42 / 46
エピローグ シルヴァン視点
しおりを挟む
僕の物語の始まりは酷いものだった。
アレクサンドラに裏切られたと思い込み、彼女を断罪した物語から始まったからだ。
あのときの僕は、愛する者に裏切られたと信じ、反動から当てつけのようにとある令嬢に近づいた。
それがアリス・シャトリエ侯爵令嬢だった。
彼女は、自分こそが幼い頃モイズ村で一緒に過ごしたレックスなのだと言った。
だが、それは真っ赤な嘘だった。
アレクサンドラを断罪し、僕がアリスと婚約したあと、彼女の化けの皮は少しずつ剥がれていった。
そうしてアレクサンドラを失った愚かな僕は、呆然と立ち尽くした。
だがそのとき、僕の持っていた腕輪が光を放ち、気づけばアレクサンドラと婚約する前に引き戻されていた。
やり直せることに安堵した僕は、今度こそはと心に誓いアレクサンドラを愛した。
ところが、それでもアレクサンドラは命を落とすことになった。
何度も何度も時を繰り返し、そのたびに僕は彼女を愛してきた。
それなのに、アレクサンドラは僕の目の前で、あるいは僕のいない場所で命を落とす。
そうして時を重ねるうちに、どうやら常に一歩先で全てを見通す者がいると気づいた。
それが誰なのかはわからず、僕は長い回り道をしてしまった。
だが、何度目かの時を繰り返したとき、アリス本人からとんでもない事実を聞くことになる。
「この物語の主人公は私なのに、アレクサンドラは目立ちすぎなのよ。だから消えてくれないと困るの。アレクサンドラなんて死んで当然だってことなのよ!」
僕は冷たくなったアレクサンドラを抱きしめながら、その台詞に唖然とした。
「貴様が、貴様がすべての元凶だったのか、アリス!」
そう言うと、アリスは嫌らしい笑みを浮かべた。
「殿下、なにか勘違いなさってますわ。すべての元凶はアレクサンドラです。私と殿下の仲を邪魔するんですから」
このとき僕はやっと理解した。僕がアレクサンドラを愛する限り、彼女の命は狙われ続けるのだと。
だから覚悟した。アレクサンドラを愛することを終わりにしようと。
そう思ったとき、僕の胸の中にもう一人忘れられない女性がいることに気づく。
それがモイズ村の『レックス』だった。
彼女は出会ったころからずっと僕の中にいて、多くの影響を与え続けた。
もちろん彼女が何者で、今どこにいるのか必死で探したことも何度もあったが、いくら探しても彼女を見つけることができなかった。
僕は半ば彼女との再会を諦めていた。
だから今度こそ彼女を見つけ出すため、その目印として彼女にこの腕輪を渡すべく、幼いころのレックスとの別れの時まで遡った。
そうして僕は、この物語を彼女に委ねた。
だが、アレクサンドラを守るためにも彼女と婚約だけはしておかなければならない。
そう思い迎えたあの舞踏会。腕輪を着けたアレクサンドラを見た僕は、頭の芯が凍るような衝撃を受けた。
彼女こそがレックスだったのだ。
それに、このときのアレクサンドラの行動は今までの彼女とは確かに違っていた。
きっと彼女の物語が動き始めたのだろう。
アレクサンドラがレックスだったこと、それがただの偶然だと思えなかった僕は、今度こそはとアレクサンドラを守るために最大限の努力をすることにした。
やはり僕には、はなからアレクサンドラを諦めることなどできなかったのだ。
アレクサンドラはあの舞踏会のあと、逃げるようにモイズ村へと行ってしまった。
すぐに追いかけたかったが、僕にはやらなければならないことがあった。
それは、アリスのことを徹底的に潰すための証拠を集め、土壌を固めることだ。
このとき、すでにアリスのことは徹底的に調べ尽くし、サヴァン伯爵家にクレールというメイドを送り込んでいたこと、そして大臣たちを操るために動き始めたことはわかっていた。
しかしそれがわかっていても、証拠がなければ動けない。
それに現時点で僕が動いたりすれば、アリスがそれを察知し動きを変えてしまう恐れがあった。
事実、今までがそうだった。
僕がアレクサンドラを救おうと動けば動くほど、それを察知され先手を打たれる。
なので今度は、わざと彼女を泳がせることにした。
そうして彼女を泳がせて残した証拠を、微細なものも漏らさず集めた。
もう以前の無知な僕ではない。今度はこちらから仕掛ける番だ。
そう誓うと僕はアレクサンドラの元へ向かった。
モイズ村で彼女とダムの建設についてあれこれ話し合ったあの時間は、とても楽しいものだった。
だが、平和で満ち足りた時間はそう長くは続かない。
