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シーディは習い事が終わるといつも真っ直ぐに部屋に戻っている。この日も部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ちょうど橋の修繕をしているようで迂回するように言われた。
迂回路を通っていると、ある部屋の中から誰かが会話する声がした。
「候補たちは……」
そんなふうに聞こえたので思わず立ち止まる。
「他の者たちにはそんな知恵はない」
「私の立場も安泰だな」
運命の乙女のことだろうか?
そう思っていると、突然後ろから口を塞がれ横の部屋へ連れ込まれる。シーディは必死に抵抗しようと、自分の口を塞ぐ人物を見るとそれはユニシスだった。
ユニシスは自分の唇に人差し指を立てた。
良く見ると、ユニシスは隠れて行動していたのかいつもより質素な着物を着ている。長い髪も綺麗に結い上げてあり、一見しただけではユニシスだとわからないだろう。
シーディはユニシスにしたがい、頷くと静かにしていた。
「とんだ食わせ者だな。あんなに信頼を得るとは」
「まかせろ。九割九分の真実の中に一分の嘘を入れれば、それは真実になる」
なんの話だろう? そう思っていると、突然会話しているふたりが廊下へ出てきた。
シーディはそのふたりが誰なのか見たかったが、ユニシスに突然抱きしめられ視界を遮られる。
「シーディ、少しすまない」
そう言ってユニシスはさらに強くシーディを抱きしめる。
すると、廊下から先ほど会話していた人物の声がした。
「なんだ、昼間から。逢い引きか」
「くだらない」
そう吐き捨てると去っていく足音がした。足音が聞こえなくなってからも、しばらくユニシスがシーディを抱きしめ続けるので、シーディはユニシスに訊いた。
「陛下、もうよろしいのではないでしょうか」
ユニシスは慌ててシーディを離した。
「すまない」
「いいえ、仕方ないと思います。ところであの人たちは一体」
すると、ユニシスは不機嫌そうに答える。
「お前が気にする必要はない」
これは、深入りするなということだろう。シーディは笑顔で答える。
「わかりました。では失礼いたします」
そう言ってその場を立ち去ろうとしたが、ユニシスに腕をつかまれ引き止められる。
「ちょっと待て。お前、どこへ行くところだ」
「はい、部屋へ戻るところです。いつもはあちらの廊下を通って帰るのですが、今日は改修をしているとかで通れなかったので」
「そうか、ならこれから暇な訳だな。じゃあ少し付き合え」
そう言うと、手をつないで歩き始めた。
「あの、子どもではないので手を繋がなくとも大丈夫です」
シーディがそう言うと、ユニシスは微笑んだ。
「私から見ればお前は十分子どもだ。はぐれないよう大人しく手をつないでいろ」
そう言ってつないでいる手にさらに力を入れた。
どこへ連れていくのだろう?
そう思っていると、ユニシスは後宮の外へと歩きだした。
「陛下、外へ出るのですか?」
「そうだ。お前、家族がいるのだろう? せっかく都に来たのだ、土産でも買えばいい。案内してやろう」
ユニシスに案内役をしてもらうなんて、とんでもないと思いながら答える。
「いいえ、あの土産なら今度リンと一緒に選びますから」
すると、ユニシスは突然立ち止まる。シーディは急に止まれずユニシスの背中にぶつかる。
「す、すみません」
ぶつけた鼻頭を押さえながら、ユニシスの顔を見上げると、不機嫌そうにシーディを見下ろしていた。
「お前は私と買い物に行くのが嫌なのか?」
シーディは慌てて答える。
「いいえ、違います。とても光栄だと思ってます。本当です!!」
必死にそう言うと、ユニシスは声を出して笑った。
「冗談だ。そんなに必死になるな」
「そうなんですね、良かった。では、今日はよろしくお願いいたします」
そう答えて頭を下げた。昔もユニシスは気まぐれなところがあったのを思い出す。だが、優しくて我が儘を言うような人物でもない。
きっとユニシスなりに気を遣ってくれているのだろう。ならば今日は甘えよう。シーディは気持ちを切り替えた。
店の前でシーディが土産を手に取るたびに、背後からユニシスが覗き込んでシーディに訊く。
「それが欲しいのか? お前はそういうものが好きなのか?」
