41 / 46
41
しおりを挟む
「もちろん、君を危険な目にさらしたくなかったからだ」
後日、いつものように夕食を摂りに屋敷へ訪れたシルヴァンは、アレクサンドラとゆったりソファに並んで腰掛け、食後のお茶を飲みながらそう答えた。
「ですが、少しでもお話しいただければ私でもお役に立てることがありましたのに」
それを聞いて、シルヴァンは苦笑した。
「君は向こう見ずなところがある。アリスのことを話したりすれば、自分で動こうとするはずだ。違うか?」
そう問われたアレクサンドラは、はっきりと『違う、そんなことはない』とは言い切れない、そう思い黙り込んだ。
しばしの沈黙のあと、シルヴァンがゆっくりと口を開いた。
「それに、アリスは一枚も二枚も上手だった。僕は君をあきらめなければならないかもしれないと思ったほどだ」
「まさか、そこまで殿下を追い詰めるなんて……。ですが、『君をあきらめる』とは? 失礼を承知で申し上げますけれど、殿下は私のことを、よく思ってらっしゃらなかったではありませんか」
「違うよ、レックス。僕は君を愛していた。だが、それを知ったアリスに君は命を狙われた。だから、気持ちを隠すしかなかった」
「わ、私を……あ、愛してる?」
アレクサンドラは急激に頬が熱をおびてゆくのを感じながら、両手でそれを抑えるとシルヴァンから目を逸らして答える。
「でもアリスがそんなことをするようには見えませんでしたわ」
「いや、アリスはとてもしたたかだ。表面上君と親しくし、僕に近づき、そしてダヴィドたちにも近づいて裏からすべてを動かそうとしていた」
アレクサンドラは驚きシルヴァンの方へ向き直る。
「そんなことを? アリスが?」
「そうだ。それに彼女がすべての元凶であること、そう気づくのに時間がかかってしまった」
「でも、なぜアリスは私のことをそこまで……」
「もちろん、僕が君しか見ていなかったからだろう」
このときアレクサンドラは以前のことを思い出すと、自分を貶め殺そうとしたのはアリスだったのでは? という疑念が生まれた。
そう考えるとすべてのことに納得がいく。
冷たい地下牢で、あのときカジムは言った。『王宮はあの令嬢を見捨てた』と。
けれど、もし本当にカジムがシルヴァンの命を受けて動いていたのなら、アレクサンドラを人質に王宮と交渉をしようとするだろうか?
いや、そんなことをするはずがない。
カジムは最初からアレクサンドラを殺すつもりで誘拐し、それをディがやったことにするつもりだったのだから。
だとしたら、『王宮はあの令嬢を見捨てた』と言うこと自体が嘘なのだろう。
それにその計画でいけばシルヴァンは、アレクサンドラ殺害の罪でディたちを制圧すればいいだけである。
だが、ディは今王宮と交渉中と言っていた。シルヴァンはわざわざディと交渉する必要はなかったはずである。
それにカジムはこうも言っていた。
『俺にはディや王宮がどうなろうが知ったこっちゃない』
シルヴァンが依頼主ならばそんなこと言うだろうか?
自暴自棄になっていた、と考えれば辻褄が合うかもしれないが、それならば最後に依頼主の伝言を律儀に果たす必要はないはずだ。
考えれば考えるほど辻褄が合っていく。
そもそもあれほど強引に婚約をするシルヴァンなら、障害があればさっさと打ち払っていたはず。
遠回しな暗殺など、シルヴァンの性格からしてあり得ない。
そんなことを考えていると、シルヴァンがアレクサンドラの手を取った。
「僕は君を守るって決めたんだ。幼い頃、あのモイズ村で君と出会ったあの日から……」
その言葉にアレクサンドラは、はっとしてシルヴァンを見つめた。
純粋にアレクサンドラを見つめる、あの真っ直ぐな瞳や、土ボタルを一緒に見たあの感動。それらの記憶がアレクサンドラの中に溢れ出した。
「もしかして、まさか……殿下は『ルカ』なのですか?」
シルヴァンは頷くと、とても優しい眼差しで見つめ返した。
「アリスの件を片付けてから話そうと思っていた。隠していてすまなかった」
そう言って、アレクサンドラの腕に美しく輝く腕輪をそっと撫でる。
「この腕輪を今も大切に着けてくれていると知ったときは、とても嬉しかった。君も僕のことを忘れていなかったのだ、とね」
「ルカ……」
アレクサンドラは胸の奥がギュッとした。そうして、込み上げてくる感情を抑えながらシルヴァンと見つめ合う。