とうとうアリス本人が動き始めた。
アリスは僕を追いかけモイズ村に来ると、アレクサンドラに接触し始めた。
『お前がなにを考え、なにをしようとしているのか僕はすべてわかっている』
何度そう言ってアリスを糾弾したい気持ちになったか。だが今はその時ではないと、そんな気持ちを抑えた。
モイズ村で僕にとって有利だったことは、ダヴィドが僕の味方だったということ。
彼は僕のことを覚えていた。いや、正確には僕が彼の目の前で着替えていたときに、背中にある特徴的なほくろを見て『気づいた』と言ったほうがいいかもしれない。
それからダヴィドにアリスのことを話し、彼には僕の腹心として動いてもらうことにした。
アレクサンドラはなぜか僕とアリスとの仲を取り持とうとしていたが、ダヴィドと協力しそれを逆手に取って動いた。
このときのアレクサンドラは僕を嫌っていた。
僕はまず彼女に信頼してもらえる存在になろうと、努力することにした。
宝探しで僕が頼んで隠したイヤリングは、予想通り彼女が探し当てた。
イヤリングを見つけギュッと握りしめる彼女を見て、そんな彼女を抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。
そんな日々の中、アレクサンドラが土ボタルを見に行こうと言ったときには、昔を思い出して微笑ましく思えた。
僕がルカと呼ばれていたころ、アレクサンドラが楽しそうに土ボタルを見に行きたいと、はしゃいでいたのを思い出したからだ。
レックス、君は変わっていない。
僕は心の中でそう呟いた。
そうやって僕が昔を懐かしむ間も、アリスは虎視眈々とアレクサンドラを貶める準備をしていた。
ある日、アリスは僕に手紙をよこした。
内容は、アレクサンドラが僕を誘拐する計画を立てているというものだった。その計画とは、土ボタルを見に移動する途中、僕を賊に襲わせるというものだった。
アリスの手紙には、賊が僕を襲う場所や時間などが正確に記されていた。
そうしておいて、アリス本人がその計画を実行するつもりだったのだろう。
僕はこれを利用することにした。
ダヴィドに囮になってもらい、賊を捕らえると、その者たちに真実を話した。
本当の雇い主がアリスであること、アリスが嵌めようとしていたこと。
彼らも馬鹿ではない。雇い主が誰であるか証明するために紋章の入った小瓶を持っていた。密かに盗み取り、裏切りに備えていたのだ。
こうして証拠を手に入れ、アリスに対する包囲網を確実に敷いていった。
だが一つアリスに先手を取られたことがある。それがあの火災だ。
アリスはクレールに命じ、あの夜火災を起こした。
これは『ムトワーナムケ』にアレクサンドラが選ばれると知ったアリスが、『彼女が選ばれたことによって災いが起きた』と村人たちに思わせるつもりでやったことだった。
だが、それはアレクサンドラの思いもよらぬ行動に阻まれ、被害は出たもののアリスの思惑とは逆に作用しアレクサンドラの素晴らしさを証明することとなった。
その後、尻尾を巻いてさっさとモイズ村へ戻ったアリスは、今度はダヴィドを誘惑し取り込もうとした。
ダヴィドからその報告を受けた僕は、怒りを覚えながら、アリスの罪の痕跡をすべて拾い集めた。
僕がそうしてアリスに対応している間、モイズ村でのありとあらゆる問題は、すべてアレクサンドラが一人で解決してくれた。
モイズ村でのアレクサンドラの行動力は、本当に目を見張るものがあった。
ダムの建設、火災への対処、風土病の治療、いつも彼女は常に最前線に立って行動した。
そのおかげで僕は余計なことを考える必要もなく、定期的に王都から報告されるアリスの傀儡となった大臣たちの動向にも注視することができた。
そうしてダヴィドやエクトル、ファニーの協力を得て満を持して罠を張ると、あの舞踏会でついにアリスを捕らえることに成功した。
この計画の裏で、アリスにはクレールを利用しある程度の情報を流した。
アリスのミスリードが上手くいき、アレクサンドラがイライザを疑っていること。婚約指輪のこと。それにファニーの件についてだ。
思ったとおり、アリスはここぞとばかりに仕掛けてきた。
そうしてあの場でアレクサンドラを貶め、指輪を持つ自分こそが婚約者としてふさわしいとでも言うつもりだったのだろう。
そのとき僕は、なんと狡猾で姑息な令嬢なのだろうと、その存在自体に激しく嫌悪した。
そんなアリスの罪の全貌が白日の下に晒されたのは、舞踏会から数日後、王命により裁判が開かれたときだった。
