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それでも、やはりお互いに信頼があってのことなのだろう。そう考えると胸が締め付けられて思わずうつむく。
カーレルは黙って翡翠の手を優しく包み込むように握ると耳元で囁く。
「翡翠、そばにいてくれるか?」
カーレルが恋愛的な感情を入れずにそう言っているとわかってはいたが、それでもその一言にドキリとし、恥ずかしくて顔を上げることもできずにただうなずいた。
「よかった」
カーレルはそう呟くと、ミリナの方を見向きもせずに翡翠の腰に手を回して歩き始めた。
翡翠がミリナを見ると、ミリナは翡翠に向かって苦笑して返した。
もしかして、この二人はよくこんな喧嘩を繰り返し、カーレルはミリナに対する当て付けでこんな行動をとっているのかも知れない。
カーレルの横顔を見上げそんなことを考えた。
そして思う。私はいつになったら殿下のことを忘れられるのだろうか? と。
割り当てられた部屋に行っても、翡翠は一人そんなことばかりを考えていた。
きっとそばにいる間は忘れることはできないだろう。ならば、一秒でも早くサイデュームでの役割を終えて自分の世界に戻らなければ。
そう思った瞬間、元の世界に戻った先にある自分の運命を思い出す。
そうだ、私は元の世界で飛行機の事故にあって……。
翡翠は元の世界で、飛行機の機体に空いた穴から外へ放り出されたことを思い出す。そして最後に目にした光景は眼下に広がる雲海と青空だった。
あのままこの世界に来なければ、確実に翡翠の命はなかっただろう。
そもそも翡翠は『ジェイド』のシステムにすぎない。もしかすると、役目を終えればそれでお役御免となり死ぬ運命かもしれない。
「いえ、まだそうと決まった訳じゃない。とにかく『ジェイド』のある場所に行ってミヒェルと話をしなければ」
そう呟くと軽い焦燥感を覚えた。
翌朝、宿はほぼ翡翠たちの貸し切りだったので、食堂へ降りようと部屋を出たところでミリナに声をかけられた。
「翡翠! ちょっと待って、長旅でつかれてるよね? これ、よかったら」
ミリナはそう言ってそっと可愛らしい缶を差し出した。
「これは?」
「特別に疲労を回復するっていう茶葉を取り寄せたの。あまり手に入らないものだから、お裾分けも少ないけど」
「そんな稀少なもの、いただくわけにはいきません!」
そう言って缶をミリナに返そうとするが、ミリナはそれを押し戻す。
「あまり量がないから、みんなには内緒ね!」
ミリナは茶目っ気たっぷりにウインクすると、手を振って部屋へ戻っていった。
翡翠が缶をそっと開けると、茶葉のいい香りがしてそれだけでも癒されるような気がした。
だが、どうしてもミリナから受け取った物を素直に飲む気になれず、翡翠は部屋に一度戻るとその缶を自分の目の触れない荷物の奥深くへしまいこんだ。
食堂へ行くとミリナはいつもの調子で明るくみんなに話しかけていたが、カーレルはそれを無視しあからさまに不機嫌そうにしていた。
いつもなら軽口をたたくラファエロも、なぜか今日は無言でひたすら翡翠の取り皿に食物を乗せていた。
翡翠は小声でラファエロに言う。
「あの、ラファエロ様。私はそんなにたくさん食べられません」
「食べないとダメだ。お前は少し食が細すぎる」
するとカーレルが横から口を挟んだ。
「そうだ、翡翠。この前も体調をくずしただろう。しっかり食べろ」
そう言って、目の前にある肉をフォークで刺すと、翡翠の口元へ持っていった。
「殿下、自分で食べられます」
そう答えるが、カーレルは頑なにそれを食べるよう促してきたので翡翠が根負けして口を開くと、それを口に入れ満足そうにうなずいた。
そうして、そのあとも同じ行動を繰り返す。翡翠は戸惑い、困惑しながらひたすら口に運ばれて来る食べ物を咀嚼し飲み込み続けた。
するとミリナがそれを見てクスクスと笑った。
「見てる分にはおもしろいけれど、もうそろそろ止めてあげないと、翡翠が困ってるわよ!」
そうして止めてくれたので、翡翠はやっと無限咀嚼ループから解放された。
