私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

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 そこでエクトルが一歩前に出ると、アレクサンドラを庇うように立ち塞がった。

「シャトリエ侯爵令嬢。そこまで姉を侮辱する以上、確かな証拠があるんだろうね?」

 そう問いかけると、騒ぎ聞きつけ集まってきた貴族たちがざわめく中、アリスは首から下げた小袋を開き中から指輪を取り出し、こちらに見えるように高く掲げる。

わたくしがこの指輪を持っていること。それがなによりの証拠ですわ」

 それは、紛れもなくシルヴァンから渡されたあの指輪だった。

 ロザリーは顔を青ざめさせ、アレクサンドラはエクトルの背後で反射的に首を振った。

 エクトルはアレクサンドラの手をつかむと強く握りしめる。その温もりでアレクサンドラはなんとか落ち着きを取り戻し、静かに問いかけた。

「屋敷からは誰も一歩も出られなかったはずですわ。ロザリーではないとしたら、一体誰がどうやって指輪を外へ?」

 アリスは指輪を握りしめ、アレクサンドラを射抜くように見つめた。

「まだしらを切るおつもりなのですか?」

「えっ? しらを切る?」

「はい。屋敷から外に出られる者はいなかった。だとしたら、この指輪を持ち出し、売ることができるのは、アレクサンドラ様。あなた以外におりませんわ」

 そう言うと、もう一度指輪を周囲に見せつけるように掲げながら続ける。

「指輪を売った相手が、わたくしのところへ売りにきたのは計算違いでしたわね。彼はこう言いましたわ『この指輪を持っていれば、王太子殿下の婚約者として認められるはずだ』と」

 このとき、アレクサンドラはやっとアリスが自分を嵌めようとしているのだと確信した。

 アリス、なぜこんなことを?