シルヴァンは自嘲気味に笑うといった。
「あのころの僕はなにもできない、随分と情けない子どもだった。そんな僕のことを君は随分気にかけ、助けてくれた。だから今度はそんな君を、僕は守りたいと思った」
そうだ、あのときの青白い顔のやせっぽちの少年は、こんなにもたくましくなり、強くなった。そして約束どおり、こうして目の前に現れ自分を守ってくれていたのだ。
そう思うとアレクサンドラの視界は霞んだ。
「僕は君を愛してはいけないんだと思っていた、だけどやはり運命は君のほうを向いていた。僕は君以外を愛することなどできない」
そのときシルヴァンは冗談っぽく言った。
「それに、確か君も『彼以外は考えられないのです。彼が何者だろうとかまわない』んだろう?」
それはアレクサンドラが婚約を逃れるために思わず口走った言葉だったが、このとき本人の目の前でその台詞を言ったのだと気づいて、カッと顔が火照るのを感じた。
「あ、あれは言葉の綾というか、咄嗟に言ってしまっただけで……。もう! からかわないでください」
こぼれる涙を拭いながら、そう答えてそっぽを向いた。
「いいや、からかうつもりはない。僕はあの台詞を一生忘れないだろう」
そう言ってシルヴァンは、ゆっくり立ち上がるとアレクサンドラの目の前に跪いた。
「とても遠回りをしてしまった。でもなにがあろうとも、僕はこの先もずっと、残酷な運命からだって君を守ってみせる。だから、君のすべてを僕にくれないだろうか? 僕も、すべてを君に捧げよう」
そう言うと、リングケースを取り出しアレクサンドラに指輪を差し出した。
アレクサンドラの中で、今まであったことが波のように押し寄せた。
一度は裏切られたと思い、許せず拒絶したこともあった。
だが、それらすべてが誤解だとわかり、彼の優しさに触れた今、これを断る理由はもうなかった。
アレクサンドラは真っ直ぐにシルヴァンを見つめる。そこには昔モイズで出会ったあの少年の純真な眼差しがあった。
それを見て、今までの迷いが胸の中で溶けていくのを感じた。
「はい」
そう答え、アレクサンドラは指輪を受け取る。
その瞬間、シルヴァンは、アレクサンドラの腕を取り自身に引き寄せ力強く抱きしめた。
「ずっと、君だけを愛し続ける」
シルヴァンはそう囁くと、アレクサンドラに顔を近づけそっと口づけた。最初は軽く、それは次第に深いものへと変わっていった。
あの断罪のあと、アリスが大臣たちの弱みを握り脅迫、または賄賂を渡し買収していたことがシルヴァンの徹底的な調査によって暴露され、大騒ぎとなった。
これは国を揺るがす根本的な問題であった。
「本当に驚きましたわ。あのアリスがそんなことまでしているなんて、予想していませんでしたもの」
いつものように夕食後のお茶を飲みながら、アレクサンドラがため息交じりにそう言うと、シルヴァンは苦笑して答える。
「僕は驚きはしなかった。実は君がモイズ村へ行ってしまったあと、不穏な動きがあってアリスのことは徹底的に調べていたんだ。彼女の狡猾さを僕はよく知っていたからね」
「そうでしたの」
そう答えながら、以前、反乱軍に捕らえられたときシルヴァンの婚約者という立場上、信じられないほど厳重に警備されていたにもかかわらず、あっさり賊に囲まれたのはアリスが大臣たちとつながっていたからなのだと気づく。
シルヴァンはあのときそばにはいてくれなかったかもしれないが、ちゃんと守ろうとはしてくれていたのだ。
そう思いながらシルヴァンの顔を見つめる。
「レックス? どうしたんだ?」
「なんでもありませんわ」
そう言って微笑むと話を続ける。
「それにしても私、アリスがそんな方だなんて、本当に気づきもしませんでしたわ」
「いいんだ、君はそれで。ただ、モイズ村にアリスが現れ君に近づいてきたときは、さすがに肝を冷やしたが」
アレクサンドラは二人の距離を縮めようと、あれこれ画策していたが、それらはまったく無駄なことだったのだと思わず自嘲気味に笑った。
「どうした?」
アレクサンドラはかぶりを振った。
「いいえ、あの頃てっきりルカはアリスのことを好きになると思って余計なことをしてしまったと、少し反省したところですわ」
「そうだね、なにやら画策していることには気づいていたけれど、僕にしてみればそれすら可愛らしくて、愛おしいと思っていたから、今にしてみればいい思い出だ」