脅されていた貴族たちは口をつぐみ、証言はしなかったものの誰も彼女を庇うことはなかった。
アリスは裁判で、最後まで一切の非を認めず言い訳を並べたてた。
「わたくしは、彼女を正しい立場に戻すためにやらなければならないことをしたまでですわ」
そう言い切った口調には、迷いも恐れもなかった。
だがそんな戯言が通用するわけもなく、彼女の罪は淡々と暴かれ晒され追及されていった。
そうしてアリスに出された判決は死刑。
「こんなこと、あってはならないことですわ! 早く私を解放しなさい!」
そう叫び抵抗を見せるアリスを兵士たちは遠慮なく引きずり、その後ろにアリスと関係があった貴族たちが暗い表情で続いた。
こうして、すべてが終わった。
それでも物語は続き、僕の隣にはアレクサンドラがいた。
きっと、そこが僕たちのたどり着くべき場所だったのだろう。
それから穏やかで幸福な歳月が過ぎ、アレクサンドラは静かに星へと還っていった。
僕もまもなく、彼女のもとへ行くだろう。
今、手元には、あの腕輪だけが残された。
彼女のことを思い出しながらその腕輪を撫でると、僕は鏡に映る年老いた自分の顔を見つめた。
そのとき、記憶の片隅にいるひとりの男を思い出す。
昔、僕の前に現れ、この腕輪を僕に託した男だ。
「あの男は、僕だったのか……」
そう呟き静かに息を吐くと、もう一度光輝く腕輪を握りしめた。
アレクサンドラに裏切られたと思い込み、彼女を断罪した物語から始まったからだ。
あのときの僕は、愛する者に裏切られたと信じ、反動から当てつけのようにとある令嬢に近づいた。
それがアリス・シャトリエ侯爵令嬢だった。
彼女は、自分こそが幼い頃モイズ村で一緒に過ごしたレックスなのだと言った。
だが、それは真っ赤な嘘だった。
アレクサンドラを断罪し、僕がアリスと婚約したあと、彼女の化けの皮は少しずつ剥がれていった。
そうしてアレクサンドラを失った愚かな僕は、呆然と立ち尽くした。
だがそのとき、僕の持っていた腕輪が光を放ち、気づけばアレクサンドラと婚約する前に引き戻されていた。
やり直せることに安堵した僕は、今度こそはと心に誓いアレクサンドラを愛した。
ところが、それでもアレクサンドラは命を落とすことになった。
何度も何度も時を繰り返し、そのたびに僕は彼女を愛してきた。
それなのに、アレクサンドラは僕の目の前で、あるいは僕のいない場所で命を落とす。
そうして時を重ねるうちに、どうやら常に一歩先で全てを見通す者がいると気づいた。
それが誰なのかはわからず、僕は長い回り道をしてしまった。
だが、何度目かの時を繰り返したとき、アリス本人からとんでもない事実を聞くことになる。
「この物語の主人公は私なのに、アレクサンドラは目立ちすぎなのよ。だから消えてくれないと困るの。アレクサンドラなんて死んで当然だってことなのよ!」
僕は冷たくなったアレクサンドラを抱きしめながら、その台詞に唖然とした。
「貴様が、貴様がすべての元凶だったのか、アリス!」
そう言うと、アリスは嫌らしい笑みを浮かべた。
「殿下、なにか勘違いなさってますわ。すべての元凶はアレクサンドラです。私と殿下の仲を邪魔するんですから」
このとき僕はやっと理解した。僕がアレクサンドラを愛する限り、彼女の命は狙われ続けるのだと。
だから覚悟した。アレクサンドラを愛することを終わりにしようと。
そう思ったとき、僕の胸の中にもう一人忘れられない女性がいることに気づく。
それがモイズ村の『レックス』だった。
彼女は出会ったころからずっと僕の中にいて、多くの影響を与え続けた。
もちろん彼女が何者で、今どこにいるのか必死で探したことも何度もあったが、いくら探しても彼女を見つけることができなかった。
僕は半ば彼女との再会を諦めていた。
だから今度こそ彼女を見つけ出すため、その目印として彼女にこの腕輪を渡すべく、幼いころのレックスとの別れの時まで遡った。
そうして僕は、この物語を彼女に委ねた。
だが、アレクサンドラを守るためにも彼女と婚約だけはしておかなければならない。
そう思い迎えたあの舞踏会。腕輪を着けたアレクサンドラを見た僕は、頭の芯が凍るような衝撃を受けた。
彼女こそがレックスだったのだ。
それに、このときのアレクサンドラの行動は今までの彼女とは確かに違っていた。
きっと彼女の物語が動き始めたのだろう。
アレクサンドラがレックスだったこと、それがただの偶然だと思えなかった僕は、今度こそはとアレクサンドラを守るために最大限の努力をすることにした。
