『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

odo

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0.Tasteless and odorless.

プロローグ

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「僕と結婚してください!」

 目の前で白い花を一輪差し出された。
 これだけ聞けば、人はどのような想像をするだろうか。綺麗な花を差し出されて、背景は花畑で幸せな一時を迎えるのか。
 それとも、綺麗な夜景を背景にして、美しい思い出として美談とさせるのか。
 ちなみに差し出されたのはその辺に咲くような白い花。思わず瞬きをした。
 差し出された花の視線は案外低い位置にある。

「ぶは……ははははっ!」

 愉快ゆえに思わず笑ってしまった。
 もしかすると、相手にとっては不愉快だったかもしれない。
 自分の膝ぐらいの視線の先、小さな子供が俺に向かって花を差し出していた。まだ女の子ならよかった。相手は男だった。

「もう一度言ってみろ」
「僕と結婚してください!」

 噛まずに言い放った事は褒めてやりたい。けれども、相手は男で自分も男。
 しかも、学校に入りたてのまだちやほやされているぐらいの子供だった。貴族の子は十歳になると学校へ通い始める。対する俺は十七歳。どうしてくれようか。

「はぁ……俺を笑い殺す気か。まあ、噛まずに言えたことは褒めてやろう」
「あの、追い出しますか?」

 傍にいた執事が恐々とした顔でこちらを見てくる。呼吸を整えて、俺は思案する。

「まあよい」

 花をそっと受け取り、「坊主、この俺に告白してきた事は褒めてやろう。女や子供、男すら逃げ出してしまう俺に真正面から告白をしてきたのだ」と告げてやる。
 子供は気が付いているだろうか。傍にいた執事が真っ青な顔で震え上がっていることに。周りにいる貴族たちが、この後起こる惨劇に怯えていることに。けれども、子供は真っすぐな視線を向けてくる。子供とは怖いものだ。怖いもの知らずとはよく言う。
 良く見れば、青い空のような瞳は見られていて心地よい。
 真っすぐなその視線は美しい。子供の目はきらきらとしていて、夢を抱えている。何よりも金色の髪は天井のシャンデリアに照らされ、煌々と輝く。
 そして、この告白は大きくなれば黒歴史となるだろうなと思った。

「坊主よ。名前は何という」
「僕はアレクセイ! アレクセイ・オリバーです!」
「ほう、オリバー家のご子息か」

 有所正しき騎士の家系。彼は次男坊だろう。あまり噂は聞かない。おそらく、社交界の場は今回が初めてなのだろう。
 それも戦勝国となったお祝いパーティの場。
 それにしても、子供は堂々としている。騎士として、すでに立派なものを持っているようだ。

「はい。オリバー家の次男です」

 辺りはざわざわとした雰囲気。
 ここがパーティ会場だという事を忘れていた。辺りにはたくさんの視線。さて、どうしたものか。
 誰もがこのバカなことをした子供が殺されてしまうのではといった視線を向けている。
 子供をここで切り刻んでも良い。けれども、まっすぐ見つめてくる子供の目は、どうしてかそんな気分にはさせてはくれなかった。

「坊主、この俺のどこが気に入った?」
「顔が良いからです。白い髪も、その赤い目も素敵です」
「はははは! なんだ、それは!」

 愉快過ぎた。つまり、この子供はこの俺が誰なのかも知らずに告白してきたといったところだろうか。
 もしかしたら、女性と勘違いしているのかもしれない。
 金目当てでもなく、俺の逸話名声でもない。噂では、人を斬るのが好きな公爵。そして、この子供は全てを飛びぬけて、ただの顔ときた。

「はぁ、久しぶりに笑わせてもらった」
「はい、光栄です!」

 にこにこと笑う子供に毒気を抜かれてしまう。呼吸を整えて、「では、坊主よ。騎士としての称号を手に入れ、大人になっても気が変わらぬのなら、もう一度告白しに来い。そうすれば、婚約してやろう」と伝えた。
 恐らくは騎士になるだろう。しかし、大人になれば、この子は俺の噂を聞き、そして、男の俺から離れていく。
 もしかすると、告白したことすら忘れるかもしれない。そして、傍らには女性を連れて、幸せな家庭を築くだろう。
 淡い子供の夢のようなものを、少しだけ守ってやろうと思った。

「ゆめゆめ忘れるな」
「はい!」
「おい、アル行くぞ」

 傍にいた執事を伴い、俺はパーティから抜け出すことにした。
 恐々とした視線、あるいは何でここにいるんだといった視線。
 慣れたその視線の中で見つけた一つの青く空のような視線。

 その視線は扉が閉まる最後まで心地よかった。
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