「なっ! 可愛いなんて、そんなことないですわ」
するとシルヴァンがアレクサンドラを自分のほうへ引き寄せ、背後からギュッと包むように抱きしめ、耳元で囁く。
「いや、こんなに可愛らしい人はいないよ、僕の愛しい人」
すると正面に座っていたエクトルが大きくため息をつき、呆れたように言った。
「殿下、僕の存在を忘れないで下さい」
シルヴァンはにっこりと微笑む。
「もちろん、君のことは忘れていない。逆に忘れていないからこそ見せつけているんだが?」
アレクサンドラは両手で顔を覆った。
「は、恥ずかしい」
するとシルヴァンとエクトルが声を揃えて言った。
「可愛すぎる……」
穏やかに月日が流れ騒動から三年後、ダムが完成すると同時にシルヴァンとアレクサンドラの結婚式が盛大に執り行われた。
ダヴィドやシルヴァン、それにアレクサンドラはこの一大プロジェクトを成し遂げたとして、国民から慕われ圧倒的な支持を得ることができた。
このダムが正常に稼働すれば、今後、水害の心配がある場所に建設が進んでいくことになるだろう。
王宮のバルコニーから国民に手を振りながら、シルヴァンはアレクサンドラに言った。
「レックス、君のおかげで数多の国民が救われ、今後もこの国に富をもたらすに違いない」
「そんな、私一人の力ではありませんわ。ダヴィやギルドのみんなが力を合わせてくれたからこそ、この日を迎えることができたんですもの」
「そうかもしれない。だが、そこへ至るまでの功績は誇りに思っていい」
そんな話をしていると、背後に控えていたダヴィドが口を開く。
「いいえ、殿下。あのときモイズ村で殿下が我々の話に耳を傾けてくださったからこそ、この偉業が成し遂げられたのです」
シルヴァンははにかみながら振り返る。
「そうか、ありがとうヴォー男爵。だが、君もこの偉業を成し遂げた一人だということを忘れるな」
そう言うとアレクサンドラに向き直り、口づけた。
すると、民衆から歓喜の声が上がり、空高く鐘の音が鳴り響いた。
後日、いつものように夕食を摂りに屋敷へ訪れたシルヴァンは、アレクサンドラとゆったりソファに並んで腰掛け、食後のお茶を飲みながらそう答えた。
「ですが、少しでもお話しいただければ私でもお役に立てることがありましたのに」
それを聞いて、シルヴァンは苦笑した。
「君は向こう見ずなところがある。アリスのことを話したりすれば、自分で動こうとするはずだ。違うか?」
そう問われたアレクサンドラは、はっきりと『違う、そんなことはない』とは言い切れない、そう思い黙り込んだ。
しばしの沈黙のあと、シルヴァンがゆっくりと口を開いた。
「それに、アリスは一枚も二枚も上手だった。僕は君をあきらめなければならないかもしれないと思ったほどだ」
「まさか、そこまで殿下を追い詰めるなんて……。ですが、『君をあきらめる』とは? 失礼を承知で申し上げますけれど、殿下は私のことを、よく思ってらっしゃらなかったではありませんか」
「違うよ、レックス。僕は君を愛していた。だが、それを知ったアリスに君は命を狙われた。だから、気持ちを隠すしかなかった」
「わ、私を……あ、愛してる?」
アレクサンドラは急激に頬が熱をおびてゆくのを感じながら、両手でそれを抑えるとシルヴァンから目を逸らして答える。
「でもアリスがそんなことをするようには見えませんでしたわ」
「いや、アリスはとてもしたたかだ。表面上君と親しくし、僕に近づき、そしてダヴィドたちにも近づいて裏からすべてを動かそうとしていた」
アレクサンドラは驚きシルヴァンの方へ向き直る。
「そんなことを? アリスが?」
「そうだ。それに彼女がすべての元凶であること、そう気づくのに時間がかかってしまった」
「でも、なぜアリスは私のことをそこまで……」
「もちろん、僕が君しか見ていなかったからだろう」
このときアレクサンドラは以前のことを思い出すと、自分を貶め殺そうとしたのはアリスだったのでは? という疑念が生まれた。
そう考えるとすべてのことに納得がいく。
冷たい地下牢で、あのときカジムは言った。『王宮はあの令嬢を見捨てた』と。
けれど、もし本当にカジムがシルヴァンの命を受けて動いていたのなら、アレクサンドラを人質に王宮と交渉をしようとするだろうか?