 最初から説明すれば誤解だと証明できるかもしれないが、どうやってそれを証明するべきかアレクサンドラは頭を抱えた。

 このままでは、変な噂話を流されている自分のほうが分が悪い。

 そのとき、温室の入口に静かな足音がした。

 その場にいる者すべてがそちらの方を振り向くと、シルヴァンがそこに立っていた。

 シルヴァンが温室へ一歩足を踏み入れると、周囲は自然に道を開けた。

 そうしてアリスを一瞥すると口を開いた。

「くだらないな」

 その一語は群衆の頬を打つように響いた。アリスは顔色をなくし、悔しそうに下唇を噛み締める。

 シルヴァンは続ける。

「君の言う『買い取り』の話だが、一点だけ確認したい。君はこう言ったね、レックス……いや、アレクサンドラ以外に指輪を持ち出せなかったはずだ、と」

 アリスは真っ直ぐにシルヴァンを見つめ返すと頷く。それを見てシルヴァンは、満足そうに微笑んで話を続ける。

「だが、それ以外にも一つだけ指輪を持ち出す方法がある」

 アリスは目を見開き、驚いた顔で答える。

「そんな方法あるわけありませんわ!」

「いいや、先ほどからアレクサンドラはその方法を示唆していたじゃないか」

 そう言ってシルヴァンはアレクサンドラに微笑みかけた。

 アレクサンドラは突然話をふられ驚いたものの、冷静を取り戻すとすぐに答えた。

「『屋敷内の裏切り者の存在』ですのね?」

「そうだ。そこで、もうひとつ妙だったことを思い出すと辻褄が合ってくる。君は先ほど"クレール"という名を口にしたね?」

 その瞬間、アリスの顔が強張る。

「クレールはデュカス家のメイドで、君との接点は一切ないはずだ。それなのになぜか君に助けを求めている」

「そ、それは……」

 そこでシルヴァンは後ろに控えていたダヴィドを見た。

「連れてこい」

 ダヴィドがうなずき、温室の入口から一人の女が現れる。震える足で進み出てきたのは、クレールだった。

「クレール……」

 アレクサンドラが呟くと、それを受けてシルヴァンがアリスを追及するように言った。

「彼女が屋敷から指輪を持ち出し、それを君に渡した」

「なっ!」

 アリスは目を泳がせた。シルヴァンは冷たい声で告げる。

「つまり、君は最初からこの騒ぎを作る側だったということだ」

 だがアリスは次の瞬間落ち着きを取り戻すと、微笑んだ。

「そうでしたの、そのメイドが裏切り者でしたのね。わたくし、とんでもない勘違いしてしまって……、本当に申し訳ありません」

 そう言ってペコリと頭を下げる。

「残念だが、今さら取り繕っても君の愚行はすべて掌握済みでね」

 シルヴァンの声が一段と冷たくなる。

「証拠はすべて揃えてある。逃げ切れない」

 アリスはそれを聞いて、瞳をうるませるといやいやをするように首を横に振る。

「それは、違いますわ。わたくしそんなこといたしません」

「では聞こう。君は先ほどその指輪のことを『婚約の証である、大切な指輪』と言ったね。それは誰から聞いたんだ?」

「で、ですからそれはこの指輪を売りにきた者から聞いたんですわ」

「だいたい、そこからしておかしいんだ」

 それを聞いてアリスは一瞬クレールに視線を送ると、視線を戻し取り繕うように微笑んで見せた。

「どうしてですの? なにもおかしいことなんてありませんわ」

「クレールのことが気になるか? 君はクレールからこの指輪のことを聞いたのだものな」

 シルヴァンは、獲物を追い詰めるようにアリスを鋭い目つきで見つめ話を続ける。

「クレールは君に嘘は言っていない。ただこの指輪の話自体が君たちを嵌める罠だったというだけだ」

「なんですって?!」

 そう答えた瞬間、アリスはいつもの穏やかな表情から目つきの鋭い射るような視線をシルヴァンに向ける。

 シルヴァンはそれでも、表情一つ変えず真っ向からそのアリスの視線を受けると言った。

「それに、君の言うとおりアレクサンドラがイライザを嵌める計画をしたならば、ロザリーの持ち物にこの指輪を忍び込ませればいいだけのはずだが?」

「そ、そうかもしれませんけれど……。でも、それはわたくしの勘違いで、裏切り者のクレールが……」

 シルヴァンは鼻で笑った。

「では、クレールが指輪を持ち出したとしよう。だとしても、クレールは誰にも指輪を売ることはできなかった。外には出られなかったのだから」

 アリスはなにやら言い訳を探しているようだったが、そんなアリスに隙を与えず、たたみかける。

「そこで、これは最後の質問だ」

 そう言って一瞬アリスに憎悪の眼差しを向けると、微笑んで言った。

「君は一体、その指輪をどうやって手に入れたんだ?」

 温室は静まり返った。アリスはもう何も言葉を発することはなく、アレクサンドラをじっと見つめた。

「連れて行け」

 シルヴァンが静かに言ったその一言で、兵士たちがアリスを取り囲み連行していく。

 連行され俯くアリスを見たファニーが楽しそうに駆け寄ると、その後ろを追いかけながら、アリスの横に回り込んでは顔を下から覗き込み、反対側に回り込んではまた顔を覗き込んだ。

 アリスは顔を上げるとファニーを見つめ不機嫌そうな顔をして言った。

「なんなの?」

 そんなアリスにお構いなしにファニーは叫ぶ。

「やっぱり~!! 君がデザインをお願いしてきたときに、見たことがあると思ったんだよぉ。君さ、あれでしょ? 以前城下街の安宿街をウロウロしてたご令嬢だよね~!!」

 アリスは涼しい顔で答える。

「なんのこと?」

「僕さぁ、一度見た人物の顔って絶対に忘れないんだよね! 酔っ払いと安宿入っていったじゃん!」

 それを聞いてアレクサンドラは合点がいった。あの変な噂を流すよう指示していたのも、アリスだったのだ。

 ファニーが言ったことに、周囲の者たちがざわめき出す。

「よりによって侯爵令嬢が異性と城下街の安宿にだなんて、なんてふしだらな」

「じゃあ、あの噂はデュカス公爵令嬢のことではなく、シャトリエ侯爵令嬢のことだったということ?」

 そんな声が聞こえてくる。

 アリスは一瞬、顔を引きつらせたものの、すぐに冷たい笑みを浮かべ、なにかを諦めたかのように視線を逸らして歩き出した。

 アリスとクレールたちが連行されると、周囲に集まっていた者たちも興味をなくしその場を離れていった。

 こうして舞踏会でのアレクサンドラたちの計画は無事に成功を収めた。





「ロザリー、今日は本当にごめんなさいね」

 屋敷へ戻ったあと、アレクサンドラは鏡台の前に座り鏡越しにそう声をかけた。

「いいんです。私が隠れてイライザ様に会ってたこと。その結果、イライザ様にお嬢様のご予定が知られることになってしまったのですから、お叱りを受けて当然です」

「そう。では、これからは隠し事はなしにしましょうね」

「はい、そうですね。あっ、イライザ様から話してもいいと許可がありましたので、なぜ隠れてイライザ様と会ってたのかお話しします」  

 それはアレクサンドラもずっと気になっていた。

「えぇ、話してちょうだい」

「はい、私、実は物書きをしていて、それを知ったイライザ様に物語を書くように依頼されてました」

「それ、本当ですの? 凄いことじゃない!」

「ありがとうございます。それもこのお屋敷でしっかり教育を受けさせていただいたおかげです」

「いいえ、違いますわ。あなたに才能がなければ物語なんて書けるものではありませんもの。それにしても、なぜそれだけのことをイライザは隠そうとしたのかしら?」

「はい、イライザ様は恥ずかしいから黙っていてほしかったようです」

 アレクサンドラはこれで納得した。ロザリーが報告しなかったのも、イライザの秘密を守るためだったのだ。

「わかったわ、わたくしもこのことは誰にも話さないようにしますわね。それにしても……」

「どうされたのですか?」

「なぜ殿下はアリスのことをわたくしに話してくださらなかったのかしら? もしかしてわたくしを信用してくださっていないのかも」

 ロザリーは、アレクサンドラを安心させるように微笑みかけた。

「いいえ、きっとなにか理由があるのだと思いますよ」

「そうかしら?」

 そう呟いて鏡に映る不安げな自分の顔を見つめた。
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