やはり僕には、はなからアレクサンドラを諦めることなどできなかったのだ。
アレクサンドラはあの舞踏会のあと、逃げるようにモイズ村へと行ってしまった。
すぐに追いかけたかったが、僕にはやらなければならないことがあった。
それは、アリスのことを徹底的に潰すための証拠を集め、土壌を固めることだ。
このとき、すでにアリスのことは徹底的に調べ尽くし、サヴァン伯爵家にクレールというメイドを送り込んでいたこと、そして大臣たちを操るために動き始めたことはわかっていた。
しかしそれがわかっていても、証拠がなければ動けない。
それに現時点で僕が動いたりすれば、アリスがそれを察知し動きを変えてしまう恐れがあった。
事実、今までがそうだった。
僕がアレクサンドラを救おうと動けば動くほど、それを察知され先手を打たれる。
なので今度は、わざと彼女を泳がせることにした。
そうして彼女を泳がせて残した証拠を、微細なものも漏らさず集めた。
もう以前の無知な僕ではない。今度はこちらから仕掛ける番だ。
そう誓うと僕はアレクサンドラの元へ向かった。
モイズ村で彼女とダムの建設についてあれこれ話し合ったあの時間は、とても楽しいものだった。
だが、平和で満ち足りた時間はそう長くは続かない。
とうとうアリス本人が動き始めた。
アリスは僕を追いかけモイズ村に来ると、アレクサンドラに接触し始めた。
『お前がなにを考え、なにをしようとしているのか僕はすべてわかっている』
何度そう言ってアリスを糾弾したい気持ちになったか。だが今はその時ではないと、そんな気持ちを抑えた。
モイズ村で僕にとって有利だったことは、ダヴィドが僕の味方だったということ。
彼は僕のことを覚えていた。いや、正確には僕が彼の目の前で着替えていたときに、背中にある特徴的なほくろを見て『気づいた』と言ったほうがいいかもしれない。
それからダヴィドにアリスのことを話し、彼には僕の腹心として動いてもらうことにした。
アレクサンドラはなぜか僕とアリスとの仲を取り持とうとしていたが、ダヴィドと協力しそれを逆手に取って動いた。
このときのアレクサンドラは僕を嫌っていた。
僕はまず彼女に信頼してもらえる存在になろうと、努力することにした。
宝探しで僕が頼んで隠したイヤリングは、予想通り彼女が探し当てた。
イヤリングを見つけギュッと握りしめる彼女を見て、そんな彼女を抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。
そんな日々の中、アレクサンドラが土ボタルを見に行こうと言ったときには、昔を思い出して微笑ましく思えた。
僕がルカと呼ばれていたころ、アレクサンドラが楽しそうに土ボタルを見に行きたいと、はしゃいでいたのを思い出したからだ。
レックス、君は変わっていない。
僕は心の中でそう呟いた。
そうやって僕が昔を懐かしむ間も、アリスは虎視眈々とアレクサンドラを貶める準備をしていた。
ある日、アリスは僕に手紙をよこした。
内容は、アレクサンドラが僕を誘拐する計画を立てているというものだった。その計画とは、土ボタルを見に移動する途中、僕を賊に襲わせるというものだった。
アリスの手紙には、賊が僕を襲う場所や時間などが正確に記されていた。
そうしておいて、アリス本人がその計画を実行するつもりだったのだろう。
僕はこれを利用することにした。
ダヴィドに囮になってもらい、賊を捕らえると、その者たちに真実を話した。
本当の雇い主がアリスであること、アリスが嵌めようとしていたこと。
彼らも馬鹿ではない。雇い主が誰であるか証明するために紋章の入った小瓶を持っていた。密かに盗み取り、裏切りに備えていたのだ。
こうして証拠を手に入れ、アリスに対する包囲網を確実に敷いていった。
だが一つアリスに先手を取られたことがある。それがあの火災だ。
アリスはクレールに命じ、あの夜火災を起こした。
これは『ムトワーナムケ』にアレクサンドラが選ばれると知ったアリスが、『彼女が選ばれたことによって災いが起きた』と村人たちに思わせるつもりでやったことだった。
だが、それはアレクサンドラの思いもよらぬ行動に阻まれ、被害は出たもののアリスの思惑とは逆に作用しアレクサンドラの素晴らしさを証明することとなった。
その後、尻尾を巻いてさっさとモイズ村へ戻ったアリスは、今度はダヴィドを誘惑し取り込もうとした。
ダヴィドからその報告を受けた僕は、怒りを覚えながら、アリスの罪の痕跡をすべて拾い集めた。