いや、そんなことをするはずがない。
カジムは最初からアレクサンドラを殺すつもりで誘拐し、それをディがやったことにするつもりだったのだから。
だとしたら、『王宮はあの令嬢を見捨てた』と言うこと自体が嘘なのだろう。
それにその計画でいけばシルヴァンは、アレクサンドラ殺害の罪でディたちを制圧すればいいだけである。
だが、ディは今王宮と交渉中と言っていた。シルヴァンはわざわざディと交渉する必要はなかったはずである。
それにカジムはこうも言っていた。
『俺にはディや王宮がどうなろうが知ったこっちゃない』
シルヴァンが依頼主ならばそんなこと言うだろうか?
自暴自棄になっていた、と考えれば辻褄が合うかもしれないが、それならば最後に依頼主の伝言を律儀に果たす必要はないはずだ。
考えれば考えるほど辻褄が合っていく。
そもそもあれほど強引に婚約をするシルヴァンなら、障害があればさっさと打ち払っていたはず。
遠回しな暗殺など、シルヴァンの性格からしてあり得ない。
そんなことを考えていると、シルヴァンがアレクサンドラの手を取った。
「僕は君を守るって決めたんだ。幼い頃、あのモイズ村で君と出会ったあの日から……」
その言葉にアレクサンドラは、はっとしてシルヴァンを見つめた。
純粋にアレクサンドラを見つめる、あの真っ直ぐな瞳や、土ボタルを一緒に見たあの感動。それらの記憶がアレクサンドラの中に溢れ出した。
「もしかして、まさか……殿下は『ルカ』なのですか?」
シルヴァンは頷くと、とても優しい眼差しで見つめ返した。
「アリスの件を片付けてから話そうと思っていた。隠していてすまなかった」
そう言って、アレクサンドラの腕に美しく輝く腕輪をそっと撫でる。
「この腕輪を今も大切に着けてくれていると知ったときは、とても嬉しかった。君も僕のことを忘れていなかったのだ、とね」
「ルカ……」
アレクサンドラは胸の奥がギュッとした。そうして、込み上げてくる感情を抑えながらシルヴァンと見つめ合う。
シルヴァンは自嘲気味に笑うといった。
「あのころの僕はなにもできない、随分と情けない子どもだった。そんな僕のことを君は随分気にかけ、助けてくれた。だから今度はそんな君を、僕は守りたいと思った」
そうだ、あのときの青白い顔のやせっぽちの少年は、こんなにもたくましくなり、強くなった。そして約束どおり、こうして目の前に現れ自分を守ってくれていたのだ。
そう思うとアレクサンドラの視界は霞んだ。
「僕は君を愛してはいけないんだと思っていた、だけどやはり運命は君のほうを向いていた。僕は君以外を愛することなどできない」
そのときシルヴァンは冗談っぽく言った。
「それに、確か君も『彼以外は考えられないのです。彼が何者だろうとかまわない』んだろう?」
それはアレクサンドラが婚約を逃れるために思わず口走った言葉だったが、このとき本人の目の前でその台詞を言ったのだと気づいて、カッと顔が火照るのを感じた。
「あ、あれは言葉の綾というか、咄嗟に言ってしまっただけで……。もう! からかわないでください」
こぼれる涙を拭いながら、そう答えてそっぽを向いた。
「いいや、からかうつもりはない。僕はあの台詞を一生忘れないだろう」
そう言ってシルヴァンは、ゆっくり立ち上がるとアレクサンドラの目の前に跪いた。
「とても遠回りをしてしまった。でもなにがあろうとも、僕はこの先もずっと、残酷な運命からだって君を守ってみせる。だから、君のすべてを僕にくれないだろうか? 僕も、すべてを君に捧げよう」
そう言うと、リングケースを取り出しアレクサンドラに指輪を差し出した。
アレクサンドラの中で、今まであったことが波のように押し寄せた。
一度は裏切られたと思い、許せず拒絶したこともあった。
だが、それらすべてが誤解だとわかり、彼の優しさに触れた今、これを断る理由はもうなかった。
アレクサンドラは真っ直ぐにシルヴァンを見つめる。そこには昔モイズで出会ったあの少年の純真な眼差しがあった。
それを見て、今までの迷いが胸の中で溶けていくのを感じた。
「はい」
そう答え、アレクサンドラは指輪を受け取る。
その瞬間、シルヴァンは、アレクサンドラの腕を取り自身に引き寄せ力強く抱きしめた。
「ずっと、君だけを愛し続ける」
シルヴァンはそう囁くと、アレクサンドラに顔を近づけそっと口づけた。最初は軽く、それは次第に深いものへと変わっていった。
あの断罪のあと、アリスが大臣たちの弱みを握り脅迫、または賄賂を渡し買収していたことがシルヴァンの徹底的な調査によって暴露され、大騒ぎとなった。