「いいえ、これは妹にそれは弟に。あとは両親への土産も買わないといけませんね」
そう答えた。すると、ユニシスは不思議そうに言った。
「では、お前の土産は?」
シーディは首を横に振った。
「私の土産は、後宮でたくさんのことを学んだり見たり出来たことです。これ以上はいりません」
これは本音だった。それに、本当は運命の乙女候補ではないことがわかっているのに、追放もされずに贅沢をさせてもらっている。
これ以上望めば、罰が当たるのではないかと思っていた。
「そうか、実にお前らしい」
そう言って微笑んだ。
シーディはどれにするか迷ってしまい、店を行ったり来たりしたのだが、ユニシスは辛抱強くそれに付き合ってくれた。
「行ったり来たりと、申し訳ありません」
「なにを言っている。私が行こうと言ったのだから付き合って当然だろう。不思議なことを言う。ゆっくり選べ」
「はい」
そのあと、やっと両親へのお土産を決めた。ユニシスは代金を払おうとしたが、シーディはそれを断った。家族へのお土産は自分で買いたかったからだ。
買い物がすむと、後宮に戻るのかと思っていたがユニシスが手を引いて後宮と反対方向へ歩きだした。
「あの、後宮は反対方向です」
「お前、後宮に来てから外には出ていないのだろう? せっかくだ、いい場所に連れていってやる」
そう言うと、街を抜け丘の上へ歩き始めた。
「疲れたら言え、担いでやるから」
「は、はい」
シーディはユニシスに担いでもらうわけにはいかないと、必死でその後を歩いた。だが、途中でユニシスはなにも言わずにシーディを縦抱きに抱き上げた。
「あの、陛下?! 私は大丈夫です!」
「嘘をつけ、足に豆でもてきたのだろう。その履き物は外出には向いていないな。ほら落ちないように首に手を回せ」
「ですが……」
「お前がしっかりつかんでくれないと、余計に疲れる」
そう言われ、シーディはユニシスの首に手を回した。ふわっとユニシスの独特な体臭がした。嫌な匂いではなく、花のような甘い独特な香りだ。
昔はこの匂いを嗅ぐと安心したものだった。
「さて、着いた」
そう言うとユニシスはゆっくりと振り返る。すると、眼下に都の街並みが広がり、店先の提灯などが美しくキラキラと光り、それに照らし出された朱色の建物がより一層美しく見えた。
その向こうに長い橋が湖の上に伸び、その先に後宮が見えた。
湖に空が反射して、後宮はまるで空中に浮いているように見える。
「凄い!! 上から見るとこんなに美しく見えるのですね!」
シーディは思わずそう叫んだ。前世では後宮に上がってからは、外に出たことがなくこんな景色見たことがなかった。
「そうだ、美しいだろう」
しばらく無言でそれを見つめる。お互いに同じものを見てはいるが、きっと立場上お互いに見えているものが違うのだろう。そんなことを考えた。
この景色を、ユン様は今どんな気持ちで眺めているのだろう。
そう思いユニシスの顔を見ると、ユニシスと目が合った。ユニシスが街並みではなくシーディの顔を見つめていたからだ。
シーディは恥ずかしくてすぐに目を逸らすと、ユニシスはそれを見てクスクスと笑い景色に視線を戻した。
「さぁ、いつまでも見ていられる景色だが、早く戻らないとお前の帰りを待つものが心配するな」
そう言うと、そのまま丘を下り始めた。
後宮へ戻ると、ユニシスはシーディを部屋まで送り届けてくれた。
「今日はとても楽しく過ごせました。それに土産を買うこともできましたし、本当に素晴らしい一日でした。ありがとうございます」
「いや、私も気晴らしになった。それとお前にこれをやる」
そう言って花と鳥の美しい細工の簪を懐から取り出した。それは買い物途中でシーディが一度手に取ったものだった。
「陛下、よろしいのですか?」
「あぁ、私が持っていても仕方がないからな。お前にやる」
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね!」
すると、ユニシスは満足そうに頷くと去っていった。
迂回路を通っていると、ある部屋の中から誰かが会話する声がした。
「候補たちは……」
そんなふうに聞こえたので思わず立ち止まる。
「他の者たちにはそんな知恵はない」
「私の立場も安泰だな」
運命の乙女のことだろうか?