僕がそうしてアリスに対応している間、モイズ村でのありとあらゆる問題は、すべてアレクサンドラが一人で解決してくれた。
モイズ村でのアレクサンドラの行動力は、本当に目を見張るものがあった。
ダムの建設、火災への対処、風土病の治療、いつも彼女は常に最前線に立って行動した。
そのおかげで僕は余計なことを考える必要もなく、定期的に王都から報告されるアリスの傀儡となった大臣たちの動向にも注視することができた。
そうしてダヴィドやエクトル、ファニーの協力を得て満を持して罠を張ると、あの舞踏会でついにアリスを捕らえることに成功した。
この計画の裏で、アリスにはクレールを利用しある程度の情報を流した。
アリスのミスリードが上手くいき、アレクサンドラがイライザを疑っていること。婚約指輪のこと。それにファニーの件についてだ。
思ったとおり、アリスはここぞとばかりに仕掛けてきた。
そうしてあの場でアレクサンドラを貶め、指輪を持つ自分こそが婚約者としてふさわしいとでも言うつもりだったのだろう。
そのとき僕は、なんと狡猾で姑息な令嬢なのだろうと、その存在自体に激しく嫌悪した。
そんなアリスの罪の全貌が白日の下に晒されたのは、舞踏会から数日後、王命により裁判が開かれたときだった。
脅されていた貴族たちは口をつぐみ、証言はしなかったものの誰も彼女を庇うことはなかった。
アリスは裁判で、最後まで一切の非を認めず言い訳を並べたてた。
「わたくしは、彼女を正しい立場に戻すためにやらなければならないことをしたまでですわ」
そう言い切った口調には、迷いも恐れもなかった。
だがそんな戯言が通用するわけもなく、彼女の罪は淡々と暴かれ晒され追及されていった。
そうしてアリスに出された判決は死刑。
「こんなこと、あってはならないことですわ! 早く私を解放しなさい!」
そう叫び抵抗を見せるアリスを兵士たちは遠慮なく引きずり、その後ろにアリスと関係があった貴族たちが暗い表情で続いた。
こうして、すべてが終わった。
それでも物語は続き、僕の隣にはアレクサンドラがいた。
きっと、そこが僕たちのたどり着くべき場所だったのだろう。
それから穏やかで幸福な歳月が過ぎ、アレクサンドラは静かに星へと還っていった。
僕もまもなく、彼女のもとへ行くだろう。
今、手元には、あの腕輪だけが残された。
彼女のことを思い出しながらその腕輪を撫でると、僕は鏡に映る年老いた自分の顔を見つめた。
そのとき、記憶の片隅にいるひとりの男を思い出す。
昔、僕の前に現れ、この腕輪を僕に託した男だ。
「あの男は、僕だったのか……」
そう呟き静かに息を吐くと、もう一度光輝く腕輪を握りしめた。
90
あなたにおすすめの小説
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました
Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。
「彼から恋文をもらっていますの」。
二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに?
真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。
そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。
※小説家になろう様にも投稿しています
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
クズ男と決別した私の未来は輝いている。
カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。
「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」
そう、圭吾は約束した。
けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。
問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。
「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」
その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる