉をかけられるとは思ってもいなかったアレクサンドラは、驚いてシルヴァンの顔を凝視した。

 なにか裏があるのでは?

 そう思いながら、その真意を探るようにじっとシルヴァンを見つめたが、アレクサンドラを見つめる真剣な眼差しには嘘偽りはないように見えた。

 でもなぜ急にこんなことを?

 そう思いながら、信じて良いものか、戸惑いながら口を開いた。

「わかりました、謝罪だけお受けします」

 だけど、許すかどう、は別問題だわ。

 そう心の中で呟く。シルヴァンは自嘲気味に言った。

「そうか、今はそれだけでいい。僕も簡単に許してもらえるとは思っていない。ありがとう」

 シルヴァンがそう言って微笑むと、アレクサンドラは慌てて付け加える。

「ですが、婚約はできません。それはご了承下さいませ」

「わかっている。だが、これからはもう少し気安く話して欲しいとは思う。そうだな、僕たちは友だちにだったらなれるんじゃないか? 君とダヴィドのように」

わたくしとダヴィのように、ですの? ですが、わたくしとダヴィは兄妹のようなもので、そこまで殿下に気安くするなんてとんでもないことですわ」

「だめなのか?」

 シルヴァンはそう答えて悲しそうな眼差しでアレクサンドラを見つめた。それはさながら捨てられた子犬のようだった。

 そんな眼差しでずっと見つめられ、アレクサンドラは堪えきれずに言った。

「わかりましたわ。努力はいたします」

「そうか、それならばまずは呼び方を変えないか? 僕は君をレックスと呼ぶ。だから君も僕を名で呼んでほしい。おおやけの場以外では敬称もいらない」

「ですが、それは不敬にあたりますわ」

「別におおやけの場で呼ぶわけではないのだし、本人がそう言っているんだ、構わないだろうレックス」

『レックス』と呼ばれアレクサンドラは先日見た夢のことを思い出し、一瞬だけドキリとした。

「え、あ、はい。わかりましたわ、それも善処いたします」

 するとシルヴァンは満足そうに頷いた。

「うん。そうして欲しい」

 そう言うシルヴァンを横目に、シルヴァンがレックスと呼んだらアリスが勘違いするのではないかと、今から心配になった。

 そのあとのシルヴァンは、当たり障りのない話題を出し、無理にアレクサンドラとの距離を詰めてくるようなことはなかった。

 そうして休憩をはさみつつ、その日の昼過ぎにはブラウリーツ村に着くことができた。

 シルヴァンは素早く馬車を降りると手を差し出し、その手を取ると嬉しそうにアレクサンドラが馬車を降りるのを手伝った。

 シルヴァンは目の前の屋敷を見上げたあと、アレクサンドラに向き直り尋ねる。

「この屋敷はデュカス家所有のものか?」

「そうですわ。三年前にお母様がこちらに遊びにくることになったときに、お父様が建てたものですの」

「そうか、最近建てたものか。それにしてもデュカス公爵は妻思いなのだな」

「はい。とても仲がよくて、子どもたちの前でもそれを隠しませんの。でもわたくしは仲睦まじい両親に憧れていますわ」

 そう言って微笑むアレクサンドラをシルヴァンは眩しそうに見つめた。

「そうだな、そんな夫婦になりたいものだ」

 てっきり馬鹿にされるものだとばかり思っていたので、この返事は意外だった。

「あら、殿下もですのね?」

「もちろんだ。そんなに驚くことはないだろう。国王が王妃を大切にし睦まじくすることは、国にも良い影響を与える」

 婚約者を消そうとした人間の言うこととは思えなかったが、ようするにシルヴァンにとってアレクサンドラは大切にするような対象ではなかったということだろう。

 そんなことを考え、嫌な気持ちになった。

「そうですの、本当に意外ですわ。では、わたくし荷物を片付けなければなりませんので、これで失礼しますわ。割り当てられる部屋はセバスチャンが案内いたします」

 アレクサンドラが素気なくそう答えると、シルヴァンは驚いた顔でなにか言いたそうにしていたが、話しかけられないように足早にその場を離れた。

 アレクサンドラを消そうとしたのが、今ここにいるシルヴァンではないことはわかっている。

 だが、それでもやはり時折そのことを思い出すと、怒りの感情が湧いてくるのを抑えることができなかった。

 部屋へ行き、旅の疲れを癒すようにセバスチャンの準備してくれたお茶を飲んだ。

 そうしてしばらくゆっくりしたところでダヴィドが到着し、それを出迎えているところへアリスが到着した。

「いらっしゃい、アリス。とてもお疲れでしょう? 部屋へ案内する前にお茶を淹れさせますわ」

 二人にそう声をかけると、アリスがダヴィドを見て不思議そうな顔をした。

「デュカス公爵令嬢とダヴィドさんはご一緒されませんでしたの?」

 アレクサンドラは一瞬ドキリとしたが、笑顔で答える。

「もちろん一緒でしたわ。ただ、到着してからダヴィは少し出かけてましたの。殿下はもういらしているみたいですわ」

 すると、アリスは嬉しそうな顔をした。

「そうなんですのね、では殿下に挨拶をしなくては。わたくし行ってきますわ」

「そうですわね、ならセバスチャンに殿下の部屋まで案内させますわ」

 そうしてセバスチャンとアリスが二階へ上がって行き姿が見えなくなると、ダヴィドが口を開いた。

「俺が一緒にいなかったのを、あの令嬢に言わなかったのは正解かもな。今はこのことを誰にも言わないほうがいいだろうからさ」

「そうね、それより少し話がしたいわ。こっちに来て」

 アレクサンドラがそう言って客間へ向かって歩き始めると、ダヴィドはそれに続いた。

 客間へ入るとアレクサンドラはダヴィドの方を向いて全身をくまなくチェックした。

 ダヴィドは驚いた様子で訊く。

「なんだよ、どうした?」

「大丈夫だったの? 怪我はない? 囮になったのでしょう?」

「あぁ、それか。大丈夫だ、王子がしっかり護衛してくれたからな」

「そう、よかったわ。で、どうだったの? なにがあったの?」

 ダヴィドは小声で答える。

「そう矢継ぎ早に質問しないでくれ、それに声が少し大きい。誰かに聞かれているかもしれないだろ?」

 アレクサンドラは口元を押さえ、小声で言った。

「そうね、ごめんなさい。ヒミツなんですものね」
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