そう思っていると、突然後ろから口を塞がれ横の部屋へ連れ込まれる。シーディは必死に抵抗しようと、自分の口を塞ぐ人物を見るとそれはユニシスだった。
ユニシスは自分の唇に人差し指を立てた。
良く見ると、ユニシスは隠れて行動していたのかいつもより質素な着物を着ている。長い髪も綺麗に結い上げてあり、一見しただけではユニシスだとわからないだろう。
シーディはユニシスにしたがい、頷くと静かにしていた。
「とんだ食わせ者だな。あんなに信頼を得るとは」
「まかせろ。九割九分の真実の中に一分の嘘を入れれば、それは真実になる」
なんの話だろう? そう思っていると、突然会話しているふたりが廊下へ出てきた。
シーディはそのふたりが誰なのか見たかったが、ユニシスに突然抱きしめられ視界を遮られる。
「シーディ、少しすまない」
そう言ってユニシスはさらに強くシーディを抱きしめる。
すると、廊下から先ほど会話していた人物の声がした。
「なんだ、昼間から。逢い引きか」
「くだらない」
そう吐き捨てると去っていく足音がした。足音が聞こえなくなってからも、しばらくユニシスがシーディを抱きしめ続けるので、シーディはユニシスに訊いた。
「陛下、もうよろしいのではないでしょうか」
ユニシスは慌ててシーディを離した。
「すまない」
「いいえ、仕方ないと思います。ところであの人たちは一体」
すると、ユニシスは不機嫌そうに答える。
「お前が気にする必要はない」
これは、深入りするなということだろう。シーディは笑顔で答える。
「わかりました。では失礼いたします」
そう言ってその場を立ち去ろうとしたが、ユニシスに腕をつかまれ引き止められる。
「ちょっと待て。お前、どこへ行くところだ」
「はい、部屋へ戻るところです。いつもはあちらの廊下を通って帰るのですが、今日は改修をしているとかで通れなかったので」
「そうか、ならこれから暇な訳だな。じゃあ少し付き合え」
そう言うと、手をつないで歩き始めた。
「あの、子どもではないので手を繋がなくとも大丈夫です」
シーディがそう言うと、ユニシスは微笑んだ。
「私から見ればお前は十分子どもだ。はぐれないよう大人しく手をつないでいろ」
そう言ってつないでいる手にさらに力を入れた。
どこへ連れていくのだろう?
そう思っていると、ユニシスは後宮の外へと歩きだした。
「陛下、外へ出るのですか?」
「そうだ。お前、家族がいるのだろう? せっかく都に来たのだ、土産でも買えばいい。案内してやろう」
ユニシスに案内役をしてもらうなんて、とんでもないと思いながら答える。
「いいえ、あの土産なら今度リンと一緒に選びますから」
すると、ユニシスは突然立ち止まる。シーディは急に止まれずユニシスの背中にぶつかる。
「す、すみません」
ぶつけた鼻頭を押さえながら、ユニシスの顔を見上げると、不機嫌そうにシーディを見下ろしていた。
「お前は私と買い物に行くのが嫌なのか?」
シーディは慌てて答える。
「いいえ、違います。とても光栄だと思ってます。本当です!!」
必死にそう言うと、ユニシスは声を出して笑った。
「冗談だ。そんなに必死になるな」
「そうなんですね、良かった。では、今日はよろしくお願いいたします」
そう答えて頭を下げた。昔もユニシスは気まぐれなところがあったのを思い出す。だが、優しくて我が儘を言うような人物でもない。
きっとユニシスなりに気を遣ってくれているのだろう。ならば今日は甘えよう。シーディは気持ちを切り替えた。
店の前でシーディが土産を手に取るたびに、背後からユニシスが覗き込んでシーディに訊く。
「それが欲しいのか? お前はそういうものが好きなのか?」
「いいえ、これは妹にそれは弟に。あとは両親への土産も買わないといけませんね」
そう答えた。すると、ユニシスは不思議そうに言った。
「では、お前の土産は?」
シーディは首を横に振った。
「私の土産は、後宮でたくさんのことを学んだり見たり出来たことです。これ以上はいりません」
これは本音だった。それに、本当は運命の乙女候補ではないことがわかっているのに、追放もされずに贅沢をさせてもらっている。
これ以上望めば、罰が当たるのではないかと思っていた。
「そうか、実にお前らしい」
そう言って微笑んだ。
シーディはどれにするか迷ってしまい、店を行ったり来たりしたのだが、ユニシスは辛抱強くそれに付き合ってくれた。
「行ったり来たりと、申し訳ありません」
「なにを言っている。私が行こうと言ったのだから付き合って当然だろう。不思議なことを言う。ゆっくり選べ」
「はい」
そのあと、やっと両親へのお土産を決めた。ユニシスは代金を払おうとしたが、シーディはそれを断った。家族へのお土産は自分で買いたかったからだ。
買い物がすむと、後宮に戻るのかと思っていたがユニシスが手を引いて後宮と反対方向へ歩きだした。
「あの、後宮は反対方向です」
「お前、後宮に来てから外には出ていないのだろう? せっかくだ、いい場所に連れていってやる」
そう言うと、街を抜け丘の上へ歩き始めた。
「疲れたら言え、担いでやるから」
「は、はい」
シーディはユニシスに担いでもらうわけにはいかないと、必死でその後を歩いた。だが、途中でユニシスはなにも言わずにシーディを縦抱きに抱き上げた。
「あの、陛下?! 私は大丈夫です!」
「嘘をつけ、足に豆でもてきたのだろう。その履き物は外出には向いていないな。ほら落ちないように首に手を回せ」
「ですが……」
「お前がしっかりつかんでくれないと、余計に疲れる」
そう言われ、シーディはユニシスの首に手を回した。ふわっとユニシスの独特な体臭がした。嫌な匂いではなく、花のような甘い独特な香りだ。
昔はこの匂いを嗅ぐと安心したものだった。
「さて、着いた」
そう言うとユニシスはゆっくりと振り返る。すると、眼下に都の街並みが広がり、店先の提灯などが美しくキラキラと光り、それに照らし出された朱色の建物がより一層美しく見えた。
その向こうに長い橋が湖の上に伸び、その先に後宮が見えた。
湖に空が反射して、後宮はまるで空中に浮いているように見える。
「凄い!! 上から見るとこんなに美しく見えるのですね!」
シーディは思わずそう叫んだ。前世では後宮に上がってからは、外に出たことがなくこんな景色見たことがなかった。
「そうだ、美しいだろう」
しばらく無言でそれを見つめる。お互いに同じものを見てはいるが、きっと立場上お互いに見えているものが違うのだろう。そんなことを考えた。
この景色を、ユン様は今どんな気持ちで眺めているのだろう。
そう思いユニシスの顔を見ると、ユニシスと目が合った。ユニシスが街並みではなくシーディの顔を見つめていたからだ。
シーディは恥ずかしくてすぐに目を逸らすと、ユニシスはそれを見てクスクスと笑い景色に視線を戻した。
「さぁ、いつまでも見ていられる景色だが、早く戻らないとお前の帰りを待つものが心配するな」
そう言うと、そのまま丘を下り始めた。
後宮へ戻ると、ユニシスはシーディを部屋まで送り届けてくれた。
「今日はとても楽しく過ごせました。それに土産を買うこともできましたし、本当に素晴らしい一日でした。ありがとうございます」
「いや、私も気晴らしになった。それとお前にこれをやる」
そう言って花と鳥の美しい細工の簪を懐から取り出した。それは買い物途中でシーディが一度手に取ったものだった。
「陛下、よろしいのですか?」
「あぁ、私が持っていても仕方がないからな。お前にやる」
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね!」
すると、ユニシスは満足そうに頷くと去っていった。
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