そのとき、食堂の入り口に男性が立っていることに気づいた。その男性は祭服を着ており、明らかに教会の人間だということはわかった。
翡翠が慌てて顔を伏せると、それに気づいたミリナが不思議そうに振り返り、食堂の入り口を見る。
「んげ! なんでエルレーヌがここに!!」
ミリナは驚くとあからさまに嫌な顔をした。
「聖女様、これ以上教会を留守にすることは許されることではありません! 本日はお迎えに上がりました。公務が滞っております。帰りましょう」
「嫌よ! せっかくカーレル殿下に会えたのに!」
するとエルレーヌはため息をつき、子供に言い聞かせるようにミリナに言った。
「よろしいですか、聖女様。殿下は今大切な任務の最中であらせられます。聖女様が一緒にいては迷惑になるのですよ? とにかく帰りましょう!」
そう言うと指をパチン! と鳴らした。それを合図に背後から教会の人間が二人入ってくると、ミリナを両脇から抱えて『帰りたくない!』と叫ぶミリナを部屋から連れ出していった。
それを見送ると、エルレーヌはカーレルに頭を下げた。
「殿下、お食事中にお騒がせして大変申し訳ありませんでした」
「いや構わない。逆にありがたいぐらいだ」
それに続いてラファエロも大きくうなずくと言った。
「確かに、これで煩わされずにすむからな」
するとエルレーヌは申し訳なさそうにもう一度頭を下げる。
「管理が行き届いておりませんで、大変申し訳ありませんでした。今後はこのように殿下を煩わせるようなことはないよう努めます」
そう言って頭を上げると、翡翠に向き直る。
「偉大なる賢人よ、あなた様にもご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。では、私はこれにて失礼いたします」
そう言うと食堂を出ていった。
あっという間の出来事に唖然とし、しばらくぼんやりしたあと、エルレーヌが翡翠がジェイドであることに気づかなかったことにほっとした。
このあと、みな和やかな雰囲気で朝食を取った。
この日、ラファエロは少し用事があるとのことで食後は別行動となった。
ミデノフィールドも『スタビライズ』は教会で管理されているため、カーレルと翡翠は教会へ向かうことになった。
顔をフードで隠してはいるものの、やはり翡翠は教会を訪れることには抵抗があった。
カーレルに手を引かれながら教会に入ると、翡翠はフードの縁を引っ張り深くかぶり直してうつむいた。そんな翡翠の顔を覗き込みカーレルは心配そうに言った。
「翡翠、怯える必要はない。君は今、賢人として国内外から崇拝され崇められているのだから」
「はい、わかりました」
そう答えたものの、それはカーレルが用意した設定に過ぎない。もしも、この容姿を一目見られれば指名手配されていた裏切り者だと謗られるだろう。
翡翠は誰にも顔が見られないよう細心の注意を払った。
案内され『スタビライズ』の目の前に立つと、ジェイドがミデノフィールドの『スタビライズ』を停止するためにここを訪れたとき、かなりの警戒態勢が敷かれていたことを思い出す。
誰も傷つけたくなかったジェイドは教会にいる関係者全員を眠らせ、ほんの短期間でことを済ませた。
彼らは目覚めたとき『スタビライズ』が停止していることに気づいて、相当ショックを受けたに違いない。
「ジェイドが酷いことをしたのですね」
『スタビライズ』に触れながら翡翠がそう言うと、カーレルは悲しそうに微笑んだ。
「何故そう思う? ジェイドには何か目的があったのだろう?」
翡翠は首を横に振った。
「わかりません」
それだけ答えるとじっと『スタビライズ』を見つめた。すると、カーレルは翡翠に優しい眼差しを向ける。
「翡翠、これだけは言っておこう」
翡翠は何を言われても受け止めようと覚悟し、カーレルを見つめ返した。
「なんでしょうか?」
「ジェイドはこの『スタビライズ』を停止しにここへ来たとき誰一人傷つけることがなかった」
慰めてくれているのだろうか? そう思いながら翡翠は答える。
「それは、手間を省くためだったのでしょう」
「本当に?」
そう言ってカーレルは翡翠を真剣な眼差しで見つめる。翡翠は慌てて目を逸らした。
「すみません、わかりません」
カーレルが何が言いたいのかわからず、困惑しながら翡翠はこの話を終わらせることにして苦笑すると言った。
「これ以上は何も思い出せないみたいですし、外に行きませんか?」
「わかった。君がそう言うならそうしよう」
カーレルはそう言って優しく微笑むと手を引いて歩きだした。
カーレルは黙って翡翠の手を優しく包み込むように握ると耳元で囁く。
「翡翠、そばにいてくれるか?」
カーレルが恋愛的な感情を入れずにそう言っているとわかってはいたが、それでもその一言にドキリとし、恥ずかしくて顔を上げることもできずにただうなずいた。
「よかった」
カーレルはそう呟くと、ミリナの方を見向きもせずに翡翠の腰に手を回して歩き始めた。
翡翠がミリナを見ると、ミリナは翡翠に向かって苦笑して返した。
もしかして、この二人はよくこんな喧嘩を繰り返し、カーレルはミリナに対する当て付けでこんな行動をとっているのかも知れない。
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そうだ、私は元の世界で飛行機の事故にあって……。
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あのままこの世界に来なければ、確実に翡翠の命はなかっただろう。
そもそも翡翠は『ジェイド』のシステムにすぎない。もしかすると、役目を終えればそれでお役御免となり死ぬ運命かもしれない。
「いえ、まだそうと決まった訳じゃない。とにかく『ジェイド』のある場所に行ってミヒェルと話をしなければ」
そう呟くと軽い焦燥感を覚えた。
翌朝、宿はほぼ翡翠たちの貸し切りだったので、食堂へ降りようと部屋を出たところでミリナに声をかけられた。
「翡翠! ちょっと待って、長旅でつかれてるよね? これ、よかったら」
ミリナはそう言ってそっと可愛らしい缶を差し出した。
「これは?」
「特別に疲労を回復するっていう茶葉を取り寄せたの。あまり手に入らないものだから、お裾分けも少ないけど」
「そんな稀少なもの、いただくわけにはいきません!」
そう言って缶をミリナに返そうとするが、ミリナはそれを押し戻す。
「あまり量がないから、みんなには内緒ね!」
ミリナは茶目っ気たっぷりにウインクすると、手を振って部屋へ戻っていった。
翡翠が缶をそっと開けると、茶葉のいい香りがしてそれだけでも癒されるような気がした。
だが、どうしてもミリナから受け取った物を素直に飲む気になれず、翡翠は部屋に一度戻るとその缶を自分の目の触れない荷物の奥深くへしまいこんだ。
食堂へ行くとミリナはいつもの調子で明るくみんなに話しかけていたが、カーレルはそれを無視しあからさまに不機嫌そうにしていた。
いつもなら軽口をたたくラファエロも、なぜか今日は無言でひたすら翡翠の取り皿に食物を乗せていた。
翡翠は小声でラファエロに言う。
「あの、ラファエロ様。私はそんなにたくさん食べられません」
「食べないとダメだ。お前は少し食が細すぎる」
するとカーレルが横から口を挟んだ。
「そうだ、翡翠。この前も体調をくずしただろう。しっかり食べろ」
そう言って、目の前にある肉をフォークで刺すと、翡翠の口元へ持っていった。
「殿下、自分で食べられます」
そう答えるが、カーレルは頑なにそれを食べるよう促してきたので翡翠が根負けして口を開くと、それを口に入れ満足そうにうなずいた。
そうして、そのあとも同じ行動を繰り返す。翡翠は戸惑い、困惑しながらひたすら口に運ばれて来る食べ物を咀嚼し飲み込み続けた。
するとミリナがそれを見てクスクスと笑った。
「見てる分にはおもしろいけれど、もうそろそろ止めてあげないと、翡翠が困ってるわよ!」
そうして止めてくれたので、翡翠はやっと無限咀嚼ループから解放された。
そのとき、食堂の入り口に男性が立っていることに気づいた。その男性は祭服を着ており、明らかに教会の人間だということはわかった。
翡翠が慌てて顔を伏せると、それに気づいたミリナが不思議そうに振り返り、食堂の入り口を見る。
「んげ! なんでエルレーヌがここに!!」
ミリナは驚くとあからさまに嫌な顔をした。
「聖女様、これ以上教会を留守にすることは許されることではありません! 本日はお迎えに上がりました。公務が滞っております。帰りましょう」
「嫌よ! せっかくカーレル殿下に会えたのに!」
するとエルレーヌはため息をつき、子供に言い聞かせるようにミリナに言った。
「よろしいですか、聖女様。殿下は今大切な任務の最中であらせられます。聖女様が一緒にいては迷惑になるのですよ? とにかく帰りましょう!」
そう言うと指をパチン! と鳴らした。それを合図に背後から教会の人間が二人入ってくると、ミリナを両脇から抱えて『帰りたくない!』と叫ぶミリナを部屋から連れ出していった。
それを見送ると、エルレーヌはカーレルに頭を下げた。
「殿下、お食事中にお騒がせして大変申し訳ありませんでした」
「いや構わない。逆にありがたいぐらいだ」
それに続いてラファエロも大きくうなずくと言った。
「確かに、これで煩わされずにすむからな」
するとエルレーヌは申し訳なさそうにもう一度頭を下げる。
「管理が行き届いておりませんで、大変申し訳ありませんでした。今後はこのように殿下を煩わせるようなことはないよう努めます」
そう言って頭を上げると、翡翠に向き直る。
「偉大なる賢人よ、あなた様にもご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。では、私はこれにて失礼いたします」
そう言うと食堂を出ていった。
あっという間の出来事に唖然とし、しばらくぼんやりしたあと、エルレーヌが翡翠がジェイドであることに気づかなかったことにほっとした。
このあと、みな和やかな雰囲気で朝食を取った。
この日、ラファエロは少し用事があるとのことで食後は別行動となった。
ミデノフィールドも『スタビライズ』は教会で管理されているため、カーレルと翡翠は教会へ向かうことになった。
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カーレルに手を引かれながら教会に入ると、翡翠はフードの縁を引っ張り深くかぶり直してうつむいた。そんな翡翠の顔を覗き込みカーレルは心配そうに言った。
「翡翠、怯える必要はない。君は今、賢人として国内外から崇拝され崇められているのだから」
「はい、わかりました」
そう答えたものの、それはカーレルが用意した設定に過ぎない。もしも、この容姿を一目見られれば指名手配されていた裏切り者だと謗られるだろう。
翡翠は誰にも顔が見られないよう細心の注意を払った。
案内され『スタビライズ』の目の前に立つと、ジェイドがミデノフィールドの『スタビライズ』を停止するためにここを訪れたとき、かなりの警戒態勢が敷かれていたことを思い出す。
誰も傷つけたくなかったジェイドは教会にいる関係者全員を眠らせ、ほんの短期間でことを済ませた。
彼らは目覚めたとき『スタビライズ』が停止していることに気づいて、相当ショックを受けたに違いない。
「ジェイドが酷いことをしたのですね」
『スタビライズ』に触れながら翡翠がそう言うと、カーレルは悲しそうに微笑んだ。
「何故そう思う? ジェイドには何か目的があったのだろう?」
翡翠は首を横に振った。
「わかりません」
それだけ答えるとじっと『スタビライズ』を見つめた。すると、カーレルは翡翠に優しい眼差しを向ける。
「翡翠、これだけは言っておこう」
翡翠は何を言われても受け止めようと覚悟し、カーレルを見つめ返した。
「なんでしょうか?」
「ジェイドはこの『スタビライズ』を停止しにここへ来たとき誰一人傷つけることがなかった」
慰めてくれているのだろうか? そう思いながら翡翠は答える。
「それは、手間を省くためだったのでしょう」
「本当に?」
そう言ってカーレルは翡翠を真剣な眼差しで見つめる。翡翠は慌てて目を逸らした。
「すみません、わかりません」
カーレルが何が言いたいのかわからず、困惑しながら翡翠はこの話を終わらせることにして苦笑すると言った。
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