これは国を揺るがす根本的な問題であった。
「本当に驚きましたわ。あのアリスがそんなことまでしているなんて、予想していませんでしたもの」
いつものように夕食後のお茶を飲みながら、アレクサンドラがため息交じりにそう言うと、シルヴァンは苦笑して答える。
「僕は驚きはしなかった。実は君がモイズ村へ行ってしまったあと、不穏な動きがあってアリスのことは徹底的に調べていたんだ。彼女の狡猾さを僕はよく知っていたからね」
「そうでしたの」
そう答えながら、以前、反乱軍に捕らえられたときシルヴァンの婚約者という立場上、信じられないほど厳重に警備されていたにもかかわらず、あっさり賊に囲まれたのはアリスが大臣たちとつながっていたからなのだと気づく。
シルヴァンはあのときそばにはいてくれなかったかもしれないが、ちゃんと守ろうとはしてくれていたのだ。
そう思いながらシルヴァンの顔を見つめる。
「レックス? どうしたんだ?」
「なんでもありませんわ」
そう言って微笑むと話を続ける。
「それにしても私、アリスがそんな方だなんて、本当に気づきもしませんでしたわ」
「いいんだ、君はそれで。ただ、モイズ村にアリスが現れ君に近づいてきたときは、さすがに肝を冷やしたが」
アレクサンドラは二人の距離を縮めようと、あれこれ画策していたが、それらはまったく無駄なことだったのだと思わず自嘲気味に笑った。
「どうした?」
アレクサンドラはかぶりを振った。
「いいえ、あの頃てっきりルカはアリスのことを好きになると思って余計なことをしてしまったと、少し反省したところですわ」
「そうだね、なにやら画策していることには気づいていたけれど、僕にしてみればそれすら可愛らしくて、愛おしいと思っていたから、今にしてみればいい思い出だ」
「なっ! 可愛いなんて、そんなことないですわ」
するとシルヴァンがアレクサンドラを自分のほうへ引き寄せ、背後からギュッと包むように抱きしめ、耳元で囁く。
「いや、こんなに可愛らしい人はいないよ、僕の愛しい人」
すると正面に座っていたエクトルが大きくため息をつき、呆れたように言った。
「殿下、僕の存在を忘れないで下さい」
シルヴァンはにっこりと微笑む。
「もちろん、君のことは忘れていない。逆に忘れていないからこそ見せつけているんだが?」
アレクサンドラは両手で顔を覆った。
「は、恥ずかしい」
するとシルヴァンとエクトルが声を揃えて言った。
「可愛すぎる……」
穏やかに月日が流れ騒動から三年後、ダムが完成すると同時にシルヴァンとアレクサンドラの結婚式が盛大に執り行われた。
ダヴィドやシルヴァン、それにアレクサンドラはこの一大プロジェクトを成し遂げたとして、国民から慕われ圧倒的な支持を得ることができた。
このダムが正常に稼働すれば、今後、水害の心配がある場所に建設が進んでいくことになるだろう。
王宮のバルコニーから国民に手を振りながら、シルヴァンはアレクサンドラに言った。
「レックス、君のおかげで数多の国民が救われ、今後もこの国に富をもたらすに違いない」
「そんな、私一人の力ではありませんわ。ダヴィやギルドのみんなが力を合わせてくれたからこそ、この日を迎えることができたんですもの」
「そうかもしれない。だが、そこへ至るまでの功績は誇りに思っていい」
そんな話をしていると、背後に控えていたダヴィドが口を開く。
「いいえ、殿下。あのときモイズ村で殿下が我々の話に耳を傾けてくださったからこそ、この偉業が成し遂げられたのです」
シルヴァンははにかみながら振り返る。
「そうか、ありがとうヴォー男爵。だが、君もこの偉業を成し遂げた一人だということを忘れるな」
そう言うとアレクサンドラに向き直り、口づけた。
すると、民衆から歓喜の声が上がり、空高く鐘の音が鳴り響いた。
196
あなたにおすすめの小説
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
いや、無理。 (本編完結)
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。
一旦完結にしましたが、他者視点を随時更新の間連載中に戻します。
もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、
「わかってくれるだろう?ミーナ」
と手を差し伸べた。
だから私はこう答えた。
「いや、無理」
と。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる